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華月とおでかけ 3

「はいはい、お子様はこっちね」


 俺は華月に両脇を掴まれた後、ベンチに座らせられた。

 俺の真意が伝わらなかったのだろうか。

 もう一度立ち上がって店長に伝えるしかない。


「俺がなんとかしてやろう」

「うん、ありがとうな。その気持ちはすごく嬉しいよ」

「はいはい、基本的にギャグは一回までね」


 俺は再び華月に座らせられてしまう。

 なぜだ。解せん。


「で、店長。ここは昔、火災で何人か亡くなってる。改修工事しているから痕跡はないけどね」

「か、火災だって? それじゃやっぱり事故物件か……不動産屋はそんなこと一言も言ってないのに……」

「一度でも誰かが借りると告知義務はないみたいだねー。ほんと終わってるけどしょうがないね」

「はぁ……ひどすぎる……」


 店長が本格的に落ち込んでしまった。

 華月の話によると昔はバーという店で、多くの人間が酒を楽しむところだったらしい。

 ところが誰かが何を思ったのか、トイレで焼身自殺を図って店ごと巻き込んだ。


 逃げ遅れた当時の店員と客が犠牲になって以来、ここに悪霊となって住み着いたとのこと。

 悪霊がいるなら陰陽師ならば気づかないといけないはずだ。

 なぜ俺はわからなかったのか。


(ぷーくすくす! どうやらお前は陰陽師には向いていないようだな)

(何を言う。わからないならばわかるようになるまで修行すればいいだけのことだ)

(諦めろ諦めろ。お前は優しい家族に囲まれて陰陽術とは無縁の人生を歩むべきだ。ぷーくすくす!)

(俺は諦めたことなど一度もない)


 陰陽術の習得だってオレはめげずに取り組んでいる。

 冥王は俺を諦めさせたがっているようだが、課題が見えたのはいいことだ。

 なぜ俺が気づかなかったのか、これから探るしかないだろう。


「常連のよしみでアタシが何とかしてあげる。報酬は今日の食事代タダでいいよ」

「そ、そんなことでいいのか?」

「いつもおいしいもの食べさせてくれる店だからねー」

「あ、ありがとう! ありがとう!」


 店長が華月の手を握って感謝している。

 代金を支払っているにも関わらず感謝の意思を示すとは、なかなかできることではないだろう。


「さ、イサナ。いくよ」

「む? 俺も行くのか?」

「あんたに討伐はさせないけど勉強させてあげる」

「それはありがたいが……」


 先ほどは座らされたのだが、どういう風の吹き回しだ?

 俺に討伐させないというだけのことか?

 腑に落ちないまま華月が店に入ると、つかつかとどこかへ歩いていく。


「どこへ行く?」

「トイレ」

「用を足すのか?」

「いや、今回は違うけど普通トイレに行く理由なんてそれしかないからね? 特に女の子には言わないほうがいいよ」


 用を足すわけでもない華月がトイレのドアを開けた。

 こちらは男子用だがなかなか堂々としたものだ。

 俺も堂々と女子用のトイレのドアを開けられるようにならねばいけないかもしれん。


「壁とか張り替えてるけどここが焼身自殺の現場だねー。さーて、さっそく……」


 突如、電灯が点滅した。

 間もなくして何かが焼けたような臭いが室内に充満する。


「かまりゃん、どぞー」

「おいおいおいおい、なんだってオレなんだよ! 別にいいけどさぁ! ギャハハハッ!」


 華月がイタチの式神を顕現させると再び明かりがつく。

 あのイタチの能力はどういうものだ?


「ア、ツイ、あつイ……」


 荒い呼吸音と共に室内に熱気が立ち込めた気がした。

 そしてトイレの隅にぼんやりと現れたのは全身が黒一色の人の形をした亡者だ。

 目鼻の位置や形すらわからないほど全身が炭のように焼けている。


「これはなかなかだねー。そいじゃかまりゃん」

「ちょいちょいちょいっとよぉ! ギャハハハッ!」


 かまりゃんが繰り出したのは風の斬撃だ。

 黒い人間を見えない風の刃で容赦なく斬りつける。

 黒い人間はのけぞったものの、ゆらりと垂直に態勢を戻した。


「ゲッ、こいつ結構やる系?」

「おいおいおいおい割と強いじゃんかよぉ!」


 黒い人間が激しく燃え盛り、一言で言えば炎の人間だ。

 燃え盛った炎が回転するようにしてまとわりつく様は地獄の亡者を彷彿とさせる。


「ちょ、思ったよりやばそー……」


 華月が難色を示した直後、炎の人間が華月に向けて火花を散らした竜巻を放つ。

 火花が散って室内が明々と照らされて、華月があっという間に飲み込まれてしまった。


「華月ッ!」


 炎に包まれた華月だが、それが一瞬で拡散して散った。


「はぁー、あっつ……」


 あのかまりゃんが炎を吹き飛ばしたようだ。

 しかし無傷というわけでもないようで、服が所々焼け焦げていた。


「喉、かわイタ……アツイ、焼ケル、アツイ……」


 黒人間の体の腕や足がボッボッと炎が明滅している。

 華月は亀の式神を繰り出して防御姿勢を取った。


「かみゅん!」

「はぁ~~……一生寝て暮らしたい……」


 黒人間の全身に一気に炎が灯った。そして――


「ヤケルアツいやけルあツいヤケルあああつついややややけけけけけけけけぇぇアアアァァエエアァーーーーーーーッ!」


 爆発したかのような炎が再び華月を襲うが亀の式神ことかみゅんの甲羅が防ぐ。

 しかし黒人間の全身が一気に燃え上がった。


「まずいぞ。このままでは」

(建物が焼けてしまうかもしれんのう)

「ピッツァが食べられなくなる」

(ん?)


 冥王が疑問を持っているようだが、俺にとっては大事だ。

 この悪霊さえいなければ食事を続けられたものを。

 それに華月の服を焦がした罪も許しがたい。


「これ、なかなか強い系? というか相性悪い? ぴーりん、応援よろ」

「華月ちゃん! ちょっと分が悪いかもしれないわね! すぐ逃げたほうがいいかもよ! いつも言ってるでしょ! ケンカを売る相手は」

「あーはいはいはいはいはい」


 華月は鳥の式神のぴーりんを追加で呼び出したようだ。

 だが俺の攻撃はすでに完了している。

 黒人間の足元から膝まで急速に上るのは氷だ。


「アア、ツツ、イ……ア、あっ……」

「五行の壱・水印。氷獄葬」


 氷極葬はいかなる熱をも奪い去る。体温だけではない。

 攻撃する意思や熱意すらも消してしまって最終的には冷たい氷の中で思考を止めてしまう。

 そして思考をやめてしまえば存在していないのと同じだ。


「ア、ツ、クナイ……」


 黒人間は静かに氷の中で蒸発していく。

 あらゆる熱を奪い、静かに葬送する。

 氷獄葬は俺が覚えた陰陽術の中でもっとも地味なものだろう。


「は、はぁ?」


 式神を従えて臨戦態勢だった華月が拍子抜けしている。

 俺はハッとなった。

 5歳の俺が怪異討伐をしてしまったのだから冷静にもなる。


「華月、すまない。ピッツァのことでつい熱くなってしまった。冷やすべきは俺の頭だ」

「い、いや、助かったしー……じゃなくて、まぁ今回は見逃してあげるね……」


 華月の寛大な心のおかげで今回の件は黙ってくれるそうだ。

 しかし俺自身、食べ物のことで熱くなりすぎるとは思わなかった。

 氷獄葬が必要なのは俺のほうかもしれんな。

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