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第2章掲載開始)夢見る乙女は、記憶をのぞく。  作者: 蝶乃 ゆゆ
第2章・夜明けをずっと待っていた。
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第2幕 ― ②「襲撃者」

 ベンチに座らせられていた男は、拘束具はつけっぱなしになっているものの、瞳を閉じて固まっていた。寝ていると言うには少し違って、呼吸で肩が動いてる雰囲気もなく、僅かに動くこともない。

 まさに死んでいるように見えるという表現がしっくりくる。


 私はカツカツと慌ただしくヒール音を鳴らし、慌てて男に近づくと首元に手を伸ばす。脈を確認しようと首元に指先が触れた瞬間、まるで鉄を触るような冷たく冷え切った感触が全身を駆け巡る。



(これって人間じゃない……!)



 脈は存在せず、無機質な冷たさだけが指先に焼き付く。胸の奥では恐怖と困惑が渦巻き、僅かな電気が身体を駆け巡る。



「実はそのお兄さん、人間やのうて機械人形やねん」


「機械人形!?でも、ユニークマジックも使ってたわよね」



 機械人形とは、不能な人間を殺すために作られた兵器で、原動力となるのは、大気中に漂う自然界がもたらす魔力。製作者であるマスターの魔力を分け与えて魔法を使う機械人形も存在するらしい。



(でもユニークマジックを使える機械人形なんて、聞いたことがないわ)



 私は無意識に自身の顔にかかった長い黒髪を掬いとって右耳にひっかけ、指先が無機質な金属温度を伝える。



「うん。そやさかい特殊な個体なんとちがうかなって勝手に予想してる。Reliefにもいたし、このお兄さんもなんか目的があったようなこと言うとったさかい」



 緋彩は私の後を追いかけるように横へと並ぶと、履いていたズボンの裾を少し持ち上げて見せた。

 膝部分は表側にあった肌色の蓋が無くなっており、内側の機械が露出している。赤や青のコードに混じって、ぴかぴかとした光が零れている。



(そういえばあのおじさん、変なこと言ってたわね)



 私はふと、駅でおじさんを逃がした時に耳打ちするように言われた「こいつはもう使えねーから、お前らにあげるよ」という言葉を思い出した。

 あの時は何を言っているのか全く分からなかったけど、もしかしたらこのことを指していたのかもしれない。



「……本物なのね」



 この機械人形は、おじさんにとって怪我をしてしまって完全で完璧な存在ではなくなってしまった。故にもう不要という判断に陥り、逃げる時に連れていかなかったということなのだろう。



「うん、そやけどちょいおかしいんやんな」


「おかしい?」


「うん、機械人形って空気中に漂う魔力を元に動くやん?そやさかいここにおる限り、動き続けるはずなのに動かへんってことは、転移魔法を使うた弾みで電源切れたんとちがうか、って話になったんや」


「……なるほど」



 私は顎に手を当てると爪先が僅かに頬へと突き刺さる。その僅かな小さく鋭い痛みは、脳の回転を加速させる薬になる。



(緋彩の意見は最もだわ)



 機械人形はその悪質性から今ではほとんど存在しないものとして扱われており、動いている実物を見るのは初めてで、残っている文献も少ない。



(だけどユニークマジックは、魔法が使える人間だけが持てる特殊な力のはずよ)



 オリジナルマジックとユニークマジックの大きな違いは、他者が魔術式を理解すれば使えるということだけど、基礎となる魔法は誰でも使える魔法から生み出さなければならない。

 四乃のオリジナルマジックは、縄という拘束魔法をベースにして作ったもので、瞬間移動という特異的なものをオリジナルマジックとして生み出すのはほとんど不可能に近い。短距離であれど、あれほど連発出来るというのが何よりの証拠だ。


 もう動かないから、というおじさんの言葉が少し引っかかるものの、動かしたいという思いで私は体を少し後ろへと傾け、景へと問いかけてみた。



「景は何かわかる?」



 機械と一纏めするのは少しあれかもだけど、こういった類がこのメンバーで一番詳しいのは景だ。



(私はこういう機械系、恥ずかしいぐらいにさっぱりだからなぁ)



