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華月とお出かけ 1

「イッサナー、お姉ちゃんとお出かけしよ」


 朝食後、華月が軽快な声をかけてきた。

 なんと華月が俺を外出に誘うというのだから驚く。

 その恰好は恐ろしくラフなもので、ジーパンというズボンに所々穴が空いている。


 華月は気性が荒い故に自分のズボンすら破いてしまうのか?

 いや、きっと彼女のことだから怪異討伐で激しい戦闘をしたのだろう。

 それだけ陰陽師の仕事に打ち込んでいる実直な人間ということだ。


「外出とは?」

「ほら、この前はなにもプレゼントできなかったから埋め合わせするって言ったじゃん」

「なるほど。では外で何かをプレゼントしてくれるというわけか」

「そういうこと。じゃあ、行こ」


 華月が俺の手を繋いで歩くと駅という場所に着いた。

 ここは車に似た電車という乗り物が頻繁に行き交う場所のようだ。


 けたたましい音声と共に電車が発車や停止を繰り返していた。

 俺の中にあるかすかな記憶では、あれに多くの労働者が吸い込まれていく。

 そして亡者のような目で仕事に向かうはずだ。


 そう考えるとあれは地獄行きの箱舟のようなものだな。

 現にスーツを着た労働者がなんとも覇気のない顔で駅に向かっている。


「華月、あれに乗っていいものか?」

「なんでダメだと思ったのさ。お金のことは心配しなくていいの」


 金の心配はしていないのだが、さすがのオレも労働というものは遠慮したい。

 まさか華月はオレをそのような場所に連れていこうとしているのか?

 駅のホームというところに向けて歩くと、そこにはおびただしい行列があった。


 まるで転生を待っている死者の列のようだ。

 いや、労働というものが過酷ならばここが地獄といっても差し支えないかもしれない。

 オレもこの電車を待つ行列に並んでいる者達全員と同じ末路を?


「華月、俺は労働などしたくない」

「は?」

「俺を労働するところに連れていくのだろう?」

「意味わかんないけど、迅兄とかに変なこと吹き込まれた?」


 華月のセリフからしてどうも見当違いのようだ。

 電車が来るのを待っていると、何かがちらりと見えた。


 ホームの下から誰かが手をかけている。

 それが血まみれのまま、しきりに指を動かして血をホームの端にすりつけていた。


「うわっ、そういえば一週間くらい前に人身事故があったんだっけ。誰も祓ってないとかだるすぎ」

「じんしんじこ? 不思議な語感の儀式名だな」

「……あんた、かわいいところあるじゃん」


 なぜか華月に褒められてしまった。

 普通は無知であることを窘められる場面ではないのか?


「はぁー、タダ働きとか無理だから後で駅長か誰かに請求しとこ。めーぴょん」


 華月のストラップの一つが式神に変化した。

 毛が異様に膨らんだ羊がのっそりと歩いて駅の霊のところへ向かう。


「華月、あれは?」

「めーぴょんはね、気持ちよく眠らせるんだよ」


 妙な響きの名前をつけられている羊が、ホームの下から顔を出した霊に向けて座る。

 悪霊は顔が半分ほど潰されていて口をぱくぱくと動かしながら昇ってこようとしていた。

 めーぴょんは霊に向かって何か囁く。


「羊が一匹♪ 羊が二匹♪ 羊が三匹♪ お眠りおやすみ極楽へ♪」


 羊が歌い出すと共に霊の動きが鈍っていく。

 それからホームの上に顔を突っ伏して、呆気なく消えていった。


「……驚いた。戦ってすらいないではないか」

「めーぴょんは弱い霊ならあっさり討伐できるの。成仏とも言うねー」

「とんでもない式神だ……」


 めーぴょんがストラップに戻ると華月はやってきた電車に乗り込む。

 一斉に乗客が雪崩れ込んだ上にすでに電車内は人で満たされてしまう。

 俺は埋もれてしまって危うく華月と離れ離れになるところだった。


「とてつもない場所だ。何があればこんなところに押し込められるというのだ」

「それ全員が思ってるからあんま言わないであげて」


 華月の言う通り、誰もがあまり楽しい顔をしていない。

 仏頂面で立つ男やこの狭い中でスマホをいじる若い男など、どうも異様な空間だ。

 地獄にもここまで不可思議な空間はなかったように思う。


「ところで華月、さっきの霊はどうにかする必要があったのか?」

「ああいう悪霊ともつかない霊でも害になることがあるからね。霊にその気がなくても霊感がある人が気分悪くなっちゃったりね」

「ふむ……」


 俺は華月という人間を見誤っていたようだ。

 あれほどの式神を使役できるようになるまで、どれほどの鍛錬を積んだのか。

 俺が道場で彼女をどかした時などまるで本気ではなかったというわけだな。


「はぁー。あそこのオヤジ、痴漢してるし……しょうがないなー。くろぬー」


 華月が呼び出したのは黒猫だ。

 さきほどの式神と比べてサイズが小さいが何をするというのか。

 黒猫は人をすり抜けて奥へと向かう。


 それから電車が大きく揺れて全員が態勢を傾けてしまった。

 

「きゃあっ!」

「どうした!」

「こ、このおじさんが触ってきたんです!」

「なんだって!」


 女の悲鳴があったと思えば何やら騒ぎが起こっている。

 俺の背丈では確認できないのだが、どうも華月の式神が何かしたようだな。

 それから男は次の駅で他の乗客と共に下りていった。


「くくくー! あのオヤジ、微妙に騒がれないように少しずつ触ってたみたいだけど、電車が揺れたせいで調子がおかしくなったねー」

「どういうことだ?」

「揺れた時に思いっきり触っちゃったんだよ。で、女の子のほうも思わず声を出しちゃったわけ。冤罪ならかわいそーだけど、あのオヤジは有罪だねー」

「触ったのか。しかし何が楽しくてそのようなことをするのだ?」

「イサナにはまだ早いかー」


 なるほど、俺のような未熟者には理解できない事態というわけか。

 悔しい思いはあるが現実は受け止めよう。

 要するに体を触るのはよくないということだな。

 そういうわけで俺は華月の手から自分の手を離した。


「ちょっと、はぐれたら困るから手を離しちゃダメだって」

「しかし無暗に触るのはよくないのだろう?」

「ぷっ! ちょ、ちょっとあんま笑わせないで……くくっ……」


 ついに笑われてしまったか。オレが未熟者というのは嫌というほどわかった。

 再び手を繋ぎ直すとくろぬーが戻ってきてストラップに戻った。


「くろぬーに横切られた奴には不幸が訪れるの。といってもそんな大したことはできないけどねー」

「要するに運命操作か? 恐ろしい……」

「いやいや、そう大したもんじゃないって。せいぜい転ばせるとかその程度だし」

「大したことあるだろう」


 謙遜する華月だが、俺が転ばされでもしたら一瞬で立て直すのは難しい。

 何より運命操作など、オレが10万年かけようが不可能だ。

 そんな華月に畏敬の念を抱きつつ、目的の駅で降りた。


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