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第2章掲載開始)夢見る乙女は、記憶をのぞく。  作者: 蝶乃 ゆゆ
第2章・夜明けをずっと待っていた。
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第2幕 ― ③「死んじゃうから」

 景はあと少しで転ぶ、というところで片足を床について体勢を整えて、自分自身を落ち着かせるように短く息を吐く。



「いやぁー、助かりましたよ」


「そんなことあらへんで。お兄さんが変に動かへんかったさかい、狙いを定められたんやし」


「いやいやー、謙遜しないでくださいってば。全部緋彩さんのおかげですってば」



 ハハッっと、いつもみたいに自分自身の事なのに他人の事みたいに笑う景は、何を考えているのか全く分からない。



(……でも、助かった)



 私は下に視線を落とすと、震える指先をじっと見つめた。


 聖奈さんは、私が所属する第五班を取り締まる班長というポジションであり、NorthPoleでは三本の指に入るといわれている実力のある魔女だ。

 そして聖奈さんの魔力は、恐ろしい。

 まるで全身に針が縫い付けられたみたいに体が動かなくなって、悪寒が駆け巡る。簡単に消えることの無い、その強い恐怖は魔力を当てられる回数が多ければ多いほど、トラウマとして深く植え付けられる。だけど……。



「さっきの十文字さん、ちょっと様子がおかしくなかったですかー?何かある度に《削除》って口走ってて」



 ふと、景が自身の感じた疑問点を口にする。

 杖先で円をくるくると描きながら、暇を潰すように意見を述べる景の視線は、どこか別のところへと向けられていて、真意がイマイチ読み取れない。



「元々変な人ですけど、何かに取り憑かれたみたいな感じがしたんですよねー」


「……確かに」



 私は景の疑問に対し、静かに頷いていた。



(本人に言ったらきっと怒られるけど、私の知っている聖奈さんは、ほんの少しだけ四乃に似てるのよね)



 聖奈さんの紡ぐ言葉はあっけからんとしていて、子供みたいな無邪気さがたっぷりと溶け込んでいる、そんなお喋り好き。

 だけど四乃よりもずっと冷徹で、手加減を知らない残酷な魔女でもある。


 けどさっきの聖奈さんは、私が知っている聖奈さんとはどこか違っている。まるで何かに取り憑かれたように豹変して、いつもよりもずっと冷たい魔力だったと思う。



(……まだ指先が震えてる)



 自分の行動理念である「諦めたくない」と言う感情とは裏腹に、聖奈さんの魔力に当てられた瞬間、全身が氷漬けにされたように固くなって動けなくなる。私は嫌な感覚を忘れるようにはくはくと短く呼吸を整え、自分自身を落ち着かせていると、その重たい空気を四乃が突き破る。



「でもさ、そんなことどうでも良くないー?捕まえたんだし、事情なんていくらでも話させればいいじゃん。それに、だいぶ血が抜けて頭がくらくらしてきたんだけど!」



 空宙に浮いた足は、わがままな子供みたいにバタバタ動かしていたが、そんな元気な状況から連想出来ないほど、四乃の足下にはトゲから溢れ出した血が大きな水たまりを作っていた。

 ドアから差し込む僅かな明かりがその痛々しい現状をより加速させて伝えてくる上に、鉄の嫌な匂いが鼻腔に引っ付く。



「えー、そんなに騒いでいられるんだったら、大丈夫じゃないですかー?」


「殺す。絶対にあんただけは殺す」



 そんなに動いたらもっととげがトゲが深く突き刺さり、出血のスピードを早めると言うのに、四乃はそんなことを気にする様子すらなく、手に持っていた杖を景へと向けていた。



(口喧嘩出来るなら、元気の証かしら……)



 いつもなら鬱陶しく感じる二人の口喧嘩が、じんっと心に打ち付けられるように優しく感じさせた。


 私は落ち着き始めた心臓にほっと胸を撫で下ろしていると、隣にいた緋彩が私の顔を覗き込むように少し首を傾げる。



「……ねぇ、お姉さんはもういける?」


「え?」



 何も描かれてないキャンパスのように真っ白な白瞳に、私の情けない姿がスケッチされる。



「あないな怖がってるお姉さん、初めて見たさかい。もしかして苦手な人やったんかいな、って」



 私のことを案じてくれているのに、緋彩の瞳はどこか私を通して別の人を見ているみたいに、一歩下がったようなものにも見えた。


 私は緋彩が口にした言葉を何度も嚥下するように、心の中で繰り返す。



(苦手、苦手かぁ……)



