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第2章掲載開始)夢見る乙女は記憶を覗く。  作者: 七瀬ゆゆ。
第2章・夜明けをずっと待っていた。
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第2幕 ― ①「問題発生」

 魔法陣の力を借り、転移魔法を使った私達は、眩い光と独特の浮遊感に包まれた。無数の星が爆発するように強い光は視界を埋め尽くし、目の奥がチカチカと信号を刻む。体の芯がふわっと宙に浮く感覚に、心臓がキュッと締め付けられる感覚は、何度体験しても苦手だ。

 何もなかったはずの足元にヒール部分がカランと触れる音と、ほぼ同時に腹部あたりに強い衝撃が走る。



(誰かに攻撃されてる……!?)



 まだ目の奥からちかちかと星が舞い、瞼は糸で縫い付けられたみたいに開いてくれない。身体の重心がぐわんと後ろへ傾き、倒れるという恐怖で、きゅっと強く眉を寄せた。



「乙女ちゃんっ」



 聞き慣れた声が、地面に叩きつけられる衝撃と一緒に走る。打ち付けられた衝撃は背中を起点にして電撃のように走り、自分自身の上に乗っかったなにかがずんっと重くのしかかる。

 全身を襲った鈍い痛みに皺を寄せながら、ゆっくりと目を開くと、私をじっと見つめるつぶらな真紅の瞳が私の色とじんわりと混ざり合う。



「おかえりなさい!」



 部屋の中は、僅かな間接照明と転移魔法陣の妖しげな光しかないのに、飛び込んできた人物である四乃の存在を明るく照らす。

 特徴的なグレイ色の髪は、ラメが埋め込まれたみたいにキラキラと淡い光を漏らし、感情がないはずなのに楽しそうに弾んでみえる。

 いつもよりも顔がずっと近くて、垂れた髪の毛の毛先が私の鼻をそっと撫でた。



(……この匂い、落ち着くわね)



 どこか強ばっていた身体が四乃の触れている部分からゆっくりと溶けていく。私は、緊張から解き放たれたことで、毛先から漂う匂いにすんっと鼻を鳴らしていた。



(甘い、林檎の香りがする)



 甘さのある香水なのに、バニラみたいな重ためな甘ったるさがなく、清涼感のある匂い。


 人が一番忘れないのは、匂いだと言われてる。

 いつから付けていたかはもうすっかりと忘れたが、少なからず中学生ぐらいからはもう定着していた気がする。

 

 風がふんわりと運んでくる、子供みたいな無邪気さが混じったその香りは、いつも私の心をそっと包んでくれるみたいで、安心させてくれる、けど。



「……重いわ、四乃。どいてくれる?」



 育ち盛りの年頃で、平均よりも少し高めの身長。

 どんなに可愛らしい顔をしていたって、全身乗りかかったような状態だと、笑えないほどに重いのを四乃は自覚していない。


 四乃はきょとんと一度大きく目を見開き、驚いたような顔をしたが、すぐにころっと表情が変化する。

 こてんと可愛らしく首を傾げ、ほんのちょっとだけ唇の先を尖らせ、不満の色を示しながらも子犬のように甘えた雰囲気を一瞬で作り出す。



「えぇー?そこは可愛く『ただいま♡』って言うところじゃないのっ!?一番初めに会いたくて、ずっとここで待ってたのにっ」


「……私がそういうキャラに見えるなら、四乃は私のことを全然理解してない赤の他人かしら」


「わっー、うそうそ!どきますどきます!!」



 四乃は慌てて私の上から降りると、唇にゆるりとした柔らかい弧を描く。屈託のない、私だけを真っ直ぐに見つめる優しい笑顔で、手を差し出す。


 

「手助けは必要?」



 こんな洒落た気遣いの仕方は、一体どこから学んできたのだろうか。

 じっと目を細め、軽く睨むような形で見つめてみたが、四乃は私に手を差し伸べるような姿勢を崩すことは無い。

 なんなら早く手を取ってよ、と言わんばかりに首を傾げて、きょとんと私に期待の目を向けてくるのだから本当にずるい人だ。

 

