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ヌガトミ

「うぁぁうぁぁぁ……頭がぁ頭がぁ……」


 そこは薄暗い一角だった。

 真四角の畳部屋の真ん中には蓮太やタイチと思われる人物が横たわっている。

 タイチのほうは時折体をくねらせて奇妙な動きをしているな。


「なんとか安定したな」

「アユラ様、ありがとうございます。ここからは私達だけでなんとかなります」

「頼んだぞ」


 四方を四人の陰陽師が囲って印を結びながら何か唱え始めた。

 あの者達はアユラの仲間か?

 厳二郎が顔をしかめて蓮太に視線を向けている。


「これはなかなかひどいな……」

「私の弟子達が祈祷を行っている。これでもかろうじて意思疎通を図れるようになっただけマシだ」

「それはいいがアユラ、ここまでの事態になっているのになぜあれを放置する?」

「だから言っただろう。堕ちたとはいえあれは神の類、おいそれと手を出してはいけない」


 アユラが厳二郎を見ずに即答する。

 あの正体不明な悪霊が神だと?


「まだそんなことを言ってるのか! 神とて堕ちてしまえばマモノだ!」

「厳二郎、お前は人の身分で一線を超えてしまうことの重大さを理解していない。踏み越えればそこは神の領分、後戻りはできない」

「我々の領分に神が踏み込んだのだ! 神とて容赦などしておられん!」

「神域に踏み込めば神は我々を容赦しないだろう。そうなれば私達はもう人を気取ってはいられなくなる。人としての営みすらも確約されない」


 厳二郎とアユラの激しい口論が始まってしまった。

 神とは漠然としたものでよくわからないが、アユラは敬意を払っている。

 一方で厳二郎は神といえど容赦はしない。


 どちらが正しいのかよくわからない。

 ただ俺としてはどちらが悪いか決めるにはやはり詳細を知らなければいけないと思っている。

 ここはアユラに聞いてみよう。

 

「アユラ、蓮太やタイチをおかしくしてしまったものは何者なのだ?」

「ヌガトミ。大昔は豊穣の神として崇められていたがいつしか人に忘れられて堕ちてしまった。そこにいるお前の父はマモノ呼ばわりしているが、堕ちてもその力は健在さ」

「人に忘れられた……?」

「文明が発達して便利な世の中になるにつれて人々が神に祈ることもあまりなくなった。昔は神の仕業として恐れられていたことがただの自然現象だとわかってしまったからな。そして人々は神を軽んじてしまったんだ」

「なるほど……」


 俺は思わず神に同情してしまった。

 もし俺が誰からも忘れられてしまったらどうするだろう?

 楼王家の者達にも必要とされなくなったら?


