第1幕 ― ②「緋彩なら大丈夫」
私たちがこうして駅内で時間を潰していたのは、昨日捕獲したReliefの二名をNorthPole本部があるシュミアまで護送任務をするためであり、担当してくれる警官を駅内で待っていたのだ。
「確かオレ達は傍から見てるだけ、やったよね」
「えぇ、特に干渉はしないけど、後ろから着いて行って一緒に列車に乗るの」
昨日、私と四乃は捕獲した二名を連れて魔法警察署へと足を運んだ。
四乃のおかげで傷はなかったものの魔力切れが近かった私は、警官の計らいで先にホテルへと戻してもらい、四乃と細かい計画を練ってくれたのだ。
そしてこの合図も警官どの取り決めであり、駅にもう少しで着く時と駅に入ったとき電話をワンコールで鳴らすことを決めていたのだ。
(私のDCSや杖も無事で本当に助かったわ)
また、すり替えられていた私のDCSや、無くしたと思われていた杖は男の方が全部持っていたと、尋問を担当した警察官から聞いた。そのため、連絡にルーズな四乃ではなく、私がこの役割を補うことになったのだ。
もうすぐ駅に到着するということで、私たちの視線は自然と出入口の方に向く。
「ただ何かあった時、すぐ対応出来る様にしておくべきだけど、護送任務で問題が起こることなんて早々起きないから大丈夫よ」
「なんかあったら民間人に問題出るさかいな」
護送任務は、何かあってはならないためとても慎重に行われる。
犯人は身体検査を始め、魔法が使えないようにする手錠型の拘束魔法具を付けられるし、それなりに腕が立つ魔法警察が任務に当たる。
大抵は何事もなく終えられるものの、相手は世間を騒がせているRelief。どんなことが起きるか想定出来ないのが本音でもある。
「初めから一緒に護送出来ればいいんだけど、私たちの組織は秘密部隊みたいなものだから、メンバーの詳細をあまり公にしたくないの」
だからこそ、今回担当してくれる魔法警察には頭が上がらない。
魔法警察にとって、NorthPoleは特別組織であると同時に必要以上に触れてはならない存在だと言われている。だからこそ、NorthPoleからの命令と言われれば拒否することも無視することも出来ないし、誰かが犠牲になる。
(私がただの魔法警察という立場だったら、こんな圧政は嫌になるわ)
Reliefの脅威は例の動画を通じて、嫌でも身に染みたはずだ。そんなNorthPoleの強者二人を護送するのだから、仕事とはいえ死の危険があまりにも近すぎる。
「……まぁ、四乃はだいぶ派手に行動してるから、素性ばればれだけどね」
魔法警察にもReliefにも葉月四乃という存在は、あまりにも天才すぎるということで、強く認識されている。
昔から頃から四乃は目立ち過ぎた。魔法具に関してもそうだし、戦い方一つ一つについても、その圧倒的な才の前には何も言えなくなる威圧感を感じざる負えない。
「お姉さんは?」
「私は……鑑識官かしら」
緋彩はこてんと首を傾げ、私の顔を覗き込んだ。その可愛らしい仕草は、やはり男性とは思えないほど優美なもので、思わず目を奪われてしまった。だけど、僅かな罪悪感が胸を刺す。
(……私は緋彩に嘘をついているのよね)
緋彩の無垢な瞳は、私にとって少し毒だ。
あんなに隠し事をしようとしていた緋彩が、自身の身分を明かし、私たちに協力してくれるというのに、私は何一つ話せていない。
それこそ、私のユニークマジックについては嘘に塗れている。
黒繭での戦いは、私だけしか知らないから、緋彩は私のユニークマジックを未だに勘違いしたままだろう。
初めにあのおじさんと対面した時に語った【全てのものの記憶が覗ける】というユニークマジック。あくまでもこれは、私が着けているピアスの形をした魔呪具の効果であり、実際のユニークマジックの効果は全く違うものだ。
(魔呪具の数だけ、私の力になる)
本部に戻れば、私の部屋に置いてある攻撃性能が高い魔呪具があるが、今回みたいにこっそり飛び出した時にはそういうものが使えない。アクセサリーとしてつけていられるようなピアスぐらいしか、持ち出せないと戦力に欠けることも教訓になった。
四乃が戻ってくるのはいつになるのだろうかと、カフェの方に視線を向けた時、私の意識を無理やり戻すみたいにDCSが再度ピピッと強く振動した。
「……来た」
私は瞬時に視線を駅の入口へと戻すと、それぞれ警官二人に挟まれた男とおじさんが並んで歩いてくる姿があった。手には白い布がかけられ、歩くたびに布が揺れて銀色の拘束魔法具が陽光に反射し、鋭い光を漏らす。駅構内のざわめきが一瞬静まり、好奇の視線が彼らに集まるのが分かる。
私はそれに気づかないふりをして、DCSを一回タップすると、目の前に浮かび上がった半透明の操作画面が青白く光った。
(早く四乃に連絡を入れなきゃ)
すぐに戻ってきて欲しいという訳ではなく、作戦が遂行されているという旨の連絡を送るため、半透明の画面に手を伸ばした瞬間、バリバリンというけたたましい破砕音が駅構内に轟いた。耳を突き刺すような強い音は反射的に身構えさせるには十分で、思わず生唾を飲み込み、喉を鳴らす。
音の正体を辿るように天井を見上げると、色鮮やかなステンドグラスが無数の破片となって炸裂し、赤や青、緑の光がキラキラと乱反射しながら落下してきた。
(ステンドグラスが壊された……!?)
