第4幕 ― ②「絶対に」
久しぶりに聞いた単語だった。
機械人形は人間の形を模して造られた機械で、人間によって作られるという観点から、人造人間とよく間違われるが、全くもって違う存在である。
人造人間は人間の生活補助をするために生み出されたサポート機械に近いが、機械人形はその逆だ。不要な人間を殺すために作られた機械であり、人造人間とは全く別の生き物となる。
人形を作った製作者であるマスターの命令には絶対に逆らわない、従順な奴隷とも言い換えられるのが機械人形だ。
(……マスターの魔力を分け与えて、魔法を使う機械人形は見た事があるけど、ユニークマジックを持つ機械人形は初めて見たわぁ)
膝から覗く無機質で一定な輝きが、unknownの存在を一層異質に感じさせる。
「ボクは、ボクを捨てたオーナーを殺すためにNorthPoleに入ったの!氷室さんが見つけてくれたから、研究所からも出ることが出来たんだ!!」
きらきらとした表情で話すunknownは、人間そのものだったのに、その狂気はどうしても普通とは思えない。
(調律、出来てへんのかいな)
unknownは英語で、不明な、未知の、知られていない、という意味を持つ単語だ。その皮肉を含んだように聞こえる名前からして、この機械人形を作ったマスターは、この子を余程隠蔽したかったのだろう。
それに、機械人形はマスターの命令に従う機械のはずだ。それなのに、マスターを殺すために活動しているというのは大きな矛盾が生じる。
(可哀想な、機械人形)
まともに調律もせずにその責任を放棄したのは、言動から見て簡単に推測が出来てしまった。
「……だからボクの経験値になってよ、おにーさんっ」
だけど、その狂気がunknownの魔力を拡大させてる。我先にと飛び出したその姿には、死に対する躊躇いが見えなかった。
(これ以上、持久戦に持ち込むのんは……危険)
オレが使う仮初の魔法には、いくつもの制限と誓約がある。
その一つが曜日による使用魔法の属性制限だ。
元々盤上の杖は、七人の魔力を無理やり閉じ込めたもので、その魔力を引き出す形で魔法が使える。だけど殺した相手であるオレを、閉じ込めた魔法使いは受け入れてくれない。
長い時間をかけて認めてもらうつもりだったが、オレの罪は許されることなく、精神を歪めるほど強大な魔力を注ぎ込み、力でねじ伏せるようにして使いこなしていた。
だけど木曜日……ユーピテルだけは、どれだけ魔力を注ぎ込んでもオレの攻撃魔法には応じてくれなかった。防御や回避には反応するのに、相手を傷つけるための魔法には決して応じない。
(お姉さん達を逃がしたのも、操作系魔法に移動コマンドを付与しただけ。不意打ちでなかったら、なんも出来へんかったはず)
オレはunknownの底なし魔力を、そして体力を減らすために、また呪文を唱える。
「【グラメン・スォアクビスヒ・トト】」
unknownが落下してきそうな辺り一面に、植物のトゲを撒き散らす。
瞬間移動の時、unknownには必ず一瞬の間が空く。一秒のタイムロスもなく連発はできないということだ。
(今は少しでもダメージを与えたい)
攻撃魔法が使えないからこそ、耐久戦で相手を消耗させるサポート魔法に頼るしかない。
だけどオレの抵抗は無意味だった。ユニークマジックで地面ではなく高い位置に移動したunknownは、素早く呪文を唱える。
「【トニトゥル・ハスタ】」
作り出されたのは、よく使う刃ではなく槍だった。
槍は刃と違って持ち手部分のリーチがある。高い位置に現れたからこそ、投げる力は地上と比べて必要としない。槍が空気を切り裂き、勢いよく迫ってくる。
刃に比べて攻撃範囲は狭いが、届く速度が速く、力が一点に集中する分、攻撃力も高い。
「【グラメン・スクトゥム・ドゥルム】」
自分自身を守るための大きさを捨てて、強度を重視した盾を作り出す。真ん中にくぼみを作り、槍の衝撃を少しでも減らそうとするが、バチバチと音を立てて燃え散る盾は、相打ちが精一杯だった。
「あーもう。その魔法、そろそろ鬱陶しいなぁ」
unknownは奇襲が失敗したことに舌打ちすると、トゲに触れないよう瞬間移動で距離を取った。
「……鬱陶しいのんは、こっちの台詞やわぁ」
誰にも聞こえないように、独り小さく呟いた。
この戦いは、今まで戦った以上に神経と体力、魔力が削られていく。黒繭に捉えられるように魔法を奮うのに、unknownが一気に距離を詰めてくる。タイミングといい、完璧なタッグとはまさにこのことなのだろう。
(引きこもっとった分、身体上手う動かへん)
最後に旅をしていたのは何時だろうか。
お姉さんが持っていた勇者備忘録・上巻の通り、フラリルにに引きこもり初めてから、外に出たのは実に四〇〇年ぶりだ。
引きこもってる間は、杖に魔力を馴染ませる以外、特に何もせずに過ごしていた為、急な戦闘に身体が追いつかない。
「せやったらお姉さんを解放してくれへんかいな?戦う意味なんてあらへん思うんやんな」
上がった息を整えるため、時間稼ぎをするように交渉を試みるが、unknownの対応は予想通りだった。
