楼王家にやってきた見習い
「おい! イサナ! よそ見すんなよ!」
「ふーむ……」
家の道場にて俺は考え込んでいた。
俺に霊力を感じられない件は今も調査中だ。
あれから迅が提案した方法を試してみたが目立った効果はない。
陰陽師の修行方法は様々だが中でも瞑想は基本にして有効とのこと。
雑念を遮断しつつ感覚を研ぎ澄ませて己に問いかける。
これにより己の内側に眠る霊力を感じ取ることができるらしい。
しかし実際にはなしのつぶてだ。
いくら瞑想をしても何も感じ取ることができなかった。
現に今も――
「ぐっ!?」
「イ、イサナ! おい! 大丈夫か!」
俺に炎か何かが直撃したようだ。
見れば蓮太が慌ててやってきて今が模擬戦の途中だと思い出す。
蓮太を無視して俺は何をやっているのだ。
「け、怪我はない、のか?」
「問題ない。蓮太が手加減してくれたおかげだ」
「いや、まぁ……そうだな! ハハハッ!」
蓮太が高らかに笑う。
この俺が蓮太の陰陽術をまともに受けて無傷なわけがない。
俺のような未熟者は奇襲されてしまえばひとたまりもないはずだ。
それ故に常に薄い防護結界で自衛しているのだが、蓮太は未熟な俺を常に意識して威力を押さえてくれているのだろう。
「でもいきなり模擬戦の途中で座り出すんだもんな! なにをやってんだよ!」
「すまない。つい気になることがあってな」
「だからって模擬戦の途中でやるか!?」
「本当にすまない」
せっかく俺の修行に付き合ってくれている蓮太に不義理をしてしまった。
蓮太も俺の悩みを真剣に聞いてくれて、まずはやれることからやるということで落ち着いたのだ。
細かい理屈は抜きにして技は実戦の中で養われるといった理屈だったか。
「いしゃなにーにー、いちゃくないのー?」
「菜子、問題ない」
「いしゃなにーにーちゅよーい!」
「わんっ!」
菜子にも心配をかけてしまったか。
ケルとベロ、スーも俺の未熟さをさぞかし嘆いていることだろう。
その証拠にすり寄ってきてひたすら俺を舐めている。
「ケル、ベロ、スー。もう心配ない」
「きゃんきゃん!」
「くぅーん……」
わざわざ地獄から来てもらったのに心配をかけている場合ではない。
気を取り直して俺は蓮太との模擬戦に挑むことにした。
俺のやる気を蓮太が汲んでくれたようであちらも目つきを変える。
「ハッ! それでこそオレの弟だ! じゃあ、次こそよそ見すんなよ?」
蓮太の様子が明らかに変わった。
決して蓮太に油断するはずもないが、以前とは少しだけ何かが違う。
「オレだって修行したんだ。兄として恥ずかしくない強さを見せてやる。五行の弐……!」
蓮太が印を結ぶと周囲が爆発したかのようだった。
五行の弐、それは俺がどれだけ手を伸ばしても未だ至らない境地だ。
間違いない。蓮太は短期間でより陰陽術を磨いている。
いよいよ来るぞ! 蓮太の本気の陰陽術が!
「炎天……」
「はい、ストップですー」
蓮太の後ろから忍び寄ったシヅカが肩に手を置いた。
その瞬間、蓮太を取り巻く炎熱が急速に冷めていく。
蓮太は体中の力が抜けたかのようにその場に座り込んでしまった。
「シ、シヅカねーちゃん……」
「熱くなっても弟にそんなものを使ってはいけませんよー。蓮太はいい子でしょう?」
「あ、あぁ、ごめん……」
なんと、あの蓮太が潔く大人しくなっただと?
それに蓮太の陰陽術を鎮めるかのような所業はなんだ?
