能力解放 硬鉄
ギルドに着いて、受付に話しかけると俺の後ろを案内される。
そこに行くと大きなフードを被り硬そうな手袋のような物を着け、全身が隠された人がいた。
「よろしく。俺は硬鉄夢貫。
槍や石を投げ、剣を振って戦う」
「俺はつよし。
魔法は苦手だから牙と爪で戦う。
依頼はもう取ってるから行くぞ」
俺の返事を待たずに走り始める。
速くて追いつけない。
受付にそのことを話すと、それなら行かなくてもいいと言われ、他にパーティがあるか聞いたが今日は難しいらしい。
残党だけでも実戦をしたいと思ったので、つよしの向かった場所を聞いて向かう。
依頼はゴブリンの巣の殲滅。
場所は地図で確認して向かう。
着いた。この洞窟だろう。
つよしが来た跡はない。
それぐらい隠密行動が得意なのか?
ガサッ、構えを取りつつ振り返る。
つよしだ。
フードは取って、手袋、靴は手に持っている。
耳の位置は人間とは変わらず、形は先が尖っている。髪が長く、耳以外の顔は人と同じ。全体的に毛深く、鋭い爪や牙がある。
「来たのか。逃げたかと思ったぞ」
置いて行ったつもりはないってことか。
追いつけなかった俺も悪いしな。
にしても今来たのか。
遅くないか?
「何だよ?」
それはこっちの台詞なのだが。
「置いて行かれたのかと思った」
つよしがあっ、と思いついたような顔をする。
「すまない。一度振り返った時いなくて」
申し訳なさそうだ。
見切りをつけるのは確かに早かった。
「いや、こちらもすまない。
じゃあ中を進むか」
そうして2人並んで洞窟を進む。
つよしは靴と手袋を持っていない。どこかに置いたのか。
奥に光はない。今度はランプを持ってくるか。
目が闇にも慣れてきた。
そろそろ穴が狭くなって、1人ずつしか通れない。
つよしは黙々と進んでいるので先を譲り、後に続く。いや、フードで周りが良く見えないから俺が先を行くべきだったか? まあ良い。カバーすれば良いだけだ。
ふと嫌な匂いが鼻を刺す。
そちらを見るとズタズタになった何かがある。ボロボロの肉のようだ。
突然つよしが走り出す。
戻る方向、と見ると急ブレーキをかけて先に走り出す。
さっき追いかけたら止まってくれたのかも知れないという経験から、俺も間髪入れず走り出す。
槍を背に、剣を手に持ち、走る。
黒守の攻撃の準備も出来ている。
つよしが先に進むとはいえ、後ろのやつから仕留めるのが戦闘の基本だ。
俺も危険だ。
つよしよりも俺の周りに注意して進む。
首を振り、右左を確認。
カラン、という音が前方から聞こえた。
つよしの足元に何か針のような物が落ちる。
攻撃を受けているがつよしは止まらず進む。
針を飛ばす音はしなかった。
走りながらでは俺では対応できない。
これ以上は危険だ。
そう思い、つよしを追いかけるのはやめて剣を構える。
針が落ちた右方向には穴がある。
左にもだ。
先は見えない。
首を振り、周囲を確認しつつ待つ。
最早、来た道すら怖い。
俺がいるのに気づいていないのか?
いや、それはない。
止まった時に少なからず音が出た。
元来た方向に後ずさりつつ、警戒…。
4方向に囲まれてる状態から抜け出そうな時、同じ方向から針が飛ぶ。
やはり音はしない。
だが見えている。
剣を振り、針を真っ二つにする。
そして首を振り後ろ前の順で確認。
4方向からゴブリンが飛びかかる。
後ろの1体を剣で切ってそこに逃げ込む。
前を振り返りつつ合図をする。
黒守!
