3幕 ― ④「血涙の魔法使い」
(血涙の……魔法使い?)
初めて聞く名前だった。
魔法使いの異名は主に、二つのパターンによって着けられる。
一つ目は、第三者がつけるケース。これは主に何かを起こした人物に対して着けられるもので、代名詞のようなイメージがある。近隣に出ていたモンスターを討伐した魔法使いがいると聞けば、そのモンスターの知名度が高ければ高いほど、噂好きの魔女達は大いに盛り上がる。こういった経緯で付けられるのは、大抵勇者のように強い魔法使いや、悪い事をしているやつらだ。
そして、二つ目は自分自身で名乗るケースだ。異様なに強い力を持つ魔法使い達は、一つ目で変な名前を付けられたくない一心から、先に名乗りをあげる場合がある。この場合、力が足りずに有名にならなかった場合、ひたすら恥をかく。
私の魔女としての呼び名ではないし、四乃の魔法使いとしての呼び名でもない。第一、おじさんは私を仕事で使うコードネームで呼ぶ。
消去法を使えば、おじさんが指したのはヒイロしかいないのだ。
ちらりとヒイロを確認すれば、何も言わずにただただおじさんを睨みつけていた。その肩は小さく震えていて、小さな恐怖を抑えているのか、自身の中の怒りを必死に押し殺しているのか、そのどっちにも見える。
「もしかして黒曜の舞姫にも言ってなかったのか?助けて貰ったりしたのに、お前は何も話してないんだな。……もしかして【盤上の杖】についてもか?」
おじさんの視線は私に向かう。
その目は私の真意をと探るように鋭く疑い深く光っていた。傍から見ればただの安っぽい芝居がかった仕草にしか見えないが、ヒイロには十分と効果のある挑発だった。
「やかましい!よう知ったはるなぁ!!」
ヒイロが言葉を荒らげ、おじさんに杖を突きつける。その目には初めて見るほどの動揺と怒りが溢れ、まるで今にもこぼれ落ちそうなほど強い輝きが秘められていた。
「余程こいつに聞かせたくないんだな、でも全部言ってやるよ!」
ここぞとばかりに声を高らかにあげた。
「そこにいるのは勇者一行の生き残りでありながらも、歴史から名前を消された紛い物。――――ダンピールの生を受けた魔法使いだよ」
「ダン、ピール?」
薄暗い部屋の中、言葉の重さが空気を淀ませる。
ダンピールとは、一言で言うと禁じられた種族だ。
普通、異種族同士が子を成した場合どちらかに偏った種族の子が生まれるものの、何故か吸血鬼と人間から生まれた子は、混血で新しい種族を生み出す。
人間の血を生成する機能を持ちつつ、吸血鬼の血を操る能力を持つ。それは吸血鬼が持ち合わせていた殺人鬼のように強大な力と、驚異的な身体能力を誇り、吸血鬼の唯一の弱点である貧血すら容易く解決する。そして、吸血鬼が持つ特殊な性質である血を操る能力すらも持ち合わせているのだ。
吸血鬼は、貧血になるからこそ連続で使用できないことで、魔法を使う人間との均衡を保っている。だから、ダンピールという種族は均衡を崩しかねない存在なのだ。
「でも、ヒイロは白瞳でしょ……?白瞳は混ざり血がない種族の証だったはずじゃ」
「その逆だ。勇者達は、残された血涙の魔法使いが生きやすいように捏造したんだ」
確信がある、自信たっぷりに告げたその言葉に私は何も言い返せなかった。
(……だから、ダンピールの起源があやふやだったんだ)
その答えは、私が今まで感じていた起源に対しての違和感を全て拭い、どうしようもなく腑に落ちてしまったのだ。
白瞳に当たる記述部分である、神が定めた世界規則の三つ目の理由について、様々な考察がされているものの、その一つとしてダンピールと呼ばれる種族が関係していると言われている。ダンピールの存在が明らかになったのは、人間界にある本によるものでこの存在が理由の裏付けにもなったと推測される……が、どうして先に人間界でその存在としての名前が付けられたのかが謎だった。
「勇者は自分達に何かあった時のために、血涙の魔法使いという存在を隠し、行動しやすいように歴史を捏造したんだ」
男は話を続ける。
「その杖を作ったのもその一環だ。勇者として【薔薇の魔女】が従えていた駒達の肉体を全部石に変えては、その杖に憑依させた。それぞれ七つの魔力が入ったその杖は【盤上の杖】と呼ばれ、遺品に対抗する術として血涙の魔法使いに託したんだ!」
男は片手を上げると横に大きく振った。舞台のように大袈裟で、挑発的な仕草は、私たちの神経を逆撫でる。
「お前も心当たりがあるんじゃないか?昨日と今日で使える魔法が違うことに。違和感と疑心が募るばかりなのに、答えを聞けないもやもやにさ」
男の話は、私が考えていたことそのものだった。
聞こうと思ったのに聞けなかった答えを、ヒイロ本人ではなくおじさんから聞かされたことに、どうしようもない悔しさがこみ上げる。
本当はここで「そんなことない、私はそんなこと思ったことない」とかっこいいことが言えたらどれだけ良かっただろう。
でも、私の口は自然と答えを知りたがっていた。
「本当、なの?」
好奇心に勝てなかった。
一度開いてしまった言葉は消えることなくヒイロの耳に届く。ヒイロは諦めたように杖を下げると、優しく笑った。目頭がいつもより熱そうで、目尻がプルプルと震えている。額に刻まれた力強い皺は、彼の言葉からくる決意を表しているように見えた。
