第一章 再起動
死は、静かだった。
だが、それは終わりではなかった。
「……脳波、回復。生命反応、安定」
「起きるよ。目を開けて」
どこか冷たい、しかし透き通った女の声が耳を打った。
まぶたの裏に、暗闇ではない“色”が差し込む。
神崎涼真は、ゆっくりと目を開けた。
「……ここは……」
部屋はどこか生物の体内を思わせる柔らかさがあった。
湿った空気。微かに感じる、魔力の匂い。
――人間の世界ではない。
涼真はゆっくりと身を起こす。
その動きには、痛みも、疲労も、もはやなかった。
「生きて……いるのか?」
「“生かされた”のよ、あなたは」
声の主は、目の前に立つ美しい少女だった。
人間離れした艶のある金髪、赤い瞳、そして薄く笑う口元。
その体には、漆黒の装束と、魔族特有の符刻が刻まれていた。
「私はアーシャ。こっちは私の妹、リーシャ」
「よろしくね、元・人間さん」
もう一人、髪の色だけが白いそっくりな少女が笑う。
二人は双子の魔族。
そして、魔王軍直属の上級幹部。
「君たちが……俺を蘇らせたのか?」
「正確には、君を“選んだ”のよ。器としてね。身体も魂も、私たちの手で再構成した」
「今のあなたには、魔王すら圧倒する潜在魔力が宿ってるわ」
涼真は静かにてのひらを見た。
その手には、かつてなかった黒い紋が浮かんでいた。
力がある――わかる。
ただ立っているだけで、地脈の流れすら読み取れる。
だが同時に、それは「人間ではなくなった」という証明でもあった。
「なぜ……俺を?」
リーシャが肩をすくめる。
「人間社会の“腐りっぷり”を、あなたが一番理解していたから」
「あなたは、正義に絶望した。変えられないと悟っていた。でも諦めなかった」
「だから私たちは、力を与えた。代わりに“こちら側”に来てもらう」
「こちら側……つまり、魔物側か」
「違うわ。“正義側”よ。人間はそれを否定するけどね」
涼真はゆっくり立ち上がった。
新しい肉体は、滑らかに動く。重さも感じない。
だが芯には、かつてないほどの“冷たい炎”が燃えていた。
「いいだろう。協力する。だが――条件がある」
アーシャが片眉を上げる。
「言ってみて」
「……このまま人間を殺して支配するのでは意味がない。腐った社会を“中から”破壊する」
「魔物側の存在を知られる前に、人間の秩序を崩壊させる」
「そしてそのあとで、“新しい秩序”を築く。俺の手でな」
しんと静まり返った洞窟に、双子が笑う声が響いた。
「ふふ、最高ね。その傲慢さと、冷酷さ。まさに“粛清者”」
「期待してるわよ、黒の王子様――神崎涼真」
そのとき、彼の背後に、黒いマントが自然と巻きつくように広がった。
魔物の刻印が、彼を新たな存在へと認定する。
――神崎涼真。魔王直属の影。コードネーム「クロウ」。
腐敗した人間社会を、内部から崩壊させる、“黒の粛清者”。
彼の戦いは、今始まったばかりだった。
(第二章「英雄たちの罪」へ続く)