 言葉を嚥下すればするほど、緋彩という人間が、私という存在に失望していく感じがする。私を見ているはずなのに見ていない、目と目が合わないその姿から勝手に膨らむ嫌な想像を現実にしたくなくて、私はいつの間にか必死に醜い言葉を紡いでいた。



「景の言う通り、何かに取り憑かれたみたいにおかしかったから……それで気押されされただけよ」



 私は嫌な想像を振り切るように、拳をギュッと握ると、爪が皮膚に深くへと跡をつけて食い込む。痛みで頭をクリアにさせようと、短く息を吐くと、何かがポンっと開くような音が聞こえた。

 私はハッと顔をあげて聖奈さんの方へ視線を向けると、みしみしと微かな音を鳴らし、手に持っていた小瓶の中身を振りかけようとしている姿を捉える。



「緋彩!前!!」


「え?」



 緋彩は大きく目を見開き、慌てて聖奈さんへと杖を向けるが、時すでに遅し。


 聖奈さんは開けた小瓶の蓋を床へと投げ捨てると、中身を縄に垂らすように傾けた。すると垂れた部分から縄がじわじわと崩壊していき、コンクリートのように固かったはずの縄は、ハンマーで叩かれたかのように崩れ落ちていく。



(あれは魔力を液体化した魔法具!)



 聖奈さんはまるで羽が生えたかのように軽やかな体運びで床へと着地をすると、僅かに口角がゆるりと上がる。



「――――【命令する】」



 慣れた手つきで、持っていた小瓶を、空中へと高く投げ捨てる。



(あれは聖奈さんのユニークマジック……!?)



 聖奈さんが告げたその言葉に、首元を起点として、身体中の血液が沸騰するような熱さを感じ、思わず目を大きく見開いた。



「【この液体が身体に付着した者は全員眠れ】」



 聖奈さんは杖を小瓶へと照準を合わせ、僅かな魔力を込めるように、きらきらとした淡い光の魔力が鎖の形となって漏れ出す。



(このままじゃ、ここで終わる!)



 目の前にいる聖奈さんは、明らかに私達が知っているいつもの十文字聖奈じゃない。明らかに何かに取り憑かれているようで、ここで大人しく眠るということは、身の安全は想像出来ない。



(私がここでやられても、他の人がいる。私はもう……独りで戦っているわけじゃないからっ)



 私は素早く袖を振って杖を取り出すと、迷うことなく小瓶と私たちの頭上間目掛けて、杖を突き付ける。


 杖を強く握れば握るほど、魔力を込めようとすればするほど、首元がきゅっと締め付けられるような感覚と、お風呂にじっくりと使っているみたいに熱が蓄積して、どんどんとこもっていく。



「ダメだよ!乙女ちゃん!!」



 私の行動にいち早く気づいた四乃が、大きく目を見開き、私を止めようと身を大きく捩る。トゲは露出した肌にじわじわと食い込み、溢れ出した血の匂いが私の決心を鈍らせるが、躊躇ってる暇はなかった。



「――――【ノン・メ・トゥラデトゥ】」



 強弱のない淡々と唱える呪文に答えるように、杖先からじゃらじゃらとけたたましく音を鳴らす鎖が伸び、宙に舞った小瓶をピンポイントで壊す。


 中身の液体が我出した小瓶から飛び出し、私達の頭上から落ち出してくる。



(……大丈夫よ、四乃)



 痛みで歪んだ唇に、真っ赤に燃えるように熱いあの瞳は、どのように私の姿を写していたのだろう。

 私は震える指先と、慌ただしく鼓動を鳴らす心臓に無視をして、力強い口調で呪文を唱えた。



「【ウェントゥス・トゥルボ】!」



 杖から解き放たれた風が台風のように大きく鋭い音を立てながら、目にも留まらぬスピードで渦を巻き始めた。

 竜巻が天井に向かって激しく回転し、渦の中心から放たれる風圧によって、液体は竜巻に吸い込まれていく。



(だけど、今回のは少し特別)



 駅で使ったものとは違って、吸引力よりも回転力を重視して作ったもの。

 魔法という膨大な力を使って回転させるのだから、多くの人が想像するスピードとは桁違いだ。勢いよく回転する竜巻は次第に熱を帯び、液体を蒸発させる。



(緋彩が使った地属性の魔法を容易く壊せるってことは、相性の良い水属性だと推測がつく)



 熱を加えることで水は蒸発し、気体となって消え失せる。



「聖奈さんの命令対象は液体。気体にしてしまえば、ユニークマジックは無効になるわ!」



 聖奈さんのユニークマジック【ノン・メ・トゥラデトゥ】は、相手に命令を聞かせたり、ものに対して命令を付与することが出来るというもの。

 この無敵のように見えるユニークマジックを回避する方法は、命令そのものを壊す他にない。



(……だけど私の知ってる聖奈さんなら、絶対命令そのものを壊す術を残すことなんてしない)



