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目覚め

 周囲には黒い霧が満ち、俺を中心にして大きなクレーターが広がる。


(目覚めたか)


 頭上の前辺りから声が聞こえて、見上げるも誰もいない。


(我が名は黒守。世界の守護者だ)


 再び声が聞こえる。

 今度は後ろだが、俺からして同じ方向。

 頭部に誰か乗っているのかと思い手を伸ばすも誰もいない。


「どこだ」


(心の中だ)


 心、確か肉体と別の場所のことで感情を指す言葉のはず。


(正確には感情の入れ物のことだ。

 今、何か体に異変はあるか?)


 何故俺の心の中にあるのか疑問に思いつつ、体を軽く動かすも特に異変は感じない。


「異変はない」


(記憶はどうだ。全部、覚えているか?)


「記憶?確か……何も、思い出せない。

 俺は誰だ?お前は、何故そこにいる?」


(そうか。お前の名は硬鉄夢貫(こうてつむかん)

 勇王国、魔王国、そして14個の村を消滅させた存在だ。

 その後我が更なる消滅を止めるためにここに入った)


 全く思い出せない。

 嘘をついていることも考えられた。

 だが、その言葉からは言いようのない説得力を感じた。


「それは、すまなかった」


(謝る必要はない。

 もはや、そうなる運命だったと言える。

 仕方なかったと言うやつだ)


 どういうことかと疑問に思っていると、話が始まる。


(お前は…これから話すことは今後思いだすかも知れないことだ。

 故によく聞いてイメージし、次同じことになっても耐えられるようにしておけ)


 了解。


(お前は、硬鉄村に生まれた。平凡だが幸せに満ちた生活だ。

 優しい両親、自身を導いてくれる兄、少し甘えたがりな妹のいる幸せな家庭。

 村の人は皆、互いに支え合って生き、いつもお前を気遣ってくれた。

 しかし、お前は物足りなさを感じていた)


 なるほど。


(彼らから聞かされる話は夢のようで、

 いつも、自分もそうなったらなあ、と目を輝かせて聞いていた。

 村を襲う悪い竜を退治する話、

 抜けたら姫と結婚できるが、100年間抜けたことのない剣を抜く話、

 そして…勇者に選ばれ、魔王を討伐する話。

 お前はこれに特に強い憧れを抱いていた。

 実際に勇者選抜は過去に一度、行われていたからだ。

 少しは現実味がある程、夢見るだろう?)


