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第2章掲載開始)夢見る乙女は、記憶をのぞく。  作者: 蝶乃 ゆゆ
第2章・夜明けをずっと待っていた。
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第1幕 ― ④「ずるい人」

 そのあとの現場は悲惨だった。

 駅員さんによって魔法警察が呼ばれ、現場の片付けをして貰い、四乃によって転がされた人達は全員警察病院送り。緋彩が対峙した人は、フィカロスの方で預かってもらうことになった。

 そして残った問題である、唯一逃げなかった男は数時間遅れにはなったが、私達四人が表立って護送することになった。


 四人でそれぞれ向かいあわせの二席ずつ確保し、私の隣は四乃、私の向かい側には男と緋彩という順で座っていたが、列車の空気は最悪と言っていいほど苦しいものだ。



(……早く到着しないかしら)



 座席の硬いクッションが背中に冷たく当たり、背もたれに寄りかかるたびに微かに軋む音が響き、窓の外を流れる景色は海ばかりでどうしても単調に見える。



(本当、空気が重い)



 四乃は暇を持て余すように欠伸をひとつ零し、向かいの男は顔を伏せたまま黙り込み、緋彩は気まずい空気をどうやり過ごすかと口をきゅっと強く結ぶ。

 海に重りをつけて投げ捨てられたみたいに、呼吸をする度に肺が潰されそうなほど嫌な空気のまま、十二時間も列車に揺られ続けると考えたら、どうしたって気が遠くなる。


 時間を潰すみたいに窓枠に頬杖をつきながら、外の景色をぼうっと見ていると、不意に耳につけているDCSがピピリンッと軽やかな着信を鳴らした。

 いつも聞くピピっという短い音では無いことに、私は思わず頭にはてなマークを浮かべてしまった。



(DCS本体の方にかけてくる人なんて珍しい)



 私のメッセージアプリじゃなくて、個人携帯の方に電話をかけてくる人は限られている。

 必要以上の情報漏洩を避けるために限られた人にしか教えてないのもあるけど、高い汎用性から大抵はメッセージアプリを使って連絡してくるのがセオリーだ。


 私は慣れた手つきで耳元を軽く一回タップすると、目の前に浮かび上がった半透明の操作画面が青白く光り、着信主の名前が表示された。


――――【森閑】


 私は状況を確認するために、上から下へと指先を動かすように通知欄を表示させた。



(メッセージはなし、と)



 彼が何も言わずに無言で電話をかけてくるケースは少なく、緊急性があるものという可能性が考えられる。かけてきた相手も相手で、どうしても出たいという気持ちはあるものの、今は護送任務中。どうしようかと頭を悩ませていると、ふと柔らかな声がこの沈黙を貫いた。



「出ていいよ」


「え」



 いつの間にか画面を見られていたのだろう。

 四乃の方に顔を向けると、あの沈黙の中みせていたような表情ではなく、柔らかな笑みを浮かべていた。



「大事な人でしょ、乙女ちゃんにとって」



 こてんと首を傾げ、緩やかな弧を唇に描く。私の感情を見透かしたように奥底からきらりと輝く深紅の瞳は、陽光に反射して私の視界に焼き付く。



(四乃がそういうなら……甘えようかしら)



 私は椅子から立ち上がり、軽く服のシワを伸ばすと、四乃に「ありがとう」と告げ、足早に席から立ち去る。

 列車と列車のつなぎ目である連絡通路の端にくると、私は指先を画面に滑らせ、通話の許可をするようにボタンをスライドさせた。



『あ、ラッキー。出てくれたんですねー』



 抑揚のない喋り方をするのに、どこか人を魅了するような甘く伸びやかな声は、彼――――花烏賊景の輪郭を曖昧にする。

 ぽんっと空中に表示された景は、ひらひらと適当に手を振りながら私に挨拶をした。


 キャラメルの様にどろりとした甘ったるを孕んだ艶のあるバニラベージュの髪は、空気を味方につけたみたいに動く度にさらさらと靡く。前髪の隙間からひっそりと覗かれた紫紺の瞳は、雨の中に佇んでいる紫陽花を連想させほど美しいもので、まさに芸術作品。

