表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/41

黒い呪い

「うむ! このチーズがたまらん! 伸びるのもいい!」


 悪霊がいなくなったことで俺達は晴れてピッツァを味わうことができた。

 確かに先程とは比べ物にならない味だ。

 チーズは鼻腔まで吹き抜けるほどの香り、サラミという加工肉はほどよく噛める。

 それらを支えるのはこのもっちりとした生地だ。


 そしてこのカルボナーラスパゲティという細長い麺。

 フォークで絡めとるらしいのだが、これがなかなか難しい。

 華月のようにくるくると回せばいいらしいのだが、どうにも麺が抜けてしまう。


「ぬっ……面妖な……」

「……あんたさー、あんなすごい陰陽術が使えるのになんでそんなのもできないわけ?」

「俺は元々不器用で物覚えが悪い」


 華月の口ぶりからすれば、これは比較的簡単な作業らしい。

 麺類は楼王家で何度も味わったことはあるが、このフォークというものはなかなか曲者だ。

 練習すればいいだけのことだが、隣で冥王が腹を抱えて笑っているのが気に入らなかった。


(クククッ! お前は本当にどうしようもないな!)

(ならばお前がやって見せろ)

(やってやりたいのは山々だが、姿を現すわけにはいかんだろう?)


 冥王相手に熱くなっていると、するっとスパゲティがフォークから抜けていった。


「しゃーないし、アタシが食べさせてあげる。はい、あーん」

「ありがたい」


 華月のおかげでスパゲティをスムーズに味わうことができた。

 赤子の時にこれをしてもらった覚えがあるが、俺は未だに食事すら他人の世話になっている。

 陰陽術共々、精進せねばいかん。


「華月ちゃん……本当に助かったよ」

「まぁアタシじゃないけどね……」


 店長が改まった態度でペコペコと頭を下げていた。


「そっちの子は華月ちゃんの弟かい? やっぱり楼王家ってのはすごいんだねぇ」

「そっちはアタシもよくわかんないっていうかぁー……」


 何やら俺のことを話しているようだが、このピッツァとスパゲティが美味なのでどうでもいい。

 それよりようやくフォークに巻くコツを覚えてきたところだ。

 よし、くるくるくる。うむ。


「上出来だ」

「いや、あんた一人で何を自画自賛してんのさ」


 華月が呆れる前でオレはフォークに巻いたスパゲティを掲げた。

 やはりどれも素晴らしい味だ。

 蕎麦もいいが、このスパゲティもまた麺類を代表する料理の一つだろう。


「ふぅ……なかなか腹が満たされた」

「ではこれをサービスしよう」

「む、なんだこれは……」


 俺達の前に置かれたのは細長いコップに入ったカラフルな食べ物だ。

 俺がまじまじと眺めていると華月が何のためらいもなくそれを口に運ぶ。


「んーー! 冷たくてマジおいしっ! やっぱりここの白桃パフェはさいこーだね! 冷凍じゃないのがいいし!」

「さっきまで黒ずんで焦げ臭かった素材の鮮度が戻ったからね。悪霊って怖いんだねぇ……」

「まー、あれはね……」


 パフェというものを口にするとあまりの冷たさに驚いた。

 しかしその直後、浮くような甘さが俺を直撃する。


「甘い……。そしてこっちは白桃……異なる甘さだが、こちらはほのかに酸味を感じられる、だと……」

「そんなに衝撃を受けるもん?」

「一体どのような陰陽術ならばこれを生み出せるのだ……」

「はいはい、午後から仕事だから早く食べてね」


 華月に急かされてパフェを完食した。いつまでも甘さの余韻が感じられて夢見心地の気分だ。

 あまりに機嫌がよすぎて電車の中でうっかり寝てしまった。

 起きた時には華月におんぶされていたのだから情けない限りだ。


                * * *


「さ、ここが今日の依頼人の家ね」


 華月の今日の仕事先は平凡な一軒家だ。

 そして華月が一軒家を見るなり、大きくため息をつく。


「……なにこれ。マジだる。さっきの店にいた奴よりやばいじゃん」


 華月の口ぶりからして、ここにいる悪霊は一筋縄ではいかないようだ。

 彼女が二の足を踏んでいるのだから相当なものだろう。


「華月、入らないのか?」

「あんたホントに何も感じないわけ?」

「何も感じないぞ」

「それでなんであの強さなんだか……。念のため、ぴーりんでも出しとこ……」


 華月はぴーりんを顕現させた。

 ここまで警戒するほどの相手がいるということか。


 それから華月がぼやきながらインターホンというものを押す。

 ドアを開けて出てきたのは中年の女で、やけにやせ細っている。

 弱々しく頭を下げた女は燈村(ひむら)と名乗った。

 居間に通された俺達の前に出されたのは羊羹という菓子だ。


(これはッ!)


 先ほどのパフェとは打って変った甘さだ。

 オレが震えているのも構わずに華月は依頼人に頭を下げた。

 ここにはもう一人、依頼人の他に中年の男がいる。どうも夫婦のようだ。


「本日は娘のためにご足労いただいてホントにどうも……」

「楼王 華月です。本日は深刻な問題だとお伺いしました」

「ずいぶんとお若い……いえ、すみません。楼王家の方に来ていただけてありがたいです……」

「その様子だと楼王家以外にも依頼していたんですか?」


 驚いたことにあの華月の言葉が丁寧だ。

 普段からは考えられないほど落ち着いている。

 その時、ぴーりんがオレの肩に止まった。


「華月ちゃんはああ見えて仕事には実直なのよ。意外でしょ? 年齢の割にしっかりしてるだなんて褒められるのよ」

「それは素晴らしいな」


 ぴーりんの言う通り、華月は依頼人の話をよく聞いている。

 話をまとめるとこの二人の娘は怪異に蝕まれて目を覚まさないようだ。


 事の始まりは五年前、娘が友達に連れられて廃屋に肝試しにいった。

 夜になっても帰ってこない娘を心配した二人が警察に相談すると間もなく保護される。

 警察によると娘は陰陽師によって救い出されたそうだ。


 廃屋には強力な怪異が潜んでいて、友達は逃げたようだが娘だけが取り残されてしまった。

 その娘が怪異に襲われていたところを陰陽師が救ったという塩梅だ。

 が、しかし。救われたはずの娘だが――


「こちらが娘になります」


 娘の部屋に通されたオレ達が見たものはまさに異様な光景だった。

 娘に降り注いだかのような黒い液体、それは血だ。

 ベッドや周囲まで黒い液体によって汚されていて、それでいて娘は安らかな顔で寝ている。


「五年前からずっと……ずっと、目を覚まさないんです……」

「何度も陰陽師に依頼したのですがほとんど断られて……数少ない引き受けてくださった方々は途中で逃げてしまわれて……」


 夫婦は二人揃って膝をついてすすり泣いた。

面白そうと思っていただけたら

広告下にある★★★★★による応援とブックマーク登録をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