転生勇者と最弱魔王は追放されたい
俺の名前は張本 悠里。
十八歳。
来年から東京にある大学でコミュニケーション学の勉強をする予定……だった。
「おおっ! どうやら成功したようじゃの!」
俺は薄暗い部屋の中に立っていた。
周りは壁に囲まれている。
窓は見当たらないな。
でも真っ暗じゃない。
どこからか漏れる光が部屋を照らしているみたいだ。
ここは地下室だろうか?
床には大きな黒い円で描かれた魔法陣が書いてある。
使われている文字は日本語じゃなさそうだ。
その文字は読めなかった。
「ここは……どこだ?」
何となく、俺が慣れ親しんだ場所じゃないんだろうなと思った。
理解できない文字が使われているからな。
「む! 気付いたようじゃな!」
高いトーンで、自信に満ちた、堂々とした声がした。
声がした方を向くと、一人の女性が立っている。
長く流れる白髪を肩越しに垂らし、腕を組んで、俺を見ている。
中央に赤い宝石が輝く美しい角飾りに目を引かれた。
アニメの中のキャラクターが現実世界に出てきた。
そんな第一印象だ。
「あ、あなたは……?」
俺が尋ねると、彼女はこちらに近づいてきた。
彼女が歩くたびに鎧と衣服が静かな音を立て、その音は彼女の存在をより一層際立たせている。
彼女の周りを囲む者たちは俺のことを遠巻きに見つつヒソヒソと話し始めた。
「召喚に成功したのか?」
「本当に勇者なのかしら?」
「せ、セレスティア様が近づいて行ったぞ!」
召喚、勇者。
もしかして、漫画やアニメでよくある異世界召喚ってやつか……?
彼らの会話に気を取られている内に、白髪の女性が俺の目の前まで来ていた。
彼女の美しさは威厳に満ちており、見るものを虜にするほどだった。
これほど美しい女性はこれまで見たことがない。
「わらわはここ魔王領の王、セレスティア=ヴァーミリオンじゃ!」
彼女は腰に手を当てて、偉そうに自己紹介を行った。
魔王と言ったか?
いや、それはおかしい!
だって俺は――勇者なんだろう?
「――勇者よ! わらわの国を救ってはくれんかの?」
セレスティアは首を傾げながらそう言った。
魔王が勇者を召喚したっていうのか……?
---
セレスティアは俺に簡単な状況説明をしてくれた。
完全に飲み込めてはいないが、理解はできた。
セレスティア=ヴァーミリオン。
彼女は歴代で最弱の魔王らしい。
各国で勇者が召喚され、ここ魔王領に差し向けられれば、容易に滅ぶだろうと自慢げに話をしていた。
絶対に偉そうな態度で言うことじゃない。
そんな絶対絶命の状況で彼女はある策を思いついた。
勇者召喚に介入をして、事前に勇者を仲間にしてしまおう……と。
そして魔王領にはたまたまそのような技術があった。
良くできた話だ。
「――の? わらわは賢いじゃろ?」
「そうですね……」
勇者を仲間にするなんてこと、普通の魔王であれば考えないことだ。
だが、勇者か……俺にそんな力があるのだろうか?
疑問を抱いていると、
「失礼。勇者殿」と黒い長髪の男性が歩み寄ってきた。
彼はセレスティアの側近の一人か。
高身長で、肩幅が広く、筋肉質の体をしている。
黒と紫を基調としたローブ姿で、高貴さと神秘性をただよわせている。
「ゆっくりとご説明をしたいところですが、時間がありません。
今後のことを決めるためにも、まずあなたの能力を【鑑定】させていただきたい」
「鑑定ですか?」
俺のステータスや勇者として保有する力を確認したいということだろうか。
詳しくは分からないが、
【鑑定】をしないと話が進まなさそうなので、頷いておく。
すると彼は手のひらを俺に向けてきた。
瞬きを一回した瞬間、
その手から放たれる魔力の波紋が俺を包み込んだ。
「ふむ……【カリスマ】?
勇者殿は特殊な【天恵】をお持ちのようだ。初めて見ました」
彼の目が大きく広がった。
「……ザリオン、まことか? どういったものなのじゃ?」
「確かなことは分かりかねます。
ただ彼はこの世界の大国――ローランド王国に召喚される予定の者です。
強大な力を持っていることは間違いないでしょう」
いや、いやいや。
カリスマって……。
どう考えても非戦闘向きの力だ。
勇者と言われる存在が持って良い力じゃない。
「最強の勇者を呼び出すためにそうしたはずじゃ!
