シヅカの静かなる仕事 3
「ホンマにありがとうございますぅ!」
地下のマモノが倒されたことでオーナーがシヅカの手を握って何度も感謝している。
シヅカはずっと笑顔でオーナーを温かく見守っているかのようだ。
あれだけの仕事をやったのに顔色一つ変えないとは俺とは大違いのようだな。
「昔っからうちの従業員が何人も辞めて困ってたんですわ! ホンマあのクソ悪霊ども、ざあぁないったらありませんわな!」
「オーナー、なぜここに悪霊が居ついたのか理解していますかー?」
「へ? そりゃここが処刑場だったからでは?」
「それもありますがそれだけじゃないんですー」
シヅカの笑顔にどことなく影が差した気がした。
顔は笑っているのに笑っていないような、シヅカは怒っているのかもしれない。
「地鎮祭はその土地を浄化する意味を込めて行うんですー。穢れ、悪霊、マモノ……その土地には様々な先客がいるんですー。そこを新しく使うのですから最低限の礼儀が必要なんですよー」
「あ、あー……でも地鎮祭ならやりましたぜ」
「やってませんよね?」
シヅカがオーナーを射竦めた。
オーナーの顔から血の気が引いたように見えるな。
あのオーナーのウソをシヅカはどうやってそこまで見抜いたのだ?
「まぁ、なんて言いますかな。あれかなり金がかかるんで、しゃあないっちゅうか……」
「あなたは悪霊……先住民達に断りもなくここにホテルを建てました。そのせいで迷える悪霊達の憎しみを呼び覚ましてしまったのです」
「な、なんで死んだもんに気をつかわなあかんのですか! 生きている人間が偉いんでっせ!」
「いいえ、悪霊も元は私達と同じ人間。同じように生まれて同じように生きるはずでした。それが何かの掛け違いで死して悪霊となっただけです」
シヅカの顔から笑顔が消えている。
オーナーが足腰を震わせて今にも倒れそうだ。
あのシヅカが怒りを露にするほどの所業をオーナーはしてしまったわけか。
これは俺自身も考える必要があるな。
「……今回はお仕事だからやらせていただきましたが、私個人としてはあなた達を許しません」
「あ、あなた、達って……」
「あなたの前にこの土地を使っていた方々です。大昔は地鎮祭を行うのは当たり前だったようですが、最近はそうでもないようでひどく残念です」
「ひっ!」
シヅカの一声でオーナーがついに膝から崩れ落ちた。
俺も蓮太も杏里も誰一人として口を挟めない。
未熟さ故に見守るしかないのだ。
「す、すんませんでしたぁ……」
オーナーが小声で謝った。
やはり人間、悪いことをしたら謝るのが当然だ。
「で、それでですね。今回は特別価格で地鎮祭をやりたいと思うのですがどうですー?」
「へ?」
シヅカが笑顔に戻った。
なんと、これから地鎮祭を行うのであればぜひ見てみたいところだ。
しかしオーナーはなんと答える?
「で、でも悪霊はもういないんじゃ?」
「悪霊を浄化しても一度汚れた土地は再び悪いものを呼び寄せますー。このままだともっと性質が悪いものがくるかもしれませんねー」
「そんなぁ! それじゃぜひお願いしますわ!」
オーナーがシヅカにすがるように懇願した。
これで一件落着なのだな。
「では代金120万円になりますー」
「はぁ!? そりゃいくらなんでも高すぎますわ!」
「元処刑場な上に長年に渡って放置されてきた場所ですからねー」
「さすがにこればっかりは他に頼みますわ!」
「このくらいが相場なんですよー。それに安い金額で引き受ける陰陽師は大体デタラメな仕事をしますからねー」
確かに楼王家の地鎮祭ならば確かなものになるだろう。
それに俺としてもシヅカが行う地鎮祭は見てみたい。
あのオーナー、首を縦に触れ! さぁ振れ!
