第2幕 ― ⑤「組み合わせた魔法陣」
「……行ってもうたね」
「そうね。でも、気遣ってくれたんだと思うわ」
私はベッド横に手を着いて、身体に負担がかからないように、ゆっくりと起き上がろうとすると、緋彩が大きく目を見開いた。
「お姉さんっ、起き上がっちゃ……!」
「大丈夫、無理に動いたりはしないわ。それに、緋彩と話したいことがあるの」
私が無理やり動こうと勘違いしたのだろう、ベットから飛び起きるみたいに椅子から立ち上がって、私の元へ駆け寄ろうとする。だけど私は、緋彩の考えと私の考えは違うよ、と証明するみたいに、僅かに目を細めて、ほんの少しだけ上がった口角で優しく笑って見せた。
一つ一つの動作に対していつも以上に気を払い、身体に負担がかからないように丁寧に行うが、動かす度にじわじわとくる僅かな痛みに眉間に皺を寄せる。だけど、そのゆったりとした動作を見て、無理やり動こうとしてないことを理解した緋彩は、こくりと頷くと椅子に座り直した。
上半身が完全に起き上がると、ふぅと短く息を吐く。そして、自分自身に負担がかからないように、ベッドの宮付き部分に添わせるように枕を置いて、簡易的な背もたれを作ってると楽な姿勢が取れた。
「緋彩、今から私が隠していたことを話すから聞いて欲しいの。私がどうしてあんな風になってしまったのか、それを話さない限りみんなを助けに行けないわ」
「……分かったわぁ、お姉さん」
「ありがとう」
私は自分自身が着けていたアクセサリーの一つ、耳上部の曲線につけてあったピアスを外す。そして手のひらの上に乗せて、慣れ親しんだ呪文を唱えようと、唇を僅かに開こうとした時、るるさんに言われた言葉をふっと思い出す。
(……縮小して持ち歩いてた魔法具を元の大きさに戻したいのだけれども、こんな簡単な魔法でも器に負担がかかってしまうのかしら)
るるさんに数週間は魔法を使うのを禁止、と言われている。しかし、ほとんど魔力を使わない単純な魔法でも器に負担がかかって、より大きな傷になるのならこの解説方法は取らない方が良い。そう思い直し、開いた手のひらをきゅっとこぶしに戻そうとした時、すっと割り込むように、手のひらの上に緋彩の指先が触れた。
「元の大きさに戻せばええ?」
「えぇ、そうだけど……」
緋彩はすっと目を閉じると、その形の良い唇が呪文を唱える。
「【ドゥオール】」
僅かに触れていた手のひらから、緋彩の荒々しいけどどこかまろやかな優しさを感じる魔力が流れて込んでくる。そしてその魔力に魔法具が答えるみたいに、ゆっくりと元の大きさへと戻っていった。
緋彩は自分自身の膝の上へと手を置くと、ふふんっと花を鳴らすみたいに、どこか誇らしげに笑った。その笑顔が無邪気な子供みたいなのに、行動だけは優しい男の人で何故か胸奥がきゅっと締め付けられ、口角が僅かに上がるのを感じた。
(……るるさんに治療してもらったはずなのに、まだ身体が痛むわね)
急に襲ってきた胸奥の痛みの理由が分からない中、私は無意識に緋彩から視線を逸らしていた。
「よく分かったわね、私がやろうとしてたこと」
「んふふ。だってこれ、有名な空中に文字がかける魔法具やん?加工してピアスみたいにつけてる人は初めて見たさかいびっくりしたけど」
緋彩は私の違和感に気付くことなく、僅かにこちら側へと身を乗り出したのか、ベッドに大きな影が作られた。
そう、これは緋彩が言った通り空中に文字が書けるペン型の魔法具だ。学校などの教育機関を始め、様々な場所で使われている、魔法界で最も有名な魔法具だ。
価格も他の魔法具に比べたらものすごく安く、ちょっと変わった文房具として多くの人から愛されているものだけど、これは少しだけ仕様が違う。
「実はこの魔法具は四乃が一から作ったものなの」
「え!?」
緋彩は目をぱちくりと大きく開き、まるで夢でも見ているんじゃないかといった信じられなという様子だった。いつもどこか一枚上手で、本質を見せてくれない緋彩の皮がぺらりと剥がれたような気がして、私はくすっと鈴のようにからっと軽快な笑い声を小さく零した。
「新鮮な反応が見れて嬉しいわ。これは緋彩が言っていた魔法具のペンをベースにして、第三者から簡単には分からない、持ち運びが出来るような形にしてくれたのよ」
パーツの大きさを確認しながら、慣れた手つきでくるくるとネジを回して組み立てていく。それは小さい頃によくボールペンを分解して組み立てていた要領と何も変わらない。僅か十秒足らずで完成した魔法具を顔の前まで持ってくると、ふふんっと短く鼻を鳴らした。
「これでよく見る形になったんじゃないかしら?」