しかしのう……実は勇者召喚への介入が失敗したのではないのか?」
「いえ……そんなことは……」
「この男、見た目からして大したことがなさそうじゃ。
もう一度やり直すことは可能か?」
「もう間に合いません」
「……ちっ。外れということかの。魔王領も終わりじゃの……」
セレスティアは無言のまま地面を蹴りつけた。
失礼すぎるだろ、この最弱魔王!
「セレスティア様。もう少しお待ちを。【天恵】の性能を確認いたします」
ザリオンは俺に向かって、もう一度【鑑定】とやらを発動した。
・カリスマ
能力:対象の好感度が上昇する。
能力レベル:1
対象種族:人間系
「好感度上昇だけとな……?」
セレスティアの眉間に刻まれたしわが深くなったような気がする。
彼女が勇者であろう俺にどんなことを期待しているかは分からない。
ただ、状況は良くなさそうだ。
「こんな奴が呼び出されたせいでわらわの国はおしまいじゃ」
「……自分が弱いからでは?」
彼女の失礼な態度に耐えられず、つい口を滑らせて悪口を言ってしまった。
怒りに震え、俺を睨みつけている。
慌てて謝罪の言葉を探したが、間に合わなかった。
「な、なんじゃと! 外れ勇者の分際で! ゆるさんぞ!
おい、ザリオン! こやつを魔王城から即刻追放せよ!!」
セレスティアは顔を真っ赤にして、
怒りが込められた人差し指をこちらに向けてきた。
「そ、それはお待ちを!」
ザリオンが両手を上げながら、俺とセレスティアの間に入ってきた。
「なんじゃ! 外れ勇者に今から媚でも売るつもりか!」
「違います! 思い出してください!
お父上――セリス=ヴァーミリオン様のことを!」
「ち、父上のこと……じゃと?」
「セリス様は歴代の中でも最強と言われた魔王でした。
しかし先の戦争で一人の勇者と相打ちとなり……」
セレスティアははっとした表情を見せた。
何かを思い出したのか?
「そ、そうじゃ! 父を殺したのは、あの神聖ガレリア帝国から『外れ勇者』と言われ、追放された男じゃ!」
つまり、どういうことだ?
セレスティアは背筋を伸ばし、俺の目を真剣に見つめてきた。
「すまぬ、勇者よ。これまでのことは謝罪する。
改めて、名前を聞いてもいいかの……?」
ころりと態度を変えた。
俺の名前を尋ねる彼女の口元に微笑みが浮かんでいる。
なるほど、勇者を追放すると痛い目を見ることを知っているというわけか。
「俺は張本 悠里です」
「ユーリ? 変わった名前じゃな!」
セレスティアはそう言いながら、笑顔で手を伸ばしてきた。
……うるせえ。
「――それで、これから俺はどうしたらいいんですか?」
「そうじゃのう……。ザリオン、何か良いアイデアはあるかの?」
セレスティアは目を細め、頭を少し傾げた。
「ユーリ殿が持つ力【カリスマ】を利用すべきでしょう。
例えば、勇者に『魔王領に攻め込むことを諦めてほしい』と、
お願いしてみるのはいかがでしょう?」
「おおっ! すばらしいではないか!」
ザリオンは宰相なのだろうか?
セレスティアは彼をとても頼りにしているように見える。
そんな彼が提案したアイデア。
すばらしいものか?
勇者の使命は魔王を倒すこと。
それをやめてくれとお願いする? まず、受け入れてくれないだろう。
「勇者よ、それでいいかの?」
ん? いや、何がいいんだろうか?
そもそも力を貸すことにも納得していない。
俺がセレスティアらに協力する理由について確認しようとしたときだった――。
突然、足元に青白い光を放つ円形の魔法陣が現れた。
それは俺を中心に広がっている。
光は大きさに比例して、どんどんと強くなっていく。
「な、なんじゃ!?」
「これは……!」
あまりの光の強さで周囲の様子がほとんど確認できない。
声を上げたのは、目の前にいるセレスティアとザリオンだろうか。
「――きゃっ!」
小さく悲鳴を上げて、こちらに誰かが倒れ込んできた。
俺はその瞬間にそれを抱きとめた。
風になびく髪から、甘い香りがただよってきた。セレスティアか?
