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The Black Gate  作者: しょぼ
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第七章 聖都への侵入

勇者庁南棟、転送戦略室。

全長三十メートルを超える巨大な魔法陣の中心に、三つの影が静かに佇んでいた。


「転送先は――セイクリア旧王宮内、監査局の地下フロア。外部との接続は完全に遮断されているが……万一の即時戦闘に備えよ」


背後から響いたのは、変換師アルターたちの指令だ。


だが、その言葉に誰も答えない。

無言のまま中央に立つのは、黒衣の男――涼真。そして彼の両脇に並ぶのは、艶やかな黒と銀の双子、アーシャとリーシャ。


「ふふ。国家最機密の転送陣に、私たち魔物が堂々と乗れるとはね。滑稽だと思わない?」


アーシャがくすくすと笑う。だがその声は、空間に異物を溶かす毒のような響きを持っていた。


「滑稽なのは……あっちの方でしょ。勇者たち、自分たちが正義だとまだ信じてるんだもん」


リーシャは無邪気な笑みを浮かべつつ、爪の先で魔力を弄んでいる。


涼真は二人を静かに見やると、短く指を鳴らした。


「転送、開始」


次の瞬間、空間が崩れた。


**


視界が一瞬で反転する。肉体の輪郭が霧のようにほどけ、思考が歪む。


――そして、


ズン、と重たい重力が押し寄せ、三人は聖都セイクリアの地下へ転送された。


**


「……成功。ここが、セイクリア」


涼真は周囲を見渡した。天井の低い石造りの空間。かつて神聖議会が極秘研究を行っていたとされる、旧地下資料区――現在は勇者庁の監査局が占有している領域だ。


「……うぇ、空気が最悪。人間の匂いが詰まりすぎ」


精神こころごと腐ってる感じ、するよね」


双子が顔をしかめる。

だがこの違和感こそが、この地の“異常さ”を証明していた。


この聖都――セイクリアは、すでに人間の理想を失っている。


宗教と政治が融合し、勇者という名の暴力装置が国民を抑圧し続けている世界。

その象徴が――この地下を守護する勇者、《雷槍》のマクスウェルだった。


**


「敵は気づいてる?」


「来てる」


リーシャが微笑むと同時に、頭上の空気が炸裂した。


バリバリバリ――!


