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第2章掲載開始)夢見る乙女は、記憶をのぞく。  作者: 七瀬ゆゆ。
第1章・星が綺麗な世界だから。
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第1幕 ― ②「見逃す選択肢はない」

 フィカルスの中央都市であるユウリアは、他国の中央都市に比べても圧倒的に華やかな都市である。

 駅から少し歩けば商店街に入り、ふわりと宙に浮く魔法具や、様々なものを売る露店が道を彩る。露店の中には、魔法具や骨董品はもちろん、食べ歩きできるようなものまで様々なものが売っていて、好奇心が大きくくすぐられる。


 思わず足先がそちらへ向いてしまいそうになる。


……しかし、あの夥しい連絡を送り付けてきた彼が、いつこちら側に向かい始めてもおかしくないのもまた事実だ。危険なことには巻き込みたくないと常々発言している彼だからこそ、私を見つけ次第無理やりにでも連れて帰ろうとするだろう。

 時間は有限である。

 私は急いでタクシーに乗ろうと、地図に指し示されている乗り場へと足を進めていた時だった。



「おい、ガキ!何ぶつかってんだよ!!」



 道全体に響くほど大きな声が私の耳に深く鋭く突き刺さる。


 思わず足を止め、ちらりと声の方向を確認すれば路地に立つ大柄の男性の姿があった。

 手には普通よりも少し大きめなビール瓶。大柄の男が着ている黒い服は、その中身がかかってしまっているのか、面積の四割程度の色が変わっている。そして、男の足はここら辺では珍しい草履を履いていた。



(草履を履いてる人なんてここでは珍しいわね。観光客とかかしら)



 近くには、罵声の矛先と推測される一人の姿があった。


 自分自身を隠すかのように一回り大きな上着を羽織り、深くフードを被っているその小柄な人物は、傍から見てもところどころにほつれが目立つほどくたびれていた上着を着ていた。

……予想は着くが大柄の男性にぶつかり、ビールをぶちまけてしまったとかだろう。



「この服、十万ユーリも済んだぞ!それにこのビールもさっき買ったばかりなのに空になったじゃねーか!!弁償しろよ!!!」



 男性は手に持っていたビール瓶の中身がないことを証明するように、飲み口を下にして大きく振った。



「か、かんにん。オレ、お金やら持ってへんで……」


「あ?んな嘘つくなよ!」



 大柄の男性は空いていた片手で、男の子の胸ぐらを掴み、持っていたビール瓶をかざす。周りの人も声には気づいてるはずなのに何事もなかったかのように無視をする。



(正直、関わりたくないんだけど)



 今、NorthPoleの人たちに黙ってフィカルスに来ている身である私が、変に目立ちでもすればそれこそ面倒臭いことになるのは目に見えている。



(……だけど、見逃すという選択肢はない)



 私はタンッと地面を蹴り、当事者の前に颯爽と踊り出りでると、男が振り下ろそうとしたビール瓶にそっと手を添えてた。ビール瓶は子供に直撃する寸前で、私の手によって受け止められた。



「おい、お嬢ちゃん。何すんだ」



 大柄の男性は気に食わないと言った様子で、私のことを睨みつけるが、私の反論するためのピースは既に揃っている。



「それはこっちのセリフかしら。ビール瓶のようなガラス製のものは、簡単に壊れ、棘のある破片飛び散って非常に危険。……振り回すなんてどういう神経をしているの?」



 ある程度魔法を嗜んでいるものであれば、目的のもの以外に魔法をぶちまけることはないものの、こういったガラスの類は人の意思関係なく飛び散ってしまう。仮に、私の目や足、手に飛散した場合、今後の任務にも大きな影響が出る可能性がある。

 この面倒事に頭を突っ込む建前なんて、これだけでも十分だ。



「それに面倒事は控えるべきよ。服もビールがかかった程度ならクリーニングに出せばいい。その程度なら綺麗さっぱり元に戻してくれるわよ」


「……あ?ふざけんじゃねぇぞ!」



 どうやら私の発言は男の逆鱗に触れてしまったらしい。男は胸ぐらを掴んでいた男の子を離すと、私の身体を思いっ切り押し出し、私の体勢が崩れたことで手に持っていたビール瓶を振りかざす。



