第3幕 ― ②「嘘つきは誰だ」
「お姉さんって、実は痛いの苦手やったりする?」
口元には悪戯っぽい笑みが浮かぶ。にんまりと上がった口角は、新しいおもちゃを見つけたと期待が滲み、今まで見せていた浮世離れしていた感じとはかけ離れた普通の男の子みたいだった。
「……別に、そんなことは無いわよ」
テーブルにはヒイロが持ってきた救急箱の中身が散乱しており、私は借りてきた猫みたいに大人しく治療を受けていたのだ。
(普段は四乃が治してくれるから……すっかり忘れてたなぁ)
消毒液がピリリと身に染み自然と肩が強ばる痛みも、綿棒が伝えてくるひんやりとした冷たさが苦手だったことをことを思い出す。
幼少期は毎日傷だらけで家に帰っていては、両親に怒られながら治療を受ける。
その時間がどうしても嫌で、痛いことと怖いことの時間を作る救急箱が怖くなっていた。
でも、四乃が治癒魔法を覚えてからは、消毒して止血剤を塗り、絆創膏をする。そして、日が経ち傷が治るという面倒臭い過程も、全部飛ばして綺麗に治してくれてた。
「……ねぇ、お姉さん。なんで聞かへんの?」
「え?」
「オレ、昨日おねえのこと現場においていったさかい。魔法で無理矢理眠らしたし……」
ヒイロはバツが悪そうに視線を右翼左翼させる。口曇った声は、どこかションボリといじけているみたいで、しおらしさを感じた。
私は迷うことなく自分自身の感情を、一つ一つパズルのように丁寧に組み立てて話す。
「人に話したくないこと、なんて沢山あるわ。……もちろん聞きたくないといったら嘘になるけど、話したくないことを無理に聞き出そうとなんてしない」
自身の薄汚れた感情を隠すように、取り繕った笑顔でヒイロに笑いかけた。だけど、ヒイロはどこか腑に落ちないようで、口篭りながらもゆっくりと話し続ける。
「そやけどオレやったら……また助けてくれたとはいえ、いっぺん眠らして危険に晒した相手を簡単に信用しよう、とは思えへん」
「……信用、ってまた難しいことを言うのね」
ヒイロの思い詰めたような表情の中に見え隠れする、疑いの眼差し。
自分自身の不利益になることはないのか、本当に信用出来るのか。と、こちらの行動を探るような視線を向けていることには気づいてないのだろうか。
今まで見せていた、パッと花が咲いたようなあっけからんとした笑顔は、偽りと嘘に塗れていた。
(人と打ち解けるには、まずは自分自身のことを話すべき……だっけ)
昔、四乃に言われた言葉を不意に思い出す。
ヒイロの視線に気付かないふりをして、私はゆるりと口角を上げては柔らかく笑いかけた。
「ヒイロは私のことを助けてくれた、その事実だけで……今の私にとっては信用する理由としては十分よ」
今の私が出来る、精一杯の誠実さだったと思う。
(……本当は聞きたいこと、沢山ある)
持っているその杖はなんなの?とか、なんで昨日と違う属性の魔法を使っているの?とか。でも私も魔法警察という身分を隠していた。出会ってたったの数日、聞きたいことも確かめたいことも沢山あるけど、そこに容易く踏み込める人間じゃない。
(土足で相手の素性を踏み荒らすなんてこと、私には出来ないから)
ヒイロは自分自身の存在を隠したいように見えた。
相手と仲良くなりたいのであれば、まずは自分自身のことを話すべきだ。
「ヒイロこそなにか質問はないの?ご飯の時、何か言いたげにしてた気がしたから」
「……なら、お兄さんとの関係って聞いてもええ?」
「関係?」
「うん。お姉さんと初めて会うた時からずっと、その魔力に当てられてきたさかい、ちょい気になっとったんや」
四乃は作業を止め、迷わず私が付けている砂時計のピアスを指さした。
「それ、お兄さんの魔力入ってるやないか?」
「……ヒイロはなんでもお見通しなのね」
揺れてる部分をそっとなぞると、ピアスは私の気持ちを形作るみたいに、しゃらりと軽快な音を奏でた。
「このピアスは四乃が私を失うことのないようにって、作った魔法具なの」
「それ、お兄さんの自作魔法具なん!?めちゃめちゃ精巧なものに見えるんやけど……」
驚いたように大きく口を開けば、ヒイロは私のピアスを興味深く覗き込んだ。
それもそのはず、魔法具を作るためには多くの検定に合格する必要があるのが前提だ。魔法具に組み込む魔術式や、魔法具の媒介になる物質の加工など、あらゆる分野の知識が必要になる。既製品に対して魔術式を組み込む場合もあるが、一から作ったものに対して魔力を込んだ方が、美しく細部まで取り組むことが出来る。
そのため既製品から作った魔法具か、一から作った魔法具か。
どちらかが上かと聞かれたら、どれだけ強い魔力の持ち主が作ったとしても、絶対に後者であると言い切れてしまう。
四乃はその中でも、異質で、精巧で、完璧な魔法具を作りあげた。
「四乃は読んで字の如く、天才そのものなの」
「天才……?」
「えぇ、誰もが嫉妬してしまうほどのね」
ヒイロとの関係を繋ぎ止めたい、なんて重いからなのか、普段なら絶対話したくないと思っていた思い出話が口から飛び出る。
