第2幕 ― ④「お姫様抱っこ」
全身を固定するように、その場に縫い付けられた硬い氷の縄は、じりじりと私たちの肌に食い込んでいく。
「杖を捨てろ」
男の強い言葉に、四乃は舌打ちを零すと手から杖が抜け落ち、からんと音を立てて杖がその場に落ちた。
「【グラキエス・フニクルス】」
男は保険をかけるように、私と同じように四乃を縄で動きを封じた。
縄は抵抗しようと身体を動かす度に、身体をキツく締め上げていく。所々にアラがある縄は、動く度に小さな傷を作り、赤い血が滴り落ちる様は、悲痛な美しさを湛えていた。
「……いっ」
痛みに反応して思わず漏れた私の鈍い声に、すぐさま気づいた四乃は、恐怖と怒りに燃える目を大きく見開いた。
「乙女ちゃんを解放しろ」
男に向かって食ってかかるように大きく身をよじり、縄から逃れようと懸命にもがく。
しかし、その抵抗が裏目に出て、縄はますます私の身体を締め上げ、じわりと滲む血がどんどん床に垂れて大きな赤い花を咲かせる。
男はふんっと鼻を鳴らした。
四乃の叫びを無視し、杖の先で私の顎を乱雑に持ち上げた。
「昨日のやつはどこにいる、答えろ」
苛立ちを孕んだドスの効いた声に、どんな犠牲でも顧みない嫌な瞳が私をじっと見つめた。
(……目的はやっぱりヒイロ、なのね)
私の前にいるのは、どんな人であっても容易く殺してしまう人殺しの集団。目的の意図が分かったとしても、今の私には彼らが欲しい情報を知っていることもなければ、教えることも出来ない。
最も、知っていたとしても教えることは無いのだけども。
私は恐怖に震えながらも、言葉を絞り出す。
「……知らない」
「嘘をつくな!お前は昨日、行動を一緒に共にしていただろ!!」
男は杖先を私の喉に突き刺すように、強く押した。まるでその力で真実を引き出そうとするかのように。
「本当に……知ら、ないの」
喉が圧迫され、きちんとした声すら出てくれない。声はかすれ、目頭がじんわりと熱くなり、私の視界がじんわりと涙で揺らぎ始めた。
(寧ろ、どこにいるか教えて欲しい……わよ)
ヒイロに聞きたいことも、話したいことも沢山あった。
初め助けたのは、私なりの仁義に基づいたもの。困っている人を見逃せないっていうだけで、危険なシチュエーションであれば……私は、自分自身の仁義よりも目的を遂行したと思う。
そんな中、ヒイロはお釣りを渡すためだけに追いかけてきてくれて、あんな危険な場所まで来てくれた。
(だけど私は、ヒイロにきちんと想いを伝えられてない)
言いたかったお礼も、聞きたかった色んな話も、もっとたくさんのことを話したかったのに……私の言葉がきっかけで離れてしまったんだ。
「……【グラキエス・プギオ】」
男が作り出した氷の短剣は、私の肩をかすめ、鋭い痛みと共にぷしゃりと血飛沫が舞い上がった。私は反射的に小さなうめき声を漏らしたが、男は何も聞かなかったかのように、淡々と呪文を唱え続けた。
「【グラキエス・プギオ】!【グラキエス・プギオ】!!【グラキエス・プギオ】!!!」
男の声が響くごとに、私の視界はぐらりと歪む。
わざと致命傷を与えず、短剣をかする程度に止めることで、恐怖と苦痛を最大限に引き出す。痛みは一瞬で消え去らず、傷口から流れ出る血は生温かく、私の服に広がっていく。
「乙女ちゃん!乙女ちゃん!!」
四乃が声を荒らげて、何度も私の名前を呼ぶ。
息を荒くしながらも、何とか意識を保とうと努力するものの、既に倒れそうだった。
(……もう、ダメだ)
そう感じた私は、そのまま意識を手放そうと目を閉じた。その瞬間、部屋の窓から嵐のように風が吹き込み、蝋燭の炎が狂ったように建物全体が揺れる。
「――――【グラメン・フニクルス・ムルティ】」
