第2幕 ― ⑥「優しい魔力」
一部改稿致しました。
「NorthPoleは全部で五つの班編成を組んでいて、各地に各班の本部が在中しているの。共通しているのは、本部の建物は上から見ると三角形の形になっててて、ここに情報課が入ってるってことぐらいかしら」
私は三角形の鋭角部分に半円を描き、情報課があることを示した。
(よしよし、調子が戻ってきたわ)
緋彩と話していると、いつもペースを持っていかれる。自分自身のペースに持ち込むのが上手いというか、変に鋭い部分がある。話したいことがあったとしても、いつのまにか話題をすり替えられてる気がする。
「さっき訪れた第五班もだけど、情報課と班員の居住地は厳重なセキュリティが敷かれているから、そこまで潜入されてる可能性は低いと思うわ。内側からの承認と、情報課のカードキー、そして各棟の班長承認が必要な三重ロックだから」
「せやったら、情報課や他の班がおんなじように洗脳されてるみたいな状況になってる確率は低いなぁ」
「えぇ、私もそう思うわ」
これが今回の件で一番安心出来る部分だろう。
仮に全ての班が同じ建物で生活していたら、全員洗脳されているような状態に陥っていたことだろう。だけど、第五班の人間は簡単にやられない人が多い。
「ここで一番注意する人物は、さっき遭遇した聖奈さんよ。私が所属する第五班の班長で、NorthPoleの中でも飛び抜けて強い人物なの」
「なるほど、通りで強いわけや」
私は空中に、聖奈さんの名前を大きめに書き記した。
NorthPoleには決闘という制度があり、これによって班を指揮する班長を決めていた。班員が現班長に勝負を挑み、挑戦者が勝利することで、班長の座を奪えるものというもので、NorthPole設立当初はこの制度によって、班長がころころと変わっていたらしい。
だけどここ数年は班長の顔ぶれが変わることがないほどに、班長と班員の実力は歴然なのだ。
特に聖奈さんの実力は、NorthPole内でも、三本の指に入る魔女と呼ばれており、その驚異的なユニークマジックで最速昇級したという伝説を持つ。
「それに第五班は問題児の要観察対象が揃っていて、聖奈さん以外にも強い人が多いの。――――だから、これがあるんだけどね」
私はペンの芯をしまうように、カチッとボタンを押すと一先ず膝元にペンを置き、服の襟をぐいっと引っ張って首元を露出させた。
「聖奈さんは統率を取らせるために、班員全員をユニークマジックで縛ったの。……あの現象はそれの効果によるものよ」
私は嫌な思い出を一人で思い出すのが嫌で、自然と何かに縋るみたいに、襟部分からそっと手をずらして熱くなっていた首元をゆっくりと優しく触る。まるで壊れそうなガラス細工を扱うみたいに、自分自身の傷口が広がらないように、ものすごく優しく。
「首元に鎖みたいな模様が浮かんでたでしょ?あれは、聖奈さんのユニークマジック【命令入力】による契約の証で、第五班のみんなについてるの」
「それって圧制政治ちゃうん……!?」
「確かにそうかもしれないわ。でも、聖奈さんがそうしなければならないほど、第五班の統率はとれていなかったのよ」
元々第五班が作られたのは六年ほど前で、能力値は高いものの、性格等に問題があり才能を持て余している魔法使いや魔女を実験的に集めた班だ。その能力が正しく使われれば、魔法界にとって有益であるという、魔法学会と警察の判断によって。
こうして、第五班に配属される人達は決まって、何か問題を抱えていて、問題児ばかり。聖奈さんが言うことを聞かせるために圧制をするしかないのも少し納得がいく。
「ユニークマジックの内容は異なるかもしれないけど、共通しているのは全員首に付けられているってことよ」
聖奈さんが私にマジックを埋め込んだ時、首元に杖先を当てて使ったからであろう。ちょうどそこにマーキングされていて、下手に心臓などの内部にするよりは首という目視で確認できる方がずっと便利なのだろう。