 そんな気がする。


(そして、なんてことはない日の朝、

 いつものように田んぼの手伝いに行こうと扉を開くと…

 そこには、ひらひらのエプロンをつけた女が、その周りにはスーツの男達が、いた。

 女は剣を抜く話に出てくる姫に似ている姿だ。

 彼らは跪き、女が口を開き、待っていた言葉を発する。

『勇者様、世界を、皆を守るために魔王を討伐してください』と。

 お前は興奮と喜びで体を震わせつつ了承する。

 村の人、そして家族に報告をすると、皆一緒になって喜んでくれて、パーティを行う。

 その後村の皆に必ず魔王を倒し戻って来ることを伝える。

 そうして魔王討伐への一歩を踏み出すことになる。

 最高のスタートだ。


 魔王討伐に向けて先ずは王都で訓練を行うことになる。

 王都でも勇者としてちやほやされ、楽しい日々を過ごす。

 時にはいじめられている子供を助けるなどして、善行を重ねる。

 訓練では、王国最強の騎士、羅刹が剣を、天才魔法使い、法破が魔法を教える。

 剣は勇者の武器という印象があった故にワクワクする。

 また、羅刹、法破、斥候の潜離を仲間にすることにもなる。

 そして、半年後、王都で大勢に見送られ、魔王討伐への旅を始める。

 大勢の中には家族や村の皆もいた。

 彼らに再度、絶対に魔王を倒すと約束する。


 旅では仲間と強い絆を作ることになる。

 羅刹からは、魔人に家族を殺されたこと、

 法破からは魔獣の侵略で故郷の村を失ったこと、 潜離からは魔獣との戦いで昔の仲間を失ったことを聞くことになる。

 彼らの話を聞き、皆で魔王を必ず倒すことを誓う。

 旅自体は順調に進み、特に苦労せず魔王の元へ辿り着く。


 魔王が放つ魔法は勇者と魔法使いの手で防ぎ剣を抜いても勇者と騎士の連携で戦う。

 支援に来た魔人たちは、斥候の手で倒す。

 それは、ギリギリだが非常に楽しい戦いだっただろう。


 戦いは終盤に入り、最後の攻撃が始まる所だった。

 攻撃は大方見抜き、魔王との戦いには慣れ、何が起きても対処出来る状態だった。

 味方に向かって行くぞと声をかける。

 返ってくるはずだった。

 魔王は攻撃の構えをしていない。

 攻撃を放ってなどいないはずだった。


 しかし…声は返って来ない。

 彼らの死を察知するが、振り返ることは無い、勇者だから。

 ここで魔王討伐を諦めることはない、皆のために。

 強い怒りを胸に、雄叫びを上げ、剣を振り上げる。


 しかし、魔王にその剣を振るう前に、お前は気づいてしまった。

 魔王が魔王自身の胸あたりに手を当てていることを。

 その手は貫通しており魔王から魂が抜けていくのを。

 魔王は死んでいた、笑って。

 魔王をこの手で殺すことが出来ないことに怒り、声を上げる。

 その後、躊躇いつつ後ろを振り返り、仲間を見る。

 彼らは全員心臓を突かれ倒れている。

 近ずくと魂が抜けているのを感じる。

 魔王が殺した訳では無い。

 ならば、と周囲を、魔王城を駆け回るも俺たちが倒したヤツら以外も自殺している。

 深い怒りに包まれつつ、勇者として、魔王が死んだことの報告に向かう。


 死体となった仲間を抱え、王都の入口に向かうもそこには誰もいない。

 見回りをしているはずの兵士はいない。

 中に入り人を探すも誰もいない。

 勇者が戻ったぞ、と言いその辺にある家の扉を叩くも何も返ってこない。

 扉を蹴り、中を見るとそこには真っ赤な空間が広がる。

 血だ。廊下には死体が転がり、流れた血が辺りに広がる。

 恐怖に包まれる。だが、まだ希望はある。

 まだ、生きてる人がいるかもしれない。


 仲間を1度入口に置き、勇者が戻ったから安心してくれと声を上げつつ王都を駆け回る。

 王都を襲った奴らを殺すため、生存者を探すため、走る。

 家の奥まで探す。

 ふと見つけた隠れている人は、死んでいた。

 強い憎しみと、こんな光景は見たくないという気持ちが入り交じった状態で進む。

 勇者だから、と言って進む。


 遂には王都に残されたのは城のみとなる。

 城に入り声を上げる。

 勇者だ。誰かいないのかと声を上げる。

 しかし、やはり声は返ってこない。

 1階を駆け回り探す。次は2階、3階と探す。

 全員死んでいた。

 姫も王も死んでいた。

 敵は見つけられなかった。


 だが……まだ希望がある。

 故郷だ。

 兄が生きていれば、妹が生きていれば、両親が生きていれば、村の皆が生きていれば。

 そうすれば、幸せな日々を送れる。

 物足りなくなどない。

 そこには幸せがいっぱいあるのだから。

 そう言って故郷に向かい走る。


 故郷が見えた。

 やっとと思いつつ進んでいると攻撃を受ける。

 魔人だ。

 簡単に避けられる。

 だが、問題はそこではない。

 魔人が、村を襲った後かもしれないことだ。


 急いで振り切り村に飛び込む。

 気配は無い。

 家族の家に着く。

 やはり気配は感じられない。

 歯を食いしばりまだ分からないと自身に言い聞かせ扉を叩く。

 お母さん、お父さん、兄ちゃん、そして最後に妹の名前を呼ぶ。

 暖かい喧騒を想像するも、返事はない。


 扉を開ける。

 同じ光景だ、王都と。

 心臓を1突きで貫かれ死んでいた。

 雄叫びを上げる。

 怒りのままに家を出て魔人を探す。

 殺す、と何度も呟き殺意が体を満たす。

 しかし、殺すことは叶わなかった。


 村を出て木々を抜ける。

 そこには、自身を囲むように魔人共の死体が倒れていた。

 もう全員、自殺した後だった。

 あ、あ、と声にならない音が喉から出て後ずさりする。

 復讐することも、守ることも、幸せになることも叶わない。

 絶望した、嫌になった、この現実が。

 全部、消えろ。


 そうして元々持っていた能力は全て、希望から絶望に落ちるように、破壊する能力へと、消滅させる能力へと変貌する。

 その能力の名は、無の力。


 その後、我が、全てを消滅させる途中で時を止め、時間を巻き戻し能力を封印した。

 しかし、既に消滅した部分は世界による強制力により再び消えてしまった。

 以上だ)


「……すまん。思い出せない。

 だが、止めてくれてありがとう」


(いい。覚えてないのは能力を封印した影響だろう。

 今までの記憶も止まってしまったのだろう。

 それより、この話を聞いてどう思った?)


「とても辛く感じた。ひどいことだ」


(お前が同じことを経験した時、

 同じく世界を消滅させたいと思うか?)


「いや、思わないと思う。

 正直、あまり、共感はできなかった」


(だろうな。

 能力を封印した影響が感情にまで及んでいる。

 これから成長して感情の入れ物が大きくなればより感情を得るだろうがな)


「そうか。俺はこれから…」


 どうすればいい?と聞こうと思ったが、

 勇者になることをお願いされて、結果としてああなったんだったな。


「俺はこれから自由に生きたいと思う。

 そしていつか自分で夢を持って自分で叶えようと思う」


(そうか。それはいいな。

 だが、どうしようもなくなったら我を呼べ。

 今回は我がいる。我は攻撃が可能だ)


 そう言って黒髪―黒守が根本を軸に軽く回り頭に当たらない範囲を確認すると…

 スパン、と言う音と共に髪が上下する要領で前方を切り裂く。

 切る瞬間明らかに元より細く長くなった。


(この髪は最強の錬金術師、創力(そうりき)が作ったもので記憶を保管し、それの移動で大きさを変えつつ攻撃が可能だ。

 上手く使えば役立つだろう)


「了解。

 そういや、ここってどうなっているんだ。

 霧は消滅を止めた影響か?」


(霧……そうだろうな。

 世界による強制力で同じ状況を再現、

 つまり無には出来ず霧に変換したってことだ)


「なら一先ず抜けるか」


 そうして俺は歩きだす。

 能力も記憶も何もかも失った状態で新たに得た相棒と共に…

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