私は迷わず服の裾に隠していた杖を素早く引き抜いた。
「【ドゥオール】」
誰が割ったのか、なんで割れたのかということも気になるが、今は割れたステンドグラスの破片が無数に降り注ぐ状況の方がまずい。
駅構内の乗客たちが大きな悲鳴を上げ、乱れた足音が乱雑に響き渡り、出口を目指して走り始めた。
(誰一人として怪我はさせない)
その決意だけが、今の私を動かす原動力になる。
だけど、強く固めた気持ちとは裏腹に、本当に出来るかという不安が、胸の中に広がっていくみたいに激しく音を鳴らす。満たされた恐怖に気付かないふりをして、杖をぎゅっと握り締めると筋肉が緊張で硬直する感覚が走る。
(……イメージしなさい、私)
魔法で一番大事なのはイマジネーション。
この状況を打破するためには、無数のガラス破片を全てを吸収し、誰一人として怪我をさせないような巨大な竜巻が適正だろうか。
縦じゃなくて横に大きく、厚みはそこまで必要じゃないけど、吸い込んだガラスを逃がさないほど強く渦巻く竜巻を脳裏に描く。
――――私は対人戦が好きじゃない。
相手の思考というのは常に変わり続けるもので、場所によっては色んなものを巻き込んでしまう風属性というのは魔力量の調節が非常に難しい。その上、必要以上に人を傷つけてしまうことは、人が考えている以上にずっと恐ろしいもの。だから無意識に魔力量にストッパーをかけてしまう癖が抜けなくて、昨日みたいに足でまといになってしまうことが多い。だからこそ、こうした場面の方が都合がよくて、自分自身の力を全力という形で出せる。
「【ウェントゥス・トゥルボ】!」
杖から解き放たれた風が豪雨のように大きく鋭い音を立てながら、目にも留まらぬスピードで渦を巻き始めた。
竜巻が天井に向かって猛烈に回転し、渦の中心から放たれる風圧によって、ステンドグラスの破片は次々と竜巻に吸い込まれていった……が。
(流石に規模が大きすぎるかも……!)
駅構内の天井には全て、このステンドグラスが使われている。元々どれほどの面積があったのかは分からないものの、計算外すぎるほど大きな竜巻の制作と維持は、想像以上に魔力を持っていかれる。
(そもそも魔法を維持し続けるって言うのが現実的じゃないのよね)
魔法というのは杖から離れることで、術者の主導権をほぼ失う。だから緋彩みたいに途中で屈折させたりすることは出来ないので、私の杖先には僅かに魔力を注ぎ込めるように管が繋がっている。だから、長い時間をかけてキープしなければならなく、かなりの魔力を食われるのだ。
私は歯を食いしばり、杖を握る手に全神経を集中させる。
竜巻は全ての破片を巻き上げると、徐々に勢いを殺し、建物の一角に集めるように破片を落とした。ガラスがコンクリートに落ちていく乾いた音が響き、積み重なった破片が陽光に反射して眩しく輝く。
良かったと、安心したように短く息を吐いたものの、戦場は常に変化し続ける。
「お姉さん、くんで」
緋彩の言葉にハッとした私は、再度天井を見上げると、割れたステンドグラスの枠からひょっこりと顔を覗かせて様子を伺う男達の姿が見える。
窓枠に足をかけ、身を乗り出した男達は黒装束に身を包み、右腕に赤い薔薇の刺繍が施された特徴的な服装をしていた。
「Relief……!?」
Reliefの特徴的な姿として、六人の幹部と呼ばれる人達以外は皆、黒いフードに薔薇の刺繍がされた服をきている。もちろん事件を起こした時だけであり、潜伏しているような人は来ていないケースが多いので、そこまで当てになるような情報ではない。
(だけど偽って着るはずないよね)
私の声を合図にしたように、男達は杖を片手にひょいっと軽快に飛び降りてきた。
「【ドゥオール】」
緋彩が杖を元の大きさに戻し、落ちてくる黒装束の者たちに迷うことなく杖を向けた。
「【モード・ベリフェゴール】」
真っ黒だった杖は杖先を起点として濃いオレンジ色へと染まり、綺麗なグラデーションを作る。