聞かなければよかったけど、聞いてしまった言葉はもう二度と戻らない。
「……うん。全部、ほんまやわぁ。オレは勇者一行の生き残りで、神に呪われた存在――――【血涙の魔法使い】やわぁ」
ヒイロはもう、嘘をつかなかった。
おじさんに向けていた杖をおろし、私に向かって優しく微笑む。
「隠しとってかんにんえ、お姉さん。ほんまは話したかったんやけど、役目を果たすまで誰にも捕まるわけにはいかへんかったんや」
「役目……?」
「そやけど、もうええんや」
目線を合わせるようにしゃがみこむと、ヒイロは私の腰に手を回す。仕草一つ一つが丁寧な今までとは違って、強引に自分自身の元へと抱き寄せたと思えば、素早いおじさんに杖を向ける。
「【グラメン・フニクルス・レクトゥス】」
明確な殺意を持った、力強い呪文だった。
地面から黒いつるが伸びていき、真っ直ぐにおじさんの頭部を捉える。拳銃のように鋭く力強いつるは、勢いを殺すことなく伸びていく。
「お姉さん逃げん、で」
ヒイロが私の身体を抱き上げようと足元に手を滑り込ませたその瞬間だった。
床に倒れていたはずの四乃が身体を捩り、左足で鋭い蹴りをヒイロに放っていた。ぐらりとヒイロの体勢が崩れたその一瞬の隙を、四乃は見逃さない。
後ろに手をつき、跳ねるように立ち上がると、ひゅんと風を切る鋭い音を立てて両足を揃え、その力強い勢いのままヒイロに飛びかかった。鋭く繰り出された蹴りを避けるため、ヒイロは私から手を離し大きく後ろへ飛び退く。
四乃はヒイロが後退した刹那、私の手首をがっちり掴み、強引に後ろへ捻って動きを封じ、私の動きを拘束した。
「あははっ、捕まえた捕まえた!乙女ちゃ……いや、【黒曜の舞姫】!!」
狂ったように叫ぶ異様な様子に、私は少しだけ視線を上に向けて四乃の顔を確認した。
(四乃の顔が溶けてる……!?)
初め、ヒイロに蹴りを入れた時は四乃だったはずなのに、今は仮面が剥がれたみたいに一部だけ、違う顔が露出している。映画でスパイが顔の面を剥ぐみたいに四乃の顔は作り物だったみたいだ。
内に秘めていた本来の顔は、ヒイロが必死に捉えてくれていたはずの男で、冷たいラピスラズリが私の姿を映す。
「【ダ・フロレ・コロナム】」
呪文に答えるように、目の前にきらりと金の粉が舞ったかと思えば、すぐに景色は変わる。一番近くにいたはずのヒイロが遠くになり、すぐに男のユニークマジックで移動したのだと分かった。
「お姉さん!」
「あぁ動くなよ、血涙の魔法使い。この女を殺されたくなければな」
ヒイロは私を助けようと前に出たが、すぐに男の脅しで動きを止める。男はどこからか取りだしたスイッチを押した。
ビリッと、耳に着けていたDCSから電流が走り、鋭い痛みが全身を貫く。強い衝撃に思わず膝から崩れ落ちそうになるものの、拘束している男がそれを許さないとばかりに、ぐいっと上に持ち上げた。
「乙女ちゃんが枕元に入れてた時に、こっそり偽物と交換したんだよ。ねぇねぇびっくりした?それとも痛かった??」
四乃の声で私の名前は酷く優しく呼ぶのに、言動は狂った道化師そのもの。私は自分自身の意識をしっかり保とうと、指先に爪を強く当てる。
「ほんまもんのお兄さんはどこにおるん?」
「初めから居ねーよ、こいつの変身魔法で成り代わってただけだ」
おじさんの答えに、私はほっと息を零したのもつかの間、私を拘束している男はおじさんの方に身体を向け、私も大きく揺らされる。
「あーもう、こいつとか呼ばないでよ氷室さん。久しぶりに助けてくれたのに相変わらずつめたーい」
腹いせなのか、私の手首をぶんぶんと強く揺らす。込められた強い力に、指先がびりびりと痺れ、酸素の足りない頭がくらくらとする。
「お前の失態を拭ってやったんだから、そんなことで一々つっかかってくんじゃねーぞ。こうして血涙の魔法使いの不意を着くことが出来たんだから」
強い力で拘束されたことによって酷く腫れ上がり始めた手首は、男のわがままで痛みが更に増していく。
おじさんは、自由奔放な男に呆れたようでため息を一つ零すと、挑発するようにDCSの電撃スイッチをヒイロにチラつかせた。
「さぁ取引をしよう、血涙の魔法使い。お前の身柄拘束と杖の回収。そしたらこの女を解放してやるよ」
「そないな話、信じる思う?」
ヒイロの声はかすかに震えていたが、その瞳には鋭い光が宿っていた。だけどおじさんは、ヒイロの思惑を探ろうとする言葉を鼻で笑う。
「信じるも何もそれしか選択肢はないだろ?あぁもちろん、この女を見捨てるっていうならそれもそれでいいぞ?この街のやつら全員皆殺しだ」
「……分かった」
重く響く、静かな判断だった。
ヒイロは迷うことなく杖を床に落とすと、乾いた音が部屋に響く。その音はまるで全てを諦めるような重い余韻を残した。
「【グラキエス・フニクルス】」
地面から氷の縄が現れ、ヒイロが動けないように固定する。部屋中に漂う冷気は、魔力の強さをひしひしと感じさせた。
「ユニークマジックを使う前に逃げられたら困るからな。拘束させてもらうぞ」
おじさんはヒイロに杖を向け、ユニークマジックの詠唱を始めた。部屋の空気が急に重くなり、歪んだ強い魔力が渦を巻く。
私は息を詰めてその光景を見つめた。
(もしもここでヒイロが捕まったら……?)
