黒い悪夢
「いやぁぁぁーーーーーー!」
目を開けるとそこはまた暗い部屋だった。
おばあちゃんの家にあるような古いタンスと仏壇。
何度起きても私はまたこの部屋にいる。
そしてこの後に何が起こるのかもわかっていた。
そこにある古い時計がボーンボーンと鳴る。
――ボーン ボーン
始まった。今度こそ。
私はベッドから起き上がって慎重に歩いた。
暗い中、ぼんやりと見える室内を手探りで移動した後はドアノブに触る。
ドアを開けると暗い廊下があってそれがすごく長い。
嫌だ。行きたくない。
でも逃げないとあいつがくる。
(もうやだ……)
この廊下を歩くのも何度目かわからない。
最初こそ左右どちらかに歩くか悩んだけど、どっちを歩いてもあいつは――
――けたぁ けたぁ
「ひっ……!」
来た。あいつが来た。
私は廊下を走っていくつかあるうちの部屋に逃げ込もうか考えた。
適当な部屋のドアを開くと、そこにはクローゼットがある。
(これだけお部屋があるんだもん……見つからない、大丈夫……)
私はクローゼットに隠れて息をひそめた。
そして廊下が軋む音が聞こえる。あいつが歩いているんだ。
私を探して一つずつ部屋のドアを開けては閉めてを繰り返している。
(お父さん、お母さん……)
どうしてこうなったのか。
お友達のユキちゃんと廃屋に行ってしまったからだ。
その廃屋では前におじさんが住んでいたけど自殺したという噂がある。
それ以来、廃屋にはおじさんの霊が出ると噂になっていた。
同じ幼稚園に通うユキちゃんはすごく勇気がある子で、一緒に廃屋に肝試しに行こうと誘ってきた。
すごく嫌だったけど断ったら嫌われちゃうと思っていくことにしたんだっけ。
ユキちゃんは好きだ。
私が男の子にいじめられていた時も庇ってくれた。
男の子に向かっていって追い返すほどユキちゃんは強い。
私はユキちゃんの後ろに隠れていつもごめんねと謝った。
私が弱くていじめられるのが悪いんだと思っていた。
でもユキちゃんは私が悪いんじゃなくていじめる子が悪いとそう言ってくれたんだ。
ユキちゃんが羨ましい。
私と違って運動もできてかけっこではいつも一番だ。
ある日、私がそれを伝えるとユキちゃんはすごく驚いていた。
ユキちゃんはかけっこが得意だけど折り紙が苦手だ。
私はお絵描きができるけどユキちゃんは苦手だ。
ユキちゃんはそんな私を羨ましいと思っていたと伝えてくれた。
そういえば私は幼稚園の先生に折り紙を褒めてもらったっけ。
ユキちゃんはそれを見て私を――
――けたぁ
クローゼットの外からドアが開く音が聞こえた。
目に涙が溜まるのがわかる。でも泣いたら見つかる。
あいつは私を殺す。だから口に手を当ててジッとしているしかない。
――けたぁ、けたぁ
あいつは部屋の中を歩いている。
音を出さなければ諦めていなくなる。
絶対そうだ。そうに決まっている。
――けたぁ
クローゼットの前で立ち止まる気配がした。
大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。
私はここにはいない。いないから。
「けたぁ」
クローゼットの扉が開いた先にはそいつがいた。
真っ黒なコートを着たそいつがニタニタと笑って。
大きい包丁を――
* * *
「いやぁぁぁーーーーー!」
目を開けるとそこはまた暗い部屋だった。
おばあちゃんの家にあるような古いタンスと仏壇。
何度起きても私はまたこの部屋にいる。
この後、古い時計が鳴るんだ。
そして私はまた逃げる。
でも逃げてもまた見つかる。
何度も何度も何度も何度も何度も。
ずーっと逃げ続けているのにあいつに見つかる。
私はこの家から出られない。
何度も殺されて何度も目覚める。
なんで私が。どうして、なんで。
もう嫌だ。お父さん、お母さん、ユキちゃん。助けて。
――けたぁ
「もう嫌ぁぁ……」
涙を流しながらベッドを降りてまた廊下に出る。
今度は思いっきり走った。
どの部屋に入っても殺されるならもうそうするしかない。
「あ……!」
走った先には階段があって更に玄関が見える。
私は勢いよく怪談を駆け下りた。
そして玄関のドアを開けて外に出る。
「で、出られた!」
外は夜だった。
お父さんとお母さん、心配しているだろうな。
これでようやく家に帰られる。
私は後ろを振り返らずに走って家を目指した。
夜の町はすごく静かだ。今、何時くらいだろう?
家の明かりがないから皆、寝ちゃったのかな?
皆? 一つの明かりがないことなんてあるのかな?
なんだかおかしい。
「だ、誰か! 誰か助けてよぉ!」
叫んだ私の声がどこにも届いてない気がした。
まるで暗い夜に吸い込まれていくみたいな。
だけど一つだけ明かりがついている家があった。
あれは私の家! やっと帰ってこられた!
「あ、あった!」
ようやく見えてきた私の家、なんだかすごくなつかしく感じられる。
家にはまだ明かりがついていて私は大きく息を吐いた。
なんだ、他の家はたまたま寝ちゃっていただけなんだ。
「お父さん! お母さん! ただいま!」
玄関に入って叫ぶけど返事がない。
それにさっきまで明かりがついていたのに薄暗かった。
変だなと思いつつ靴を脱いで家に入るとなんだか様子がおかしい。
薄暗い廊下。いくつもある部屋。
私の家はこんなに広くない。
入ってすぐ左手にキッチンがあるはずなのに、そこには見たことがないドアがあった。
「なん、で……」
私はその場に座り込んだ。
ここは私の家じゃない。
それどころかここはさっきまでいた家と同じだ。
壁やドアの模様、匂いや雰囲気。このいくつもある部屋。
私は逃げられてなんかいない。
最初からずっとあの家にいたんだ。
――けたぁ
「も、もう、やだ、やめて……おうちに、帰して……」
後ろから近づく荒い息遣い。
振り向かなくてもわかる。あいつだ。
「けたぁ」
私は逃げる気力すらなくした。
また私は殺される。そしてあそこで目覚めるんだ。
もうお父さんにもお母さんにも会えない。ユキちゃんにも会えない。
「み、つ、け、たぁ」
私の髪が掴まれて放り出されるようにして投げられた。
廊下に倒れ込んだ私をあいつが見下ろしている。
黒いコートに開ききった目、手に握られている出刃包丁。
「た、助けて、なんで、なんで私、が……」
そいつはニタリと笑った。
そして出刃包丁を振り上げる。
「誰か助けてぇーーーーー!」
力いっぱい叫んだ。
「五行の壱・金印……輝剛盾」
聞き覚えがない声が聞こえた。
金属が激しい音を立てて、おそるおそる目を開けるとそこには大きな何ががある。
これは板? なんだろう?
「思い出した。今度こそ助けられる」
私を守ったのは大きい盾だ。
その盾の前に知らない男の子がいる。
すごく不釣り合いなその光景に私は何も言葉が出なかった。
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