周りの全てを食い荒らすかのような荒々しくも凛とした強さが混じった魔力に、私は自然と安心感を覚えていた。
緋彩の白瞳が鋭く輝き、火花がぱちぱちと弾け飛ぶみたいに、それぞれ杖を構えた。
「【フラムマ・フェルルム】」
「【グラメン・フェルルム】」
「【アクワ・フェルルム】」
三人の声が重なり合い、炎、草、水の属性を持つ刃が私たちを狙って真っ直ぐに飛んでくる。炎の刃が空気を焦がし、水の刃が鋭く光を反射し、草の刃がしなやかにうねり、鋭い音を立てて空気を切り裂く。
私は猛攻を防ごうと慌てて杖をかざすものの、すっと緋彩の白い腕が私を静止するように伸びてきた。
「オレがやんで」
緋彩はぎゅっと力強く杖を握ったみたいで、手の甲には細い筋がぐっと浮かび上がる。緋彩の視線は揺らぐことなく真っ直ぐに攻撃対象を見つめていた。
「【テルラ・スクトゥム・マグヌス】」
きらりと力強く魔法石が光ったかと思えば、辺り一面を切り裂くように響く声で呪文を唱えていた。
地面が震え、轟音と共に巨大な土の盾が私たちの前に形成され、土の匂いが鼻につく。三つの刃が盾に激突すると、暴風と激しい騒音が耳に張り付くように鳴り響く。
次の瞬間には強い衝撃によって盾に亀裂が走り、僅かに零れた土の粒が私の頬に跳ねた。
(防ぎ、きっちゃった……)
どれほど魔力が圧縮された盾なのだろう。
普通なら相性の得意不利有利はあるものの、三つ同時の混合した属性を防ぎきることは、到底できない。それこそ、杖を弾いて使えなくさせるよりも遥かに高い技術で、夢物語に近い。
だけど緋彩は完璧に近い魔法を作りあげた。
魔力というのは細かな粒子みたいなもので、一部穴が空いていたり、壊れやすい部分が存在するのだけど、それがほとんどゼロに近い形にまで精巧して作ったのだろう。
この前、偽物だったものの四乃がやったこととは全く逆のことを、緋彩は清々しい顔でやってのけたのだ。
土の破片が嵐のように舞い上がり、唇に土の味が混じる。
男が苛立ちが混じった舌打ちを漏らすと、足音が分からないほど静かに着地した。
「お前らは二番様を!【グラメン・フニクルス】!!」
一人が野太い声で叫び、草のつるが蛇のようにうねりながら地面を這って、私たちに襲いかかり、隙に残りの二人が護送任務の警官たち目がけて疾走した。
「【テルラ・フェルルム・レクトゥス】」
緋彩は意志を持つようにうねるつるへ、的確に照準を合わせると、作り出された地の刃で切り裂いた。
緋彩の白瞳にはしんと静まるような鋭さが宿り、口元をキュッと固く結んだ。
「……お姉さん、この人はオレ引き受けるさかいさっきの人たちを追うて」
私は思ってもいなかった申し出に思わず大きく目を見開いたが、私は自然と口角が上がり、緋彩の金髪が柔らかく風になびいた。
「ありがとう、緋彩」
私は強く地面を蹴ると、コンクリートの硬い感触が足裏に響き、全身に衝撃が走る。迷うことなく警官たちの方へ走り出すが、Reliefの人間がそれを許すわけない。
「行かせるかよ!【グラメン・フェルルム】」
敵の声が背後で大きく吠え、草の刃が鋭く飛んでくるが……何も不安はなかった。
(緋彩なら、大丈夫)
私は男からの攻撃を避けることも振り返ることもせず、先に向かった男二人を追いかけるような形で懸命に走った。
「【テルラ・スクトゥム・トト】」
緋彩の声が再び響き、一面に地の盾が広がる。
地面が激しく震え、土の壁が轟音と共に立ち上がり、草の刃を完全に遮った。
この信頼はどこから来るのか分からなかったけど、私の期待に応えてくれるように緋彩はサポートをしてくれた。
「無視なんて酷いで、お兄さん。オレ相手するって言うてるのに……さぁ手っ取り早う、功績をあげさせてもらうな」
自身の色に満ちた声と、ひゅんっと勢いよく杖を振る音だけが私の耳に聞こえた。
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