抑えられない剥き出しの興味と好奇心を孕んだ魔力は、オレの身体に強くぶつかる。
「それは無理だよっ」
額から滴る汗が目に入り、視界が一瞬霞む。
その瞬間、unknownが飛び出し、足音が重く床を叩く。
足元にはまだオレが張り巡らせたトゲが残っているから、宙からの攻撃か遠距離の二択のはずだ。
(自傷覚悟で飛び込んでくる可能性もあるけど、さっき避けた様子から可能性は低いはずやんな)
行動選択肢が狭まれば、相性の悪さを少しでも埋められる。
だけど、思いどおりにさせてくれないのが、Reliefという存在なのだろう。
「もう意味の無い防衛戦は終わりにしようぜ」
おじさんは杖を床に向けて口を開いた。
「【グラキエス・パウィメントゥム】」
パキパキパキッと、けたたましい音を立てて床全面に氷を形成する。トゲが一気に凍りつき、霜焼けのように縮れてはその存在が消えていく。
氷の冷気が足元から這い上がり、吐く息が白く染まる。
「嘘やん……!?」
狼狽えた瞬間、unknownは手を伸ばせば届くほど近くに現れる。
慌てて警戒態勢を取ろうとするが、氷の床に足元を取られ、身体が大きく傾いた。
(あっ、これ……死んでまうかも)
直感的にそう悟ってしまった。
冷たい空気が肌を撫で、柔らかな群青色の髪が窓から差し込む暖かい太陽に反射して、光がゆるりとした曲線を描く。魔法の残像である、粉雪が光に透かされてきらきらと輝き、幻想的な世界を作り出す。その景色は、雪が止んだ雲一つない快晴を連想させた。空に輝く太陽を連想させた。
(あぁ……オレとは違うて、神に愛された存在みたいや)
その眩い美しさに目を奪われ、オレの杖を握る力がふわりと緩んだ。
「【トニトゥル・フェルルム】!」
「【フラクティ】」
だけど、魔法は待ってくれない。
一瞬の油断が大きなミスを招くとはまさにこの事で、躊躇なくunknownはオレを捉え、杖先から放たれた鋭い刃が肩を貫く。ぷしゃりと血が飛び散り、視界が赤く染まり、元々不安定だった身体が後ろから横へと大きくグラりと揺れた。肩から滴る血が床に赤い染みを作り、鋭い痛みが全身を刺す。
おじさんのユニークマジックが追い打ちをかけるように飛んでくるのが分かっているのに、肩が上手く動くことが出来ず、杖の標準が定まらない。
(魔法じゃ間に合わへん!)
黒繭のサイズは小さく、目を凝らしてもよく分からないほどだ。視界も体勢も悪すぎて、杖先で完璧に払い除けるのは不可能に近い。
「ここで終わりだ!血涙の魔法使い!!」
声高らかに告げるおじさんの耳障りな声を、弾き返すように奥歯をギリっと噛み締める。
(そんなん、絶対にあかん!)
絶望的な状況を打破するため、オレの持つ力を一つ一つ分析し、最善手を見つけ出そうと必死に頭を働かせる。
魔法は杖が上手く使えない今、小さな黒繭を狙ってカバーするのは困難だ。植物を召喚するのも、終わったあとの爆発が自殺行為に等しい結果をもたらす。
魔法が正しく当たらない限り、お姉さんと同じ結果になり、それはオレの負けを意味する。お姉さんとオレは殺され、彼女が命と引き換えに守った世界はReliefに塗り替えられる。
仮に動かせたとしても視界を塞ぐ真っ赤なカーテンがそれを許さない。
(……真っ赤な、カーテン)
すんっと鼻を鳴らし、匂いを嗅ぐ。
今目の前に広がるのは、吸血鬼として誰かの血を混ぜたりなんかしてない、純粋なオレだけの血。
(これなら、得意やわぁっ)
オレは杖先ではなく、飛び散った血に意識を向ける。
「硬!」
血が空気中でカチリと固まる音が小さく響く。ダンピールは、吸血鬼と人間の要素を持つ禁種族。体内で血を生成でき、他者からの吸血を必要としない。そして、血を操作する能力を持つ。
(オレは絶対に諦めたりしいひん……!)
ダンピールだからなのか、人の血が混ざっていると、自分自身の意思に対して八十パーセント位の精度しか出ないが、今ならそのデバフも関係ない。
この力は、約束を守るためだけに使う。
――――【陽炎の魔女】との約束を果たすために。
「散!」
飛び散った血が瞬時に硬化し、小さな血雹となって辺りに撒き散らされる。血雹が床に当たる乾いた音が響く。
オレの血は魔力を取り込むことを好む。
それは、ダンピールというオレだからの特性なのか、近くに魔力を取り込めるものがあれば、迷わずそれを食べようと飛んでいく。
おじさんとunknownは血雹を避けるように後ろへ飛び退き、オレは体勢を整える時間を稼げた。
「【グラメン・フニクルス・ドゥルム】」
この好機を逃す手はない。
黒いつるをしならせ、おじさんの杖を叩き落とし、身柄を拘束する。杖はunknownに拾われても、反撃の時間を稼げる。
(どないな魔法にも絶対に穴はある)
肩から滴る血が地面に落ち、冷たい床に小さな赤い染みを作る。杖を握る手が震え、乱れた呼吸を必死に整える。
「お姉さんを絶対に見捨てたりしいひん!絶対に助けるんや!!」
黒繭の中で彼女が目覚める瞬間を信じて、杖を握る手に力を込めた。
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