(事実を述べただけのつもりだったのだけれども、どこか怒る原因があったのかしら)



 体勢が崩されたとしても、大きく振りかざしたビール瓶が私の身体に届くまでには時間の猶予がある。


 私は軽く地面を蹴り、後ろに飛び退くようにしてブリッチのような形で手を着く。くるりと廻る身体運びをしたため、必然的に足が宙を舞い、私はきちんと両足を揃える。



(一本よりも二本で、支えられるものを全部使って)



 タイミングを合わせ、振りかざされたビール瓶を空へと押し上げるような形で勢い良く蹴り上げた。

 片足だけで蹴り上げるよりも、ずっと正確で飛行距離も稼げる。忘れがちになりそうで、とても大事な動作だ。



「なっ!?」



 両足を揃えて蹴り上げたため、飛行時間は片足で蹴り上げた時よりも安定感がある。片足だけで蹴り上げるよりも、ずっと正確で、ずっと大事。忘れがちになりそうで、とても大事な動作だ。


 この大きな時間の猶予というのは、余裕を持って次の動作へと移ることが出来る。


 私はその足で、くるりと前へ縦回転するように着地する。

 男の行方を見失った手は呆気なく掴め、私自身のテリトリーに迎えるように強く引っ張った。

 男の身体急な出来事で反抗することなく、いとも簡単にこちら側へと流れ込むので、私は軽く足をあげ男の足を引っ掛けてあげる。そうすれば元々体勢が崩れていたということもあり、為す術なく転ぶ形になる。



(さすがに顔面から転ぶのは可哀想かしら)



 慈悲で、くるりと握っていた手をただただ離す訳ではなく、仰向けになるようにして軽く押し出すようにして転ばしてあげる。離すタイミングが遅いと立ち直る可能性があるので、私の手を掴むという考えが浮かばないうちに手早く、完全に転ぶタイミングまで待って行う。


 私の離した手に縋り付くように男は手を伸ばすものの、既に身体は倒れる形になっているため無駄な抵抗だ。


 最後の忠告であり仕上げと言わんばかりに、私はポッケから持ち運び用に小さくした杖を取り出した。



「【ドゥオール】」



 呪文を唱えると、持ち運び用に小さくなっていた杖は、素早く私の背丈ぐらいの大きさまで戻ると、仰向けで転んだ男の喉元に杖先を引っ掛けた。

 男を取り押さえる際に乱れ、顔についた髪をひらりと手で払い除ければ、ちょうどタイミングよく落ちてきたビール瓶を、そのまま手でキャッチ。ビール瓶が割れることも飛散することもなく、男を制圧することが出来た。



(ついでに良い儲け話もね)



 私は男の喉元に再度深く杖先を突きつけると、ゆっくりと口を開いた。



「確かに貴方はぶつかられた被害者なのかもしれない。だけど、わざとぶつかられたのに被害者ぶる貴方みたいな嘘つきは大嫌いよ」


「……は?」



 男の顔が苛立ちで歪む。

 私は先程キャッチしたビール瓶を、男に見せるようにひらひらと左右に動かした。



「全ての“もの”は、形が残っていれば記憶がある。ここにあるビール瓶だって物であり、人も言い換えれば者と言える。ものは形が壊れれば死んだと同義。人も心臓が止まればそれは死を意味する。生きているという形が無くならない限り、全てのものには記憶がある」


「……何が言いたい」


「私のユニークマジックでビール瓶の記憶を覗いたの」



 元々おかしな点はいくつかあった。

 初めの忠告で事が終われば、事件は終幕。男はお咎め無しで、転ばされた子は治癒魔法をかけてあげればいい。


 そんなとても簡単な結末を迎えられたはずだったのだが、ターゲットが私に向いたこともあり、目的を変更した。


 傷を負わないというのが第一の目的だが、魔法警察という身分を持つ私に力を奮ったとなれば話は大事になる。となれば、男の子も私も、被害を最小限にするためには、私が見ていなかった過去の事実を確かめる必要性が出てきてしまったのだ。

