八頭衆 楽凱
「おう、何の騒ぎだ」
「若頭! お疲れ様ですッ!」
その男が現れた時、黒服達が直立して頭を下げた。
一糸乱れぬ動きと声は実に見事だ。
その男を見ると顔に十字の傷口が刻まれて肌が浅黒い。
和服と袴を着こなした長身は俺どころか迅すら見下ろすほどだ。
この男は何者だ?
黒服はおろか他の者達まで声すら出さずに驚愕しているように見える。
「若頭、こんなとこに顔を出すなんて珍しいじゃねえか」
「おう、迅か。この俺を前にしてそんな舐めた口を利ける若造なんざてめぇくらいだ。いっそ半殺しにして鮫の餌にでもしてやろうか?」
「やってみろよ。てめぇこそ、そのだせぇ古傷を引き裂いてやろうか?」
迅と大柄な男が睨み合っている。
周囲の者達も明らかに動揺しており、このままだと争いが起こるかもしれない。
これは止めるべきか?
しかし二人とも、かなりの手練れだろう。
俺ごときが間に入っても何の抑制にもならないかもしれない。
悩みつつも俺が印を結ぼうとした時だった。
「ハッハッハッ! 大概の小僧ならションベン漏らして許しを請うんだがなぁ! さすがは厳二郎の倅だぁ!」
大柄な男が迅の肩を叩いて称えた。
迅も挑戦的な目つきのまま笑みを浮かべている。
どういうことなのだろう?
大した事態ではないということか?
他は誰もが押し黙って、まるで嵐が過ぎ去るのを待っているかのようだ。
かくいう俺も明らかに格が違うあの男にどう接していいかわからない。
「迅、この男はどういう人物だ?」
「十六夜一家の若頭、毒島 楽凱。親父と同じ陰陽連八頭衆の一人だ」
「ほぉ、やはりそれほどの人物か」
「お前ってホント子どもらしくねー反応するよなー……」
陰陽連の顔役と呼ばれる八頭衆の一人なのだから、相当な実力者なのだろう。
つまり父親の厳二郎とも互角というわけだな。
「そのチビはてめぇの弟か」
「イサナだ。こいつがそこのはぐれ陰陽師をぶっ飛ばした」
「フンッ! いくら厳二郎の倅とはいえ、そりゃ出来過ぎだ」
楽凱がオレを長身から見下ろした。
まるで山でもそびえ立っているかのようだな。
俺は頭を精一杯上に向けた。
楽凱は俺の目をみたまま何も言葉を発さない。
これはどういうことだろうか?
「……こんなチビが俺に一切びびらねぇとはな」
楽凱がスッと身を引いた。
一体何がどうだというのだ?
「若頭、その子がはぐれ陰陽師を倒したというのは本当です」
「本当かどうかは俺が決めることだ。てめぇじゃねぇ」
「す、すみませんッ!」
黒服が青い顔をして全力で謝った。
あの楽凱という男、自分にも他人にも厳しいな。
容赦のなさでは厳二郎といい勝負かもしれん。
それから楽凱は俺を見つめ続けると――
「迅、てめぇの話を信じてやる」
「ありがてぇ。あんたにびびらない子どもってだけでも十分な判断材料だっただろ?」
「まったくだ! 大人でさえ俺の顔を見るなり道を開けやがるのによ! グハハハハッ!」
楽凱が唾を飛ばして大笑いた後、しゃがんで倒れているはぐれ陰陽師の男を凝視した。
そして脇腹に蹴りを入れると男が苦痛で呻いて目を覚ましたようだ。
「がはっ! あ、あ、あんたは……」
「よう、俺の島でずいぶんと好き放題やってくれたじゃねえか。もちろん落とし前のつけ方くらい心得てるよな?」
「すみませんッ! 仕事がなくてつい! どうか! 心を入れ替えるのでどうかお見逃しを!」
「……おい、てめぇよ。会話になってねぇんだわ。俺は落とし前のつけ方を心得てるかどうか聞いてんだよ」
男の顔から血の気が引いた気がした。
あれはちょうど亡者と同じ目をしているな。
生への渇望すら諦めた地獄の亡者の目にはあのように光がない。
つまりあの男は死んだも同然ということか。
「おい、連れてけ」
「へいっ! 五行の壱……金印・縛鎖!」
男に対して鎖が蛇のように巻き付く。
黒服の陰陽術によって拘束されてしまった男はいくらあがこうとも無駄だ。
