第4幕 ― ①「機械人形」
黒い繭のようなものに包まれたお姉さんは、静かに瞳を閉じていた。何も喋ってくれないその沈黙が冷たく、胸にずっしりとした罪の重さが突き刺さる。
「こりゃあ参ったな」
小さく呟きながら、杖をくいっと手元に引くような仕草をすると、お姉さんの身体がふわりと浮き上がった。
「次こそ黒繭で眠ってもらうぞ、血涙の魔法使い」
オレは拳を強く握りしめ、爪が掌に食い込んで鋭い痛みが走る。拳の関節が白くなるほど力を込め、掌からじわりと滲む血の感触すら遠く感じるほど、胸の中が苛立ちで燃えている。
(なんでお姉さんが、オレの代わりにユニークマジックを受けなあかんのや)
脳内で彼女の声が反響する。
今にも消えてしまいそうなほど切ない声で「逃げて」と言い「貴方一人なら出来るでしょ?」と掠れた声で告げた。精一杯取り繕った笑顔は、脳裏に焼き付いて離れない。
(自己犠牲なんて、絶対にして欲しゅうなかった)
お姉さんが伝えた言葉の意図は、推測するまでもなくわかる。自分を足手まといだと感じたからこそ漏れ出たもので、オレにとって絶対にして欲しくない決断だった。
(なんも出来へんかったこと、どないしようものう悔しい)
守れる自信がないとは言いつつ、最悪の展開だけは逃れられると信じていたはずなのに、ホイップクリームのように甘い予測は脆く崩れ、お姉さんに最悪の選択をさせてしまった。
「……お姉さんを解放しろ」
低い声で呟き、怒りからか声がわずかに掠れる。
「あ?」
「お姉さんを解放しろって言うてるんや!」
オレは地面に落ちていた杖を素早く拾い上げ、埃がついた表面を払う間もなくおじさんに向けた。
「【グラメン・フニクルス・ムルティ】」
床の下から這い出した大量の黒いつるが、まるで生き物のようにうねりながら二人を捉えようと伸びていく。
しかし、おじさんの後ろにいた男はすぐに応戦するように、杖を向けた。
「【トニトゥル・フェルルム】」
空気が一瞬だけ熱を帯び、建物横幅いっぱいに広がる鋭い雷の刃が飛んでくる。
お兄さんは昨日と同じく盾を構えることない。
黒いつるは雷に触れると、バチバチという耳をつんざく音と共に焦げ落ち、燃え残った異臭が鼻を刺す。
「これってー……交渉、失敗だよね?」
少しの好奇心を織りまぜた声で男がおじさんに確認をとる。その甲高い声は、オレの耳に絡みつく。
「おにーさんと戦ってもいいって合図だよね!氷室さん!!」
窓なんて空いてない建物のはずなのに、風が強く吹いたみたいに、窓がガタガタと音を鳴らす。空気がずんと重くなり、強い興味によって掻き立てられた、好奇心と強い戦意に満ちた魔力が頬に突き刺さる。
「杖を奪うことを一番に狙え。やりすぎるなよ、unknown」
unknownと呼ばれたお兄さんは、飄々とした声色で「はーい」と返事をした。その軽い調子に反して、彼の瞳に宿る冷酷な光が不気味な余韻を残す。
unknownはトンっと軽快に床を叩き、空気が鋭く動く。
「【トニトゥル・フェルルム】!」
「【グラメン・カルケス・ドゥルム】」
オレは、盾ではなく巨大な歯車を作り出す。盾に比べてサイズは小さいが、その分自在に動かせる。携帯できる盾のつもりだが、普通に作った盾に劣らない防御力を誇る。
勢いよく回転し続ける歯車に雷がぶつかると、バチッと火花が散るが、さっきみたいに相殺されることはない。だけど、おじさんの口がすでに次の呪文を紡いでいるのを視界の端で捉えていた。
オレは素早く身を捩り、unknownの後退とおじさんの攻撃を防ぐため、広い面を向けて押し出すように飛ばす。しかし、早急に呪文を唱えたunknownの魔法が先に飛び出す。
「【トニトゥル・フェルルム】」
大きさに特化した刃は、オレが作り出した歯車に当たるとチリチリと灰色の煙を立てて燃え尽きる。
「【フラクティ】」
これからの魔法を防ぐ歯車はもうない。だけど、杖先からは何も飛び出すことなく、攻撃がどこに出ているのかがわからない。
(さっきもだけど、おじさんのユニークマジックは見えないぐらい小さい……!)
