華月とおでかけ 2
駅から降りた後、先程とは町の風景が様子が打って変わった。
建物は軒並み高くて天にまで届かんほどだ。
楼王家の屋敷のような平屋は一つもなく、どの建物も各階層ごとに人がいるというから驚く。
しかしあの中で労働者が労働していると考えると複雑な心持ちになるな。
あのような高所でどのような労働をしているのかはわからない。
常人があの高さにいるというだけで気が気ではないだろう。
そう考えるとこれも一種の地獄なのかもしれない。
更に遠くにそびえ立つスカイタワーというのは都会でもっとも高いという。
あの頂点で働く者の心情はもはや想像できない。
「お昼まで時間があるからその辺で買い物するねー」
華月の買い物とやらに付き合った。
華やかな店に入ると、そこにはたくさんの服が売られている。
ラフなものからヒラヒラとしたものがついて異様に動きにくそうなものまで様々だ。
それから華月が試着室という個室から出てくる。
「ねー、似合うー?」
「問題はない」
「問題ないかー」
華月の質問の意図がわからなかったのだが、これでよかったのだろうか?
華月ならばどのような服を着ようが仕事に支障はないと思うが。
結局何も買わずに店を出た後、いよいよ目的の場所に向かうようだ。
「えっと、確かこの辺にあったと思うんだけどー……」
華月が何やら道に迷ったようだ。
俺にイタリアンなるものを食べさせてくれるというのだから非常に楽しみなのだが。
「あー! そうだ! 確か店舗が移転したんだった! ごめん! もう二駅あっちだった!」
華月が大慌てで俺の手を引く。あの冷静な華月にしては珍しい失態だ。
それにしても移転とはどういうことだ?
移転という名前の響きからして陰陽術の類にも思えるな。
華月の口ぶりからして店ごとどこかへ行ってしまったようだ。
再び電車に乗ってイタリアンの店を目指すと、予想外な店構えだった。
とても食料を販売しているとは思えないほど小奇麗で、丸みのあるテーブルがいくつか店内に置かれている。
屋敷にあるような家族全員で使う食卓よりも遥かに小さい。
「あー、やっと着いた。ちーっす、店長いる?」
「あ、華月ちゃん。うん、いるにはいるんだけどね……まぁとりあえずテーブルに着いてよ」
女の店員に促されてオレ達はテーブル席に着いた。
間もなく店員が水とメニューというものを持ってくる。
どうやらここから希望のものを選ぶ形式のようだ。
「む……これはなんだ。マルゲリータピッツァ、アスパラとベーコンのカルボナーラ……? さっぱりわからんぞ」
「ていうかあんた、字が読めるんだ」
「おかしなことか?」
「いや、別に。メニューは私が適当に頼むから心配しなくていいよ」
それならそれで助かる。
どうもイタリアンというのはマルゲリータピッツァだのカルボナーラだの、奇怪な名前のものが多い。
写真が載っているが、円形の平たいものがピッツァというのか。
これを箸で食べるとなるとなかなか困難だろう。
華月が女の店員を呼んで難解な名前を次々と告げる。
女の店員はそれを聞き入れて奥へと消えていった。
あの呪文のようなものをすべて覚えるとはあの女の店員、只者ではないな。
だとすれば相当な手練れだろう。
俺もあの呪文を覚え切れるかどうか、まったく自信がない。
「はぁ……。移転したって聞いたけど、よりにもよってなんでこんなところに……」
「何か問題あるのか?」
「ここ、場所がよくない。ていうかあんたは何も感じないわけ?」
「特にそのようなことはない」
「はーん、やっぱりまだまだ未熟だね。ここ、曰く付きだよ」
華月が何を言ってるのかさっぱりわからない。
俺が未熟なのは認めるが、今後の参考のために種明かしはしてもらいたいものだ。
俺と華月がテーブル席で待っていると程なくして女の店員が料理を持ってくる。
並べられたのはピッツァとパスタという料理だ。
俺が箸でピッツァを取ろうとすると華月が得体のしれない道具でカットし始める。
三角形のような形になったピッツァを手渡されるとオレは感心した。
「ほぉ」
「ほぉ、じゃなくてさ。もうちょいかわいい反応できない?」
「ではいただこう」
俺が一口ほど食べると頭の中に電流が走った衝撃を受ける。
なんだこれは。実に豊潤で濃厚、口の中に様々な味が溢れかえった。
「こ、これは……とてつもなくうまい」
「でしょー。ここの料理は全部おいしいんだって。どれどれアタシも……」
これがピッツァというものか。
これはどのようにして作られているのだ?
まったく見当もつかない。さては陰陽術か?
しかし華月はピッツァを一口食べるなり、沈黙してしまった。
「んー……なんか味が落ちた。やっぱりなぁ」
「味が落ちただと?」
「生地もチーズも焦げ臭い……まぁ、こんな場所ならしょうがないか」
「焦げ臭いだと? ならばこれ以上にうまいものが出せたはずだと?」
「そうなるね。それもこれも全部ここに住み着いている悪霊のせいだし」
華月が立ち上がって店の奥へと入っていく。
突拍子もない行動だが俺もついていくと、厨房というところで男が胸を押さえていた。
白い服に白い帽子をかぶっているこの男があのピッツァを生み出したのか?
陰陽師には見えないが。
「ちょ! 店長! どうしたのさ!」
「か、華月ちゃんか。いや、少し具合が悪いだけさ」
「明らかに呼吸が荒いでしょ。店長、すぐここから出て」
「え……」
その時、ドタドタと厨房に誰かが入ってきた。
別の客だろうが、その表情は怒りに満ちている。
「おい! この店、どうなってんだよ! あのトイレにいた奴はなんだよ!」
「お、お客さんも見たんですか……」
「オレ、少し霊感があるからわかるけどあれやべーぞ! こんなとこでメシなんか食えるか!」
「すみません、代金はすべて返金しますので……」
「それはいいよ! 代金は払う! 釣りはいらない!」
男は代金をレジに叩きつけてそのまま店を出ていった。
こうして華やかな店内に残ったのはオレ達と店長、そして店員だけだ。
こうなってみると少し寂しいものだな。
店長は肩を落としてまだ苦しそうだ。
そのまま華月と一緒に店の外に出てベンチに座らされた。
「華月ちゃん、すまない。最近、妙に体調が悪くてさ……。案の定、ここってやっぱりおかしいんだな」
「店長、水臭いしー。なんでアタシに相談してくれなかったのさー」
「だってほら……お高いだろ?」
「はぁー、それわかるけどー」
話を聞けば店長は以前の店では立地的に集客が見込めないと考えて移転したようだ。
ここは繁華街として立地もよくて客入りが期待できそうだったとのこと。
しかしいざここにやってくると体調が悪くなり、客足も伸び悩んだり食材がすぐに傷んでしまうらしい。
そのせいで華月は味が落ちたと感じたようだ。
俺としては十分に美味だったのだが、あれ以上においしいとなれば興味も湧く。
「まぁ、常連のよしみとしてここはアタシが」
「俺がやってやろう」
「はぁ?」
俺が勇んで名乗り出ると華月は妙な声を出した。
加えて店長が腑に落ちないといった表情で瞬きを繰り返している。
「……君が?」
「そうだ」
俺はあくまで大真面目に答えたつもりだが、店長はなぜか大きくため息をついた。
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