「聖奈さんは私に【十文字聖奈に攻撃したものは命を落とす】という誓約をさせたの。だから聖奈さんを攻撃した私は、ユニークマジックの効果が発動。即死にはならなかったのは、恐らく直接的な魔法を使ってないからだと思うわ」
だけど私の行動で、確実に未来が書き変わった。
あの時魔法を使っていなければ、みんなは眠らされ、どうなっていたのかなんて、怖くて考えたくなかった。
だけどあの時の私には、未来を変え、聖奈さんの邪魔をするしかなかった。例えその行為が裏切ったと判断され、私に結び付いた制約が発動したとしても。
「……それ、みんなは知っとったんやな」
「えぇ。NorthPoleでは有名な話なの。だから四乃や景は、私に魔法を使わせないように庇ってくれてた。……恥ずかしいけど聖奈さん相手だと、私は何も出来ない無力な赤子同然なの」
私は何も出来なかった無力さを思い出して、首元に当てていた手を拳の形へと変えて、強く握りしめていた。強く押せば押すほど、皮膚に爪が食い込みじんじんとした重たい痛みが皮膚に伝わり、後悔の念も一緒に加速して心へと伝わっていく。
いち早く聖奈さんの存在に気づいた四乃は、私を突き飛ばして代わりに囚われの身となってしまった。
景にも加護あるとはいえ、魔法使いとしての実戦経験が乏しいのに、危険な橋を渡らせてしまった。
(何も、何も、出来なかった)
大事な時にはいっつも守られてばっかりの自分自身に嫌気がさす。二人とも私の事情がわかってるからこそ、私が死なないようにと守ってくれたのに、結局私は魔法を使ってしまった。
結果的に緋彩と私は逃げ出すことに成功したけど、私が聖奈さんに対して魔法を使えたのなら、こんな結末にはなってないはずだ。
自分の無力さがどうしようもなく悔しいからこそ、絶対に二人を助けたいのだ。
「……私の推測だと、第五班の棟は何者かの攻撃によって催眠状態にあるわ。残してきてしまった四乃や景も敵側に回ったと考えた方がいい。棟に残っている残りの班員たちも全員ね」
「厳しい戦いになりそうやな」
ひゅっと向かい風にぶつかりながら歩くみたいに、思い通りにならない気持ちを言葉にしていた。その表情には僅かに影がさし、これから起こそうとしている行動が、どれほど無防備であるかを示しているようにも見えた。
(だけど、何も勝算がないわけではない)
過去の私だけなら絶対に不可能な作戦だけど、緋彩という協力者がいるからこそ、初めて成立する作戦が私の脳内に展開されていた。
「でも勝算はあるわ。私のユニークマジックを使えばね」
「お姉さんの、ユニークマジック?」
きゅるんとした大きなつぶらな瞳をくりんと丸めて、私の言葉がどうもピンと来ない様子見で、じぃっと見つめた。その真っ直ぐで純真無垢な瞳に当てられ、胸にずきっと僅かな痛みが走ったが、いつも通り自分自身がずっと付き続けている、偽ったユニークマジックの説明をする。
「私のユニークマジックは、物や人の記憶を覗くことが出来るというものなの。それを使えば、何が原因で催眠状態に陥ったのか分かるはずよ」
「そういえば初め助けてくれた時も、瓶の記憶を覗いたって言ってたっけ……?」
緋彩は必死に僅かに残っていた記憶を、ぎゅーっと絞ったみたいに、所々言葉が詰まりながらも出会った時のことを思い出すように喋る。
「えぇ。だから魔法具を使って、操られていることが分かれば破壊。魔法にかかっているのであれば、術者を倒せばいいわ。……ただ」
「ただ?」
「一つ、大きな問題があるの」
鉄のように重い言葉に反応して、ごくりと緋彩の喉仏が僅かに上下するのが見える。私はふぅっと短く息を吐くと、恐怖心を煽るようにばくばくと音を鳴らす、心臓からそっと目を逸らした。
「このユニークマジックは、その対象に触れながら呪文を唱え、必要な箇所を探し出さなくちゃ行けないの。答えを見つけるまで結構時間がかかるし、聖奈さん以外じゃないと、また未来を変えたって認識されちゃうから、使う相手の選別も必要なの」
