第3幕 ― ⑧「本物の化け物」
あけましておめでとうございます。
本年も素敵な作品をお届けできるよう精進いたします。皆様が幸多き一年になりますように。
これからも宜しく御願い致します。
ひーくんは短く舌打ちをすると、床に杖を向ける。ぴかぴかとまばらな光が辺りに広がって、魔力が魔法を形作るのを肌で感じる。強い魔力に当てられ、微かに足を後ろへと下げると、ひーくんの魔力がじんわりと伝わる。
「【テネブラエ・カウェア】」
るるを取り囲むように、勢いよく柱が天井へ向かって伸びていく。縦の線と横の線が規則上に交差して、るるの動きを閉じ込める格子を作り出す。猛獣を捕らえるため、何重にも重ねたように編み込まれた魔力は、ひしひしと肌を威圧する。触れていないのに、魔力が空気を伝って刺激を感じる。痛々しい苛立ちを孕んだ、物凄く強い魔力だった。
(けーくんと同じ属性のはずなのにぃ、全く違うものみたーい)
人によって魔力の質は違うけど、属性だけは感覚で何となくわかってしまうもの。るるが一番身近に感じていた闇属性なのに、けーくんとは全く違うものに感じられる。絶対に逃がさないという、強い意志が魔法という形で伝わってくる。簡単には抜け出せない精巧さは、美しすぎて気持ち悪い。
「【アドゥスペクトゥム】」
ひーくんは続きの呪文を唱える。その瞬間、るるを取り囲むように大きかったはずの檻は、ぴしぴしと嫌な音を鳴らす。警戒を促すその音に、るるは視線を僅かに動かして、音の正体を探した。
(もしかしてぇ、ちいさくなってるぅ?)
格子がゆっくりと、るるを閉じ込めるように近づいてきていた。少し手を伸ばせば、触れそうなぐらいの距離で、すぐに対処しなきゃ、動けなくなるまで近づいてきそう。
だけどどきどきと、耳から頭まで届きそうな心臓の音は、心地よい音色。ペロリと舌で唇を舐めると、ゆるりと口角が上がっていた。
(旧式の呪文を使ってくる魔法使いとはぁ、久しぶりに戦うなぁ)
現代の魔法は、手軽さを求めて省略される。
呪文を分解し、一つ一つの意味を読み取る行為のことを、方程式分解という。これを念頭に置くことで、より呪文の変化が明確化されていく。
新式の呪文は大体【(属性)+(種類)】の、二つで構成されている。方程式分解に乗っ取れば、明確な指示ができるのは、どの属性を纏った、なんの魔法が出てくるかだけ。細かな動きは杖の振り方と、イマジネーションで指示する。故に、呪文だけでどういう戦術が飛んでくるのか、相手からすれば全く分からないというもの。
だけど、旧式の方程式は全く異なる。
旧式の呪文は【(属性)+(種類)+(行動)】の、三つで構成されている。方程式分解に乗っ取れば、新式の呪文よりも明確な指示が出来る。イマジネーションという、自分自身の実力で左右される不確定な要素がほとんどなくなり、戦術に穴が出来にくくなる。その上細かな動きは、杖の振り方で更なる補助が出来る。その代わり相手は、知識があればどんな魔法が飛んでくるのか予想ができてしまう。
(流石のるるでもぉ、旧式行動呪文の全部は、覚えられてないけどぉ……こういうのってぇ、すっごく楽しいよねぇ)
魔法が構築されていく、圧倒的なスピード。閉じこめた檻のどこを取っても、込められた魔力の精巧さ。るるはるるのためにひーくんを止めなくちゃいけないのに、思わず拍手を送りたくなる出来栄え。
敵ながらあっぱれ、ってきっとこういうことを言うんだと思う。
るるは足から素早く杖を引き抜くと、手馴れた動作で元の大きさに戻す。そして、右足を左足の前にひっかけると、くるりと回った。迫ってくる檻に、杖先を当ててからんからんと音を立てて全体に傷をつけると。精巧すぎる魔法を破るには、細かな隙間に魔法をぶつけるのが一番だけど、すごく難しい高度な技。だから物理的に傷を作って、大きな隙間を作り出す。
「【アイクウォル・ケラスス・フローレース】」