やはりあの黒服も相当な使い手か。
「た、助けてくださいッ! 命だけは!」
「てめぇのタマなんか取ったところで何の落とし前にもならねぇよ。ただし命はかけてもらうがな」
「と、いう、と?」
楽凱は男に顔を近づけてニィッと笑う。
「てめぇが荒稼ぎした約150万円は貸しだ。うちはトゴだから今日までの分と合わせて500万円だな」
「そ、それなら……」
男の目に光が戻ったが、同時に黒服に連れていかれた。
500万円が希望を見出せるほどの額とは思えん。
何せ迅ほどの人物でも毎月家賃5000円の支払いに四苦八苦しているのだからな。
その迅が男の背中に向けてため息を吐く。
「……貸出期間は全額返済するまで続くんだろ? そしてトゴ、十日で五割の利子。つまりあいつは一生かけて返済を続けるわけだ」
「よくわかってるじゃねえか。うちのシマでやらかした奴が今後まともな生活を送れるわけねぇんだよ」
一生をかけて、か。
一生などせいぜい百年あるかないかだろう。
そう大袈裟なものでもない。
それよりも一部始終を見ていた者達がざわついているようだ。
「ム、ムチャクチャだ……完全に違法じゃないか」
「でも十六夜一家は警察すら手が出せないほどの組織って噂だからな……。あの楽凱さんを初めとした陰陽師達の実績があるから、警察のお偉いさんも頭が上がらないらしい」
「それに俺達がどうこうされたって話は聞かないしなぁ。むしろ今のはスッキリしたよ」
聞けば聞くほど十六夜一家の強大さが理解できる。
楼王家に匹敵するのではないか?
俺は楽凱を改めて観察した。
しかし俺では楽凱の霊力を感じ取ることができない。
なぜだ。なぜなのだ。
こればかりは早々に答えを出さねば。
「迅、楽凱。俺には霊力を感じ取ることができないのだ。なぜだ?」
「は? いや、突然そんなことを言われてもな……」
迅ですら首を傾げるか。やはり簡単には解決できそうにない。
となると楽凱はどうだ?
「チビ、この俺を呼び捨てにするとはいい度胸じゃねえか」
「すまない。なんと呼べばいい?」
「冗談だ。楽凱で構わん。なんとなくお前にはそう呼んでもらったほうがいい」
凄んだかと思えば許してくれたようだ。
「そんなもんいい方法なんていくらでもある」
「本当か!?」
「あぁ、そういうのは荒療治が一番だ。例えば蟹釣り漁船に三ヵ月乗ってみるとかな。それに海も意外と粋のいい悪霊が多い」
「若頭! それだけはダメだ!」
楽凱の言葉が終わる前に俺は迅に抱えられてしまった。
なぜ邪魔をするのだ?
俺は思わず迅を睨みつけた。
「迅、なぜ止める?」
「そういうことなら俺がなんとかしてやる! 俺でダメならオヤジ達がいる!」
「それならばいいが……」
そうは言っても楽凱の提案にも興味があるのだがな。
しかし迅がなんとかするというのなら信じよう。
「チッ! そのチビなら色々役立ちそうなんだがなぁ……」
「俺の弟をそっち側に渡すわけにはいかねぇ!」
「チビ、そこの頼もしい迅を頼れ。なんたってうちのビッグスポンサーなんだからな」
「前から思ってたけどこの店って絶対設定いじってるだろ!? 明らかに俺の時だけ当たりがこなくなるもんな!」
「だったら警察にでも何でも相談しろよ。へっへっへっ」
楽凱が笑みを浮かべている。
ビックスポンサーとはよくわからないが楽凱が頼るほどの大物なのは確かだ。
あの八頭衆の一人に認められるとはやはり迅は底が知れない。
「クソッ! 冷めたから今日は帰る! イサナ! いくぞ!」
「うむ」
「またのご来店をお待ちしてるぜぇ。へへへ」
俺は迅に連れられてバイクへとまたがった。
楽凱は丁寧に見送りまでしてくれるようだ。
あの機嫌がよさそうな笑み、迅と楽凱のただならぬ信頼関係の証だな。
一流の陰陽師たるもの、互いに認め合ってこそだ。
この俺も精進せねばなるまい。
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