 

「本当に面倒臭い人ね、四乃って」

 

「えぇー、心外だなぁ。でも、乙女ちゃん限定だよ?」



 私は四乃の手じゃなくて、手首を乱雑に鷲掴みにすると力を借りて立ち上がったが、その勢いのまま、四乃は自分自身の懐に入れるみたいにぐいっと頭上へと手を高く引っ張り、私のことを抱き寄せる。トンっと固い胸元が頬に当たり、とくとくと一定の音を鳴らす鼓動が耳に張り付く。



「だけど、悪い虫がつくのは見過ごせないかな」



 抱き締めるように手繰り寄せられた私の身体は、大きな身体の内側にすっぽりと収まる。四乃は首元に鼻先を近づけ、すんすんっと短く鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ始めた。



(……変なスイッチ入ったわね、これ)



 普段ならここでサクッと抵抗して、四乃の頬でも叩いてその場から離れるこの方法が一番簡単だけど、それも上手く出来ない。

 四乃の好意を簡単に投げ捨てていいほど、ここ数日の私は四乃に対して迷惑をかけすぎている。

 変に抵抗して、拗ねられる方が面倒臭いので、今回は大人しくしておく方がずっと楽だろう。



(それに今回の場合、思い当たる節は無いし詰められることは無いはずよね)



 なんて呑気に考えていたら、四乃は私の肩を乱雑に掴み、自分自身の懐からひょいっと剥がされる。だけど直ぐにグイッと顔を近づけて、自分自身の不機嫌を隠すことなくむすっと唇を尖らせた。



「男の匂いがする」


「は?」


「乙女ちゃんから男の匂いがするの!」



 私の事をじっと至近距離で見つめる真紅の瞳は、不安と焦り、そして僅かな苛立ちによって、ロウソクの炎がゆらゆらと揺らめくように、四乃の気持ちに連動するように揺れていた。

 四乃はどこからともなく自身の杖を取り出すと、私の身体をくるりと半回転させ、自分自身の横に起きながらも、近くでタイミングを伺っていた景の喉元を突き刺すように杖を向けた。



(これ、まずいかも……!)



 四乃はぎゅっと眉間に皺を寄せ、今にも人を殺してしまいそうな危うさをもつ鋭い眼光で景の姿を捉えて睨みつけた。

 私に向けられたものじゃないとしても、人を飲み込んでしまうほどに強い敵意は、背筋を無意識にぴんっと張らせ、生唾をぐっと飲み込ませる。どことなく血の味がした嫌な感覚は、当てられた恐怖に身体が反応したからだろうか。



「乙女ちゃんに何したの」


「いやぁー、何もしてないんですけど……束縛強い男は嫌われますよ?」


「は?喧嘩売ってる??」



 景も勘違いされないように、いつもみたいに適当なことを言ってかわせばいいものの、今日はどこか気が立っているのか、四乃の神経を逆撫でるように挑発をする。

 四乃は一瞬唇が大きく苛立ちで歪んだかと思えば、大きく目を見開いて景のことを睨みつける。

 そして僅かに光が漏れている杖を、迷うことなく景の首元へと更に突きつけていた。



(もしかしてだけど、杖に魔力を込め始めてる……!?)



 決して呪文は唱えていないなずなのに、杖先についている白銀の魔法石は、四乃の苛立ちを示すかのように僅かにキラキラとした光を漏らし始めている。



(魔法はイマジネーションと言うけど、心で使うものでもある)