一閃。
ギリギリ洞窟の壁に当たらないぐらいで、黒守がゴブリンを3匹を切った。
当たってたら洞窟が崩れた可能性もある。
次から注意だ。
ゴブリンはまだ出てくる。
左手で槍を腰に構えつつ後ろを振り返る。
いない、ならと思い攻撃距離の長い槍を突く。
上手く2体突き刺したが、俺から見て左に避けたやつが回り込む。
回り込まれないために左に寄る必要があったのか。
槍は貫通した先の奴に固定された。
手放すしかない。
回り込んだやつは黒守を使えない。洞窟に当たる。今度は飛距離を指示出来るようになろう。
槍を離し、左に踏み込んで回り込んだ奴を殺しつつ、剣と黒守で右側は一掃。
それから少し進むと槍は無かった。
取られたか。
恐らく左の穴に逃げた。
追いかけるのは危険だ。
だが、ここで逃すのはもっと危険だ、皆にとって。
行くしかない。
左の穴はどんどん広くなっている。
この大きさの魔物がいるってことか?
石を投げて確認も考えたが、これ以上武器は渡せない。
2つ石を左手に、右手に剣で進む。
さらに道は広がり、大きな部屋のような場所の入り口に着く。奥は見えない。
音は無い。だが、確実にいるだろう。
あえて隙を作る目的と単純な確認のために後ろをバッと振り返る。
誰もいない。
前を向く。
ズザ、という音と共に大きな魔物が現れる。
俺より二回り大きい。オークだ。
手には槍、だが突くのではなく叩いて攻撃してくる。
左壁を伝うようにゴブリンが棍棒を持って飛びかかる。
入り口で止まって良かった。
後ろに飛び、攻撃を避けて石を持ったところで、ふと後ろにいたら死ぬなと思い、後ろに石を投げる。
グギャ、という声が後ろから聞こえる。
いたのか。狡猾だ。
また、槍は地面に叩きつけたせいで折れる。
オークは通路には入れない、先に後ろだ、と思い剣を持って後ろを進む。
見えるのは4体。一体は倒れかけだ。
黒守と剣を使い全員切る。
次に前。
入り口にゴブリン、その後ろからオークが顔を出す。
左手で石を宙に投げる、落下直後再度左手で殴る。普段は投げるのと飛ばすのが逆だが今は右手に剣がある。両方同じ手でやるのが最善だ。
飛んだ石はゴブリンの頭上を通り、オークの顔に当たる。想像通りの方向。案外投げやすい。
ゴブリンは石が頭上を通ったことで怯えてる。切る。
オークは顔を戻す。ここから見えるのは足だけ。
今度も同じ飛ばし方で石を飛ばして足に当てる。痛みからか、後ろに後ずさる。
入り口を抜けるのと同時に再び石の準備。
石を宙に浮かせ、殴って飛ばす。胸には何か羽織ってるのが見えたから狙いは顔。
剣を構える。怯んだら攻撃だ。
顔には覗いていた時には無かった跡がある。なら攻撃は効くはずだ。
だが石は顔に当たるとともに、弾かれる。
これは…魔力でガードしているのか。
怯むと思って進みすぎたので入り口に逃げるのはもう無理だ。
オークが槍を振り上げる。
俺は魔力に集中しつつ、剣を振り上げる。
叩きつけるのは左にある心臓を狙って来たので右に飛びつつ左手で槍を弾く。
魔力を纏っているからか槍はほとんど動かず、左手は皮膚を軽く切られる。
魔力で剣を纏うイメージを持つのと同時に剣を振り下ろす。
狙いは心臓、だが心臓の辺りに薄らと魔力が見えた。
さらなる集中、により剣を心臓手前まで切るように調整と、その瞬間に魔力を全て使う。
切る。
スパッ、と切れて、心臓が見える。
頭を軽く下げる。
黒守!突きだ!!
髪が振り上がるのと同時に踏み込む。
黒髪が心臓を貫く。だが感覚として奥の魔力を纏った皮膚は貫けなかったのが分かった。
心臓から流れた血が頭を濡らす。
後ろに飛ぶ。
オークが倒れる。オークは手を心臓に持っていこうとした状態で、死んだ。
周囲には魔物の姿はもうない。
部屋は入り口が1つだけだった。入り口を見張っておけば一先ず安心だろう。
左手を怪我しているので闇隠から貰った包帯を巻く。痛みが引いた気がする。
もう一枚使って頭の血も拭いた。
呼吸が一定になるまで落ち着いた頃、入り口から、元来た道を戻る。
包帯のおかげで左手も使えるようになったので、折れた槍を手に取ってつよしの行った方を進む。
待ち伏せに警戒して進む。
そういや、何故つよしは先を進んだんだろうか。途中で止まって一本道でやり合うにしても俺と共に後ろに下がったほうがいいし、先を優先しても危険しかない。馬鹿なんじゃないか?