消費魔力が大きいからあんまりやりたくなかったが、背に腹はかえられぬ思いで呪文を唱えた。
「【グラメン・ウェヌス=フリュトゥラプ】」
床が震え、ワニのように大きな口が特徴的な巨大なハエトリグサが現れる。横一面に口を広げたハエトリグサは、見えない何かをぱくりと飲み込んだ。
「わおっ、大きい」
unknownは驚きの声を漏らした。
――――魔法にはそれぞれの特性が存在する。
オレが使う草属性の魔法の特性は【食べる】。相手を拘束したり、相手の魔法を捕食したりと、戦いの中でも受けが得意な属性だ。持久戦に持ち込めばその真価を発揮するが、短期決戦には向かない。
「草属性魔法の中でも王道やさかいね」
こうした特殊な性質を持つ植物を召喚して戦うことも出来るが、消費魔力も計り知れない。その上、呪文も長く噛みやすいものが多いことから、草属性の適性がある魔法使いは共通して膨大な魔力量と、強い知識への探究心が強いものが多い。
(そやけど、今日は受けの姿勢強い草属性の魔法は悪手)
unknownのようなユニークマジックは、捕獲してもすぐに抜け出されて意味を成さない。その上、雷光のような鋭さと素早さが特徴的な雷属性は、草属性の魔法使いにとって天敵とも言える存在だ。
(ほんま、嫌な相手や)
オレは後ろに倒れるように手を付き、トンっと軽快に地面を蹴った。ハエトリグサは、相手の魔法を捕食した後、軽い爆発を起こす特性がある。なので、距離をとるためにも爆発のタイミングを合わせてバク転するような形でくるりと回転し、膝を曲げて着地した。足に負担をかけないよう慎重に体重を調整し、汗が一筋流れる。
(思たよりも厄介やな)
unknown自身が好戦的で、隙を見せれば即座に魔法で突いてくる。魔法属性の中で最も素早い攻撃を可能とする雷属性魔法と、unknown本来が持ち合わせている圧巻で圧倒的な鋭い刃のような戦闘センス。そして瞬間的に距離を詰められる瞬間移動というユニークマジック。一回でどれほどの距離を詰められるのかは不明なものの、連発することも出来るほどの、膨大な魔力も持ち合わせている。
すべてが精巧に、完璧に、パズルが噛み合ったような感覚すら覚える。
「あはっ、見て見て!爆発した!!おもしろーい」
すぐに距離を詰められ、一瞬の判断が死に直結するunknownとの戦いは、すごい勢いで神経も魔力も削り続ける。
今まで戦ってきて、ここまで相性が悪いと痛感したことはなかった。
(なら、こっちが先手を取るしかあらへん)
受けが得意な草属性の魔法だが、この圧倒的な相性の悪さを少しでも埋めるには、unknownの魔力を削る他ない。
「【グラメン・カルケス・レクトゥス】」
攻撃魔法とは言えない、殺傷力のない歯車を真っ直ぐに飛ばす。
爆発音に紛れ、煙に撒かれた歯車は、鈍い音を立ててunknownに当たる。
煙がしんと沈まり、unknownの方へ視線を向けると、膝部分からちかちかとした淡い光が露出していた。赤や青のコードが見え、ぴかぴかとした光がその答えを明らかにしていた。
「あーあ、見られちゃった」
unknownが軽い調子で言う。
その声はまるで風に揺れる鈴のようで、飄々としていてるのに、どこか強い余裕を感じさせる。
「……お兄さん、何者なん」
「んー、何者ってどういう質問?ボクはボクだよ、とっても素敵な機械人形」
「機械人形?」
「そうだよっ、ボクは造られた機械人形――――unknown」
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