頭の中で思考がぐるぐると回る。
勇者の生き残りとはいえ、Reliefの脅威は測りきれない。杖の情報も確かだったし、同僚が掴んでくれたあの本が本当だったと信じる裏付けは出来てるはずだ。
私は強く唇を噛み、電流によってまひしかけている脳を必死に動かし続ける。
(今の遺品に対抗できるのが、あの杖だけで、ヒイロの存在だとしたら……?)
そう考えれば、すぐに答えは出てしまう。
私は小さく口を動かし、口パクでありながらも呪文を唱えた。声は出さず、ただ唇が微かに震えるだけで、おじさんも私を拘束している男も気付かない。
(どっちの方が生かす価値があるか、なんて明白よ)
服の袖元を軽く揺らせば、元の大きさに戻した杖がひょいっと出てくる。私はそれを逆手に持ち、強く握りしめた。掌に伝わる木の感触が、痺れた指先にわずかな温もりという自由を与えてくれる。
(何もしなければ世界が滅びる。……その事実だけが今の私を突き動かす理由でしょ?)
少しでも可能性のある方へ、その気持ちだけで私は痺れる身体を酷使した。
「【ウェントゥス・トゥルボ】」
杖先から出る魔法を反発させ、風の勢いを借りて拘束している男の膝に杖を突き刺した。鉄に食い込むような硬い感触が手に伝わるものの、私は奥深くへと無理やり差し込んだ。
「いっ……!?」
男が呻き声を上げ、手首の拘束が緩んだ。
私は勢いよく杖を膝から抜くと、身体を大きく捻って男の懐からするりと抜け出す。そして、地面を強く蹴っておじさんの前に飛び出した。
「――――【フラクティ】」
詠唱は途中で止まらない。
私は迷うことなくヒイロを庇うため、全身を精一杯伸ばして、杖先から真っ直ぐに放たれた黒い何かにぶつかった。
その瞬間足が鉛のように重くなり、その場に崩れ落ちてしまう。まるで圧縮された空気に押し潰すかのような息苦しさの中、心臓が早鐘を鳴らし、激しい動悸に襲われ、私は必死に呼吸を繰り返す。
「お姉さんっ!」
ヒイロの強い叫びがに胸が締め付けられるものの、私は指先に残る僅かな力を振り絞り、私は杖先をヒイロの足元に向ける。
ここで意識を失う訳にはいかなかった。
「……【ウェントゥス・フェルルム】」
掠れた声で唱えた呪文に答えるように、鋭い刃がパキンと大きな音を立て、ヒイロを拘束していた氷の縄を壊してくれる。
(これで、大丈夫なはずよね)
足枷がなければヒイロは自分自身で逃げ切れるはずだ。足でまといの私がいなければ、Reliefを撲滅することも出来るだろう。
昨日死ぬはずだった命だ、寿命が一日伸びただけで素敵な人生になった。
「逃げて、ヒイロ。貴方一人なら出来るでしょ?」
私は精一杯の笑顔を浮かべた。
震える指先も、頭に響くほど大きな心臓の音も、身体に走る重さも、ヒイロは知らなくていい。
私は声を絞り出し、掠れた息で言葉を紡いだ。
「助けてくれてありがとうね」
視界が灰がかったように暗くなり、身体中が深い黒闇に包まれる。指先に残る赤い傷は、もう強い眠気に抗うことなくそのまま瞼を閉じた。
「――――!」
遠くでヒイロの声が聞こえた気がしたが、それはすぐに深い静寂に飲み込まれた。
閲覧ありがとうございました。
気に入って頂けたら是非、ブックマークを宜しく御願い致します。