「確かに!そやけど、この魔法具から魔力を全く感じひんよ?」
「だってまだ完成してないもの」
「え?」
私は緋彩を呼ぶように小さく手招きをすると、頭にはてなマークを浮かべながらもぐっと身を乗り出し私に近づく。私はそんな緋彩の手に魔法具を乗せると、四乃の真似をするみたいに、子供っぽい問いかけをしてみる。
「緋彩はボールペンを使う時って、いつもどうする?」
「えっと、上のボタンを押して……あっ」
頭で考えるよりも先に身体が覚えてる、ごく自然な行為。
筆記用具を使って何かを書くというのは、子供の頃からやり続けていた行為であり、緋彩は迷うことなくペン先を出すための道具である上部をカチっと音を鳴らして押し込んだ。
本来、魔法具を分解することは中に保管してあった魔力を外に逃がしてしまう行為で、使えなくなるただの物に戻ってしまう。
だけどこの魔法具は、四乃が一から作った特注品。ペン上部と下部にそれぞれ未完成な魔方陣を張りつけ、上部にあるスイッチを押すことで初めて魔方陣が完成し、魔力を生み出す。
「凄い、魔力生成されていく……」
「面白いわよね、それぞれ未完成の魔法陣を埋め込んで運べるようにしちゃうなんて。それに完成してない魔法陣は魔力を帯びてないから、アクセサリーみたいにつけてたらそれが魔法具だなんて大抵の人は気づかないのよ」
「確かにそうやな。オレもお姉さんに言われるまでいっこも分からへんかったさかい……」
緋彩は完成した魔法具のペンを私に返したが、好奇心に満たされたきらきらと輝く瞳は、魔法具ガ手元から離れてもじっと視線が釘付けだった。
(そりゃあそうよね、こんな複雑で変り種の魔法具が市販されてるわけないから)
緋彩は四百年以上生きていたと言っていたが、この様子を見る限り同じような魔法具を見たことがないのだろう。普通という形に囚われている私たちは、分解して組み立てて初めて使えるようになる、なんて魔法具が存在するなんていう概念は考えつかない。
「本当、四乃は嫌味に聞こえるぐらい才能の塊よね」
ぽっと出た、僅かな嫌味を含んだ称賛は、口にすればするほど自分自身の醜さが露呈するみたいだった。いつも近くに天才がいて、比べられてきた人性だったからこそ、努力しても報われない自分自身に嫌気が指す。
そして、そんなに嫌なところばっかりな自分自身をこれ以上緋彩に見せたくなくて、私はぷいっと視線を逸らした。本題に戻すように、すいすいとペンを動かして、何も無い空中にNorthPole本部を上から見た構図を書き始める。
(……やっちゃった)
人の悪口ほど醜いものは無い。ときには発散しなければ自分自身にとって負荷がかかるのはあるけども、人が聞いていて気持ちの良いものとはいえない。
口にするべきじゃなかったのに、声にだして言葉にしたものは簡単には消えてくれない。
これ以上醜い私を嫌わないでと、無意識にペンを強く握り直すが緋彩は私の予想とは大きく反して、私の顔を覗き込むように小首を傾げてじっと見つめた。
「それ言うならお姉さんも充分凄い思うけどなぁ……機転利いて、冷静に物事の判断出来て。オレもめっちゃ見習いたいもん」
「え?」
「あっでも、お兄さんは魔法具職人に転職した方がずっと儲かるかもな。こないなおもろい魔法具みたことあらへんさかい」
眉が大きく高く上がり、唇は耳元まで届くほど大きな弧を描き、柔らかく目尻が下がる。
年相応という言葉は少し違うかもしれないけど、見た目の年齢と釣り合った男の子らしい笑顔だった。人懐っこくて、愛嬌がある、裏表のない無垢な笑顔。
私の嫌な黒い部分を明るく照らすように、緋彩は真っ直ぐに向き合ってくれたみたいだった。
「……なーにお姉さん?そないにジロジロ見て。なんかけったいなものでも付いてはる?」
緋彩からかけられた声に思わずびくっと肩が大きく揺れる。見てるだけで自然と心が晴れるようなその笑顔に視線を奪われ続けていた。私は緋彩の視線や言葉から逃げるように、魔法具のペンをすらすらと動かした。
「付いてないわよ……!ただちょっと思い出すのが難しかっただけでっ」
「思い出す?」
「えぇ、NorthPoleを上から見た構図を書いてたのよ!」
これ以上緋彩の顔に見惚れていたということに気付かれないように、必至に話を元に戻そうと少し強めの口調になりながらもペンを走らせた。
納得出来ず書き直しに時間を要した為、先週の更新ができませんでした。アイデアまとまってきてるので、今週からまたちまちま書き続けます。
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