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第2章掲載開始)夢見る乙女は、記憶をのぞく。  作者: 蝶乃 ゆゆ
第1章・星が綺麗な世界だから。
22/48

第4幕 ― ⑥「捕まえて」

「【ルクス・スァナ】」



 四乃は私と目線を合わせるために膝を曲げてしゃがみこむと、白銀の魔法石がきらりと輝く杖を私の身体に向けた。


 キラキラとした粒子は淡い光を持ちながらふわふわと舞い、私の傷口に触れるとしゅわしゅわと炭酸が弾けるみたいな軽快な弾ける音を立てて肌に吸い込まれていく。

 温かな感触がゆっくりと広がり、時間をかけて傷口閉じていく様子はまるで、時間を巻き戻しているかのようだった。



「ありがとう、四乃」



 私の声が穏やかに響き、四乃の耳に届く。



「いいよー?乙女ちゃんのお願いは僕が全部叶えてあげるって決めるから」



 四乃は自信の色を強く滲み出る笑みを零すと、誇らしげにふふんっと鼻を鳴らした。特徴的な赤い瞳がキラキラと輝き、眉が跳ね上がり、無邪気さが顔に溢れる。その様子はどことなくしっぽをぶんぶんと大きく振るわんこを連想させた。



(でも本当にすごいわ。傷跡も、痛みも分からない)



 消毒液が身に染みる鋭い痛みも、擦り傷のざらついた感触も、膿の不快な湿った臭いもこれから体験することは無い。時間が解決する長い過程を全部飛ばして、ほぼ完璧と太鼓判を押せるほど綺麗に治してくれていた。



(黒繭のベタベタ感も無くなって、本当に良かった)



 身体中にやっと終わったんだ、という安堵が広がり、口角が柔らかく上がる。

 四乃は私の様子を見て安心したようで、満足気な表情が一瞬緩み、頬に微かな赤みが差すが、すぐにいつもの警戒心の色を強く見せる表情に変わる。



「それで、あんたは誰なの?状況から見て、敵っぽくなかったから捕まえなかったけど、あんたも敵?」



 くるりと身を捩り、少し離れた場所に立っているヒイロに目を向けた。

 四乃の声は低く鋭く響き、眉が寄り、瞳に冷たい光が宿る。口元がぎゅっと固く結ばれ、私に向けていたあどけなさは消えていた。


 ヒイロは、四乃は私の場所が掴めていなかった時、黒繭に捕らわれていることを教えてくれたし、明らかな深手を負っていたことからこの判断に至ったのだろう。

 だけど、本人の口から聞かなければ確認の意味がないのだろう。



(……ここで説明が滞ると、ちょっと面倒臭いわね)



 四乃は相手を敵認識をすると、頭を抱えたくなるほどに面倒臭い。大抵の人間には当たり障りのない対応をするものの、敵認識になると裏の顔が現れる。

 敵意を露わにするような強い口調は、向けられていたものでなくても迫力があって息が詰まる。


 独りが好きで、他人との関わりを極力避けていた私だけれども、四乃の敵意を向けられた人には同情せざる負えない。



「違うわ四乃、ヒイロは私を助けてくれたの」


「乙女ちゃんを助けた!?」


「そうよ。昨日と今日、二回もね」



 大事な事は二回言う。

 私の声が強調されて響き、四乃の肩がわずかに震え、眉を歪ませ、強く歯を食いしばる。ギリッという歯が擦れる音が微かに響き、頬が引きつる。瞳には強い嫉妬が滲み、口元が固く結ばれるが、そんなことをしても事実は変わらない。子供みたいな嫉妬がじんわりと漏れ出した。

 だけど、四乃の感情は私の想像を遥かに超えるほど早いスピードで整理したみたいで、次の瞬間には普段通りの表情で杖先をヒイロに向けていた。



「……【ルクス・スァナ】」



 煌めきを纏う粒子が杖から放たれ、ヒイロの傷口に触れては溶けていく。粒子がぱちぱちと弾ける音が響き、傷口に温かな光が広がっては、時間を巻き戻しているかのように切り傷が塞がる。

 嫉妬をした相手であっても、四乃の魔法は私情を見せることなく精巧なものだった。



「凄い、完璧に治ってる」



 ヒイロは大きく目を開き、瞳が驚きに輝く。眉が跳ね上がり、口がわずかに開く。腕を回したり足首を回したりと、身体の状態を確かめるように大きく動く。



「ほぼ完璧ね。乙女ちゃんを守ってくれたお礼だし……それで、怪我の具合はどう?」


「どうって言われても、完璧って言うか」



 ヒイロは困惑したように、言葉がしどろもどろになる。自分自身に起きた状況と、今までの知識が比例してないと言ったような様子だった。



(それもそうよね、治癒魔法はあくまでも繋ぎなんだから)



 普通、傷を治すと言っても表面は綺麗でも内部に痛みが残ったり、傷口が治りきらないこともある。なので大抵の人がもつ治癒魔法の認識は【治癒魔法は重症化しないための繋ぎ】で、四乃のように一瞬で治すことは不可能に近い。