部屋の隅から黒いつるが弾けるような勢いで現れた。誰もが屈服する百獣の王みたいに鋭いつたが床を覆い、私と男を引き裂く。
男はその致命的な攻撃から逃れようと、ひょいっと後ろに飛べば、叫び声をあげる。
「誰だ!」
でも男の叫びに術者は反応しなかった。
するりするりと床から黒いつるが伸びれば、まるで生き物のように彼の足元を侵食し、男の行動を制限していく。動けばその場を蝕む、そうやって繰り返していくことで、いつの間にか私と男の距離は、建物の端と端まで開いてしまった。
「出てこい!」
男は杖を構えながら、緊迫した眼差しで一挙一動を取り逃さないように警戒する。何度も細かく左右に顔を振って、状況を素早く精査していた。
(……今のは私の魔法でも、四乃の魔法でもない)
私の杖は紛失、四乃の杖は床に落ちている。仮にあったとしても、属性的に草はありえない。
絶え間なく続く術者の見えない草属性の攻撃、どこに潜んでいるか分からずに首を傾げていれば、床に伸びていたつるが落ちていた四乃の杖を拾い上げていた。
くいっくいっと四乃の身体をつつけば、四乃もつるの意図に気づいたようで杖を握り、呪文を唱える。
「【ルクス・プギオ】」
光の短剣が眩い光を放てば、力強い閃光がじゃきという鋭い音を奏でながら、私と四乃を拘束していた縄を容易く切り壊してくれる。
しかし、男がそんな私と四乃を見逃すはずはない。
「くそ!【グラキエス・フニクルス】!!」
「【ルクス・フェルルム】!」
再度私たちを拘束しようと男が呪文を唱えるものの、四乃はすかさずするどい光の刃を放って、男の攻撃を相殺し、体勢を崩した。
「乙女ちゃん!一旦逃げるよ!!」
「ちょ、四乃!?」
わずかな隙を見つけた四乃は、待ちぼうけになっていた私の身体を強引に抱き上げる。
四乃の腕は私の膝の裏側を支え、もう一方の手は背中を保護するように優しく包み込む。私は反射的に振り落とされないように、と胸へと寄りかかれば、じんわりと汗で湿ったシャツと、しゃらりと軽快な音を鳴らすチェーンが肌に当たった。
(こ、この体勢ってお姫様抱っこ……!?)
今更理解したって遅い。
恥ずかしい姿勢から逃げたくて、身を捩るがそんな私を静止するように四乃はぎゅっと掴んでいた手に力を込め、私に向かって優しく微笑んだ。
「舌、噛まないでね」
四乃は後ろにあるドアを乱雑に開ければ、迷うことなく夕暮れの闇へと身を投じた。
タンっ、タンっと、軽快に地面を蹴るたびに、雷のように鋭く速く、路地を駆け抜けていく。
私たちを助けてくれた黒いつるは、目の前でひらひらと舞い、まるで見えない手で誘導しているかのようだった。
私も四乃も、何となく分かっていたんだと思う。
この黒いつるは私たちの味方であり、今この瞬間、黒いつるの案内に従うしかないということを。
四乃は迷うことなく、黒いつるが示す道筋を確かな足取りで追いかけた。
「乙女ちゃん、しっかり捕まっててね」
「……うん」
四乃の緊張感を感じさせない、落ち着きのある声は、私に無条件の安心感を与えてくれた。
(いつだって四乃は私のことを考えてくれる)
一人じゃない、そう伝えてくれるのは本当に有難いことで、そんな四乃に答えるように私は小さな声で返事をした。
四乃は決して足を止めることなく、黒いつるに導かれるように前進し続ける。一つ、また一つと、私たちは路地を曲がり、何度も方向を変えながら走り続けた。路地の壁は古く、所々に剥がれたペンキや落書きは、治安の悪さを彷彿とさせる。
黒いつるは、一軒の古びた建物の前までくると、ひゅるりと入口へ吸い込まれるように消えていった。
「ここに連れてきたかったのかな」
四乃は怪訝そうな視線を建物に向ける。