雷が地下を穿ち、床ごと壁を吹き飛ばす。


重厚な甲冑を纏った男が、崩落した壁の向こうから現れる。


「――貴様ら、どこからこの地に入った」


男の目は、まるで“神罰”そのものだった。


「セイクリアを……穢すつもりか?」


その名は――マクスウェル・ヴォルタス。

勇者庁特務局筆頭、《雷槍》の勇者にして、聖都の番人。


彼の手には、雷を纏うミリオヴォルトが握られていた。


**


「ふうん……聖都の番犬ってわけか」


アーシャが一歩、前に出る。腰をくねらせながら、その手には魔族特有の黒炎が宿る。


「リーシャ、姉さんに任せてくれる?」


「ううん。今回は一緒に行こ?」


双子が並び立つと、空気がねじれる。

魔力濃度が急激に上昇し、周囲の空間が震え始めた。


だが、マクスウェルも微動だにしない。


「二人がかりでかかってくるか……よかろう。ならばこちらも本気で迎えよう」


彼の槍が、天を指す。


「《雷界展開サンダードメイン》――我が名の下に、天罰を下す!」


咆哮とともに、聖都の地下に雷雲が出現した。


常識を越えた、絶対領域。

雷の結界《雷界》が展開され、この瞬間――この空間は、彼の“支配圏”となった。


**


「これは……!」


リーシャが身を竦める。普通の魔族なら、瞬時に消し炭になってもおかしくない。


「……ふふ。なら、こっちも出さないとね。ねえ、姉さん?」


アーシャが頷く。


「そうね。そろそろ、“本当の姿”を見せてあげましょうか」


双子の身体が、淡く発光する。魔族でありながら、どこか神性すら感じさせる神秘的なオーラ。


涼真は一歩、後ろに退き、低く呟いた。


「――始めろ。聖都の腐敗を……ここで断ち切るんだ」


雷と魔が交差する。


聖都セイクリア、その最深部にて。


雷鳴が轟き、聖都セイクリアの地下が軋む。

マクスウェルが掲げる雷槍ミリオヴォルトは、天井にまで届かんとするほどの稲妻を放ち続けていた。


その一閃だけで、魔族の精鋭ですら消し炭になりかねない。

この空間全体が、彼の支配下にある。


「くっ……動きが鈍くなる……!」


リーシャの頬に、一筋の血が垂れる。

彼女の速度をもってしても、この雷界では通常の半分以下の力しか発揮できない。


「このままじゃ……!」


アーシャが歯噛みする。雷が魔力の流れを断ち、術式の発動すら困難にしている。


「やはり……貴様らは、“下の連中”とは違うな」


マクスウェルが忌々しげに呟いた。


「だが、貴様らも人間を脅かす魔物に変わりはない!ここで消えてもらう!」


次の瞬間――


「《雷裁断いかずちのさいだん》!」


雷槍を地面に突き立てたマクスウェルが叫ぶと、空間が割れた。

八方に走る雷の柱が、双子を取り囲むように展開する。


完全なる“封殺”。


だが――その瞬間、


「――いい?リーシャ」


「うん、姉さん」


双子は微笑み合った。


次の瞬間、雷が霧散する。


「……なっ――!?」


マクスウェルが目を見開く。


アーシャとリーシャの髪が宙に舞う。瞳が深紅に染まり、背から黒い翼のようなエネルギーが伸びていた。


「ご覧なさい。これが私たちの……《しんの姿》よ」


アーシャが静かに言う。


リーシャも続けた。


「姉妹で一つ、《鏡写し(ミラーシェイド)》の血脈の解放。ここからが本当の遊びよ?」


彼女たちは“異相いそう変化”を果たした。

魔王軍の中でもごく一部しか持たない、純血幹部の力。

一人で軍を壊滅させうる“災厄カタストロフ”の具現――。


「この魔力……ッ、ふざけるな……!」


マクスウェルの額に汗がにじむ。


「貴様ら、何者だ……!」


「教えてあげてもいいけど、どうせ死ぬんだから意味ないよ?」


リーシャがぴょんと跳ねるように浮かび上がる。


その直後――


「《双影螺旋陣そうえいらせんじん》!」


アーシャの声と共に、二人が同時に突っ込む。


マクスウェルが槍で迎撃するも――


ガギィンッ!


雷の壁が破られる。


「バカなッ!この雷界の中で――!」


「この雷界ごと、私たちが“喰ってる”のよ」


アーシャの一言に、マクスウェルの顔が蒼白になる。


雷界は確かに強力な支配領域だが、それは魔力構造を読み解けない者にはでしか通用しない。


双子はその構造を《共鳴感応》で分析し、逆に干渉・支配していたのだ。


「終わりだよ、マクスウェル」


リーシャが背後に回り、アーシャが前方から突撃する。


雷が弾け、空気が焦げる。


雷界解除ディスコード・ゼロ!」


二人の声が重なった瞬間――雷槍が、砕け散った。


「ぐああああああああっ――!」


マクスウェルの絶叫とともに、空間が崩壊する。

全身を雷に守られた男が、無防備な人間に戻り――そして地面に崩れ落ちた。


静寂。


雷は消え、空気が澄んだ。


「……あっけなかったね」


「全力出せば、こんなもん」


リーシャが小さく伸びをし、アーシャは槍の残骸を踏みつける。


涼真はその様子を後方からじっと見つめていた。


「……よくやった。これで聖都の第一層は奪取完了だ」


「涼真、次はどこ?」


「中央議会。そのあと、神殿区。セイクリアの“心臓”を――潰す」


双子が微笑み、頷いた。


腐敗した国家の中枢、聖都セイクリア。

その最奥へ、三人の侵攻が続いていく。

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