「ご、50万円でどうでっか?」
「はいそれではさようならー」
「ああぁぁぁ! 払います! 払いますから頼みますわー!」
「ありがとうございますー」
シヅカが今まで以上にいい笑顔を見せた。
なるほど、いい仕事にはいい金額がかかるということか。
そこへいくと俺の仕事の価値など1円の値打ちもないのだろうな。
* * *
夕方、家路へと歩いている途中で俺は色々と考えた。
俺は陰陽師として悪霊は滅するものだと思っていたが、シヅカのように安らぎを与える道もある。
一流の陰陽師たるもの、やはり一歩先へと踏み込まなければいけないようだ。
「今日は疲れましたねー。あ、浮遊霊ですー」
シヅカがタタタッと小走りで電柱の傍らに佇む霊を宥めた。
それから間もなくして霊は笑って天へと昇っていく。
「シヅカ、さすがだな」
「悪霊以外も迷える霊は多いですからねー」
「シヅカはなぜ俺達を仕事に同行させた?」
「なぜと言われても……強いて言うならこれも経験、ですかねー」
「俺達にシヅカのような陰陽師になってもらいたいのだろう?」
俺が問いかけるとシヅカは歩みを止めた。
なぜだか少しだけ影が差した気がするな。
「あれは業入り儀式の前……4歳の頃でした。お父様に『お前は陰陽師に向いていない』と言われたんです」
シヅカが陰陽師に向いてないだと?
バカな。だとしたら誰が向いている?
「幼い頃、初めて悪霊に遭遇して私は泣きました。なぜこんなにもかわいそうなのかと……すると悪霊は油断した私に憑依しようと襲いかかってきました」
「シヅカなら討伐できたのだろう?」
「いいえ、無力だった私はお父様に救われました。あの時のお父様はすごく怖くて、今度は別の意味で泣いちゃいました」
あの厳二郎、やはり娘相手だろうと容赦がない。
俺も陰陽師としての心構えは常に肝に銘じたいものだ。
「悪霊に情けをかけるとつけ込まれて引きずり込まれる、陰陽師の常識です。だから私みたいな人間は陰陽師になってはいけないと……お父様は言いました」
「さすが厳二郎、杏里の時もそうだった」
「でも私はお父様の反対を押し切って陰陽師になりました。子どもの頃から討伐されるだけの悪霊を私の手で救いたい、ずっとそう思っていましたから……」
「なぜそう思った?」
シヅカはすぐには答えない。そして顔を見せずに歩みを再開した。
「私が恵まれすぎているから、ですね」
「恵まれすぎているだと?」
「私はお父様とお母様にたくさん愛情を注がれてきました。とても幸せだったのですが一方でそうではない環境に生まれてしまった人間もいます。それが最終的に悪霊となるのです」
「そうなのか……?」
シヅカの話は複雑だ。言われてみればそうだとも言える。
俺や蓮太、杏里はすっかりシヅカの話に聞き入っていた。
「通常、陰陽術で討伐された悪霊やマモノは魂ごと消滅します。それはいかに死後の存在といえど耐えがたい苦痛でしょう」
「地獄……」
「しかし私の陰陽術は穢れを浄化します。最後の時くらいは苦痛から解放させて然るべきところへと還したいのです」
「素晴らしい……」
シヅカは俺達に向き直った。
俺達一人ずつ顔を見てほほ笑む。
「あなた達がどういう道を歩もうと私は止めません。将来、立派な陰陽師になった時に思い出してください。私のような愚かな陰陽師もいた、と。もしあなた達の人生に何らかの影響を与えられたのであれば本望ですよ」
そこまで言い切ってシヅカはステップしながら歩き進む。
シヅカは俺達にああしろこうしろとは言わない。
考えることもまた陰陽師としての道なのだ。きっとそう言いたいのだろう。
「今夜はお母様とおばあ様が腕によりをかけて五目御飯を炊いたみたいですー。早く帰りましょー」
先ほどとは打って変わってシヅカは能天気に呼びかけてきた。
そして我先にと家路へとつく。俺達も後に続いた。
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