そんなことを考えていると、音がした。
キーという音、いや、叫び声だ。
女が誰か助けてと言っている。
音が止まる。
口を塞がれたか何かあったか。
俺は走った。
つよしを助けるためだ。
獣人は…感覚が優れているという知識がある。つよしはこの音を聞いて走り出したんだ、女を助けるために。
なら俺も行かなければならない、つよしは俺よりも価値があると思った。
魔物のような声とゴブリンの声、つよしの声がする。
戦闘ではない。魔物共が脅し、つよしがこれ以上やめてくれと頼む。一方的な拷問だ。
ならどうしようか。
つよしより強いか、女を人質にされてるかのどちらか。
なら有効なのは奇襲だろう。
だが、あそこまで連携が取れて、不意打ちを徹底的に狙う奴らが見張りを立てないことがあるだろうか。
見張りを音も出さず殺す方法を俺は知らない。
石を頭にぶつけるか、喉を突き刺すのは思いつくが、どちらも音は完全に無くせない。
つよしを、女を助けるという目的がはっきりしたからか、頭がよく回る。
ゴブリンの振りをしようにも、死体はここら辺にはない。
剝いでる間につよしが殺されるかもしれない。
なら、俺も人質になる。
これしかないな。
人質になり、魔物に近づき、ボコボコにされる瞬間、黒守で攻撃。
さっきの攻防で黒守では魔力を纏った皮膚は貫通できないのが分かったから狙いは魔力を纏ってない箇所だ。
念のため黒守に聞くと分からないとのこと。
油断を誘うため、武器は渡すことになる。
素手で行ったら逆に素手での自信があると思われるだろう。
なら、もしも想定と違う時のために剣を持っていこう。
奪われるなら、折れた槍の方が使いずらいだろうが、剣を持つ相手とは戦ったことがある。
対応できるだろう。
槍を捨てる。
近づかれてポケットを調べられることを考慮して、石も捨てる。
入り口にはゴブリンが2匹いた。中は手前につよしが転がり、奥にはオークが右手に女を持っている。死にかけだ。オークが思ったより遠い。さらに奥は暗闇が広がる。
剣を持ち、ゴブリンを2匹とも殺す。
「つよし!大丈夫か!!」
目的を達成するために演技をする。
本来は大した関わりのないつよしを、まるで助けるためなら俺が何だってする程大事な存在であるかの如く振る舞う。
つよしはもう喋れないほどダメージを受けているようだ。爪が折れ、抜かれたであろう牙が落ちている。
そしてオークに相対し敢えて俺は顔を青ざめさせる、人質の女を目にして。
オーク共もそれに気づいたのか笑い出す。
オークが女を解放したいなら、武器を出せと言う。
剣を、呆然とした顔で差し出す。
戦意はないという振りをする。
だが用心深いのかゴブリンに剣を取らせる。
直接取りに来ると思ったが、まずいな。
距離がある。ゴブリンという障害もある。ここから離れるとつよしが危険かも知れない。いや、ゴブリンごとき倒してもらうしかない、俺より速いのだから。
オークは剣を手にすると後ろに投げ込む。相手が武器を使わないのは想定外だがまあラッキーだろう。
次はリュックだった。
呆然とした顔のまま差し出す。
武器はないことが確認された後は再び後ろに投げ込む。
オークが、ゴブリンに俺らを痛ぶらせることを命令して立ち上がる。
俺の狙いがバレた? いつだ。不味い。飛びかかるべきか。
立ち上がった理由はすぐ分かった。女で楽しむためと言っていた。
オークが後ろを向く。前を向いたままならマジに終わってたな。
ゴブリンらが俺に向かう
今しかない。最悪のタイミングだが、ここを逃せば全員助かる道は消える。
2人を助けるため。誰かを助けるために全力をかけたつよしに応えるため。
俺は最小限の動きで流れるように立ち上がり、ジャンプする。
青ざめた顔から一転、戦闘モード。
そのままゴブリンの肩に乗り、オークに向けて飛びかかる。
オークはギリギリ気づかない。ゴブリンも自然すぎる動きにまだ声を発する余裕がない。
俺は届かない。当然だ、が、それで良い。
黒ぉ守ぅぅぅ!!!!!!
