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The Black Gate  作者: しょぼ
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第六章 粛清者との交戦と突破

一瞬、空気が張りつめた。

魔力が揺らぎ、重力がねじれ、天井から無数の光弾が降り注ぐ――イグナートの先制攻撃だった。


「《審理のジャッジメント・シャワー》!」


アーシャとリーシャが左右へ跳び、涼真が前へと踏み出す。

降り注ぐ光弾の雨をすり抜け、魔導槍を振るった。


「はっ!」


金属音が爆ぜる。

だが、イグナートはすでに後方へ跳び、距離を取っていた。


「それでこそ、“涼真”だ……!」


そして、背中から六枚の光翼が展開された。

白銀と漆黒の翼。その融合が示すもの――


「――《双律の印章デュアル・オーダー》」


アーシャが声を上げる。


「……天界と魔界、両方の認可印……!?」


「人間が、そんなものを……っ」


リーシャも絶句した。

涼真は僅かに目を細め、構えを低くした。


「やはり、国家の切りカードだったわけか」


「当然だ。私は“粛清”のために作られた人間だ。

誰よりも力を持ち、誰よりも忠実で、誰よりも冷酷。――そして、何よりも君を“理解できる”存在だ」


イグナートが手をかざすと、床の魔法陣が起動した。

空間が反転し、次の瞬間には涼真の背後に彼が出現する。


「――ッ!」


涼真はすかさず槍を背後へ突き出すが、読まれていた。

イグナートの拳が、音速で涼真の脇腹に炸裂する。


「が……っ!」


吹き飛ばされる涼真。

しかし、その体勢のまま空中で姿勢を戻し、槍を投げた。


「《因果断裂槍・零式イニシャル・バースト》!」


銀光が空間を裂く。だが――


「無意味だ」


イグナートの左手が起動する。


「《未来固定》――“この位置では、私は傷つかない”」


因果律が捻じ曲げられ、槍は彼の前で寸前に消滅した。


「……ッ!」


「君の力が優れていることは認めよう。だが、私はそれを“対策された状態”で設計されている。

お前のあらゆる可能性は、訓練の段階ですでに排除してある」


「ならば――その想定を超えるだけだ」


涼真の瞳が赤黒く輝いた。


一瞬、周囲の魔力の流れが反転し、空間がねじれる。


「“斬撃が届かないという結果”を――否定する」


彼の周囲が“斬撃が届く世界”に塗り替えられた。

そのまま空間ごと突進し、槍がイグナートの肩口を穿つ。


「がっ……!」


初めての負傷。

血飛沫が飛び、イグナートが距離を取る。


「ふ……はは……! やはり、君は……面白い!」


次の瞬間、彼の身体が光に包まれた。

翼が巨大化し、周囲の重力を支配するほどの圧力が発生する。


「だが、ここからが本番だ」


床一面に魔法陣が展開される。


「《断罪機構・零号ゼロ・ジャッジメント》――開始」


光が降る。

天から落ちるのは、ただの光ではなかった。

一撃で都市を蒸発させる“世界修正級呪法”。魔王すら正面からは避ける、“国家権力の行使”だった。


アーシャが叫ぶ。


「涼真! もう抑えてる場合じゃない!」


「……まだだ」


涼真の声は、静かだった。


「この程度なら――“定義”だけで捻じ曲げられる」


槍を地面に突き立てた瞬間、世界が“変わった”。


――《ここでは、ジャッジメントは発動していなかった》


因果律操作。

それは、神の領域に片足を踏み込む行為。

涼真が本来持つ力、その“ごく一部”がここで使われた。


全ての光が消える。


「な……!? どういうことだ……!?」


イグナートの目が見開かれる。


「君は……魔王よりも……」


「――どうでもいい」


涼真は前へ踏み出す。


「お前の役目は、ここで終わりだ」


「まだ終わっていない……!」


イグナートが歯を食いしばる。

