第4幕 ― ④「弱点」
「【ウェントゥス・トゥルボ】」
さっきよりも鋭い風の音が響き渡った。熱が入り交じった強烈な風が渦を巻いて、私の背を直撃し、教室の壁まで大きく吹き飛ばされた。
身体が壁にぶつかる鈍い音と、刃物に乱雑で切り裂かれたような鋭い痛みが、鐘のように振動して響いた。
「せっかく楽しみたかったから杖をしまってあげたのに、貴女も杖をしまったから思わず使っちゃったわ。ごめんね、私?」
傷が大きく開かないように身を捩り、影を見失わないようにじっと強く睨みつける。額から流れる血が、床に静かに滴る。
「どういう意味?」
「この世界はイマジネーションの世界だけど、同じものは二つ存在してはならないルールがあるのよ」
「そういうこと、ね……」
確かに私が杖を使ったのは、影が杖をしまってからだ。少し考えれば可能性としては考えられたはずなのに、思考を先に放棄してしまった。
「貴女は攻撃する手段を失った。もう終わりにしましょ?」
影は口元に歪んだ笑みを浮かべる。
恍惚なその笑い方は、自分の姿をしているはずなのに、自分じゃないみたいに歪で気持ちが悪い。
「必要以上に人を痛みつけるのは趣味じゃないから、一思いに殺してあげる」
影は私に杖を突きつけた。
(身体がもう……動かない)
一度死んだと思った身だ。
NorthPoleとして、Reliefを倒す。という役目は果たせなくなったけど、ヒイロを逃がさなければそこで全部が終わっていたはずだ。
生きたいという感情とは裏腹に、絶望的な状況に対する諦めの方が大きく勝っていた。
(それに回避したとしても、その後どうするっていうの?杖は無いし、身体は動かない。これ以上私に何か出来ることなんてないわ)
身体の傷がどくどくと強い痛みで侵され続け、これ以上抵抗する気なんて起きなかった。
もう諦めよう。そう思って瞼を閉じた時だった。
『お姉さんを絶対に見捨てたりしいひん!絶対に助けるんや!!』
部屋中に響き渡るほど大きな声が響く。
その独特な訛りと、柔らかな声はヒイロのもので、私は思わず目を大きく見開いた。
(……もしかして、逃げてないの?)
いつも聞いていた柔らかな言い方じゃなくて、荒々しい強い言い方に心臓がぎゅっと強く掴んでは離してくれない。
影は教室にあるスピーカーに視線を向けた。
「マスターの魔力が弱まってるのね。余計な干渉されちゃって」
ため息混じりに吐き捨てた独り言は、強い呆れを含んだものだった。
(なら今の声は事実……?)
もしも事実なのであれば、今までの概念が全て崩れ落ちる。
もしもがヒイロが捕まるのであれば、それこそ、世界は終わりを意味する。
二対一、あまりにも部の悪い戦いになる考えられるが、ヒイロなら勝てるとも思う。だけど、戦いの目的が私の解放であれば、一方的な蹂躙では意味がない。勝ったとしても、このユニークマジックを解いてくれるという確証はどこにも無いのだから。
身体中の血液が沸騰するように熱い。
「まぁいいわ。殺してあげる」
影は再度、私の頭付近に狙いを定めるように杖を突きつけた。
(ここで死ぬわけには行かない)
私の心の中に強い感情が芽生えた。
届くなんて考えてもなかった言葉が、私の体を突き動かす。
「【ウェントゥス・ハスタ】」
飛んでくる影の攻撃を私は受け止めた。少しだけ顔を横にずらして、自分自身の右耳に当てる。
「この夢の身体と現実の身体は繋がってる、ってことよね」
パキンとガラスが大きく割れる音が耳に響くと、勢いよく破片が飛び散り頬にぴしゃりと鋭い傷ができる。中に入っていた砂はぱらぱらと地面に落ちて、入っていた魔力が術式を編み出すように流れ出す。
(私だって、隠してた最終手段ぐらいあるっ)
どくどくと、作り物じゃない生温かい紅い花の温度を感じながら、私はゆるりと口角をあげた。
「これが、私の切り札」
どこにそんな力があったのだろうか。
私は指先に力を込め、ヒイロから借りた杖を想像すると、何も無かったはずなのにどこか温かみのある材質が現れる。
「【ウェントゥス・トゥルボ】」
私は足元に杖を突きつけ、優しいながらも強い竜巻がふわりと身体を宙に浮かせてくれる。
風属性の特性は魔法は【欺く】。
自分自身が有利に働く状況を作り出して戦う戦術は、一件受け身に見えるもののどちらかと言うとカウンターの姿勢が取れるのが風属性だ。相手に悟られることなく、有利な場面を作り、強い攻めの一手をここぞという場面で使える属性で、応用を効かせれば身体を無理矢理動かすことも出来る。
もちろん、魔法が身体に触れ続けるのだから、自傷技ではあるものの、今の私にはこれしか方法がないのも事実だ。
