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第2章掲載開始)夢見る乙女は、記憶をのぞく。  作者: 蝶乃 ゆゆ
第2章・夜明けをずっと待っていた。
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第1幕 ― ⑦「気前の良い店主」

 私達はタクシーを使って、近くの商店街までやってきており、タクシーのドアを閉める鈍い音だけが、ほとんどシャッターの閉じている商店街に虚しく響いた。



「寂れてますねー、ここ」


「……Reliefを警戒して引きこもってるだけよ」



 僅かに差し込む陽光は、じんわりと寂しく閉じられたシャッターに反射して、その物静かさを加速させる。



(あの動画が配信される前は、賑わってたのに)



 街外れにあるとはいえ、ここの商店街はよく賑わっていた。いや、寧ろ駅から離れているからこそ、人々が手軽に買い物するとなると、ここが一番手っ取り早いのだろう。


 私は自然と瞼を閉じ、見慣れた景色を思い出していた。

 沢山の人々が漏らす楽しそうな笑い声に、活気の溢れた店の呼び声が重なり、充満した美味しそうな匂い。

 陽光に反射するガラスの光は、柔らかく暖かいもので、ふいに自然が零れてしまうほど素敵なものだった。

 ここにいる人たちは【NorthPole・黒曜の舞姫】として、名前を売っている私の存在を知る人はいない。歩けば「これはいかが?」と声をかけてくれる、ふんわりとした温かく優しい雰囲気が好きだったのに。



(……首都シュミアとは思えないほど静かな場所ね)



 街から離れていることもあって、首都と比べると人は少なく、例の動画もあってより人が少なくなった気はする。商店街に店を持っていても、首都で一時的に商売をしたほうが利益が上がるし、情報も得られると考えたのだろう。だけど今は、それが物凄く寂しい。

 しんと冷えた空気が、そっと肌を撫でた。



「お腹すいちゃったのに、これじゃあ買い食いなんて出来ないですよねー」


「……るるさんの家で何か食べなかったの?」



 私がフィカロスのユウリアに行っていた時間は長い。二泊三日した上に、シュミアに帰ってきたのは昼時。いつ頃避難したのかわからないものの、少なからず一度ぐらいは食事をしているはずだ。



(……でも、なんだか思い出してきたら気持ち悪くなってきた)



 名前をあげたるるさんの甘い桃の香りを不意に思い出し、鼻腔にその残り香が蘇るような錯覚が起き、胸に小さな棘のような違和感が刺さる。


 知らなかったとはいえ、魅力によって動かなくなる体の感覚に目を逸らしたくなったが、景はそんな気持ちを知ることなく話続ける。



「あの人の料理って、全部質素なんですよね。だから肉とか食べたいなぁって」



 景の声はいつもと変わらずに軽やかだけど、どこか気だるげ。ひょいっと顔を覗き込むように身体を傾けると、じんわりと湿った紫紺の瞳が私をじっと見つめる。



「だめ?」



 おねだりをする子犬のように可愛らしく小首を傾げ、蜂蜜みたいな甘さを孕んだ声で私を誘惑する。きゅるんとした大きな目で私のことをじっと見つめる目の前の男性は、男性とは思えないほど可愛らしい振る舞いでまさにギャップというやつだ。とにかくあざとい。

 景の唇が柔らかく弧を描き、頬が温かな陽光に照らされ微かに赤みを帯びていた。



「――――!」



 私は反射的に唇をぎゅっと固く結び、思わず眉が上がる。

 ドキッと跳ねた心臓に、胸の奥で感じた僅かなくすぐったい照れと、ほんの少しの苛立ちが混じった気持ち。そんな色んな感情に重い蓋をして、無視をしたくなるのに簡単にはリセット出来なかった。



(もしかして、今……)



 私は私の気持ちに理解が追いついてなかった。

 景は自分自身をクズだと自認してるし、そう言われても何も思わないとも言っている。だけどその端正な顔から向けられるあざとさには慣れているはずなのに、今日はなぜか頬がカッと熱くなり、鼻筋が一瞬つんと締まる。



(ときめきかけた……?)



 私は自分自身の中にふわふわと漂うに現れた感情を潰し壊すように、ぱんぱんと自分自身の頬を短く叩いた。



「乙女ちゃん?」



 私の突拍子もない行動に驚いた景は、大きく目を見開いて私の様子を伺うが、そんなことを気にしていられる暇はない。



(まだ魅力が残ってるだけ、まだ魅力が残ってるだけ)



 さっきるるさんのことを連想したから、その影響で反射的に身体が反応してしまっただけと、何度も何度も自分自身の身体と頭に何度も反芻させる。



「なんでもないわ。肉ね、うん、ちゃんと伝わってるわ」



 るるさんに魅力させられた時と感覚が違うということは、分かっているのに認めたくないという事実だけで、私は私の感情を潰していった。



(景とは良好な関係を築いてきたんだから)



 女性陣からは四乃の件で厄介者扱いされ、めんどくさいことに関わりたくない男性陣からは煙たがられる。そんな中、周りの目を気にせず手を差し伸べてくれた景と、そんな関係になってはならないのだから。

 気の迷いは、ぱちんと叩いた音と一緒に蒸発していった気がする。



(それにしても肉、ね)



 商店街には沢山のお店があって買い食いも出来るが、今の商店街はほとんどシャッターが閉まっている。普段仕事が終われば直帰することの多い私は、景よりもこの商店街を通ることが多いと言ってもあまり詳しくない。

 仕事に追われる日々の中で、こんな風に立ち止まる余裕がなかったことを思い出し、胸に微かな寂しさが広がった。



(それに、このシャッターがほとんど閉まってる今の状況じゃ……)



