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第2章掲載開始)夢見る乙女は、記憶をのぞく。  作者: 蝶乃 ゆゆ
第2章・夜明けをずっと待っていた。
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第2幕 ― ④「素敵な人」

一部改稿致しました。

 意識の淵で揺れる微かな声が、霧のようにふわふわと頭の奥で漂う。

 身体全身を包み込む羽のように柔らかいものの感触が肌に触れ、鼻腔に絡みつくような甘ったるい香り。どこか遠くからは、お母さんが料理をする時みたいに、かちゃかちゃと金属が擦れる音が聞こえ、どこか懐かしい記憶を彷彿させる。



(……誰かに、呼ばれている気がする)



 お風呂に入ってるみたいに身体の内側から、ぽかぽかと魔力が注がれるような不思議な感覚に誘われるように、重い瞼をゆっくりと開くと、私のことをじっと見つめている人物と目が合った。



「あっ。おはよぉ、おねぇさん」



 とろんと眠気を誘い込むようなゆったりとした口調に、頭に直接響くようにくらくらする甘ったるい桃の香り。

 キラキラと輝く空気をまとうように、ふわふわと巻かれた綺麗な白髪に混ざる、ピンク色のハイライトは特徴的で絶対に見間違えることのない。目の前にいるのは、景が居候していたるるさんで間違いなかった。



「……るる、さん?」



 口の中は砂漠みたいに乾ききっていて、喉奥がぴったりと閉じているみたいで、思ったよりも張り付いたようにカラカラとした声で、上手く声が出ていなかった。そんなひび割れた地面のように掠れた声を拾ったるるさんは、驚いたようにぱちくりと瞬きをした。



「んへへ、覚えててくれたのぉ?るる、嬉しいなぁ」



 きゅるんとした大きな瞳が、自分自身が大切に閉まっておいた愛おしいものを見つめるように、柔らかな眼差しを向ける。嫉妬さえ覚えてしまうほど長いまつ毛が、るるさんの頬に柔らかな影を差し、ぽんっと優しく頬へと手を当て愛らしく笑った。



(可愛らしい人だな……)



 まだ頭ははっきりとしていないぽわぽわとした浮遊感の中、私は何度もまばたきを繰り返してるるさんの姿をじいっと見つめていた。



(ユニークマジック以外という限定はあるけれども、人の意識を操作させるようなものは、大抵自分自身が術にかかっていること。を、認識することによって解除される)



 初めて会った、私はるるさんの悪賜効果に捕らわれて、くらくらと自分自身が変わらなくなるような感覚に蝕まれていたから分からなかった。だけど今も魅力にかかっているのではないか、と錯覚させるほど、るるさんの可愛らしさは目に毒だ。


 一つ一つの動作が丁寧でゆっくりで、まるでおとぎ話に出てくる動物たちにあいされたお姫様みたい。それこそ男の子が思い描く、完璧で可愛らしい理想の女の子で、思わず守ってあげたくなる。

 特にふわふわに巻かれた髪は、ストレートヘアに比べて動きやボリュームがあり、女性らしい可愛らしさやフェミニンさを表現しているみたいで、るるさんの雰囲気によく合う。



(確か心理的効果も立証されていたはずよね……)



 男性が揺れるものが好きなのは、獲物を追う本能的な習性と関連があると考えられており、視覚的に動きのあるものは、男性の注意を引きやすく、人の注意を惹きつけ、好印象を与える傾向がある。

 特にひらりひらりと優雅に揺れるものは、女性らしさや余裕を感じさせる。

 だから、デートで揺れるアクセサリーを付けたり、巻き髪や、ポニーテールをすることが男性を魅了させるのに効果的だと色々な雑誌で取り上げられていた。


 

(自分自身を研究してる可愛らしい人って、るるさんみたいな人を指すのかしら)



 悪賜は、悪魔が命と代償にして人間へと与えるもの。本来なら人を誑かし、没落させようとする悪魔が、るるさんに命を賭けた理由が分かったような気がした。


 るるさんはパッと何かを思い出したように、どこかへと視線を向けると、ぽわっと柔らかく色付いた薄桃色の唇が言葉を紡ぐ。



「ひーくん、おねぇさん起きたよぉ」



 その言葉がきっかけになったのか、先程まで規律正しく聞こえていた金属音は、勢いを変えて慌ただしい演奏へと変化する。きゅっと何かを閉める音とほとんど同時に、私の気持ちをふっと安心させるような柔らかい声が聞こえる。



「本当ですか!?今行きます!」


「はぁーい」



 だけどその柔らかな声質とは打って変わって、ばたばたと焦りが強く滲み出た音を鳴らしながら、ひーくんと呼ばれた人物がこちらへとやってくると、私の顔を覗き込むようにぐっと身を乗り出した。

 窓から僅かに零れ出す月明かりの光が反射して、きらきらとした眩い金色の光が私の瞳に注ぎ込まれる。雪が朝焼けの熱に寄って溶かされたみたいな白瞳が、ベットに伏す私の姿を映し出した。



(緋彩……?)