涼真の因果操作によって全術式が消えたにもかかわらず、彼は立ち上がった。


「貴様……本当に、“あの魔王”より強い……」


「比較する意味はない」


涼真の足取りは重くも、確かな意思に満ちていた。

一歩踏み出すたびに、空気が震え、地面がきしむ。

その気になれば、都市一つを指先で消せる――だが、彼は“抑えている”。


「俺の敵は、お前じゃない。腐った国家だ」


イグナートの瞳が苦痛と理解で揺れる。


「……ならば、なぜ俺を殺さない?」


「お前は“本当に腐っていた”わけじゃない。ただ、システムに忠実だっただけだ」


その言葉に、イグナートの動きが止まった。


「この国が機械仕掛けの秩序で成り立っているなら、お前はネジの一つに過ぎない。

だが……俺はその歯車そのものを叩き壊すつもりだ」


「ならば、俺を踏み越えていけ! 俺もまた、“それ”を壊したいと願っていた!!」


叫びとともに、イグナートは最終形態へ移行した。


背中から現れたのは、六対十二枚、合計二十四枚の剣状光翼。

そのすべてが独立した魔法演算式で構成されており、同時に斬撃、雷撃、重力崩壊、時限拘束などを行う。


「《最終粛清形態・白翼断罪体アークジャッジ・フォーム》!」


リーシャが息を呑んだ。


「嘘でしょ……あんなの、正面からやったら――」


だが涼真は、構えもせずに前に進む。


「お前の“正義”に、ケリをつけよう」


全翼が展開された瞬間、空間が白く染まる。

イグナートの剣が、空間そのものを裂きながら迫ってくる。


「――《聖界斬セイクリッド・レンド》!!」


だが――次の瞬間。


「そこは――“攻撃が届かなかった”過去になる」


涼真の指先が動いたとき、イグナートの攻撃は届く前に“終わったこと”にされた。

結果だけが改変され、世界は既に“斬撃は失敗していた”と認識してしまった。


「また……因果を……っ」


「本気じゃない。これはほんの微調整だ」


涼真の瞳が紅く煌めく。


「……だが、次は少し本気を出す」


槍が起動する。


【魔王識別コード、全解除――】


【第零位指定解除】


【“人類最終型エンドブリンガー”起動承認――】


「“力”は――使わずにすむなら使わない方がいい。だが、お前がここまで来たなら――見せるしかないな」


涼真の背中から黒い霧が立ち昇る。

その中心には、見る者の魂をえぐるような“深淵”があった。


「――《断界穿槍・獄滅ジ・アビス》」


一閃。

槍が振るわれたわけではない。

世界そのものが“刺された”のだ。


イグナートのすべての翼が、一瞬で消し飛んだ。


「ぐ、あ……あああああああああッ!!」


彼の肉体が、空間の裂け目に引きずられそうになる。


「やめろ……! 俺は……まだ……!」


涼真はその手を掴み、引き戻した。


「……なぜ、殺さない……」


「お前はまだ壊れていない。なら、やり直せる」


イグナートの目に、かつての涼真と同じ絶望が浮かんでいた。


「……俺も……本当は……やりたくなかった……」


「知ってる。俺たちは“同じ作られ方”をしたからな」


涼真はイグナートをアーシャに預け、後ろを振り返った。


「この道の先に、“もっと腐ったもの”が待っている」


リーシャが問いかける。


「それを、すべて壊すつもり?」


「いや――壊す“だけ”じゃ意味がない。

そのあとに、“誰にも搾取されない世界”をつくる」


涼真は歩き出した。


国家権力すら捩じ伏せる力を背に、人知れず進む“魔王すら越えた存在”――


だが、彼の背中は決して傲慢ではなかった。

むしろ、“それでも世界を信じている男”の、それだった。


粛清者イグナート――敗北。

この瞬間、勇者庁最深部は事実上の制圧を許した。

だが、それは始まりに過ぎない。


腐敗の本丸は、まだ――その先にいる。


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