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第2章掲載開始)夢見る乙女は、記憶をのぞく。  作者: 蝶乃 ゆゆ
第1章・星が綺麗な世界だから。
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第3幕 ― ①「結びつかない事実」

 ゆるりと口角を上げて、ひらりと柔らかな笑みを浮かべたのは、まさに会いたかった相手だった。

 戸惑う私が言葉を口にするよりも先に、話し始めたのはヒイロだった。



「せっかくなら座ってお話しよか」



 ヒイロは近くのテーブルに燭台を置くと、蝋燭の火を貰うように、どこからか取りだした自身の杖先を火にをかざした。



「【アウディテ・リトゥ】」



 呪文に答えるように、建物全体の蝋燭の火がぽっと消えては予め備え付けられた電灯が点灯する。ひらりひらりと揺れ舞う温かな光は、私たちを優しく包み込むように照らす。



「【アウディテ・カデレ】」



 再度、ヒイロは杖を優雅に振り上げる。

 しゃらんしゃらんと、音楽のような軽快な音を奏でながら、建物の二階から二つの椅子がゆっくりと降りてくる。

 初めにヒイロが座っていた重厚な木製の椅子と、燭台を置いておいたアンティーク調のテーブルが、まるで生きてるかのように私たちの前に移動し、降りてきた椅子と合流しては談笑の場を作りあげていく。



(こんな魔法、見た事ない……)



 呆気に取られてる私を尻目に、降りてきた椅子は、私と四乃の後ろへと回り込んだ。



「お姉さん、お兄さん。よかったら座ってな」



 ヒイロがゆるりと微笑みながら言えば、それに答えるように椅子がくいっくいっと私と四乃の膝を押した。

 私と四乃は驚きながらも、一度顔を見合せ、椅子の誘いに従うように腰掛けた。ヒイロも同じように初めに座っていた椅子に戻った。



「ここはオレ作り出した仮想世界やさかい、気ぃ抜いて貰うていけるで」


「仮想、世界……?」


「そや。オレ招待した人しか入れへんようになってるさかい、他の人は入って来れへんはずやわぁ」



 ヒイロはいままでみたいにへらりと笑った。



(仮想世界なんて、おとぎ話の世界だけだと思ってた)



 本や漫画の世界とは違って、現実世界での魔法というのは意外と味気ないものだ。

 持ち物は小型化して持ち歩くのが定番で、仮想空間から出し入れするなんてことは出来ないし、属種によって使える魔法や種類ですら制限される。


 だから、ヒイロの言ってることがいまひとつ理解出来なくて、目の前にあるはずの現実を飲み込めなかった。



「……お兄さんって何者なの?」



 必死に理解しようと脳を動かす私とは反対に、四乃は鋭い視線をヒイロに向け、言葉を紡いでいた。



「乙女ちゃんはヒイロって言ってたけど、さっきの男が探してた人なの?そもそもなんで僕たちを助けたわけ??」



 なんで助けたのか、なんでここに招き入れたのか。そんな助けてくれたという事実とは別に、行動理念を理解できない感情が先行して、苛立ちと不信感が入り交じった荒々しい強い言葉を紡ぐ。



「ちょっと、四乃。そんなキツい言い方……」


「いけるで、お姉さん。お兄さんが警戒するのんは当たり前やさかいね」



 仲介に入ろうとする私をヒイロは静止し、私を安心させるためだけに、優しさを織り詰めた柔らかな笑みを見せた。


 四乃は基本的に、誰に対しても柔らかな物腰で対応する。

 さっきまでReliefの男に絡まれていたこともあって、警戒心が高まっているのは確かだろうが、あまりにも当たりが強すぎることに対して、強い焦りと申し訳なさを感じた。



