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VS マモノ

「ねぇぇぇェェ……ねぇぇぇェ……」


 女のマモノはうわ言のように同じことしか言わない。

 これは地獄にいた亡者と似ているな。彼らも異形の姿をしていたものだ。

 ということは依然油断のならない相手だ。


「イサナ! 逃げろってのが聞こえないのかよ!」

「そういうわけにはいかない。俺はお前の弟だからな」

「だ、だから兄ちゃんが守ってやるって言ってんだよ!」

「兄ちゃんが、か」


 兄ちゃん、家族。オレはその言葉に温かさを感じた。

 これは俺が求めていたものなのだろう。

 もしかしたら前世の俺は家族というものをあまり知らなかったのかもしれない。


「ねぇぇぇェ! ねぇぇぇぇェェェーーーーー!」


 女のマモノが複数の腕を伸ばしてきた。

 関節の可動など完全に無視した不規則な動きだ。

 更に首に巻かれているロープが左右に大きく揺れているからより乱雑な軌道を描いていた。


「五行の壱・木印……樹縛」


 林に生えている木の枝が同じように不規則に蠢く。

 それらが女のマモノの腕を残らず縛り上げた。

 身動きが取れなくなった女のマモノがもがいている。


「す、すっげぇ……」

「いしゃなっ! にーにーっ! にーにーつおーい!」


 蓮太が呆気に取られて菜子がなぜか嬉しそうだ。

 そこまでのことはやっていない気がするが、蓮太に関しては弟の俺にしては上出来と言いたいのだろう。


「ねぇ、ネェェェェぇぇ……」

「お前達亡者は生前の恨みや趣向が反映された姿になると聞く。その姿はお前の呪縛でもある」

「ねぇぇぇぇぇェェェーーーー!」


 女のマモノが口から吐き出したのはロープだ。

 複数のロープが放たれて蛇のように絡みついてくる。

 俺の腕や足に巻き付いて締め上げた。


「ムシ、しないデ、ネぇぇぇぇぇ……!」

「五行の壱・金印。千刃時雨」


 銀色の大小様々な千の刃がロープを斬り裂いて細切れにしていく。

 そして舞い散る花びらのように、刃はただ静かに揺蕩う。


 本来なら塵も残さず斬り尽くすのだが、この体ではやはり色々と残してしまうな。

 刃は消えることなく俺の周囲に浮いて攻防一体となる。はずなのだが。


「イ、イサナ、お前、それ……本当に五行の壱かよ……」

「いしゃなっ! いしゃなっ! にぃにぃっ!」


 蓮太は混乱しているようだが、これは誰がどう見ても五行の壱だ。

 修行中の身である上にこの体では攻防一体とはいかない。

 その証拠に本来であれば女のマモノも同時に斬り散らせるはずだがそうはなっていない。


「ねぇ、ェェ、ムシ、しない、デ、ねぇェェ……!」

「すまないが未熟な俺では悪霊を穏便に祓うことはできない」


 樹縛に捕らわれた女のマモノの周りを刃が巡る。


「ねェェェ……アアァァァア、ァ……!」


 舞う刃が女の魔物の腕や首を裂いてみじん切りのごとく千切れた。

 かすかに残った肉片のようなものも再び細切れにする。

 やはり今の力では一度の動きで完全に仕事を終えられないようだな。


「ふぅ……なんとか討伐できたようだが一度は捕まってしまった。まだまだだな……」

「イ、イサナ……」


 俺が一人で反省していると蓮太が近づいてきた。

 蓮太は今のマモノを討伐できないとのことだが、果たしてそうだろうか?