放たれた斬撃はオークの右腕の付け根を切り抜く。血が飛び散る。
ここからでは魔力を感知できない以上経験で狙いを決めるしかない。これまでの奴は急所を魔力で守っていた。ならそこは避けるべきだと思い、人質解放と有効な攻撃になる右腕を狙った。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁあああ」
「つよし!!」
転がるように落下しながらつよしの名前を呼ぶ。
倒れているままではゴブリンに踏み殺されるかも知れない。
バウンドしつつゴブリンを後ろに残して前方に進む。立ち上がると同時にオークが女に手を伸ばすのが見えた。再び人質に取る気だ。
黒守!
今度は右手の肘を狙う。
いや、読まれている。オークは女ではなく俺を見ている。俺の攻撃を待っている。伸ばした手はフェイク。俺に攻撃を撃たせて避けて隙を攻撃する気だ。
首を振り、オークの避ける方向に攻撃を当てる。女とは逆方向だ。黒守はオークの右手を切り抜く。
「ぬあぁぁぁぁぁ」
オークはもう攻撃は難しいだろう。
出来て突進するぐらいだ。
なら放置でいい。
俺も騙しを使う。オークに向かうと見せかけて、オークが右手を振るった瞬間少し後ろに飛ぶ。
俺の後ろにゴブリンが迫る。
「来いよ。雑魚」
オークを煽ることで突進を誘う。
オークが右手を振り上げた状態で突進する。
ギリギリで左横に飛ぶ、が背中を切られ、右足に突進が当たった。
女の前に立ち、構える。
右足に違和感があるが、構えた状態でジャンプし強く着地することで整える。痛え。
オークの攻撃でゴブリン、つよしともに吹き飛ばされていた。
つよしはゴブリンとともに端に倒れている。
地面にいないことから、つよしは立ち上がり、戦ったのだろう。
残りは俺とオーク。
オークが、人質に突進されたくなかったら、死ねとか言ってきた場合まずかったが激情してその判断はしない。
なら移動するべきだったか。
オークは俺に向かって突進を開始する。
俺の後ろには女。今から俺が避けてオークの軌道を変えられるとは思えない。
かといって黒守では真っ二つは難しいだろう。
止めるしかない、体で、守るんだ。
腕をクロスさせ、足に力を入れる。
守る!!
その瞬間、能力に目覚めた。
誰かを守るという強い想いが魂とのつながりを強くする。
能力発動 硬鉄
「ぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!」
皮膚の辺りから鉄で覆われ、全身が重くなる。
突進は止められ、女を守ることに成功する。
オークが横に倒れる。
死んだ。
血を流しすぎたせいだろう。
能力を使った影響か、疲れがひどい。
どうにか立ち上がり、リュックを探す。
奥の暗闇には財宝があった。回復に使えそうなものはなさそうだ。
リュックから包帯を取り出す。
自身の怪我にも巻きつつ2人を包帯でぐるぐる巻きにする。
リュックを置き、2人を抱えて外へ向かう。
疲労が限界近いが、2人を守るという想いを胸に、歩く。
まだ全部探索し終わったわけではないのでゴブリンが現れることを警戒しつつ進む。
外に出ると、明る過ぎる光が目を突く。
昼頃だ。
近くの村に寄って治療を頼むのも考えたが、地図は完全に覚えているわけではない。迷ったら最悪だ。来た道を真っ直ぐ戻る。
道中、つよしは神よ、神よ、などと言っていた。
神、知らない単語だ。
国の入り口まで来た。
兵士が立ち、見張りをしている。
少し懐かしい。
身分証明に冒険者カードを取り出す必要がある。
一度止まって、彼らを置いて、リュックから取り出さなければ……
だが、体はもう想像通りの行動はできず、俺は門前で立ち止まって倒れていた。
早く、治療所まで……
もう意識は途切れてしまった。