 故に少しばかり派手だけど、確実な制圧方法を取らせてもらった。記憶を覗き、抱いていた疑問や違和感を拭いとる為に。



「ビールを自分自身にわざと零し、文句をつけてお金を騙し取るという計画を考えた貴方との記憶をね」


「……は?」



「初めにビールが入っていた容器がグラスではなく瓶だったことに違和感を覚えたわ。瓶の口は非常に狭く、今現在の中身はほとんど無い状態。中身が全部出たと考えるには、濡れた服の面積から推測するとあまりにも狭すぎる。瓶の中身が全て出たのであれば、滴るほどの模様ができるはずなのにそれもない。かと言って、飲み口の狭い瓶からそれほどの量が一度に漏れ出すことは考えにくい。ある程度の量が残っていれば話は別だろうけど、私が蹴り上げてもビールの雨は振ることなく私の手元に帰ってきた」



 男の子にもだが、私に振りかざした時にも瓶の中身が零れることはなく、中身は空っぽ。今手元にあるビール瓶も空っぽだった。



「そうなれば答えは一つ。魔法を使って自分自身でおこした事故。少し前に流行ったわよね、水魔法や氷魔法を使い、飲み物なんかを球体に圧縮して持ち歩く方法。圧縮しているから小瓶なんかに入れても量があり持ち運びが出来ると話題になった手法。小瓶も濡れないことから画期的だ、と多くの商人にも利用されるようになった。そしてこの瓶もびっくりするほど濡れていないの」



 男の顔が歪み、ギリっと歯を食いしばった。



「この瓶の飲み口を鑑定に回せば、魔法が付着している確認が取れると思うのだけど……確認は必要かしら」


「……はっ、いらねーよ。全部おまえの言った通りだからな」



 男は降参だ、と示すように両手を上にあげた。



(今まで感じた横暴なイメージに反して、素直に自分自身の非を認めるのね)



 男の首元から杖を離すと、杖を空に投げた。



「……【ドゥダン】」



 呪文を聞き届けた杖は、みるみるとサイズを変えていき、携帯用のサイズに変形したところでキャッチ。私は乱雑に腰ポッケへと突っ込んだ。


 本来なら男を警察に突き出すべきなんだろうが、NorthPoleの目を掻い潜りこそっとやってきてる私の身分的には、フィカルスの交番と関わるのは非常に避けたい。



「……反省の色が見えるし、今回は見逃すわ。行きなさい」



 くいっと顎で逃げるように示唆すると、男は舌打ちを一つすると、慌ただしくその場から離れていくように走っていった。



(反省の色、なかったかしら)



 私は手に持っていたビール瓶を端に寄せて置くと、ちらりと転がっている被害者の子へと視線を向けた。

 傍から見た印象的は、特に怪我があるようには見えないし、正直これ以上のタイムロスは避けたい。



(……だけど、大丈夫か大丈夫じゃないか、というのは助けない理由にはならない)



 私は男の子に駆け寄り、視線を合わせるようにしてしゃがみ込んだ。



「……大丈夫?」



 私の声が耳に届くと、男の子はゆっくりと顔を上げ、初めて目を合わせた。

 想像よりも綺麗な顔立ちをしていた男の子は、服はほつれ、雑にフードを被っていたものの、髪や肌はキメが細かく整っている。



(……顔立ちからして十七歳、十八歳ぐらいかな)



 くっきりとした瞳、顔つきは少し童顔よりだけれども、しっかりとした男性らしさがある。

 そして人目を引く金髪と、白瞳。



「いけるとちがう……」


「へ?」



 男の子は手をお腹に当てると、まるで測ったようにタイミングよくお腹が鳴り響いた。



「お腹がすいて、もう一歩も動けへん……」





閲覧ありがとうございました。

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