 緋彩はシーツの上にぽつんと無気力に垂れ下がっていた手を掬い上げると、自身の気持ちを分け与えるようにぎゅっと強く握りしめた。



「ほんまに良かったっ、もう目覚めへんか思てもうたで……」 



 喉奥からきゅっと絞り出した震えた声に比例するみたいに、繋がれた手のひらにぎゅっと力が籠る。緋彩の指先は酷く震えていて、いつもよりもずっと冷たい。ゆらゆらと揺れる瞳孔は、緋彩の素直な感情そのものだった。



「商店街でおねぇさんをお姫様抱っこしてる、ひーくんと会ったんだぁ。るる、こう見えても治癒魔法はちょっぴりお得意さんだから、お家に連れてきたんだよぉ」



 感情整理が追いついてない、緋彩の様子を察したのか、るるさんが私に対して優しく説明を入れてくれる。緋彩はるるさんの説明にこくこくと頷き、説明が正しいことを示した。



(……そうだ。NorthPole本部に戻った時、突然現れた聖奈さんに襲われたんだ)



 るるさんが与えてくれたきっかけで、霧のように曇っていた記憶が連鎖的に思い出していく。


 私は聖奈さんに対して、筋書きされた未来の結末に牙を剥くように魔法を使った。

 直接的な攻撃魔法だった訳じゃないにしても、あの行動がなければ、今頃聖奈さんに捕まり、NorthPole本部でどうなっていたのか分からない。



(だけどあの時、自分自身が魔法を使ったらどうなるか分かってたけど……たくさん迷惑をかけちゃったみたいね)



 聖奈さんの圧倒的な魔力は、目の前にはもう居ないはずなのに恐怖が身体に染み付いているみたいに動けなくなる。だけど、魔法を使わなければみんな死んでしまうような気がしたのだけは、あの場所から離れた今でも鮮明に覚えていた。

 緋彩は自身の不安を少しでも誤魔化すように、触れていた指先に少し力を込める。



「お姉さん、転移魔法陣から出た時、ほとんど息をしてへんでね。今度こそほんまに死んでまうか思て、心配で……怖かってん」



 初めて聞いた、今にもふっと消えてしまいそうな弱い声に、緋彩の瞳が月明かりの光に反射して、ゆらゆらとした光を漏らす。そして、抑えきれなかった感情は、形となって溢れ出した。ぽつぽつと揺れ動く感情がシーツに小さな水溜まりを作っていく。



(……緋彩は凄く優しい人、なのね)



 この情景を目の当たりにするまで、この後自分自身に起こることが分かってても、私の無鉄砲な行動で迷惑をかけて本当に申し訳ない、なんて思ってたけど、実際は酷く心配してくれていたのだ。

 まだ緋彩と私は知り合って日が浅いけど、どんな時でも大きな壁があるように感じてたけど、桐生緋彩という人間の本質がまた一つ、垣間見えたような気がした。



「心配させてごめんなさい、緋彩。もう大丈夫よ」



 身体はまだどこか強ばったように上手く動かないけど、僅かに力を振り絞って緋彩の手を握り返した。私の微かな体温が、生きてるってちゃんと緋彩に証明して欲しかった。

 私が指先に力を込めるのよりも強く、緋彩は手のひら全体でぎゅっと力を込めて体温を混ぜ合っていくその感覚が、どうしようもなくくすぐったくて、私は少しだけ緋彩から視線を逸らした。

 すると、その光景を微笑ましそうに見ていたるるさんが、パッとなにか思いついたように、ぱちんと手を合わせる。



「二人ってとっても仲がいいんだねぇ。……あっ、もしかして恋人さん同士?」



 花がふんわりと花開くように柔らかく笑う人なのに、ぽんっと軽々しく大きな爆弾を投下する。かぁっと頬が熱くなるのを無視して、握られていた手を振り解き、シーツを力強く押して勢いよく起き上がる。



「こ、恋人じゃ……痛っ!?」



 上半身を勢いを殺すことなく無理やり起こし、重心がぐっと前へと傾き、掛けられていた毛布がポイッとめくられる。無理に起き上がったことによって、普段使わないであろう腹筋に変な力が入り、腹部全体に鋭い痛みが走った。


 るるさんは私が急に起き上がったことにびっくりしたように大きく目を見開くと、すぐに私の肩を支えながらベッドへ横になように促した。



「もうっ、急に動いちゃだめだよぉ。傷はほとんど治したけど、まだユニークマジックさんはおねぇさんの身体を壊そうと動いてるんだからぁ」



 めくれた布団を丁寧に直し、赤子をあやすようにぽんぽんっと規律正しいリズムでたたくその行為は、微かな愛情が自分にも向けられているような不思議な感覚だった。



「器にもヒビが入ってるから、ゆっくり治療していこうねぇ。数週間は魔法を使っちゃダメだよぉ?」


「数週間も!?」


「そうだよぉ。無理は絶対だめぇ!」



 るるさんは自身の顔前で人差し指をクロスさせてばってんマークを作る。少しだけ唇をつんっと尖らせ、私に強く注意を促す。



(NorthPole本部で見た聖奈さんは、何かに取り憑かれてるみたいにおかしかった)