手に触れる肩が柔らかい。間違いなく彼女だ。
「お、おい……」
俺は肩を叩き、彼女の無事を確認しようとしたが、
足元に引き寄せられるような感覚に襲われて――意識を手放した。
---
「う……」
同じ感覚だ。
俺はまたどこかに召喚させられたのだろうか。
ザリオンという男は、俺がローランド王国に召喚される予定だったと言っていた。
状況を予想しながら、痛む頭を押さえて身体を起こすと、
周囲に数名の人の気配を感じた。
いや、それだけじゃない。
肩に何かが張り付いている感覚がある。
「――気分は如何ですかな?」
肩の様子を確認する前に、声をかけられた。
聞き覚えの無い声だ。
声がしたほうに目をやると……。
そこに立っていたのは赤髪で高貴な雰囲気をただよわせている貴族風の男だった。
年は三十代くらいだろうか。
周りにも同じような格好をした男女が数名いる。
「あー……頭が痛いですね」
「ははは! 後で薬を用意しておきましょう。
ようこそ、勇者様! 我が国――ローランド王国へ!
私はアルフォンス=グランディアと申します」
俺は二回目の召喚ではあるものの緊張を感じながら、礼儀正しく頭を下げる。
「俺は張本 悠里です。よろしくお願いします」
アルフォンスはそんな俺の態度を見て、微笑んだ。
掴みは良さそうだ。
「これから長いお付き合いになるかと思います。
こちらこそ、よろしくお願いします」
アルフォンスも丁寧にお辞儀を返し、そのまま異世界のことを説明し始めた。
彼はこの世界が魔法と冒険の世界であること、
俺が勇者として召喚されたことを伝えてくれた。
そして、彼は俺に魔王とその配下である魔族を滅ぼすために戦ってくれることを期待していると語った。
「さて、ここまでで何かご質問はありますでしょうか」
「ひとつ聞きたいことがあります。
こちらに召喚された俺は元の世界に帰ることはできるんですか?」
「もちろんです。魔王を倒すという使命を終えれば、帰ることは可能です。
実際、前回召喚をした我が国の勇者様は、元の世界へ戻っていきました」
別に前の世界に未練などはないけれど、一応聞いてみた。
前回の召喚か……。
セレスティアの父――セリスが魔王のときか?
追放された勇者と相打ちだったと聞いたが……。
「勇者は複数人いるんですか?」
「ええ。各国それぞれの場所で合計七名の勇者を召喚しております」
げっ。七人もいるのか。
つまり、セレスティアのお願いを聞く場合、
六人の勇者を説得する必要がある。
これは勇者サイドについたほうが良いかもしれない。
「それで、俺はこれからどうしたらいいでしょうか?」
勇者サイドはどうやって魔王討伐をするつもりだろうか。
「話が早い勇者様です。パニックを起こす方もいると聞いていまして……。
それにあなた様とはとても良い関係を結べそうな気がします」
アルフォンスは仲間の顔を見ながら笑みを浮かべている。
彼はとてもご機嫌のようだ。
周りにいる者も笑顔で頷いている。
【カリスマ】による効果だろうか。
たしか、特定種族――人間系の好感度が上昇するだったな……。
「まずは勇者様の【天恵】を調べさせてもらいます。
どんな能力かによって、方針が変わりますので。
すぐに魔王討伐に向かってもらうことはありませんので、安心してください」
まさか、外れ【天恵】だったら追放するとか言わないだろうな?