シヅカは楼王家の長女、迅の妹だ。
普段はあまり家にいないのでほとんど話したことがない。
食卓を共にしたことはあるが、あまり誰とも喋らずにいつも黙々と食べている。
「そうそう、蓮太はいい子ですねー。なでなで……」
「や、やめろよ! ガキじゃあるまいし!」
「よーしよし」
「だからやめろって!」
シヅカが笑顔で蓮太を撫でた。
そういえばあのシヅカ、常に表情が変わらない。
陰陽師たるもの、如何なる時でも感情を一定に保たねばならんということか。
「しじゅかねーねー!」
「菜子もいい子にしてましたねー。後でお土産をあげますから楽しみにしててくださいねー」
「おーーみやげーー!」
「わぉん!」
「きゃんきゃん!」
ふむ、シヅカは大変人気のようだ。
あの三匹もよくなついているようだな。
陰陽師たるもの、人徳も必要ということか。
「蓮太、お父様とお母様はいらっしゃらないのですかー?」
「二人とも、今日は温泉にいったよ。いつも忙しそうだからたまにはってことで俺と迅にーちゃんが背中を押したんだよ」
「まぁ! とても優しいのですねー!」
「だからいちいち撫でんなって!」
あのなでなでとやらはどういう基準で何の意味があってやっているのだ?
実力者のやることはわからん。
「それでは仕方ないですねー。では二人には後ほど紹介するとして……入ってきてくださいねー」
シヅカが手を叩くとおそるおそる誰かが道場に入ってきた。
あの少女は確か――
「はい、今日から楼王家に修行にやってきた陰陽師見習いの燈村杏里ちゃんでーす」
「は、は、初めましてッ! 燈村杏里ですっ!」
杏里、黒コートの時に俺が助けた少女だ。
その少女が陰陽師見習いだと?
驚きのあまり俺は口を開けたままだ。
「黒コートの時に華月ちゃんから提案がありましてー。杏里ちゃん、人並み以上の霊力があるから一度しっかりと修行しないとダメなんですー」
「う、うちに修行だぁ!? そんなの今まであったか?」
「だから特例ですねー。他の家に預けることも考えたのですが、杏里ちゃんの強い希望で決定しましたー」
「へぇぇ……そんなにすごいのか」
「第五怪位の呪いに何年も耐えるなんて普通の人じゃ無理ですねぇー」
やはり杏里には高い霊力があったか。
俺ですら尻込みしたあの悪夢の世界に囚われていたにも関わらず杏里は生還したのだ。
つまり杏里は陰陽師として高い適性を持つということ。
また一つ素晴らしい才能が発掘されたか。
杏里もまた俺のような凡人では届かないところへ行ってしまうのだろう。
その杏里が俺から目を離さない。
「イサナ君、会いたかった……」
「む?」
俺に会いたかったと聞こえた気がしたのだが?
もしや救出の手際の悪さに物申したいとでもいうのか?
確かに決して手際よく杏里を助けられたとは言えない。
むしろ俺でなければもっと手早く救出できた可能性すらある。
杏里は不満なのかもしれないな。
現に蓮太も俺と同じように凝視しているが杏里は平然としている。
しかしそれはそれとして現実はしっかりと受け止めなくてはいけない。
「あちらが蓮太と菜子、そちらがイサナ……と、こちらは紹介の必要ありませんでしたねー」
「そんなことないです! すんごい紹介してほしいですっ!」
俺達もしっかりと自己紹介せねばなるまい。
そう意気込んだら蓮太が前へと踏み出した。
「俺は蓮太! 楼王家の中でいっちばん陰陽師の素質があるって言われてるんだ!」
「へぇ、そうなんだ! よろしくね!」
「あっちが菜子でそこの犬たちが……ペット?」
「かぁいい……」
「で、こっちが」
蓮太が言い終える前に杏里が俺の間合いに急接近してきた。
なんだ、この速さは!?
「イサナ君! 今日から一緒に住むことになったの!」
「それはよかった。それより杏里、あの時は早く助けられなくてすまなかった」
「そんなことないよ! むしろイサナ君でよかったって思ってるよ!」
「俺でよかった……?」
どうにも調子が合わないな。
早口でまくしたてる杏里だが顔がずっと赤い。
まさか熱でもあるのか?
面白そうと思っていただけたら
広告下にある★★★★★による応援とブックマーク登録をお願いします!