 頭を使うことは得意だけど、機械系は相性が悪いのか本当にだめ。知識としてはきちんと分かっているものの、目の前にするとどうしたって相性が悪いらしい。

 ここは大人しく得意な人に頼るのが得策だろう。


 景は私と同じように顎に手を当て考えるポーズを取ると、湿った紫陽花のように寂しげな瞳で、動かなくなった機械人形を見つめる。



「んー、ほとんど無くなった文明みたいなもんですし、触ってみないとわかんないかもしれないですね。第一この魔力が溢れてる空間で動かないって、絶対何かあるじゃないですか」



 確かに転移魔法陣を使った弾みで電源が落ちたとしても、この部屋は転移魔法陣のおかげで魔力に満ち溢れている。空気中に漂う魔力を糧にして動く機械人形なら、普通は動くだろうというのは妥当な考えだ。



「……動力源になる魔力は、一定の属性しか受け付けないとか?」


「ハハッ、その考え面白いですね。葉月さんにしては珍しく良い感じのじゃないですかー」


「あんた、そんなに早く殺されたいの?」



 四乃がギリっと短く歯を鳴らすと、視線だけで人が殺せそうなほど鋭い刃のような、強い睨みを景に叩き付ける。


 せっかく喧嘩を仲裁したのに、またヒートアップしそうになっている二人の間に割り込むようにして手を広げた。



「はいはい、そこまでにして」



 二人が直ぐに顔を合わせるとこうやって口論になるんだから、面倒臭いとしか言いようがない。

 私はつんっと唇を尖らせ、不機嫌を隠すことは絶対にしない。



「ここでいがみ合ってても何も変わらないわよ。上にお小言言われるの覚悟して連れてくか、何とか動かすしか私達には選択肢はないの。だから大人しく協力を……」



 どれだけ面倒臭いって思っても、この二人を放置しておく理由にはならない。


 私が二人の間をちゃんと取り繕うと言葉を紡いだ瞬間だった。

 キキィという歪んだドアをゆっくりと開けるような音がなり、この部屋の扉がゆっくりと開く。反射的に光の方へと視線を向けるが、差し込んだ明るい光が無機質な灰色のコンクリート壁に反射し、眩しさに目を奪われる。


 ――――だけど、普通じゃない。

 ゾワッと悪寒が走るような冷たい魔力が、私の身体を舐めるような感覚が走り、息が詰まり、ひゅっと喉を短く鳴らす。



「……乙女ちゃんっ!」



 四乃の荒々しい叫び声が空気を切り裂き、力強い手が私の肩を押し退けるように横へと突き飛ばす。



(……え?)



 ふわっと体が宙に浮く不思議な感覚に、視界がぐるりと大きく揺れ動く。微かに開いた唇から何も言葉が生まれないまま、私は重力に逆らうことなく景の胸元へと倒れ込む。



「――――【グラメン・フニクルス】」



 建物全体を震わせるような力強い呪文が響き、無機質なコンクリートの壁に反射しては、大きな音となって辺りに恐怖をばらまく。


 床を突き破って現れた荒々しいトゲのある緑色のつるが、迷うことなく私がさっきまでいた場所から飛び出す。だけど、既に私はおらず、代わりに位置を移動してきた四乃の全身に絡みつき、締め上げるように宙に浮く。



「四乃!」



 無造作に、乱雑に、緑色のつるから生えたトゲが、四乃の体力を奪うように身体を突き刺す。刺さった部分からは僅かに血が垂れ流れ、四乃の唇が痛みで大きく歪む。



(なんで、なんで……!)



 その痛々しい四乃の表情に、無慈悲に鳴ったカランという杖が落ちる音。私はパッと顔を上げ、ドアの方へと視線を向けると、血のように真っ赤な赤髪が、四乃の垂れ流れる血と重なって視界に焼き付く。



「なんでこんなことをするんですか!聖奈さん!!」



 私は開けた扉の前に佇み、虚ろな目でこちらを見つめてきた術者――――十文字聖奈を睨みつけた。


 耳より上の高い位置で結ばれ、腰あたりまである長い赤髪のツインテールは、空気感を意識したみたいふんわりと巻かれていてる。

 瞳はエメラルドを埋め込んだ様にキラキラとした眩い輝きが、とにかく目を引く……のだけど、今日は私の知っている聖奈さんとはどこか違う。奥底に隠されたどこか虚ろで、焦点が合わない瞳がじっと私を見つめ、ゆっくりと唇が動く。