 何かいいお店はないか、ときょろきょろ首を短く振りながら道中を確認していると、銀色のシャッターに紛れた、赤い看板が視界に飛び込んだ。

 私は赤い看板を指さし、景に問いかけた。



「それじゃあコロッケとかはどう?」


「コロッケ?いいですねー、アガる」



 景は楽しそうに弾んだ声で、私の提案を受け入れてくれた。

 肉といったら少し怪しいという不安はゆっくりと溶けていって、微かな喜びが胸にじんわりと広がっていく。


 景の了承を得られたため、私達はコロッケ屋さんに向かって足を進めると、いつもの店主さんが私たちに気付き、軽快に手を振ってくれた。今まで頑張ってきた少し皺の増えた手に、明るい笑顔が暖かく広がる瞬間、私にも自然と笑顔が伝わってくる。まるで帰る場所を見つけたような安心感が心を満たし、店から漂う揚げ物の香りと熱気が肌に触れる。



「おっ、千鈴月ちゃん久しぶりだね!今日は四乃くんとは一緒じゃないのかい?」


「えぇ、今日は野暮用で帰りは別々なの」



 店主の豪快な声に対して、私の声はずっと穏やかで優しく響いた。


 私は体の重心を前に移し、ショーケースに並んでいるコロッケへと視線を移す。ガラス越しなのに、ここに並んでいるコロッケ達はどれも美味しそうな焼き色と、サクサク感が食感が伝わってくる。

 牛肉にたまご、エビにチーズ、様々な種類が並んでいるショーケースはまるで宝石箱みたいだった。毎回、どれにしようか迷ってしまうほど美味しそうなコロッケに、生唾をグッと飲み込んだ。



(今日は気分を変えてチーズ……いや、やっぱり)



 迷ってしまうけど、なんだかんだ同じものを頼んでしまうのは、私の癖なのだろうか。端にちょこんと並んでいる夕日みたいなオレンジがちょこんとはみ出していたかぼちゃコロッケを指さした。



「私はかぼちゃコロッケにしようかしら。景は?」


「それじゃあ牛肉コロッケで」


「はいよ」



 店主は短く返事をすると、備え付けてあった紙袋にそれぞれコロッケを入れていく。



「あっ、乙女ちゃんのかぼちゃコロッケも一口欲しいなぁ……なんて」



 景の目がいたずらっぽく細まり、唇には柔らかく笑みに滲み出る。

 一人じゃないからこそできる食べ方に、私は口元に手を当て、くすっと小さな笑い声を零した。



「いいわよ。寧ろ食べて欲しいぐらい」



 食事の必要性は理解してるつもりだけど、どうしても忙しいと削れる時間はここだけになる。別に食べることは嫌いじゃないけど、面倒臭いって感じる性格も相まって、その現象はどんどんと加速していってると思う。



「ここのかぼちゃコロッケは、本当に美味しいから」



 そんな私だけども、仕事終わりのご褒美としてここに寄れる時は、必ずここに来てかぼちゃコロッケを口に運ぶ。


 エナジードリンクや、ゼリー飲料などで必要なカロリーだけをとる生活を送っている私だけど、直帰したい気持ちを軽々と超えて食べに行くぐらい、ここのかぼちゃコロッケが本当に大好きなのだ。



「ははっ、千鈴月ちゃんがそんなに褒めてくれて嬉しいなぁ」



 店主がショーケースの上に用意できた紙袋を置き、頬杖を着きながら楽しそうに笑う。目の端によった皺に、大きな曲線を描いた唇は、微笑ましい光景を見ているような父親のようだった。



「事実を述べてるだけよ、私はここのかぼちゃコロッケが本当に大好きなの」


「それは嬉しい賞賛だ」



 私はDCSを起動し、電子決済画面を開く。表示された画面を見せるため、くるりと返すように指で円を描き、画面を回転させると、店主は画面に表示されたバーコードを読み取った。



「にしても、千鈴月ちゃんが四乃くん以外の男と来るなんてなぁ。……あっ、もしかして彼氏か!?」



 おじさんが訝しげに私達をじっと凝視した後、顎に手を当てて名探偵の推理を披露するみたいな自信溢れる表情を見せる。好奇心に満たされた唇楽しそうに笑い、鼻筋に皺が寄る。

 ボールがぽーんっと跳ねるみたいに、楽しそうな声で名推理ならぬ迷推理を披露した店主に、私は呆れながらため息を零した。



「彼氏じゃないわよ。今は仕事が大事だから、そういうのは作らないのよ」


「こんなイケメンな兄ちゃんなのにか?四乃くんもカッコイイが、こっちの方がうんと男前なイケメンだぞ」



 ショーケースからぐーっと身を乗り出して、店主は景の顔を上から下へと品定めするように見つめる。



(……男前、ね)



 確かに景は整った顔立ちをしているし、傍から見てもイケメンだと言えるものの、自認している正真正銘のクズだ。

 来る者拒まず去るもの追わずスタイルで、女の子を取っかえ引っ変えしてるとは……いつも食べに来るからこそ、この店主には口が裂けても言えないので、ぐっと唇を噛む。



「いやぁー、褒めても何も出ないですよー?」



 景は握った拳を店主の前に差し出すと、反対の手で取り出した杖を掲げる。マジシャンみたいに、一、二、三と拳を叩くと景が呪文を口にした。



「【テネブラエ・コンフィニオ】」



今月から更新速度が送れます。

理由としましては、とある賞に応募する作品を執筆をするためです。

閲覧ありがとうございました。

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