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今度こそ助ける

 すべて思い出した。俺はあの日少女を助けられなかったのだ。

 前世の俺は陰陽師として活動していたが、ろくな成果が出せず悶々とした毎日を送っていた。

 そこへ俺に宛てた一通の手紙、それは陰陽連からの怪異討伐の依頼書だ。


 喜び勇んだ俺だったが、その依頼で命を落としてしまった。

 直前に見た光景は目に涙を浮かべている少女だ。

 助けが来たと希望を見出していたのかもしれない。


 だが俺は死んだ。呆気なく殺された。

 そこにいる悪霊に歯が立たなかったのだ。


「き、きみ、誰……?」

「あの時はすまなかった。お前を助けられなかったのは俺が弱かったからだ」

「……え?」


 呆然とする少女に背を向けながら、俺はそこにいる悪霊を見据えた。

 そいつは前世のオレがまるで太刀打ちできなかった悪霊だ。

 いや、これは俺の家族に言わせればマモノかもしれない。


 唇が剥がれて剥き出しになった歯茎、瞼が消失した瞳。

 全身がドス黒い血を浴びており、本来紳士的と思わせるはずのコートすらどこか下品に映る。

 さて、こうして対峙しても俺にはこいつの霊力が一切感じられない。


 こんな未熟な俺で勝てる相手とは思えん。

 しかし未熟であろうと逃げる理由などまったくない。

 オレは今度こそこの子を守りたい。


「けたぁ、けたぁ……け、てぇ……」


 悪霊の頭が左右に動く。もしや戸惑っているのか?

 これほどの悪霊が? いや、これは違う。


「ナァーーイィィーーーーーーッ!」


 悪霊が出刃包丁を突き出して突風のごとく駆けた。

 この時、オレは自分の腹に出刃包丁が刺さる感覚を覚える。

 あぁ、そうか。俺は前世で刺されて死んだのだな。


――また同じ……結果か?


 いや、俺の腹には何も刺さっていない!

 今のは俺の錯覚に過ぎなかった。

 そう、やはり俺はあの時とは違うのだ。


「五行の壱・金印。輝剛盾」


 出刃包丁が俺に届くことはなかった。

 実際には突き出された出刃包丁は輝剛盾に激突して木っ端みじんになって床に散乱している。


「ア、アァ! アァーーアァーー!」

「またも防ぎきれたのか」


 自分でも少し信じられない。

 どうやら地獄での修行の成果が出ているようだ。

 こんな俺でも少しは成長できたようだな。


「アアァッ! イイィナンデェェデデェ! ナンデナンデナンデェ! ナァンデェ!」


 どうやら悪霊は得物を失って動揺しているようだ。

 これならば、と思った矢先に悪霊の体が大きく痙攣する。


「オオオ、オオ、オレノヨメヲ、ミ、ミ、ミミミツケタノニィィィーーーーアァァーーーーーッ!」

「む……!?」 


 悪霊の全身から出刃包丁が飛び出した。

 まるで刃という刃が生きているかのように蠢いて蛇のように連なる。

 それは一つの刃の鞭だ。生き物のようにしなるそれが俺を目がけて叩きつけられる。


「輝剛盾」


 刃の鞭がまたしても輝剛盾で弾かれた。

 バラバラになった出刃包丁が床に散らばって悪霊が立ち尽くしている。

 どうしたというのだ? 普通は追撃をするところだろう?


「ド、ドウ、シテ……」

「よくわからないが今度はこちらからいかせてもらうぞ」


 とはいえ、あの柔軟性のある攻撃を前にして攻めたところで返り討ちにあうだけだ。

 公園で戦った女のマモノに似た軌道を持つ攻撃だが、こちらのほうが数段上だろう。

 何せあの刃はロープと同じ柔軟性を持ちながらも硬度まで併せ持つ。


 そうなれば千刃時雨では心もとない。

 ならばどうするか?