「四乃は治癒魔法のスペシャリストだからね。普通の魔法使いが直せない部位まで、ほぼ完璧に治ってるはずよ」


「えへへ、乙女ちゃんに褒められちゃった!……でも無理は禁物。傷を治しただけで、身体に蓄積した疲労は変わらないから」



 四乃の真剣な声が、ヒイロに釘を刺す。



(忘れがちだけど……治癒魔法は傷を治すだけで、体が負った疲労感や出血は元には戻らない)



 痛みは無理をしないためのストッパーだ。

 治癒魔法で傷が治った事で痛みがなくなり、身体が動けると勘違いした結果、命を失う可能性もある。私が流した血も、身体に溜まった疲労感も治癒魔法で治ることは無い。あくまでも傷が治るだけだ。

 普通の治癒魔法なら、完全に治らないからこそ忘れないのだけど、四乃のように完璧に治すと忘れがちになる。

 絵本によく出てくる治癒魔法は、疲労感や失血量もなかったことにするからこそ、完璧といえるけど、現実の治癒魔法はどう頑張ってもほぼ完璧という表現になる。



「そういえば乙女ちゃん」


「ん?」


「あいつらはどうする?とりあえず本部に連行?」



 四乃は不意に、壁に寄りかかるように座らせていた男二人を指差した。ヒイロの方を見ていたからこそ、視界に入って気になったのだろう。

 男二人は、四乃の魔法で拘束した上で、一時的に眠らせる魔法をかけているので大人しいものの、それぞれの治癒が完了した今、片付けなければならない問題だ。



「そうね……列車を使って連れていきましょ」


「了解ー」



 Reliefのメンバーを捕獲出来るなんて思ってもみなかったので、思わぬ収穫だ。世界が混乱してる今だからこそ、有益な情報を引き出せれば少しでも人々が安心できるだろう。



(これも全部、二人のおかげね)



 四乃が軽快に杖を振ると、縄が動き、軋む音と共に男二人を持ち上げる。くるりとこちらに振り向き、四乃は「立てる?」と言いながら手を差し出したが、私は首を横に振った。



「先に、降りててくれないかしら?」


「え?」



 四乃の声が小さく掠れ、顔に戸惑いが広がり、頬が微かに引きつる。



「少し……ヒイロと話したいの」


「それは僕が居たらダメなこと?」


「ダメではないわ。でも、先に降りててくれた方が嬉しい。私のわがままよ」



 私の声が静かに響いた。

 四乃は一度ヒイロへ視線を向けるものの、直ぐに私をじぃっと見つめた。力強い視線が私を刺し、口元が歪み明らかに不服そうな表情が顔に広がった。



「……わかった」



 渋さが浮かぶ赤瞳の輝きが一瞬曇り、不満を飲み込むように肩が落ちる。四乃は階段へ通じる扉を開けると、それ以上何か言うことも無く降りていった。

 トントンという足音が遠ざかり、聞こえなくなると、私が口を開くよりも先に、ヒイロが口を開いた。



「……お姉さん、そっちいってもいい?」


「えぇ、いいわよ」



 薄暗い陽光がヒイロの顔に影を落とす。

 ゆっくりと一歩一歩丁寧に歩き、私の前に来ると視線を合わせるように座り込む。



「ヒイロ?」



 何もアクションを起こさない状況に、先に痺れを切らしたのは私だった。ヒイロの名前を呼べば、白瞳が僅かに揺れ、慌てて口を開く。



「……かんにん、お姉さん」


「え?」


「お姉さんを守れへんかった、自分自身の力を過信した、相手の力量を正しゅう測れてへんかった。……お兄さんがいーひんかったら、オレはまた人を殺すとこやった」



 ヒイロの瞳が暗く沈み、喉奥から絞り出した声が重く地面に落ちる。強い自己嫌悪で爪が割れそうなぐらい、力強く拳が握られ、関節が白く浮かび上がる。



(……なんだ、そんなことね)



 重々しい空気だから、何を言われるかと心配していたが、拍子抜けした言葉だった。

 私はこてんと首を傾げた。



「でも私は生きてるわよ?」



 私の声が優しく響き、彼の耳に届く。

 ヒイロの顔がわずかに上がり、眉が緩み、瞳に一瞬の安堵が浮かぶが、すぐにまた不安に曇る。

 口元が微かに動き、言葉を探すように震える。



「でも、お兄さんがいなかったら……!」



 その言葉の続きを、ヒイロに言わせてしまう前に、私はヒイロの手を取り、自分自身の胸へと押付けた。



「わかる?心臓の音」



 とくとくと一定に命の音を奏でる心臓の音は、私が今生きている証であった。


 ヒイロは驚いたように目を大きく見開き、頬がほんの少し紅潮する様子が見えたが、私は気にせずに話し続ける。



「私ね、黒繭にいる時ヒイロの声が聞こえて、私も諦めずに頑張ろうって思ったの。だから、私が生きてるのはヒイロのおかげ」



 あの時聞こえたヒイロの叫びが耳に蘇る。



(私は、あれに救われたのよ)



