田舎へ行こう
「おとまりー♪ おっとまり♪」
菜子がすごく元気だ。
早朝、家を発って数時間ほど俺は車に揺られていた。
車を運転しているのは楼王家の専属運転手とかいう人物だ。
この男は厳二郎が若手の頃にはすでに仕えていたらしい。
「いやぁ、厳二郎様は本当に息子想いですなぁ」
「ヒデジ、勘違いしているが私は息子のために出かけるわけではない。あくまで楼王家のためだ」
「幼かったシヅカ様が高熱を出された時もすぐに私に車を出せと命じましたねぇ。いやぁなつかしい」
「それも楼王家のためだ。シヅカのためなどではない」
高速道路とかいう奇怪な道を走りながら、ヒデジとかいう男は饒舌に語る。
あの男も陰陽師なのだろうか?
そうでなければこんな車とかいうものを操れるとは思えないのだが?
「あ、なんか来ましたね。五行の壱、火印の焔っと」
ヒデジが指先を正面に向けると突撃してきた生首が一瞬で蒸発した。
やはりあの男も陰陽師か。
そうでなければこんな車など操れるはずもないからな。
「しかし最近になって低級霊が増えましたねぇ」
「うむ、気のせいだと思いたいがな」
「あ、イサナおぼっちゃん。アメ食べます?」
オレはヒデジからアメというものを貰った。
口に入れたがあまりに固くてとても食えたものではない。
どうしようかと思ったが、これはヒデジから試されているのだと理解した。
「五行の壱、水印。雲酸……ぶっ!?」
陰陽術でアメを溶かしたら口の中で破裂してしまった。
ここまで小さいものを溶かしたことがなかったのでコントロールが難しいな。
「イサナ君! ハンカチあるよ!?」
「杏里、すまない」
「いしゃなにーにー、おもちろーい!」
「おいおい! なーにやってんだよぉ!」
杏里が俺の口の周りをハンカチで拭いてくれた。
今回は蓮太、杏里や菜子がなぜかついてきている。
厳二郎曰く二人があまりに同行したいと懇願してきたので、勉強のために連れていくとのことだ。
三人とも、あまりに勉強熱心でオレもうかうかしていられないな。
菜子など泣くほど懇願したほどだ。
「げ、厳二郎様。イサナおぼっちゃんって……」
「……変わっているだろう?」
「わんっ!」
なぜかケルが代わりに答えた。
そう、今回はケルとベロとスーもいる。
なんとも賑やかでいいことだ。
* * *
「うひょーー! すげぇ畑ばっかり!」
「蓮太君、あれは水田っていうんだよ」
昼過ぎに到着した先はなんとも息を飲む光景が広がる場所だった。
杏里によればこの辺り一面に広がるものは水田というものらしい。
この辺りでは米がたくさん作られているのだという。
「まったく……相変わらず辺鄙なところに住んでいるものだな。確か山側に面した屋敷だったか」
「厳二郎、あの草がどうして米になるのだ?」
「あそこに実がついているだろう? あれが米となるのだ」
「ほぉ、それはなんとも奇妙なものだな。これも陰陽術を駆使しなければ成し得ないことだろう」
「……ヒデジ、確かまっすぐ進んだところだろう?」
ヒデジが車を運転して道を真っ直ぐ進む。
その間、俺は水田に見入っていた。
ケル達も珍しいようで、窓に前足をかけて興奮している。
「わぉんっ!」
「ケルちゃん、あの中には餅米があるんだよ。おもちだよ、おもち」
「ばうっ!」
「ベルちゃん、もしかして食べたいの?」
「きゃんきゃんっ!」
「皆、食べたいんだねー。私もイサナ君と一緒におもち食べたいなー」
餅とは聞きなれない食料だな。
いや、確かとてつもないものだったという記憶はある。
一定の確率で人を死に至らしめることがあるのだったな。
そんなものを食べるなど正気ではない。
杏里はこのことを知っているのか?
「あー、退屈だぜー。オヤジー、まだ着かないのかー?」
「あと数分だ。かなり大きな屋敷だから見ればすぐにわかる」
「そっかー……ん?」
蓮太が急に車窓に張り付いた。
何かあるのかと俺も続いたが、間もなくそれを見つける。
「なんだありゃ? あいつ、あんなところで何してるんだ?」
「奇妙な動きだな。あれも陰陽師の修行か?」
「いや絶対違うだろ……」
それは見れば見るほど奇妙だった。
最初は人かと思ったが、その動きがあまりに不自然だ。
体中の関節などないかのような挙動、すべての体の部位が上下左右へとせわしなく動いている。
「おい、お前達。どうした?」
「あー……なんか変な奴がいてなー……」
「変な奴?」
厳二郎が窓を覗き込むと間もなく顔色が変わる。
そして後部座席に座っているオレと蓮太の頭を掴んで強引に下に押し込んだ。
「わぁ!? な、なにすんだよ!」
「見るなッ! イサナも杏里もだ! いいか! 絶対にあれを見るなッ!」
厳二郎の怒声が車内に響く。
窓の外の景色に現を抜かすようでは陰陽師など務まらないということか?
俺は言われた通りに窓から目を離した。
「お、オヤジ。まだダメかー?」
「……もう大丈夫だ」
厳二郎が蓮太の頭から手を離した。
この一瞬で厳二郎がとてつもない汗をかいている。
もしやあれは悪霊の類か?
だとすれば厳二郎ほどの陰陽師が狼狽するほどのものということになるな。
「げ、厳二郎様。もしやアレですか?」
「あぁ、久しくその存在が確認されてなかったので油断していた」
「子どもの頃に祖父から聞かされていましたが、まだいたんですねぇ……」
「仕方ない。何せ先代の顔役達ですら手を焼いていた存在だからな」
二人の会話からして並大抵の悪霊ではないと伺える。
杏里は不安そうに俺にくっついてきた。
「イ、イサナ君。怖い……」
「杏里はあれが何かわかるのか?」
「わかんない。でもなんかすごく怖くて、絶対に関わっちゃダメだって思う……」
「ふむ……」
俺よりも感知に優れている杏里が言うのだからそうなのだろう。
見ることすら許されない悪霊など想像もできん。
気になってまた窓の外に目を移りそうになったが慌てて堪えた。
ふと蓮太を見るとなんだか視点が定まらないように見えるな。
明らかにいつもと様子が違う。
「蓮太。どうかしたのか?」
「へぁ? あー、いや、別にー?」
なぜかわからんが気の抜けた返事に思える。
厳二郎に怒られたのがよほど堪えたか?
そんなことで落ち込むような蓮太ではないとは思うが。
やはり気になるな。
「厳二郎。あれは何なのだ?」
「あいつの家に着いたら話す。ほら、見えてきたぞ」
厳二郎が促した先にあったのは巨大な瓦門だ。
あの分だと楼王家に負けないほどの敷地があるな。
そして門の前に誰かが立っている。
車を停めて降りるとそいつは和服を着た女性だった。
「お待ちしておりました。楼王家の厳二郎様ですね」
「相変わらず察しがいいな」
厳二郎の悪態のような口調に和服の女が笑う。
この女が八頭衆の一人なのか?
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