「【私たちはいつだって希望という夢を見る。――――インスピキアムス・イン・メモリアム】!」
動かない身体で影に勝つには、これしかない。
私は本命の姿見を連想すると、それに答えるように姿を現す。鏡の中を見ないように急いで縁を両手で掴むと、影の前に叩きつけるようにかざした。
「私の能力には一つ弱点がある」
単純に腕を伸ばしただけじゃ届かない距離だけど、目の前に突然現れた鏡の中を覗き込まないなんてことは不可能だ。
「ユニークマジックによって魔呪具によって呪われないとしても、それは触れてることで初めて効果を生み出すのよ!」
私のユニークマジック【インスピキアムス・イン・メモリアム】は、魔呪具の呪い効果を受けずに、その特性を引き出して使いこなせる魔法。影が踊り狂う赤の人形を履いても、呪われずに使いこなせていなのはまさにこれが理由だ。
私の耳に着いている大量のピアスも全て魔呪具であり、記憶を覗くというのも魔呪具の効果だ。Reliefには、必要以上にユニークマジックの情報を明かすべきではない、と判断し【触れたものの記憶を覗くことが出来る】という嘘を貼り付けてきた。
影は醜い唸り声をあげると同時に、自身の頭を抱えてその場に崩れ落ちた。
「おかしくなるおかしくなるおかしくなるおかしくなるおかしくなるおかしくなるおかしくなるおかしくなるおかしくなるおかしくなる!」
首元が縄で締められたみたいに赤く、びっしりと小さな発疹で埋めつくされ、首元の熱を払うように、自分自身の爪が肌に食い込むほど強く押し付ける。傷口からだらだらと血が垂れ流しになり、何度も繰り返す言葉は、正常な人間ではない。
(自分自身を見ているはずなのに……不思議な感覚ね)
その姿は醜い怪物のようであり、崩れ始めている心は周りを気にすることなく叫ぶ。
私は鏡から手を離さないように強く握りしめ、魔法の終わりが近づく竜巻から優しく着地した。
「私は貴女に、魔力も体術も敵わなかった。だからこうした方法しか無かったのよ」
この道具は鏡を利用した降霊術を行った人が使った鏡であり、とある方法を鏡の前で行うことによって、呼び出してしまったというものだ。
結局、術者は狂い死に自信が呼び出した幽霊と融合する末路を辿った。
影は膝をつき、必死に首元をガリガリと何度も掻き毟る。その度に生々しい皮が裂ける音と、血の生臭い匂いが鼻に突き抜ける。
その脅威は測り切る事は出来ない。
今でも呪われた人の念が絡みに絡み合って、本来よりも強い念がこの鏡に宿り、鏡を見た人はこの人物がそうであったように、どんどんと精神が狂い始め、最後は死に至る。幽霊と合体した術者の怨念は、この鏡が今までもたらしてきた被害数から見て明らかだろう。
(本当なら、こんな方法は取りたくなかった)
魔呪具には指定された危険階級があり、これは準一級に定められているほど危険な品物。たちまち鏡の中にいるものを見てしまえば、瞬時に呪われてしまい自我を保てなくなる。
「あ、ああぁぁぁ……」
この魔呪具の脅威は、目の前の私の影が証明してくれてくれた。
影の自我が保てなくなったのだろう。痛々しい呻き声と共に、身体の輪郭が曖昧になる。顔も服もどろりと溶け出せば、跡形もなく泥になって地面に広がった。
「……ごめんね」
目の前に残った影の泥と、つんと鼻に残る腐敗臭に、私はそれ以上何か出来ることもなかった。
(私だって、ユニークマジックがなければ呪いの対象者になる)
瞬時のミスが一瞬の命を奪い、私自身どう転ぶかなんて分からなかったと同時に、これしか手段がないとも思ったのもまた事実だ。
(もちろん、私と同じユニークマジックじゃないと魔呪具に触れることなんて出来ないけど、よく痛感させられた事件だった)
例え、私のユニークマジックが魔呪具の無効化と能力を自在に操ることが出来ていたとしても、触れてなければそれは意味を持たない。
全部、自分自身が履いたり持ったりして戦うことだけを想定していたから気にならなかったけど、忘れてはいけない初心なのかもしれない。
私は持っていた鏡に対して「無くなれ」と強く念じれば、きらきらとした粉に包まれて消えてなくなる。
(これで、良かったのよね)
私の指はいつの間にか、無意識に自分の右耳をそっと撫でていた。
そこにあったはずの砂時計のピアスは、下の部分だけがなくなっていて、組み込まれていたはずの魔術式が完全消えているのがわかる。
(……あとはお願いね、四乃)
それ以上今の私に出来ることはなく、私は襲いかかる眠気に抗うことなく身を委ね、そっと瞼を閉じた。
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