「しかしその力で人々を救っていたことも多々ある。必要とされていた時はその力を発散できていたが、忘れられたらどうなると思う?」

「力のやり場か……。どうなるだろうな」

「力を持て余したヌガトミは自身の力に飲まれてしまった。そして今はそこに存在するだけと化してしまった」

「待て。存在するだけだと? 蓮太やタイチがこのようになっているのだぞ?」


 アユラは一呼吸を置いて俺を見下ろした。

 冷たくも現実を告げる前触れだとよくわかる。


「なに、ただヌガトミの霊力が計り知れないだけだ。その差があるほどヌガトミに気圧されて精神に異常をきたす」

「確か霊力が低ければ悪霊を恐れるようになる……」

「それと同じだ。ヌガトミはただそこにいるだけ……見ただけでおかしくなるほどヌガトミは途方もない霊力を持っている」

「なんと……」


 俺は思わず蓮太のほうに振り向いた。

 あの蓮太でさえおかしくなるほどヌガトミは恐ろしい霊力を秘めている。

 今更ながらアユラが恐れていた理由がようやく実感できた。


「ところでお前はヌガトミを見たのか?」

「あぁ、だが俺は運がよかった。蓮太ほど見つめていなかったからな」

「……そうか」


 俺も一歩間違えれば蓮太と同じ、いや。

 蓮太以上にひどい状態になっていたかもしれん。

 俺が蓮太を見つめたまま立っていると厳二郎がアユラに詰め寄った。


「アユラ。ヌガトミは私が討つ」

「好きにしろ。お前は昔から荒っぽいからな」


 厳二郎がアユラに射殺さんばかりの眼差しを向けている。

 もしアユラが異を唱えれば争いが起きていただろう。


「先程も言った通り今日は泊まっていけ。それと念のためだが外には出るな。これ以上の犠牲は勘弁してほしいからな」


 俺達は部屋を割り当てられて泊まることになった。

 屋敷が広いから用を足すとなれば心配だな。

 いざとなれば陰陽術を駆使しなければいけない。


            * * *


――……いぃこ、おいでぉ


 深夜、菜子は目が覚めた。

 こんな時は大体トイレで両親に付き添ってもらっている。

 しかし今日は隣にイサナ、奥に杏里が寝ていた。


「いしゃな、にーにー……おといれ……」


 菜子がイサナを揺するがまったく起きない。

 杏里の布団にいって揺するがこちらも起きない。

 いつもならここで半泣きになるところだが、菜子は目が冴えていた。


――いぃ、こぉ、ぉいでェ……


「だぁれ……?」


 菜子は誰かが自分を呼んでいると感じた。

 それが誰なのかはまったくわからない。

 ただひたすらか細く弱々しい声であり、菜子は心のどこかで悲壮的な感情になっていた。


――いぃ、こ、いでぇ……


「いま、いく……」


 菜子が布団から出て暗い廊下に出た。

 縁側に面した冷たい床を菜子は素足で歩いている。

 菜子は月明かりに照らされながらふらりふらりと進む。


「ここ……?」


 菜子が辿りついたのは呪物が封印されている蔵だ。

 昼にアユラが封印を施した扉が菜子の前に現れる。


――な、こ、ちゃぁん、こっち、ぃいこ、ぉいでぇ


「あかないの」


 菜子は自分を呼ぶ声が愛おしくなっていた。

 何者かが自分に助けを求めている。

 助けられるのは自分しかいない。


 幼い菜子にとって誰かに必要とされるということはそれだけで全能感に満たされてしまう。

 菜子は声の主に感情移入していた。

 どうすれば救えるのか。どうすれば開けられるのか。


 菜子は思案した。

 扉に手を触れてひたすら考えて。そして。


「ごぎょーの……むにゃ……」


 菜子の体が淡く光り、扉の鍵もまた光る。


――ガチャ


「いま、いくね」


 札がはらりと剥がれた。

 菜子が当然といった様子で扉を押すといとも簡単に開く。

 菜子の素足が冷たい蔵の中の床を踏む。

 そんな菜子を出迎えるかのように一体の人形の目がぎょろりと動いた。


「あそぼ、なぁこぉちゃぁん」


 人形がカタカタと動いてケースに腕を突き出す。

 張られた札が蒸発するように焼けると人形がぎこちない動きで歩き始めた。

 菜子は焦点が定まらない目で人形と対面する。


「ア、たち、あけミ、だョ、あそボ、ボ、ボ」


 人形の口がギチギチと開いて菜子に話しかける。

 菜子に人形が手を伸ばした時――


――じぁまァ、すル、なァ……


 人形が関節を折り曲げられて各パーツが吹っ飛んだ。


「ナ、ニィ、する、ノォ……」


――るぃい、こぉ……


「ナ、ナァ、にィ……」


 人形の首が弾け飛んで床に転がった。

 それから間もなく黒く焼け焦げ初めて異臭を漂わせ始める。


――わぁぁぁるィ、こぉ、ねん、コろ、りん……ヒ、ひヒ……


 人形全体がボゥっと燃え上がって瞬時に蒸発してしまう。

 菜子の後ろで扉が閉まったのはその直後だった。

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