 緋彩は絵本に出てくる王子様だとしたら、景は美術館に飾られているような美しい水彩画と言ったところだろうか。



『昨日電話かけた時に出なかったから、心配してたんですよー』



 対応できなかったという僅かな罪悪感が、ぐっと胸を刺した。

 NorthPole情報課に所属している景と私は、同期という接点があり、私がよく頼る相手でもある。それこそ、Relief之撮影現場及び盤上の杖の存在を見つけたのも景で、情報課の中でも優秀な人材で、私と仲良くしてくれる数少ない人でもある。


 正直言って、私はNorthPoleの中では女性人からかなり厄介者扱いされている。

 顔良し、才能良し、性格に難があるけどあそこまで愛して貰えるならと考えれば、ある意味優良物件の四乃は、私に対して強い執着をしている。

 普段から当たり障りのない会話で人との距離を取っている四乃だが、私に対する執着というのは傍から見てもすぐに分かるもので、女性陣から唯一心を開いている私の存在は妬ましいのだろう。私の事を邪険に扱う女性陣や、それと関わりたくない男性陣が多くいる中、景はへらへらと笑いながら私と普通に接していてくれた。



「連絡出来なくてごめんなさい。色々と忙しくて、後回しにしてたの」


『別にいいですよ?乙女ちゃんの無事が確認できただけで十分なんで』



 景の穏やかな声が私の心にじんと響き、私は自然と肩の力が抜けていた。


 歳も近く、私の事情も汲み取ってくれる。

 当たり障りないと言ったらそれはそうかもしれないけど、嫉妬などの感情を向けられたことは無かったこともあり、私は景という人間が割と好きだった。



『あっ。今、葉月さんとは別行動?』


「別行動という程じゃないけど、周りにはいないわ。今、列車の中だから通話するためにでてきたの」


『了解ですー。実はすぐに伝えたいことがあったから電話したんですよ』


「伝えたいこと?」



 私の声に僅かな疑問が混じり、眉がわずかに上がる。



『そ。乙女ちゃんがした一連の出来事に、班長がメッチャ怒ってるてて、実は俺も避難中なんですよね』


「は?避難??」



 反射的に聞き返すが、景は危機感を見せないように落ち着いた声のトーンで淡々と話を続けた。



『乙女ちゃんが葉月さんのこと呼んじゃったじゃないですか?それでレパーラで任務に当たってた第一班は班長を除いて全滅』


「全滅……!?」


『そ。結局班長もほぼ瀕死状態で、相打ちみたいな感じなんですけどね。それで、駅の事件が重なってやばいほど怒ってる。俺も乙女ちゃんに情報流したのがバレたみたいで絶賛避難中ってワケ』


「景は今、大丈夫なの?」


『まぁ女のコの家に逃げてるんで、良いか悪いかって聞かれたら微妙ですかね』



 景に対して、なにか欠点をあげるとしたらここだろう。



(……神様って、完璧な人間は作らないのかしら)



 景の場合、不特定多数と言うのが違う点だけど、私はその矢印を向けられたことは無かったし、仕事関係の人とそういうことになるのは避けている様子があったから、私は景という人間を好きでいられたとも言える。


 一応、仕事はきちんとするし、なんなら、情報課の中で一番有力な情報屋として名を上げているとも言える仕事とプライベートのメリハリがきちんと付いているところも個人的には付き合いやすい点とはいえる。

 だけど、時折不純異性交流の多さにはどうしたって頭を悩ませずにはいられない。



「現状は何となく理解したわ。回収したほうがいい?それともほとぼりが冷めた頃に連絡入れた方がいい??」


『んー、迎えに来てくれたら凄い嬉しいかも。パス置いてきちゃったんで、見つかったら怒られるんで』


「……逃げるにしてもちゃんと用意して逃げなさいよ」



 パスというのは、NorthPole本部に入るために必要なカード。分かりやすく言うと社員証みたいなもので、魔法警察という身分証にもなる。

 普通に考えたら慌ててたとしても忘れるなんてことは無いと思うのだけども……という言葉はぐっと飲み込んだ。



「……まぁいいわ、位置情報送って。今回は嫌な鉄を踏ませて悪かったわね」


『別に乙女ちゃんならいいですよ?……まぁ、これから俺も修羅場に巻き込むと思うんですけどね』



 景が漏らした言葉の意味が分からず、一瞬頭の中にはてなマークが浮かんだが、すぐに理解した。


 女性というのは、恋愛感情を持つことで、大きく変化する特性を持っていると、私は考えている。女の人の家に上がり込んでいるという事実に関しては正直どうでもいいが、そこに私が女の私が迎えに行ったところでより面倒くさいことになるのは、目に見えている。