 自分自身の気持ちがぐらりと揺れていれば、それに応じるみたいに魔法も上手く制御出来なくなる。

 苛立ちという一番大きなストレスに苛まれた四乃の魔法は、いつも強大で簡単に人を殺してしまう狂気を持ち合わせている。

 自分の理性を失った魔法ほど、誰も傷付けてならないという事実を、私は誰よりも知っていた。



「第一、僕たちと同期だからって乙女ちゃんに馴れ馴れしくしすぎなんだよね。情報課は情報課らしく部屋にひきこもっててくれないかな?」


「それなら葉月くんは第一班らしく、仕事してくれません?面倒臭いからって途中で抜けられると、しわ寄せがこっちに来るんですよねー」



 景は四乃の棘のある言葉に怯むことなく、強い言葉を返すその姿は、絶対混ざり会うことの無い水と油を彷彿とさせる。


 四乃は面倒臭いことに頭を突っ込みたくないことから、外面の皮がとにかく分厚い。

 私が言うのもあれだけど、女性に対しては変な気を持って欲しくないからみんな適当に流し、男性に対しては邪魔になりそうなら徹底的に釘を刺す。そのため、私は四乃のことを好いている女性陣から嫌われ、男性陣からは腫れ物として扱われていた。


 だけど景だけは、私のことを普通の人として扱ってくれる。


 どれだけ四乃が景に対して敵意を剥き出しにしても、他の人に何を言われたって、普通の人として接してくれた。

 距離感は近めだし、NorthPole内では女の子と遊ぶということで有名だったことから、四乃は私が取られてしまうのではないかという心配もあったんだと思う。


 四乃は花烏賊景という人間を、どんなに最善を尽くしても対処出来ない人間、と認識して強く嫌っていた。



「えぇー、それって願ったり叶ったりじゃん。あんたが乙女ちゃんに近づける暇が無くなるってことでしょ?最高すぎるから、これからもサボるね」


「NorthPoleとしての仕事をしないと、守れるものも守れなくなるって言うのが分からないんですかねー?」



 そして景もまた、四乃を嫌っていた。

 普段、対人関係は当たり障りの無い程度にがモットーの景だけど、四乃が今までしてきた振る舞いは構築してきた人間関係を大きく歪めるものだ。誰とでもそこはかとなく仲良くして、めんどくさいことは避けたい。と思っていた景の考えを覆す四乃の考えが気に食わないのだろう。


 端的に言えば、四乃は私を孤立させてもいいから、他の人との干渉をして欲しくない。自分だけを見ていて欲しい。といった独占欲が強い考え方が、腑に落ちないという感じだ。


 普段なら面倒臭い会話も適当に流す景ですら、四乃に対しては顔を見合わせるとすぐにこれだ。



(……あー、面倒臭いことになった)



 四乃も景もヒートアップしてきたけど、まだ口喧嘩の段階。転移魔法陣を使った際に、景が魔法を使って補助してくれたからどちらも杖は持ってることから、いつ魔法を使い始める戦闘に発展してもおかしくない。



(景は四乃に比べたら魔力が多くないから、単純な戦闘なら四乃に軍配が上がるでしょうが、鬼ごっこのように逃げるのが可能になるなら、勝つのは景かしら)



 なんて冗談交じりに現状を分析して遊んでいても、ちゃんとどうやって場を収めようかと、頭を悩ませてはいる。

 顎に手を当て、悩ましげに眉間へとシワをぎゅっと寄せた時だった。四乃の後ろからくすくすとした可愛らしい笑い声が零れ出し、私はその笑い声に釣られるように声の方向へと視線を向ける。



「……んふふ、みんなおもろいなぁ」



 たくさんのキャンディが入ったポットを、からんからんと軽快に鳴らすみたいに、楽しい気持ちが転がり出した笑い方。無邪気な悪意の欠けらも無い、子供みたいに楽しげでるんっと気分が弾むような声。

 ひょっこりと四乃の後ろへと視線を移せば、口元に手を当てて上品に笑う緋彩と目が合った。



「お姉さんの仲間は、みんな素敵な人なんやな」



 ぱっと花が咲くみたいに華やかで、嘘偽りのない真っ直ぐな笑顔。スキップしているみたいにぽんっと弾んだ声は、耳にじんわりと焼き付くみたいに私たちの心をそっと撫でた。

 四乃と景はまさに不意をつかれたと言った感じで、自然と言葉を詰まらせ口喧嘩が中断されていた。



(今なら仲裁が効くかも……)