俺は少し冷や汗をかきながら、了承した。
アルフォンスは隣にいる女性に声をかけ、水晶を取り出させた。
それを手に取り、俺のほうに差し出した。
「勇者様、こちらの水晶の上に手を乗せていただけますか?」
ザリオンのときとは違う方法で鑑定をするようだ。
俺はアルフォンスの指示に従う。
「こうですか?」
俺は手を開いたまま、水晶の上に右手を置いた。
「はい、そうです」
アルフォンスは俺の手に自身の手を重ねて、位置を調整した。
距離が近い気がする。考えすぎだろうか。
アルフォンスが手をどけた瞬間、水晶が薄く光った。
こちら側から変化は確認できないが、アルフォンスは首を縦に振っていた。
水晶の中に結果が表示されているのだろう。
「……出ました。これは……【カリスマ】ですか。
これまでに記録の無い、初めての【天恵】のようです」
「そうですか……」
すでに知っていたから、反応が薄くなってしまった。
魔王領でもこちらでも前例がない。希少な能力かもしれない。
話の流れ的に【カリスマ】の詳細を聞いたほうが良いと思ったので、
アルフォンスに続けて質問をしようとしたとき――。
右肩にもぞもぞとした違和感が走った。
何かが肩に掴まっている感覚だ。
「わ、わらわは……?」
聞き覚えのある声が右耳に響いた。
そちらを見ると、セレスティアがこちらを見上げていた。
「せ、セレスティア!?」
「ユーリか? ずいぶんと大きくなったのう……?」
彼女は俺の肩にちょこんと座り、こちらの顔を見上げながら言う。
俺が大きくなっているのか?
そんなことはない。
俺はアルフォンスと同じ目線で、普通に話をしていた。
「いや……君が小さくなっている」
「む! そうなのか? そう言われると……」
「そんな力があったのですか?」
「分からぬ。しかし、わらわは体の大きさを自由に変える力は持っていない……」
俺たちは互いの存在に驚き、二人で話し込んでしまう。
アルフォンスの方へ視線を戻すと、彼は仲間の方へ移動していた。
彼らは顔を見合わせて話をしている。
「あれは……もう一人の勇者様か?」
「あんな邪悪な存在が勇者様であるはずがない!」
「じゃああれは……悪魔か何かなの!?」
「見た目は可愛らしいけれど……騙されてはダメね!」
えっと……悪口を言われているのはセレスティアだよな……?
ずいぶんと嫌われているようだが……。
そもそも彼女はどうしてここにいる?
たしか……彼女は魔法陣に吸い込まれる直前、俺の方へ倒れ込んできたんだ。
俺を対象とした勇者召喚に彼女も巻き込まれたということか?
「ユーリ! この状況は……?」
翼を生やして、俺の周りをうろちょろするセレスティア。
お前、翼を持っていたのか。いや、魔王なら不思議でもないか。
俺は面倒とは思いつつも、セレスティアにここまでの状況を説明することにした。
「なんと! わらわがつまづいてしまったばかりに……」
しょんぼりと肩を落とすセレスティア。
ドジっ子か!
心の中でそんなツッコミをしたところで、
俺たちと距離を取っていたアルフォンスが近づいてきた。
俺に向けていた友好的な笑顔は消え、
相手を見下すような目つきで目を細めている。
この数分で何があった!?
「すみません、勇者様。そちらの邪霊は?」
彼の視線は大人しく俺の肩に座っているセレスティアへ向いている。
待て。じ、邪霊と言ったか?
「邪霊ですか……?」
「彼女からは我々に恐怖心を与えるような強い負のオーラを感じます。
そういった類のものでは?」
「あー……俺も良く知らないんです。召喚に巻き込まれたんじゃないですか?」
「なるほど。最新の注意を払い、召喚の儀を執り行いましたが……。
余計なものを呼び寄せてしまったようですね」
「えっと……彼女が何かしましたか?」
初対面でこれほど嫌われることは異常だ。
俺はセレスティアに確認の意を込めた視線を送る。
助けてくれと言っておいて、すでに人間に対して悪さをしていたのならば、
救いようはない。
「わ、わらわは何もしておらぬぞ!」
「これからする予定なのでしょう。そういう予感がするのです」
セレスティアは腰に手を当てて、威張るように頷いた。
アルフォンスはそんな態度を取っている彼女に軽蔑の目を向けた。
良く考えたら、アルフォンスはセレスティアを魔王と認識していない。
この国では精霊が嫌われているとか、そういうことだろうか。
こんなに可愛い見た目をしているのに。
「それで、鑑定が終わったわけですが……これから俺たちはどうしたらいいでしょう?」
「そうでしたね。これでも私はグランディア伯爵家の当主でしてね。
まずは我が家で勇者様だけ保護させていただきます」
「保護……ですか?」
「ええ。魔王討伐に必要な資金、食料、【天恵】の強化に必要な経験など、
あらゆる面でサポートさせていただきます」
なるほど。勇者召喚は定期的に行われている。
貴族の家が持ち回りでその勇者を保護しているといったところか?