 聖奈さんはいつも空気を読まないし、どんな相手にも手加減をしない人だけど、いつもと同じか違うかぐらいはすぐに分かる。



「待ってるるさんっ、それじゃあダメなの!」



 私の口はるるさんの気持ちに答えることなく、鋭い声で強い言葉を紡いでいた。

 違和感の原因が分からないからこそ、あの場所に残してしまった四乃や景が不安で仕方ないのだ。



「私の仲間が先輩に襲われてるんです!先輩も何かに取り憑かれてるみたいで、今すぐにでも戻らな……!」



 助けに戻りたい。その強い気持ちを伝えるためぽっと浮かんだ言葉の続きは、いつの間にかぐっと喉奥へと押し返していた。


 るるさんは四季の一つである春に似てる。

 ぱっと花が咲くように華やかで可憐な笑い方に、鈴がころころと転がるような柔らかな声。老若男女を魅了するような愛らしい可愛さが特徴的なのに、今はその片鱗が何も見えない。


 まるで冬みたいだ。それも物凄く寒い、厳冬。

 厳しく寒い冬の季節のように冷たい氷の瞳が、私の考えを強く反対するように見つめる。何も無いはずなのに、何かが全身を這い、何か言われるよりも先に身構えた心は、その視線に鼻筋がつんと締まり、頬が冷たく引きつる。陽光がるるさんの白髪に冷たい光を投じ、空気が一瞬凍りつく。



「――――それって、おねぇさんが行ってなんとかなる問題なのぉ?」



 鋭い眼光に、鉄のように固く冷たい声。

 るるさんは揺らぐことの無い真っ直ぐな瞳で私の身体をじわじわと凍らせていくように、体温を奪っていく。じわじわと冷や汗が滲み、首筋が金属で固定されたかのように硬直させられる。



「ひーくんからなんとなくの事情は聞いてるし、けーくんの身分もお仕事も知ってはいるけど、おねぇさんの身体はユニークマジックのせいで、器にもヒビが入ってる状態だよぉ?この状態で魔法を使ったら、もう二度と魔法が使えなくなっちゃう」



 器というのは、人が持つ魔力を貯めておける容器みたいなもので、これが完全に破壊されると二度と魔法が使えない身体になってしまう。

 るるさんは四乃とはまた違った、腕の良い治癒魔法の使い手なのだろう。私が緋彩に話していないことまで、身体を見た事によって全部見透かしていた。



「――――るる、死に行こうとする人の背中を押してあげることは出来ないよぉ」



 るるさんの声は恐ろしいほど低く響き、喉奥が蓋をされたみたいに、私の考えや言葉をぎゅっと閉じめられる。



(……どうしようもなく、るるさんが怖い)



 聖奈さんみたいに強い魔力を向けられた訳でも、首元に刃物が当てられたわけでもない。

 それなのに、どうしようもなく身体が強ばって動かなくなる。まるで、ぽいっとなんの装備もなしに、水中へと放り投げられたように息が出来なくなって、必死にもがこうと生きようとしたくても、それすら許してくれない海流に身動きを封じ込められているように。

 私は何も言えずに思わず唇を噛んだが、私の気持ちを払拭するように、静観していた緋彩がふっとその口を開く。



「……るるさん、お姉さんは死に行くわけとちがうどすえ」



 僅かに零れ出した魔力が、るるさんの氷をゆっくりと溶かす。まるで月明かりからエネルギーを分け与えているみたいなキラキラとした輝きには強い温かさがあった。



「オレが次こそ絶対守る。ほんで、お姉さんの大切なもの全部助ける。あの時、お姉さんがしてくれたみたいに」


「……ひーくんは、初めからずっと真っ直ぐな人だったね」



 るるさんはふっと瞼を伏せると、ごく自然な動きで椅子から立ち上がり、私たちを背を向けた。



「けーくんのためにも治療はしてあげるし、ここにいてもいいよぉ。でも、本気でおねぇさんが死に行こうとするなら止めるからねぇ?」



 るるさんはそれだけ伝えると、視界の隅に入り込んでいた箒を手に取り、軽い足取りで玄関から外へと出ていってしまった。


 決して、私が無茶をするということを認めてくれた訳では無い。

 でも私の意見と、るるさんの意見。双方の妥協点を見つけてくれた、るるさんの気遣いに私は自然と胸の奥がじんわりと温かくなる感覚を覚えていた。



(景は「可愛くてもあのコを彼女にするとか、趣味が悪すぎるんで」とか言ってたけど、るるさんは素敵な人ね)



 悪賜によって、意図的では無いかもしれないけど魅了にかかっていたというのは、人として嫌悪してしまう部分はあるけど、さっきのるるさんは物凄く優しい人に見えた。

 景に会ったらこのことを話そう。そう考えるぐらいには、るるさんという人物に私は心を許していた。



閲覧ありがとうございました。

来週は諸事情により投稿をお休みする可能性があります。ご了承ください。



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