 このユニークマジックは決まれば無敵と言えるほど強力なものであるのと同時に、消費魔力も馬鹿にならないほど強大。

 そのため、聖奈さんがユニークマジックを使う時は、絶対に抜け道が無いように言葉を選ぶはずだ。


 竜巻は目的を達成すると、ふっと小瓶のガラスだけがその場に砕け落ちる。



「液体は全て蒸発、これで大丈夫な、はず……よ」



 私は無事に結果を見届けた瞬間、首元をぎゅっと強く締め付けられる感覚に襲われた。その突然の圧迫に、唇が微かに震え、心臓が一瞬止まり、自身の荒々しい呼吸音で耳の中が埋めつくされる。



(やばい、息が……出来ない)



 頭の先からじわじわと酸素が足りなくなっていく嫌な感覚は、本気で人を殺そうとするあの感覚と変わらない。


 次第に身体が真っ直ぐ立っていられなくなり、ガクンと折れた膝に逆らうことなくその場に崩れ落ちた。私は首を締め上げてる何かを剥がそうと首元に爪を立て、必死に空気を吸おうとするが、気道が細くなり、肺が満足に動かない。


 だけど、聖奈さんはこんなチャンスをみすみす逃してはくれない。


 聖奈さんの姿が、くらくらと揺れる視界の端に映る。杖を握る手を前に構え、残りの手は風の抵抗を受けないようにぶらんと下げ、迷いのない真っ直ぐな足取りで走り出す。その姿は、腹を空かせて獲物を狙う、猛獣のように走り出す、が。



「【テネブラエ・フェルルム】」



 景の声が鋭く響き、黒いもやもやとしたものが黒い刃となり、聖奈の進路上に打ち込み、注意を逸らす。



「やだなぁ、除け者にしないでくださいよ。俺が相手になりますよ?」



 景の羽のようにふわふわとした軽やかな声が響き、紫紺の瞳がいたずらっぽく細まる。聖奈が景に視線を移し向かって走り出すのとほぼ同時に、頭がガツンと殴られるような感覚に襲われ、私は倒れる身体を支えるように、前へと手をついた。



(痛い、熱い……!)



 首元が焼けるように熱く、頭が正常に働かなくなる。方向感覚が失われ、視界がぼやけ始め、自身の荒々しい呼吸音すらどこか遠くに聞こえ始める。


 私ははくはくと短く息を吸っては吐くを繰り返すが、細くなった気道は空気を十分に取り込ませてくれない。視界には沢山の雫で覆い尽くされ、息苦しさと熱くなった頭は、もう思考を放棄して眠りたがっていた。鋭い圧迫を続けられる首元は、呼吸をしようと肺を動かせば動かすほど、鋭い痛みが突き刺さり、切り落としてしまいたくなる。



(もう、ダメ……)



 意識を手放そうと、息を吐き出した時だった。

 首元に触れた冷たい何かが、私の中に潜っている熱をじわじわと吸収してくれる。



「お姉さん。ゆっくり吸うて、吐いて」



 私の圧迫された中に見つけた僅かな思考スペースに、緋彩の柔らかい声が耳へ届く。

 緋彩は私の横にしゃがみこむと、首元に冷たい手を当てて、ゆっくりと優しく撫でた。



(気持ち良い……)



 冷たい手は、首元に籠った熱を全て吸収していくけど、えない何かに首元を絞められているみたいに、詰まる呼吸は何も変わらない。



「緋彩!後ろの転移魔法陣を使え!!」



 だけど、私の希望を裏切るようにどんどんと耳が遠くなるみたいに意識が持っていかれ、今までとはまた違った、明確な殺意を持った代償を強く感じ取る。



「乙女ちゃんが早くここから離れないと、代償で死んじゃうんだ!だから!!」



 私は必死に肺を動かして、はくはくと短く息を吸っては吐くを繰り返すが、首を絞められたことによって細くなった気道は、上手く空気を取り込ませてはくれない。

 ただ、熱を取り除いてくれたことによって、さっきよりもずっと呼吸がしやすくなった気がした。



「……かんにん、お兄さん達」



 首元をそっと優しく撫でてくれていた冷たい何かが取り除かれると、ぐるっと体勢を変えられ、冷たい床から何も無い宙へと放り投げられた。



「お姉さん、ちょい揺れんで」



 冷たい何かが服越しに私の熱を取り除き続ける。ぼうっとする視界の片隅に輝く、金色は私を迎えに来たように見えた。

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