 どれだけ部の悪い戦いだったのかは直ぐに予想が着く。二対一という状況の上、戦いの目的は制圧ではなく私の解放。

 例えば勝ったとしても、私のユニークマジックを解いてくれるという確証はない。

 その上でヒイロは私を助けようとしていたのだ。



「でも……!」



 ヒイロは私の手を払い除け、鋭い声が再び上がるが、言葉が途中で詰まる。眉が再び寄り、瞳に葛藤が渦巻いていたのが見えたが、私はそれを包むように優しく笑った。



「二人とも生きてる。それでいいじゃない?」



 私の声が柔らかく響き、彼の心に染み込んでいく。

 ヒイロの白瞳はまるでキャンパスみたいで、私の表情が全部反射して私の目にも映る。ふんわりと描いた唇の弧はとても形が良く、穏やかな笑みを彷彿とさせ、すっと瞳が優しく細まる。



(私ってこんなに砕けた表情が出来るんだ)



 ヒイロはふっと張りつめていた糸が切れたのは、大きく息を漏らした。

 それは強引な私に痺れを切らしたみたいで、思わずくすっと声を漏らして笑ってしまった。



「私ね、また……ヒイロと話せて良かったわ」



 私の声が静かに響き、廊下に穏やかな波紋を広げる。私の唇に小さな笑みが広がり、瞳が温かく輝く。目の前でヒイロの表情が一瞬固まり、すぐに柔らかくなる。眉が下がり、口角がわずかに上がる。



「そらオレもやで、お姉さん」



 ヒイロの表情は一瞬固まるが、直ぐに私を真似るように口角が上がる。温かく声は耳にじんわるように広がって響き、私の耳に届く。

 白瞳が優しさの色を漏らしながら淡く輝き、柔らかな笑みが口元に浮かぶ。頬に微かな赤みが差し、ヒイロの手がゆっくりと動き、私の手をそっと握る。



「お姉さんと話せてよかった、お姉さんに会えてよかった、お姉さんが……生きとってよかった」



 ヒイロの瞳に涙が滲んでいた。

 眉が優しく下がり、口元に深い安堵と喜びが広がる。



(……温かい)



 ヒイロの手は、血が通ってないみたいで真っ白で、本当に生きてるかと疑うほどに命を感じさせない。だから、嬉しかったんだと思う。



「私もよ、ヒイロ」



 私の心を包み、胸の奥に熱いものが広がる。


 温もりを知った、独りがどれほど怖いのかも。

 昨日、列車に乗っていた自分に教えてやりたいほどに、私はヒイロに出会ったことで大きく変わったと思う。



(私、私は……)



 ずっと小さな蕾だった感情が、大きな花を開かせる。心の中で紡いだ言葉の続きが浮かんだところで、はっとした。

 私がヒイロに対して、何を求めようとしているのか、抱いている気持ちの正体とは何か。気付いちゃいけないと思っていた答えに気づいてしまった。



(ここで言わなきゃ、もう会えなくなるのかしら)



 自分自身の気持ちをどれだけ素直に伝えられたら良いのだろうか。一度頭に浮かんだ言葉は簡単には消えてくれなくて、口を開こうとした時だった。



「乙女ちゃんー!早くー!!」



 下から私を呼ぶ四乃の声が聞こえ、私は慌てて飛び出しそうになった言葉をきゅっと強く唇を結ぶ。

 どうやらもうこれ以上会話する時間は無いみたいだ。


 僅かに空いた窓から入った風が、廊下をひらりと吹き抜け、冷たい空気が頬を刺す。



「もう行かなきゃダメみたい。……今日のことは絶対に忘れない。本部にもヒイロのことは言わないわ。あの時言っていた役目が果たせることを強く祈ってる」



 タイミングを見失った私に、あの言葉の続きを伝える勇気はなかった。

 私はポケットに借りたままだった小瓶と杖を取り出し、ヒイロの手の中に押し込んだ。



(これでもう、お別れ)



 私の顔に決意が宿り、眉が上がり、口元がしっかりと結ばれる。私はこれ以上何かを言ってしまう前に離れようと、慌てて立ち上がり、一歩踏み出したときだった。



「待って、お姉さん!」



 ヒイロが私の腕を掴み、無理やり抱き寄せた。

 突然の状況に私の瞳が丸くなり、心臓が大きく跳ね上がるが、ヒイロの顔は見えない。



「オレの役目、時期来たら遺品を壊すことなんや。そやけど遺品は盗まれて、悪いことに使われようとしてる」



 ヒイロの声は低く震え、とくとくと心臓の鼓動が早く激しく脈を打つ。



「オレの全部をお姉さんにあげる。そやさい……」



 少しずつ今の気持ちを解放するように形の良い唇からヒイロの気持ちは溢れ出ていた。



「――――桐生緋彩を捕まえてや、乙女」






閲覧ありがとうございました。

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