古びた建物は今にも壊れそうなほど脆く、ここに一発でも魔法が打ち込まれればすぐにでも崩壊してしまいそうだった。
「……行きましょ。誰が術者なのか確認しないと」
私は四乃の肩をぽんぽんと叩いて、下に降ろしてもらうように促すが、四乃はむすっと頬を一度膨らませた。
「乙女ちゃんは怪我人なんだから、大人しく僕の腕の中にいてよ」
「そんなの、四乃が魔法で治してくれればいいでしょ。貴方の得意魔法なんだから」
私は無理やり四乃の腕からぴょんっと飛び降りれば、スカートの裾に着いているホコリやシワを払った。
四乃はそんな私が気に食わないようで、眉尻があがり、きゅっと唇を噛み潰す。むすっとした苛立ちを含んだ表情で、私の様子を見つめたかと思えば、持っていた杖で私の肩に触れた。
「……【ルクス・スァナ】」
シルクのように柔らかくしなやかな光が肩を包んだかと思えば、優しい温もりが傷口を癒す。まるて冬の寒い時期に飲む温かいココアみたいに、じんわりと身体に染み渡る優しさは、思わず安堵の息を零す。
光が消えれば、破れた服の隙間から見えていた痛々しい真っ赤な血の花は、すっかり跡形もなく消えていた。
「ありがと、四乃」
「別に……」
四乃は不機嫌な色を見せながらも、どこか紅く染まった頬と耳を隠すように、ぷいっと顔を逸らしてしまった。
(……なんだかんだ優しいのよね、四乃って)
四乃が初めて覚えた光属性の魔法は、治癒魔法だ。
魔法の練習に勤しむ私は、毎日傷だらけで家に帰る。その度に両親に「女の子なんだから」というよく分からない理由で怒られた。今なら両親の言いたかったことも分かるけど、当時の私にはどうしても理解することが出来なくて、毎日親とぶつかってた。
そんな私を見兼ねて、四乃は治癒魔法を早急に習得した。
傷だらけで帰る私が、家で両親に怒られないようにって、毎日のように魔法をかけてくれたのだ。
昔の四乃を思い出し、思わず頬が緩む。くすりと思い出し笑いしてしまえば、四乃は私の声に反応するようにパッと顔を上げた。
「何笑ってるの!?」
「ごめんごめん、なんでもないわ」
私は四乃のことを軽くあしらうように手で払えば、迷うことなく建物へ足を踏み入れた。
(改めて感謝を伝えるのは今じゃなくたっていい)
ドアを開ければ、ひゅるりと冷たい風が頬を撫でる。
建物の中は外観よりも綺麗に整備されており、私の数歩先の蝋燭がぽっと色付いた。私の後ろに立っていた四乃は、私の腕をそっと掴めば熱が交ざる。
「乙女ちゃん、やっぱなんか怖くない……?」
「今更何言ってるの、四乃。ここで引き返す方がありえないでしょ」
「でも僕、お化けとか苦手だし……」
触れた腕に力が籠る。
恐怖の色を滲ませた四乃の瞳は、蝋燭の火がゆらゆらと揺れ映る。私は四乃の手に自分の手を覆うように熱をわければ、何も恐れることなく建物の中を進んだ。
私の歩みに合わせるように蝋燭に火が灯れば、炎が揺らめき奥に座っていた術者の姿をぼんやりと照らした。
ゆるりと立ち上がれば、近くの燭台を手に取り自分自身の顔横に持ってきてその素性を現す。
長いまつ毛は蝋燭の光に反射してキラキラと輝いており、ゆるりと上がった口角はとても愛らしさを感じる。
白く透明感のあるきめ細かな肌に、傷一つない色素の薄い腕はうっすらと血管が透けて見える。蝋燭の淡い光でより血色感が消え、覇気のないその姿は、どこか浮世離れしたものを連想させる。
金髪も、白い瞳も、絶対に見間違えることの無い美しい人物だった。
「――――昨日ぶりやな、お姉さん」
一度聞いたら二度と忘れることの無い、ふんわりとした柔らかな声は、私の名前を呼んだ。
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