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散文

文学論または、芸術論。

作者: 永井晴

芸術の解釈は自由な訳が無いのに、頑なに無鉄砲な自由を主張する人々がいる。立憲主義に影響した、「権利を保障される感覚」が瀰漫する社会に僕らは生きているようだった。

中原中也でも、堀辰雄でも、本当の芸術家は、芸術に方向性があるのを知っている。作者の告白があるのを知っている。だから、自由主義者は芸術の敵である。また、そういった条件に当てはまらぬ創作をするものは皆、芸術家では無いのである。

しかし、彼らの愚かな無理解が破壊するのはきっと芸術体系のみで、芸術自体は決して死なない。なぜなら芸術とは、自然から生まれる確実な論理であるから。元来、「叫びたい」という力強い本能が、自然の論理を支えにして伝わるコミユニケーションが芸術ではなかっただろうか。


参考:「詩と詩人」中原中也、

「レエモン・ラジィゲ」堀辰雄、等

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