 普段ならどっちかが先に魔法を使い始めるまで何も止める手立てがないが、緋彩の作ってくれた機会をせっかくなら使わせてもらおう。



「そうね。喧嘩ばっかりの問題児かもしれないけど、素敵な仲間よ」



 私は二人の間に割り込むように手をぎゅっと手繰り寄せ、緋彩の方へと身体の向きを変えさせる。



「改めて紹介するわ、緋彩。こっちが葉月四乃。光属性の魔法を操りながら、攻撃もサポートも出来る凄腕の魔法使い」



 掴んだ四乃の手を少しだけ持ち上げて、緋彩にわかりやすいようにアピールしてみる。

 四乃はすんっと、悪気が抜けたみたいに苛立ちに飲み込まれたような表情は消え去り、ふふんっと短く鼻を鳴らすように誇らしげな表情をみせる。



「それでこっちがあの日記と杖の存在を突き止めた花烏賊景。NorthPoleでは情報課に所属していて、すっごく頭がいいのよ」



 四乃と同じように景の手を少しだけ持ち上げてみる。

 満足気な雰囲気を漂わせる四乃とは逆で、景は明後日の方へ視線を向けながらいつもみたいな乾いた笑いを零していた。



(こういう馴れ合いが面倒臭いって思うなら、喧嘩なんてしなきゃいいのに)



 景は誰とでも当たり障りの無い程度の関係を築いていきたいタイプで、今みたいなちゃんと自己紹介して仲良くなりましょ!みたいなのがあまり好きではない。


 だけどそんなことは気にせず、緋彩は子供みたいに無邪気な笑顔を浮かべた。



「改めてよろしゅうおたのもうします、お兄さん方。色々ご迷惑かけてまうとは思うんどすけど、仲良うしてくれたら嬉しおす」



 緋彩は迷うことなく私たちに向かって手を差し出す。唇はふんわりと弧を描くように自然に微笑み、瞳はまるで宝物を見つけた子供のようにキラキラと輝く。

 二人の間にあるわだかまりをすっと溶かしていくみたいに、緋彩の笑顔は柔らかくつられてしまう何かがあった。



「……お手柔らかにお願いしますねー、桐生さん」



 景はひょいっと手首をひっくり返して、自分自身の杖を服の裾に隠すと、緋彩の差し出された手を取って握手をした。



(これで一旦大丈夫かしら)



 緋彩が居なかったら面倒臭いという感情が先行して、そのまま放置して、たまっている仕事を片付けに行っただろう。



(……ん?たまっている、仕事??)



 ふと浮かび上がってきた違和感を紐解くように、私は自分自身の状況を改めて鑑みる。



(そういえば、なんで二人共ここに残っていたのだろうか)



 四乃は初め「一番初めに会いたくて、ずっとここで待ってたのにっ」と言っていた。恐らく私たちと同様、どこか近くの転移魔法陣を使ってNorthPole本部に戻ってきたのだろう。

 本部に繋がる転移魔法陣が置いてある部屋は一つしかないから、先に戻っていることが確定している彼らは、ここで待っていれば確実に私たちと会うことが出来る。


 私は頭を捻りながら状況を振り返っていると、結んだ手のひらにきゅっと短い力が加わる。その僅かな力に引っ張られるみたいに、意識を戻されると四乃は空いている手で緋彩の奥を指さした。



「それで、本題なんだけどさ……」



 緋彩はバツが悪そうに表情を歪めると、後ろがよく見えるように、一歩横にずれると後ろにあったベンチが視界に飛び込んでくる。



「実は護送対象の男、なんか電源が落ちたみたいに歩かなくなっちゃったんだよね」


「は?」



閲覧ありがとうございました。

気に入って頂けたら是非、ブックマークを宜しく御願い致します。

又、先週は更新が出来ず大変申し訳ありませんでした。

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