(……実体験があるから、絶対ないとも言えないのよね)



 今でも忘れられないその修羅場は、それはそれはめんどくさいことになったのを今でもよく覚えている。

 女性は突然現れた私に対して、言葉だけでの攻撃では飽き足らず、杖を取り出して交戦になりかけた時は流石に肝を冷した。が、景は何も無かったように、眠らせる魔法である【スォムヌル】を唱えたのが、何よりも記憶に残っていた。

 何も考えていないような冷たい目に、呆れた失望の色を強く混ぜたもの。もういらないと言いたげな雰囲気は、時間が経った今でも瞼の裏に焼き付いては離れない。



(だからと言って、回収しませーん……とは、なれないんだけどね)



 私は無意識に一つ、大きくため息をついていた。



「……善処するわ」



 こうなったら、何を言っても平行線になるのは、目に見えていることで、諦めた方がいい。



(任務中に抜け出して連絡を取っているんだから、もう揉めることは避けたい)



 それに、これからも花烏賊景という力を借りたいからこそ、多少面倒くさくても、私は人との付き合いをやめきれない。それに今回は、私が引き金となった事件であり、景は嫌な鉄を踏んでしまったとも言い換えられる。



(こんなことで償いになるなら、女性との交戦だって受けて立つ。ぐらいの気持ちでいよう)



 自分自身にそう言い聞かせ、面倒事を自分自身の中に落とし込んだ。僅かでも望みがあるのであれば、面倒くさくない女性だといいな……ぐらいだろうか。



『流石乙女ちゃん、話が早くて助かりまーす』



 景は視線を外し、カタカタと慣れた手つきでキーボードを叩き始める。

 私は無意識にキュッと唇を噛んだ。



(……ごめんなさい、景)



 顔を下に向けたことによって、私の顔はきっと景に見られることは無いのだろう。何度謝っても足りないぐらい、景には迷惑をかけてしまったと思う。


 身分証とも言えるパスを置き忘れていることからも、どれだけ慌てていたのかということが伺えるし、本当に頭が上がらない。

 この消化しきれない気持ちをどう伝えれば、巻き込んだ償いになるのかと必死に考えていると、不意に柔らかな声が耳に刺さる。



『迷惑だ、なんて思ってないですよー?』


「え?」


『乙女ちゃんといると飽きませんし、結構楽しいんで。まぁ、今回みたいに目をつけられるのは勘弁ですけど』



 いつの間にか画面越しに移る景は、首をほんの少しだけ傾げて穏やかな笑みを浮かべていた。

 まるで私の心を見透かしたような言葉に、私の胸はどきんと大きく音を立てた。



(本当、景は凄いわね)



 私の欲しい言葉を欲しい時にくれる。

 これがどれだけ難しいことで凄い事かは、誰だってわかるはずだ。



『これからもよろしくお願いしますね、乙女ちゃん』



 カタンっと、警戒な音が画面の向こう側から聞こえると私と景のトーク欄に位置情報の通知飛んできた。



『んじゃあ、また後でね』



 どこか掴めないへらへらしたような雰囲気は、猫みたいに自由気ままで、素っ気なく振舞ったかと思えば、ころっと甘い言葉を囁く。ヒラヒラと手を振る姿を最後に、ぷつりと通話が切れた。


 私は届いた位置情報を確認しようとメッセージアプリを開くと、景から追加のメッセージが届いていた。



「……ずるい人」



 少しだけ女性が花烏賊景という人間に沼った理由がわかった気がした。

 誰にも聞こえないぐらい小さな声で呟いた言葉は、私の耳にだけじんわりと熱を持って残る。


 画面に映る『髪の毛、切ったんですね。カワイイですよ』というメッセージは、パンの上に乗せたバターみたいに、じんわりと心の中に溶けていった。





閲覧ありがとうございました。

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