何も持たない俺にとっては願ってもないことだ。
問題は俺だけと言ったことか……。
感謝の気持ちを伝えようとしたとき、右耳に強い痛みを感じた。
「ユーリ! 待つのじゃ!」
「……なんですか?」
「話がある!」
精霊と言っても、その大きさは五十センチほど。
そんなセレスティアが大げさに耳を引っ張るから、取れてしまうかと思った。
俺は虫を払うかのように、手をぱたぱたさせて彼女を追い払う。
すると、俺たちのやり取りを見ていたアルフォンスが、怪訝そうな顔をして尋ねてきた。
「勇者様、お気をつけてください!」
「ありがとうございます。
彼女とは一応知り合いで……少し話をしてきてもいいですか?」
「……勇者様がそうおっしゃるのであれば」
俺とセレスティアは内緒話をするために、アルフォンスらから距離を取る。
離れる際、ちらりと彼の方を確認すると、
俺たちを監視するような目線をこちらに送っていた。
---
「それで、何か話でもあるんですか?」
「大ありじゃ! お主、あの貴族の提案を受けるつもりじゃったな?」
セレスティアは頬をぷくーっと膨らませて、
腕を組み、俺の目の前で仁王立ちしている。
「俺は一文無しですから。当然でしょう?」
「バカ! 大バカ! 外れ勇者!」
「痛い、痛い! 顔を叩くな!!」
「わらわを見捨てるつもりか!」
握りこぶしを作った両手で、太鼓を鳴らすかのように俺の両頬を殴ってきた。
「わらわとの約束は忘れたというのか!?」
「覚えてますよ。勇者を説得するんでしょう?」
「そうじゃ! それにわらわとお主は離れ離れになるわけにはいかんじゃろ!」
「そもそも……どうしてあそこまで嫌われているんですか?」
セレスティアの見た目は悪くない。
五十センチほどの手乗りサイズになり、可愛さは増している。
それをアルフォンスらは邪霊と言ったのだ。
「それは分からぬ! わらわは何もしておらぬ!」
「魔王的なオーラを隠しきれていないんじゃないですか?」
「ふん! わらわはこれでも歴代最弱の魔王じゃ!
そんなオーラを持ち合わせているわけなかろう!」
「……威張ることじゃない」
言われてみればそうか。
初対面の会話をする前は、威厳のある女性だなと思っていた。
会話をして、まあ、いろいろと察した。
「それよりも! 説得する勇者はどこにいると思っておるのじゃ!」
ん……? ああ、そういうことか。
この国――ローランド王国には説得する勇者がもういないということか。
ローランド王国の勇者は俺だからな。
つまり、すぐに他国へと行く必要がある。
貴族の家で厄介になっている暇はないと言いたいのか。
俺の表情の変化に気付いたセレスティアは偉そうな顔をした。
「……理解したかの?」
「ああ……そうですね」
「では今すぐ断ってくるのじゃ!」
セレスティアは宙返りをして、アルフォンスの方を向き、指をさした。
「――いえ、ちょっと待ってください」
「何じゃ?」
「説得する勇者はここにいますよ」
「はて? 何を言っておるのじゃ?」
「俺を説得する必要があるんです」
「お主が自分を説得するじゃと……バカか、お主は?」
「君が俺を説得するんですよ」
セレスティアはぽかんとした表情を浮かべた。
彼女はまだ気づいていないようだ。
だらしない頬を人差し指で突いてやった。さっきの仕返しだ。
「何をする! 痛いではないか!」
「よく考えたら俺がこの場で君を差し出したら、この話は終わるんだよなーって」
「な、な、なんじゃと! そんなことを考えておったのか!!」
「だって、君魔王でしょ!」
「ユーリ! 見損なったぞ! わらわを助けてくれるのではなかったのか!?」
「だ、か、ら! 君が俺を説得する必要があるって言ってるんです」
セレスティアは不安そうにしていた顔を笑顔に変えた。ニヤリと笑っている。
俺の言ったことを理解できなかったか?
「ふん! 誰がわらわを魔王と信じるものか! こんな小さくて可愛い存在を!」
「くくく……」と両手を手に当てて笑っている。
自分で言うなよ……。
「初対面でいきなり邪霊と言われてるんです。
調べるのは後にしても、この場ではすぐに信じられそうですよ?