「……《削除》」



 聖奈さんは私の問いに答えることなく、ゆるりと口角を上げて、少し首を傾げて曖昧に笑う。口の中に入れれば甘ったるく、水に溶かせば消えてしまうわたあめみたいに曖昧で、ふんわりとした掴めない笑い方。



(様子がおかしい……)



 私たちの視線は自然と聖奈さんの笑顔に釘付けになったところで、手に持っていた杖を迷わずこちらへと向けた。

 その動作は洗礼されたもので全く隙がなく、聖奈さんの言動からこれから起こり得る事態は推測出来たはずなのにも関わらず、反応が大きく遅れる。



「【グラメン・ウェヌス=フリュトゥラプ】」



 呪文を口にしたところで、初めて攻撃されかけているという事実に気づく。

 杖先に着いている黄緑色の魔法石が、闇を帯びたように妖美な光を放ち、その中に混じる聖奈さんの異質な魔力が背筋をそっと舐める。


 四乃の魔力みたいにぴりぴりとした威圧感のあるものや、全てを食い荒らすような緋彩の魔力とは違う。ぞわぞわとするような寒気を感じさせるものな魔力の気質は、身体が凍ったように硬直させられる。



(怖いっ……)



 頭の中で聖奈さんが唱えた魔法に関して理解が追いついているものの、回避行動も防御行動戻る事が出来ない。

 真っ直ぐに向けられた強大な魔力の渦に、私の存在が床に縫い付けられたみたいに動いてくれなかった。手も足も、身体一つ動かすことも許されない、そんな威圧感と強い悪寒に全身が支配されてしまう。


 だけど、そんな呪縛を解き放つように景は私を後ろへと移動させると、迷うことなく聖奈さんに杖を突きつける。



「【テネブラエ・フェルルム】」



 床が震え、ワニのように大きな口が特徴的な巨大なハエトリグサが、私達を飲み込もうと少し手前に現れる。しかし、黒いモヤモヤとした煙が刃となって、ハエトリグサを縦一本、真っ直ぐに切り付けた。



「危機一髪ってやつですかね」



 ハエトリグサは力を失ったように、霧のように細かい粒子へと変化してどこかへと消えていき、奥に佇む聖奈さんが少しだけ唇を尖らせるのが見えた。


 だけど直ぐに考え方を切り替え、羽が生えたかのように見えるほど軽やかに、重力を感じさせないほど素早く私たちの懐へ向かって走り出す。



「《削除》」


「緋彩さん、受け取ってくださいー」



 景は直ぐに状況を察知すると、私を聖奈さんの攻撃範囲内から外すように、私の身体を勢いよく突き飛ばす。


 聖奈さんは膝と足首を柔らかく使って強く床を蹴り、バレリーナがマネージュをするかのように軽やかに宙へと舞う。

 だけどここは、華やかなステージではなく戦場。

 円を描くように足運びをする聖奈さんは、身体を一回捻り、獣のように鋭い蹴りを景の首と肩の付け根辺りを狙う。



「いっ……!」



 景が痛みで鈍い声をあげ、体勢が大きく揺れるが、抵抗することなく身体を床へと投げ出していた。聖奈さんは一度大きく目を見開いたかと思えば、またマネージュをするように短い助走をつけ、宙へと舞う。



(このままじゃダメ……!)



 私は自分自身の袖を振って、杖を取り出そうとするが、聖奈さんの魔力に当てられた身体は、攻撃の意思を持てないみたいに動かなかった。

 自分の意思とは逆に、身体を支配した恐怖という大きな闇。

 そんなものに打ち勝つことの出来ない私自身に嫌気がさして、無意識に唇の内側をキツく噛み締める。


 だけど、既に聖奈さんの姿を捉えている杖先があった。



「【テルラ・フニクルス・ドゥルム】」



 床を突き破るように生えた土の匂いがする茶色の縄は、聖奈の身体を簡単には逃げられないように、ぐるぐる巻きになる形で動きを止め、宙へと持ち上げていた。



「捕まえたわぁ、お姉さん」


先週の予約投稿を設定し忘れていました。大変申し訳ありません。



閲覧ありがとうございました。

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