「ほな、一つずつ答えていこかな」



 私の心配に反してヒイロの言葉はきちんとしていた。四乃の鋭い眼光に怯むことなく、冷静に答えるために、整った唇が言葉を紡ぐ。



「まず、オレの名前はヒイロ。ちょいだけ少し長う生きてる吸血鬼やわぁ」


「吸血鬼ぃー?」



 信じられないものを目の前にした、と言わんばかりに四乃は大きく目を見開き、疑問と警戒の色が滲み出る。


 ヒイロは身分を証明するように、口元に指をひっかけ自分自身の歯を見せれば、吸血鬼最大の特徴である長く鋭い牙がひょろりと現れた。



「十七の時に姿固定されたさかい、結構幼う見えるけど四百歳は余裕で超えてんで」


「……それはご長寿な吸血鬼で」


「信じてへん?」



 四乃の嫌味を含んだような言い方に、ヒイロはこてんと首を傾げて四乃の顔を覗き込む。疑り深い瞳でヒイロを見つめ続ける四乃は、大きくため息を零した。



「普通そうでしょ。吸血鬼なんて珍しい引きこもり種族が、こーんな簡単に出会えるわけないし」


「まぁそやな。どうやったら証明出来るんやろ」



 ヒイロは顎に手を当てては、うーんと可愛らしい声で唸る。眉をひそめ、口をへの字に曲げて必死に考えている姿ですら絵になる。



「あ、そうや!ちょいだけ見とって、お兄さん」



 何かを思いついたヒイロは、パッと表情を明るくする。口元に手を持ってくれば、自身の牙をそっと当てる。ガリッという鈍い音が部屋に響けば、傷口から血が滴る。

 血は四乃に興味があるみたいで、しゅるしゅると蛇のようにうねりながら近づく。



「あぁかんにんえ、お兄さん。吸血鬼の血は、強い魔力に引き寄せられる特性もあるんや」



ヒイロはにぃっと自信満々な笑みを浮かべた。



「動」



 そう合図すれば血は四乃からヒイロの方へと戻り、意図するままに動き出す。くるりと手を返し、蛇のように上へ上へと伸びながら、しなやかに形を作っていく血は、まるでそこに生き物としての意思があるみたいだった。大きな花びらが一本の茎を取り巻くように華やかに広がり、螺旋を描くように鋭い棘が植物を華やかに彩る。



「結」



 鋭さと強さを持ったその植物は、絶対に見間違えることのない、魔法界で最も嫌われた植物だった。



「薔薇の花?悪趣味だね」



 四乃は出来上がった作品に対し、自信を帯びたはっきりした声で嫌味を言う。やっと嫌な部分を見つけたと言わんばかりのその対応は、事実を突きつける強い口調だった。



(薔薇の花は、世界を滅ぼした薔薇の魔女が最も愛した花であり、名が厄災を連想させることから魔法界では全部燃やされた花だ)



 それでも私と四乃が、作られた花が薔薇だと認識出来たのは、魔法界にとって最も忌まわしいものとして認識され続けてきたから。

 小学生の教科書ですら薔薇の花は取り上げられて、その形は嫌でも記憶に植え付けられる。


 最近ではReliefが行動を行った現場や、殺した人の体に、薔薇を象った焼印を残しているということも、幅広い世代に強い記憶として植え付けてる理由の一つにもなってるはずだ。



「……確かに魔法界にとっては薔薇は悪い意味やさかいな。でも、人間界では薔薇の花は愛を語る花として有名なんやわぁ」



「愛を語る……?」



 ヒイロは苦笑いを零しながら、自分自身の手のひらをぺろりと舐めた。



「薔薇には【貴方を愛してます】っちゅう、ロマンチックな花言葉があるんやで。それに加えて薔薇は、送る本数によっても意味があって、一本だけなら【貴方は大切な存在】やらね」



 ヒイロはさっきとは反対に、くるりと手を返して下に向ければ、精巧な薔薇の形は意図も容易くどろりと形が歪む。内側に含んだ何かが破裂するみたいに、パッと血花火が舞えば、薔薇の造形は跡形もなく消え去った。



(愛を語る花言葉……)



 私は脳内でヒイロの言葉を復唱した。

 私も含め、魔法界で過ごす人達にとって薔薇の花の認識は一律に忌まわしいもの、だと思う。そんな花が、実は愛を語る花言葉を持つ花だなんて、簡単には信じられなかった。



(貴方を愛しています、なんて真っ直ぐな想いを持つ花を、なんで薔薇の魔女は通り名にして世界を滅ぼしたんだろう)



 今では減ってしまったが、魔女や魔法使いは優秀な素質を持ち、功績をあげたりすると、通り名が付いたりする。基本的には自分自身で名乗るのが自然な流れであるが、稀に人々がその人の存在を指すためだけに勝手に呼ぶなんてパターンもある。勇者達の通り名もそのような流れでついたと聞いている。