これが一人じゃ絶対に成立しない理由でもあり、最も難しい点だ。
私の記憶が正しければNorthPole本部に残ってる第五班のメンバーは二人だけで、任務での外出をしていた人が大半だったはず。だから人数だけ見れば多くはないけど、その残った二人というのか、中々厄介な魔法使いと魔女なのだ。
その上、四乃も相手側に加わってしまったことも考えると、だいぶ部の悪い賭けになる。
(例え……どれだけ緋彩が強くても)
この数日間、一番近くで緋彩の魔法を見てきたからこそ分かる。
緋彩の発想力から生まれる魔法と、多彩な戦術の数々は、一対一という状況下であればどれほど光り輝くものなのだろうか。でも、一つ一つある程度質が高い刃が襲いかかれば、どれだけ精巧に作られた刃であっても、それは壊れてしまう。
例え策が浮かんでいたとしても、この圧倒的に不利な状況を覆すのは簡単じゃない。
「だけど……」
私はその続きの言葉をすんなりと口にする事は出来なかった。
首元にじんわりと残る、焼けるような熱い感覚が走り、無意識には気道を細めて言葉を紡ぐことを拒む。緋彩に「協力して欲しい」って言いたいのに、唇は痙攣したように細かく震え、指先は血の気が引いたみたいに、感覚がなくなって、どうしても上手く動かなかった。
(……私、怖いんだわ)
緋彩の強さも、第五班の強さも分かってるからこそ、この部の悪い賭けに緋彩を巻き込むことで待ってる結果は考えるまでもなく明白だ。
私の選択一つで、緋彩を失い、また独りに戻ってしまうのがどうしようもなく怖い。
私は無意識に呼吸を止めていた。息をすることも忘れて、自分自身の輪郭が不明瞭になる。どこまでも底が見えない深く、冷たい、そんな海に沈められてるのにすら気づかなったみたいに、状況が見えなくなる。どんどん身体の熱が奪われて、指先の感覚が無くなっていくのを感じたが、緋彩は僅かに残った感覚を呼び戻すみたいに、自分自身の指先を絡めるように繋ぐ。
緋彩の手はいつも生きてないんじゃないか、と思ってしまうほど冷たいけど、今回は決定的に違った。
「……魔力?」
「うん。オレの手は冷たいけど、ただの魔力は温かいさかい。お姉さんの恐怖少しでも和らぐとええなって」
命の源と呼ばれる魔力を、意図的に人の体に流すと、人肌よりも少し温かいぐらいの温度がある。緋彩の魔法は牙を向いた猛獣のように荒々しいけど、流し込まれた魔力はぽかぽかとお風呂に使っているような、温い気持ち良さがあった。強ばっていた身体を芯から温めて解していく。
「お姉さん、これだけは忘れんといて欲しいんや」
緋彩はじっと覗き込むように顔を近付けると、それぞれの瞳がかちりと混ざり合う。
軽く小首を傾げ、ふんわりと空気を纏ったしなやかな髪がきらきらと輝く。
「オレは絶対死なへんし、もうお姉さんを絶対に独りなんかしいひん、って。そやさかい、どないややこしい状況でもオレは戦うで」
真っ直ぐ見つめられるその瞳から逃げられなくて、指先から伝わってくる魔力に、自分自身の熱が伝わってしまうんじゃないかって、ばくばくと胸が大きく高鳴る。だけど、私は心の底から安心したように、僅かに口角を上げて、胸の奥底に渦巻くぐるぐるとした疑念を表に出さないように、必死に笑顔を取り繕って笑った。
「ありがとう、緋彩……」
私は当たり障りのない返事をして、緋彩の表情に気付かないふりをした。
声はいつも通り優しく、ほっと安心させるようなのに、ふんわりと花が綻ぶみたいに、どこか儚く、切なく笑う。言葉はどれだけ私を思っているのか分かるぐらい、優しく温かいものなのだ。
(まるで……私を、だれかと重ねて見ているみたいな)
窓から差し込む僅かな月明かりが、緋彩の表情に影を作り、その表情はどこか苦しそうにも見える。
――――私はまだ知らなかった。
その違和感の答えを聞く勇気が、今の私にあったら良かったな、なんて。
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