「五行の壱・金印……磁碑」


 俺の前に銀色の長方形の石が出現、それはすぐ様クルクルと回転を始める。

 その途端、悪霊が持つ出刃包丁が高速で磁碑に向かった。


「じ、磁石!?」


 少女の言う通りだ。

 金印に属するこの陰陽術はいわゆる強力な磁石であり、金属ならば無条件で引き寄せられる。

 あの悪霊が持つ出刃包丁は錆びてはいるものの立派な金属だ。


「アッ! アーーー! イイイアアアアァーーーー!」


 得物が自らから離れていく様に悪霊は少なからず動揺しているようだ。

 金属特有の甲高い音を立てながらも出刃包丁は立て続けに磁碑に張り付く。


「すごい……」


 後ろから少女の声が聞こえた。

 すごいだろうな。あれだけの出刃包丁を操るなど、並みの悪霊ではない。

 それでもあの磁碑の効果は高いようだ。


「ナンデェェオレノモノニィィーーーーアァーーー! ナラァーーーナァーーイィィアァーッ!」


 悪霊がおぞましく叫ぶと今度は跳躍して壁に足をつける。

 今度は更に別の壁へと、重力など存在しないかのような俊敏な動きだ。

 悪霊がいよいよ本気を出してきたようだな。


 悪霊の手や体には出刃包丁が見当たらない。

 闇雲に出刃包丁を出せばあの磁碑に吸いつけられることを理解しているからだ。

 そうなると次にどのような手を打つか。


「キィィアァァーーーーーーーッ!」


 俺の真横に悪霊が向かってきた。

 飛びかかって腕を振りかぶる直前に体内から出刃包丁を放つ。

 攻撃直前に出せば吸い寄せられる間に少しの時間があるということか。


 この悪霊、やはり強い。

 やはり俺ごときの陰陽術の特性など一瞬で見極めたか。

 しかし俺はこの瞬間を待っていた。


「五行の壱・金印……」


 悪霊の出刃包丁が俺に届くことはなかった。

 俺の手に握られていた鎌によって悪霊は胴体を真っ二つになっている。


「昏冥ノ鎌」


 悪霊の分かれた二つの体が床に落ちた。

 もがいた悪霊が尚も少女のほうへと手を伸ばす。


「ケタァ……ケ、タ、ァ……」


 が、それまでだった。

 悪霊の二つの体は闇にかき消えるようにして霧散する。

 完全に消滅を見届けたところで俺は胸をなでおろした。


「勝てた、か……」


 その場に腰を落としてオレは勝利をようやく噛みしめる。

 前世では歯が立たなかった悪霊にこのオレが勝てたのだ。

 そう、このオレが。


「勝てた……やった、やったぞ……ハハ……」


 昏冥ノ鎌は俺が何度も練習してようやく得た陰陽術だ。

 未熟故に攻撃範囲は極めて狭いが、その分威力が高い。

 霊力を完全に遮断する特性を持つおかげで、霊体やそれによって繰り出された攻撃をすべて斬り裂ける。


 更に霊体を直接斬れば今のように完全に浄化することも可能だ。

 ただしやはり範囲が狭いのでまだまだ課題は多い。

 楼王家の人間ならばこんな欠点など造作もなく克服できるのだろうな。


「勝てたぁーーーーーーー!」


 こんな場所で思わず叫んでしまった。

 が、その直後に空間全体が揺らぐ。


「しまった。悪霊が浄化されたせいで……」


 辺りが黒い何かによって上書きされるようにして消えていく。

 このまま消滅が続けば残るのは漆黒の闇だ。

 早く脱出を試みなければ俺達は永遠に囚われたままだろう。


「俺の手を握れ」

「え?」

「いいから握れ」

「う、うん!」


 俺は少女の手を握って目を閉じた。

 脱出するには来た時と同じ陰陽術を使えばいい。


「五行の壱・土印……心天流転」


 俺と女の子の体が消えていき、同時に闇が辺りを完全に浸食してしまった。

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