 しかし、薔薇の魔女は違う。初めから薔薇の魔女だと名乗り、世界をあっという間に蹂躙しては、調律者にでもなったかのようにユニークモンスターを生み出していった。



(……いや、考えるのは無駄ね)



 どれだけ考えても答えなんかでない問題に、私は無理やり蓋をした。



「こないに吸血鬼は自身の血ぃ自由自在に操ること出来るんやで。こら魔法とちがうさかい、魔力感知してもなんもあらへんはずやわぁ」



 四乃は怪訝そうに眉をしかめたあと、右手をあげてヒイロの前に持ってくる。ピリッと短い電撃が辺りを短く照らし、建物内を駆け巡る。



「確かに、魔法は使ってないみたいだね」



 魔力感知で事実を確認した四乃は、不服そうに顔を逸らした。



「これが出来るのんは吸血鬼だけやわぁ。……証明になった?」


「そうですねー。……それで、乙女ちゃんとの関係は?」



 四乃は嘘を見つけてやると言わんばかりの、事実を追求し続ける強い口調で問う。

 ヒイロはそんな四乃の迫力に飲み込まれないように、と抗うみたいに生唾を飲む。



「さっき、お姉さん達を襲うとった男に、尾行の末絡まれてた所を助けて貰うたんや」


「尾行?」



 四乃の声は更に緊張で低くなる。疑惑に染まった瞳は鋭く、眉をひそめる。



「うん。お姉さん達が襲われてるのを見るまで確信はなかってんけど、オレのこと探しとったみたいやし、ほぼ確定や思う」


「……ただの詐欺だと思ったから、普通に逃がしちゃったわ」



 私はヒイロの言葉に、ギュッと強く唇を噛み締める。

 あの時、私が男を警察に突き出していれば今日の自体は避けられたはずで、四乃が私の身勝手に巻き添えを食らうことも無かった。

 あの程度の詐欺をしているだけならそこまでの度胸なんてないと思ってたから、少し強めにお灸をさせば大丈夫だと考えた甘い自分を殴りたい。

 悔恨と自己嫌悪で爪が割れそうなぐらい、私は強く拳を握りしめた。



「……さっきも言うたとおり、尾行に近かってんさかい確信なんてなかったわぁ。それにオレは、あの時にしたお姉さんの優しい判断がえらい好きやわぁ」


「……ありがとう、ヒイロ」



 ヒイロの目を見る、表情を見る、全体を見る。

 長いまつ毛は僅かな電灯に反射しては、控えめではあるもののきらきらと緩やかな輝きを魅せ、ゆるりと上がった口角はとても愛らしさを感じる。

 ころころと表情が変わったり、馬鹿みたいに強い魔法をぽんぽんと使うし、へらりと笑った顔には少し恐怖を覚えるけど、こんな綺麗な人は見た事なかった。



(なんだか、異国の王子様みたい)



 金髪も白い瞳もどこかこの世の人とか思えない儚さと優しさを演出していた。



「はーい、そこいちゃつかないで」



 四乃は卓上に身を乗り出しては、私とヒイロの手を無理やり引き剥がす。

 突然の行動に思わず小さく驚いた声を零したけど、四乃は何も聞こえてないように、大きなため息を吐き捨てる。そのまま乱雑な振る舞いで椅子へと腰かけ、ガタンと椅子の足が古びた大きな音を鳴らした。



「そもそも僕たちを助けたわけ、ヒイロさんは追われてた側なんでしょ?結局あの男に見つかったわけだし、僕たちを助けるメリットなんてなくない??」


「……メリットって言われるとややこしいなあ」



 四乃は無茶苦茶な乱暴な感情をぶつけても、ヒイロは一つ一つ冷静に紐解くように話す。



「お姉さんは昨日、見ず知らずのオレを助けてくれた。困っとったように見えたさかい助けた……そないな単純な動悸じゃあかん?」


「あー、はいはい。善意が善意を呼んだってことね。なんかウザいしもうそれでいいよ」



 ふいっと顔を逸らし、ヒイロをあしらうように手を振った。嫌いなものをゴミ箱を捨てるみたいに、自分自身から払い除けるためだけのような、雑な扱いだった。



(なんでそんな態度をとるの、四乃……)