四乃との思い出は、全てが色鮮やかなものではない。嫉妬と苛立ちにまみれたものばっかりで、人に話したいようなものじゃない。
「……私と四乃は幼馴染ってやつでね、ずっとそばにいたの。だから嫌というほど才能の差を見せつけられて、私は四乃が嫌いだった」
まだきちんと整理出来ているのか、と聞かれたらできてないと答えるだろう。
「でも、そんな私の歪んだ嫌いって気持ちでさえ、四乃は好きだっていったの」
見せたくないと思っていた感情とは裏腹に、私のことをもっと知って欲しい、ヒイロと仲良くなりたいという強い感情に揺れ動かされたのか、自然と口が軽かった。
「愛の証明だって言って、四乃は魔法具構成資格を八歳という異例の若さで取得した後このピアスを作ったの。四年の月日をかけて注ぎ込んだ四乃の魔力が全部詰まってる」
四乃の組み込んだ魔力の量は、計り知れないほどの膨大なもの。
まるでヒイロを牽制するようにじんわりと伝わる四乃の魔力は、魔力感知が出来る人からしたら異様なものに感じるだろう。
仮に魔力感知出来ない人であっても、このピアスに触れれ確実にわかる。どろどろの嫉妬心とした執着の色が滲みこんだ、触れるのも躊躇われるような強すぎる魔力。
「四年って……そらまたびっくりするほどに測りきれへん魔力量やな」
「私もそう思うわ。当時、なんであんなに真面目にやってるんだろう、本当に馬鹿だなぁって思ってたから。……でも四乃は完璧に作り上げた。そして中学生になるタイミングで、このピアスをプレゼントしてくれたの」
私の扱いが雑だったのか、それとも劣化していたのか。初めて貰った時に比べ、色はどんどんと黒く歪んでしまった。ただ、ピアスから伝わる四乃の魔力だけは変わらない。
「絶対に乙女ちゃんを一人にさせない、殺させないから。って言って」
これを初めに聞いた時は、なんて馬鹿な奴なんだかと思っただけど、それ以上にまっすぐな視線を私はずっと忘れない。
四乃は昔から嘘をつかない。
運命を淡々と変え続ける力を持っていて、誰よりも魔法に愛されていた。それこそ神にも愛されていたと思う。
「そらまた……重い愛の告白やな」
「私もそう思うわ。でも、そんな四乃から私は逃げられなかった。嫌でも世界は、天才である四乃を欲しがって、私を利用している」
ぐっと拳を強く握る。
指が食い込み、血がじんわりと熱く集まる感覚が分かる。苛立ちと強い嫌悪感、そんな嫌な感情が渦巻いた拳は、第三者が見たらすぐに私の気持ちが分かってしまうだろう。
私は四乃から向けられる愛に縛られている。
「魔法警察だって、NorthPoleだって……全部四乃が欲しかった魔法学会が仕組んだことなの。私の憧れを利用して、四乃を引っ張るための」
「……お姉さんはお兄さんから離れよう思わへんの?」
ヒイロの質問は真っ当だ。
私もヒイロと同じように第三者であれば、同じことを思っただろう。
「何度も考えたけど、四乃はその度に四乃はこういうのよ。僕は乙女ちゃんがいない世界に生きてる意味なんてない、って。私が離れれば、四乃は私を探すためにこの世界を滅ぼす」
「……ほんまにあのお兄さんはそんなんが出来るん?勇者達の遺品も使わんといて」
「えぇ、出来る。少なからず私はそう信じてるから私は四乃から離れられないし、四乃は私を離してはくれない」
私は苦笑を浮かべながら、指先で頬をかく。
「今回だって、四乃にお忍びでここに来たのに、魔法使ってレパーラから箒に乗って来たのよ」
「……そらおかしいなあ」
「え?」
「お姉さん、なんでフィカロス都市内の箒での移動を禁止してるか知ってる?」
私は迷わず首を横に振る。
ヒイロは私の反応を見て、指先を外に向けた。そして嫌なことを思い出すように、軽く瞼を閉じたかと思えば、決心したように強い口調で話し始めた。
「フィカロスの上空には飛行魔法を阻害する魔力漂うてるんや。昔、薔薇の魔女生み出したユニークモンスターの影響でな」
ユニークモンスター、脳内で四乃の言葉を繰り返す。
薔薇の魔女によって生み出された、簡単に国を滅ぼしてしまうほど強大な力を持ったモンスター達の総称だ。
だけどユニークモンスターに関する詳しい記述などはなく、どのような種族であったか、どんな能力であった、などは今の私達には知る由もない。
「そのせいで今でもフィカロス領土は飛行魔法安定して使えへんねん……もしも箒に乗ったら、自由に操ること出来へんで事故多発する。このことから、フィカロスは箒での移動を法律として禁止する他なかってん」
すぐに言葉の意味を理解した。
もしもヒイロの話が本当であるなら、その話四乃が箒で来たという話は嘘になるし、法律で禁止されている理由も頷ける。
ここは法律を愛して、法律を遵守する国で、どんに変な法律があっても、それは守られ続けている。事件や事故も、他の国に比べて非常に少ないことから、その事実を強く裏付けていることだろう。
「それ、って」
「――――あのお兄さんが嘘をついてるってことやわぁ」
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