その瞬間、つけた傷からぴょっこりと植物が現れる。真珠のように小さかった植物は、ぷくぷくと大きく変化していく。綺麗な桜色を帯びていて、止まることなく成長する。そして、皮を破るようにポンッと軽快な重低音が響く。まるでポップコーンが弾けるみたいに、小さな火花を散らして舞った。檻はぱらぱらと、崩れ落ちていくように壊れていき、空気中にふわっと消えていく。
「化け物……」
「可愛い女の子に失礼だよぉ?でもぉ、草属性の魔女なんてぇ、みーんなこんな感じだと思うなぁ」
莫大な知識を覚え、巧みに呪文を使い分ける。草属性の厄介なところは、下準備が大変なことだけど、それも慣れれば最も強力な武器になると思う。
くるくると動き回って、地面に落ちた灰を靴ですっと擦ると、るるはひーくんの白瞳をじっと見つめた。
「それにぃ、余所見しちゃだめだよぉ?」
挑発するように、僅かな嘲笑を混ぜた強い言葉の意味は、ぴかぴかと飛び回る子供たちが気付かせてくれる。ぐるぐると撹乱するように、ひーくんの周りを飛びまわるその姿は、まるで群れで生活する生き物そのもの。
いつ襲ってくるか分からないのに、周りをうろちょろされるというのは、非常にストレスが溜まる。
「執拗い微精霊達やなっ」
ひーくんは小さく舌打ちを漏らすと、天井へと杖を向ける。きゅっと唇を噛んだかと思えば、大きく目を見開いて力強い言葉を紡ぐ。
「【テネブラエ・パウィメントゥム・トト】」
その瞬間、天井から杖先までの間にもくもくとした黒い霧が充満する。魔力をおびたそれは、ちょうどその場にいた微精霊たちを取り込むように動きを止めた。四人いたはずの子供たちは、みんな姿がなかった。だけど見えない闇の中で、わずかにピカピカと色を鳴らす光だけが、子供たちの生存を伝えていた。
「これで、五分五分どすかね」
ふぅっと軽く、安堵のため息を零すその姿に、るるの心は大きな音を立てて警戒を鳴らす。それと同時に、冷静に分析も出来ていた。
(本当にひーくんはぁ、面白い魔法使いだねぇ)
あくまでも【パウィメントゥム】は、床をその属性のものに変える行動。床は地面、またはほかの一面よりも一段高く、水平に板を張り付けたところを指す。
ひーくんは、天井に向けて魔法を使ったように見えたけど、上の階の床に向けて魔法を展開。そして漏れ出した領域部分が、るるの子供たちを捕まえたって言うことだと思う。
懸命にぴかぴかとした光で、生きてることをアピールし続ける。子供たちは、懸命に抜け出そうと奮闘しているけど、復帰は難しいと思う。だけどるるは、全部の手を明かしたわけじゃない。
「えぇー?五分五分なわけないよぉ」
るるは口に加えていたタバコを床に落とすと、それを高いヒールで踏み潰す。その瞬間、ぴかぴかと光っていた子供たちの光は、どこかへと消えていった。
「るるの子供たちを捕らえても無駄だよぉ?何度だって呼び出せちゃうんだからぁ」
「……なるほど。そのタバコ司令塔なんやね」
「だいせいかぁーい!」
るるは再度ポッケへと手を入れようとすると、ひーくんは迷わず杖先を手へと向ける。やることが分かってるから、視線はそっちに惹き付けられちゃうし、迷わず呪文を唱えようとしてくる。
だけど、そっちに引っ張られれば、引っ張られちゃうほど、見るべきものが見えなくなってしまう。
「【テネブラエ・フェルルム】……」
ひーくんが、いつもよりもずっと焦りを孕んだ、強い口調で呪文を唱え始める。視線はるるのポッケに向けられていて、もやもやとした刃が、大きく作られていく。だけど、一番警戒するべきるるの杖に対しては、何も意識が向いてない。
るるはすっと杖先をひーくんの足に向けると、素早く呪文を唱えた。
「【グラメン・フニクルス】」
床からみしみしとつるが伸び、ひーくんの足元にぎゅるりと絡みつく。トゲが生えたつるは、強く締め付けてうっすらと赤黒く色を帯びた。その瞬間、ひーくんの体がぐらりと痛みと、つるが引っ張る力で傾き、杖先が僅かに揺れた。
(魔法はねぇ、どれだけ早く構成出来るかなんだよぉ)