 ヒイロは私たちを助けてくれた存在で、ありがとうとお礼を伝えるべき相手でもある。

 あの時の私たちは何も出来なかったのは、腕に残る縄の感覚が忘れないようにと伝えてる。なのに、そんな態度をとる四乃が理解できなかった。



「四乃、そんな言い方はないんじゃないの?ヒイロは私たちを助けてくれたのよ」


「……別に助けなんてなくても僕一人でどうにかできてた」



 私の言葉に対し、四乃の声が熱を帯びては揺らぐ。

 ぐっと歯を強く噛み締めては、ギリっという生々しい音が響き、眉が大きく釣り上がる。熱と苛立ちを帯びたその瞳は、理解されない不満が渦巻き、勢いを加速させる。



「建物を壊してもいいなら、乙女ちゃん以外みんな死んじゃってもいいなら、全部全部何も残らなくてもいいなら、僕一人でもどうにか出来てた!」



 その瞬間、四乃は我を忘れて大きく手を振り上げた。

 まるで嵐が来る前の空のように、空気を切り裂き、一瞬の沈黙が訪れた。大きく振ったその手は何かのイタズラなのか、私の顔面へと一直線に飛んでいた。



「……え?」



 自然と傷口へと手が伸びていた。

 頬に手を当てれば、指の間から血が漏れ、ぽつりと床に滴る音が響いた。



「お姉さん、傷口見して!」



 一足先に現状を理解したヒイロは、慌てて椅子から立ち上がっては私の元に駆け寄る。



(何が起きてる……の?)



 四乃が手を大きく振り上げたことで、私の頬に傷が出来て、血が出てしまった。

 何が起こったかという状況は理解出来ているはずなのに、四乃が私に対して怪我をさせたという事実が、どうも私の中で結びつかない。

 ヒイロは私が無意識に頬へと当てていた手を取り、傷口を確認するように覗き込んだ。



「思たよりも深いな、止血剤なんて残っとったっけ」



 冷静に傷口を確認しては、対処法を模索してくれるヒイロの想いに反して、傷口から溢れ出る血は一向に止まってくれない。

 流れ出した血は私の顎に達するとそこで一時止まるが、重力に引き寄せられるように再び動き出す。



(待って、待って……!)



 私は必死に叫ぶが、その願いは叶うことなく、血は首筋を伝い、四乃が着せてくれた白のリボンに赤い花を咲かせた。

 私は何も口を開かない四乃の方に視線を向ければ、四乃の顔は一瞬にして青ざめていた。目からは涙があふれ出すように流れ、贖罪をするように自分自身の頬に自身の爪を強く当てた。



「ごめ、ごめん、ごめんね、乙女ちゃん」



 震えた声が私の名前を呼ぶ。

 いつも嫌という程よく回る饒舌な口も、たくさんの夢と煌めきを閉じ込めた瞳も、四乃を構成する全部がガタガタと大きな音を立てて崩れるみたいに、葉月四乃という存在の輪郭が曖昧になる。

 ダンっと、力強く地面を蹴ったかと思えば、四乃の足はまるで弾かれたかのように床から離れ、次の瞬間にはもう卓上にいなかった。椅子は倒れ、四乃の姿は一瞬にしてドアの前に移動する。



「待ってや、お兄さん!」



 ヒイロが四乃を呼び止めようと慌てて立ち上がるも、四乃の手は既にドアノブにあった。ギィィと古びたドアが軋みながらも開く音が、嫌にも部屋中に響き渡り、ドアは無慈悲にもゆっくりと開く。



「僕、頭冷やしてくる……ね」



 震えた声は、私の胸を締めつけた。

 頬に残る爪痕と、流れた涙がどこか痛々しいのに、四乃は精一杯優しく、だけど不器用に微笑む。



「まっ……!?」



 私はヒイロを押しのけ、必死に手を伸ばそうと慌てて立ち上がったものの、私は椅子に足をひっかけ、そのまま目の前に倒れ込んでしまう。床についた手には流した血がべちゃりとねちっこくひっつきまわる。

 私が立ち上がる前に、私の手がドアに届く前に、重い木製の扉は完全に閉ざされた。



「し、の。待って、よ……」



 私の情けない声は、部屋に小さな傷を作った。






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