 ここには俺や菜子がいて守らねばならず、派手な戦いはできないはずだ。

 そうなると討伐難易度が上がるのは必然というもの。

 恐れているように見えたのも、そういった状況を加味してのことだろう。


 蓮太はぷるぷると震えて何か言いたそうだ。

 俺の戦いの評価をした上で不満があるのかもしれない。


「わ、悪かった……オレのせいで弟と妹のお前らに怖い思いさせて……オレ、お兄ちゃん失格だよ……」


 蓮太が再び泣きそうな顔をしている。

 兄の資格とやらが何かはわからないが、オレには蓮太が失格とは思えない。


「何を言う。蓮太は俺達を守ろうとした。それだけでも立派だろう」

「イサナ……」


 俺はそう言うしかなかった。

 なぜか記憶の中の自分と重なる。

 幼い子どもを前にして殺される瞬間の光景が一瞬だけ蘇った。


「さ、早く帰らないと父ちゃんに……ん?」


 蓮太が見た先には公園の土の上ですやすやと眠る菜子だ。

 脅威が去って緊張が緩んだのだろう。


「はは、菜子のやつ寝ちまいやがっ……あれ?」


 続いて蓮太が地面にこてんと倒れてしまった。

 こちらも緊張が緩んだせいかもしれない。

 俺達を守ろうとして気を張ったせいか。


「へ、へへ……情けないなぁ。全力の焔一発でこれだもんなぁ」

「体に負担がかかってしまったのか」


 楼王家では陰陽師の修行は5歳からで、理由は体に負担がかかるからだ。

 5歳を超えたとしても負担がなくなるわけではない。

 つまり蓮太は無理をしすぎたのだ。


「仕方ない。二人を運ぶとなると俺一人では無理だな。あれを呼ぶか」


 オレが印を結ぶと地面に火・水・木・金・土の文字が円形状に浮かび上がる。

 陰陽師の基本である五行、そして陰と陽を寸分の違いなく霊力に変換するとどうなるか。


「出でよ! 地獄の番犬ケルベロスッ!」


 他次元の扉、つまり地獄の門が開く。

 なつかしさすら感じる地獄の瘴気を浴びつつ、開いた門から奴が出てくる。

 そいつは冥王の住居を守っていた地獄の番犬だ。


 頭が三つある変わった犬でそれぞれの口から吐き出される冷気や炎、雷は数多の亡者を塵に変える。

 魂食らいとも恐れられており、幾億の月日が経とうと冥王の牙城に何人たりとも寄せ付けなかった。

 食らわれた魂は輪廻転生の道が絶たれる。


 さしずめ死を食らう番犬といったところか。

 そんな犬が俺になついてきたものだからありがたい。


「ケ、ケルベロスだって!? イサナ! 本気で言ってるのか!」

「あぁ、くるぞ」


 三つの頭を揃えた恐ろしい地獄の番犬のお出ましだ。

 現世で会うのは初めてだな。


「……わんっ!」

「きゃんきゃんっ!」

「ばうばうっ!」


 出てきたのは犬だ。それも3匹、地獄で出会った時よりも明らかに小さい。

 これはどういうことだ?


(ぷーーーくすくすくす! イ、イサナ! 今のお前ではケルベロスを完全に現世に顕現することは叶わないようだのう!)

(……迂闊だった。なるほど、俺の力に応じてケルベロスも姿を変えるのか}

(ぷひゃひゃひゃひゃ! くひひひ! アハハハハハッ! ひぃーーーひぃーーー!)

(そこまで笑うほどのことか?)


 冥王が腹を抱えて大笑いだ。

 いささかショックだがこれが今の俺の実力だ。

 これは現実として受け止めねばなるまい。


「イ、イサナ! なんだよ、こいつら! 式神かぁ? ヒャヒャヒャヒャヒャ!」

「俺のペットだ。歩けなくなったお前と寝ている菜子くらいは運べるだろう」

「いーぬー?」


 菜子がむくりと起きてケルベロスと目が合った。


「わぁー! かぁいいぃーー!」

「わんっ!」

「きゃんっ!」

「ばうっ!」


 菜子が3匹と戯れ始めたぞ。ケルベロス、ここまで人懐っこいものだったのか。

 もし奈子を襲ったらどうしようかと思ったが杞憂だったようだな。


「かわいいなぁ! 菜子?」

「もっふもふーーー!」

「わぁんっ!」


 想定外だったが仕方ない。一応の役割は果たせるはずだ。

 3匹は蓮太と菜子を乗せて歩き始めた。

 二人はよほど気に入ったのか、今度また乗せろと頼み込んでくる。

 そういう用途は想定していないが断るのも違う気がした。

 そういうわけで今度の日曜日に3匹で二人を乗せる約束をしたのだった。 

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