呪文が早く唱えられても、魔力量が多くても、魔法の打ち合いでは関係ない。どれだけ攻撃対象に近い位置で魔法を展開出来るかどうかで、構成していくスピードが勝負を決める。だから、呪文も時代に合わせて変わっていくの。
「【レクトゥス】!」
ひーくんみたいな旧式の呪文を使う魔法使いは、攻撃が完成するまで杖先で攻撃対象者を捉え続けなければ、行動のコマンドが成立しない。
ひーくんの作り出していた、黒いもやを帯びた刃は、杖先の揺れで攻撃対象者を見失っていた。
私に向かって真っ直ぐ飛んできていたはずなのに、るるの真横をひゅっと風を切る音と共に飛んでいく。そのまま背を向けていた壁に当たり、はらはらと壁が崩れる音が微かに聞こえた。
るるは簡単に、隙を作らせない。タンッと地面を蹴って、一気にひーくんとの距離を詰める。高いヒールが強い音を鳴すのは、るるの行動を応援してるみたいに聞こえた。
草属性の魔法は、短期決戦よりも長期決戦向き。そして、近距離戦よりも長距離戦向き。だからこそ、突然詰められた距離は、ひーくんの思考をぐるぐると掻き乱す。攻撃の選択肢が多いことを見せてるからこそ、どうしても動揺しちゃう。
タバコは口元にないから、子供たちは使わない?
草属性は近距離戦だと、その驚異はほとんどないはず?
そんな様々な疑問は、ひーくんの心を掻き乱しては、動きを鈍らせていく。そして、小さかったはずの隙が、どんどんと大きな弱点になっていく。
(勇者一行なんてぇ聞いてたけどぉ、こんなものなんだねぇ)
確信した、勝ち筋が見えていた。目の前にある勝利は、いつの間にかるるの心を浮つかせる。
勇者一行って聞いてたわりには、対して強くない魔法使い。旧式呪文とか、みたことない魔法の使い方は面白い。けど強さは直結しなくて、楽しくはない。
だけど、ひーくんは笑っていた。
ゆるりと口角を上げて、るるのことをじっと見つめている。余裕のある笑い方に、るるの胸はどきんと跳ねて、僅かに思考が揺れる。
「散」
その瞬間、ひーくんの体から零れていた血が、目にも止まらぬ早さで硬化する。小さな血雹となって、るるの足元、手元に真っ直ぐ飛んできた。だけど、避けるよりも突っ込む方が、ひーくんとの勝率はぐんと上がるはず。傷みを覚悟して、真っ直ぐ突っ込むように走ったが、るるの思惑とは違って、ぺたりと血が足元に張り付いただけだった。
「……オレの血は、魔力を取り込むことを好むんよ」
ひーくんの言葉は、すぐに理解できなかった。ぽんっと頭の中に浮かんだ疑問は、もくもくとした形としてるるの思考を乱していく。だけど、遅れて理解してしまった。
「拘」
にぃっと大きく開いた口の中に覗く、鋭く伸びる真っ白な牙。判断を誤ったと分かっても、るるの体に付着した血は拭い取れない。
「吸血鬼ぃっ……!」
激しい恨みを孕んだ、強い言葉を紡ぐと同時に、ギリギリっと大きく歯を鳴らした。
るるの魔法みたいに、血が付いた部分から鎖が生まれた。杭のように床へと強く差し込まれて、動けなくさせる。拘束から抜け出そうとするけど、絡みついた鎖は簡単には抜けてくれない。
目尻がぐっと上がり、感情任せに動いた体は大きく傾く。前に動こうとする力と、その場に留めようとする力のバランスをとるように、がくんと全身が震えた。その衝撃で、握っていたはずの熱は、するりと消えていく。
「殺し合いなら、負けてたと思います」
るるをじっと見つめる視線は、誰よりもじっとこちらを見ていた。ゆらゆらと揺らぐことのない、真っ直ぐで強い意志。そして、異質な魔力を帯びたその姿は、吐き気がするほど気持ちが悪い。口元に手を押し付けられたみたいに、息苦しくなって、体の輪郭が分からなくなる。胸の奥はむかむかとして、胃はぐるぐると回る。
目の前にいたのは、本物の化け物だった。
「でもここで止まるのは、オレじゃなくてるるさんです」
からんと杖が落ちた音は、無慈悲に負けを突きつけた。
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