突き出してみてもいいんですよ?」
「わーわー! 待て待て!!」
手足をバタバタとさせるセレスティア。
風で舞い上がる白い髪の毛は白銀の糸のように光り、空中で踊るようにして広がっている。
喋らなければ可愛いんだけどなぁ……。
「思いつかぬ。一つしか思いつかぬ! しかし……これは最後の手段であって……」
「何ですか……めんどくさいですね。それを早く言ってくださいよ」
「ぐぬぬ……。なんと無礼な男!
我が国であれば即刻その首をはねてやるものの……」
「魔王領じゃなくて残念でしたね。
ちなみに説得というのは、相手との信頼関係を作るとこから始めるものですよ。
それを捨てられるほど、君に余裕はないと思いますが!」
「う、うるさい! わかった! わかったのじゃ!
一度しか言わぬからよく聞くのじゃ!」
「どうぞどうぞ」
「――――わ、わらわを助けてくれたら、お、お主のものになってやる……っ!」
顔を赤くして照れながら、セレスティアは言った。
一瞬、時間が止まったように感じた。
俺のものになると言ったか?
彼女の発言を受け、俺は冷静になった。
もし彼女をアルフォンスらに突き出した場合、何が得られる……と。
そんな疑問が生じた。
その答えはおそらく、元の世界に戻れるだけだ。
すぐいなくなる存在に、この国が何かするなんてことはないだろう。
逆に彼女に協力したらどうだろうか。
正直、セレスティアはこれまでに会ったことがないほどの美人だ。
今は精霊のような体形になってしまったが、元の姿はスタイルもいい。
性格は……ダメだ。まあ、どうにかすることはできるだろう。
俺は一瞬にして、彼女の提案に強く惹かれてしまった。
「おーい。ユーリ! 聞いておるのか?」
「ん、ああ……いいですよ。助けてあげます」
「お、おお!? あっさりと折れたのう。
それほどまでにわらわのことを気に入っておったのか?」
にまにまと笑うセレスティア。彼女はご機嫌だ。
俺はこの笑顔に惹かれてしまっている。
「保護を断るにしても、何と言いますか? 考えてあるんですか?」
もちろん考えていないだろう。
彼女は自分では何も考えないタイプな気がする。
「いや、それは、これから……じゃ!」
「はあ……」
俺はため息をついた。
「む! 待つのじゃ! 良いアイデアを思い付いた!」
「なんですか?」
期待はできないが、聞くだけ聞いてやろう。
「追放! 追放じゃよ!」
「君が俺にしようとしたことだね、それは」
「うぐっ……そ、それは忘れてくれ!!」
「この国から追放してもらうということですか?」
「そうじゃ! お主は外れ【天恵】。
わらわは不本意だが、嫌われ者じゃからな! 追放には打ってつけじゃ!」
別に、アルフォンスは外れ【天恵】なんて言っていない。
それに、こいつから偉そうに外れ【天恵】と言われると腹が立つ。
が、まあいいだろう。
「とりあえず聞いてみますか」
---
「すいません。お待たせしました」
俺は仲間と雑談していたアルフォンスに声をかけた。
彼はセレスティアに嫌な顔を見せてから、笑顔で答えてくれた。
「いえ。お気になさらないでください。では我が家へ向かいましょうか」
アルフォンスは大きく頷きながら、体をこの部屋の出口へと向けようとした。
「それは待ってもらえますか?」
「おや、どうしたのでしょう」
「俺たちは外れ【天恵】に加えて、じ、邪霊のコンビです。
追放されたりしないのでしょうか……?」
アルフォンスは口を小さく開けて、驚きの表情を浮かべた。
「勇者様を追放することはありませんよ。と断言したいところですが、
別の国で追放された勇者が魔王を討ったことがありまして。
王様から追放しないようにと固く言われているのです」
「例えば、追放してほしいと言ったらどうなりますか?」
「――――はい? 今、なんとおっしゃいましたか?」
「あ、いや、何でもないです。気にしないでください……」
目が怖かった。
同じことを二度繰り返す勇気は湧かなかった。
「どうするのじゃ……?」
セレスティアが耳元でささやいてきた。
俺は良い考えが思い浮かず、首を横に振る。
「勇者様……?」
俺たちのやり取りを心配に思ったのか、
アルフォンスからも不安そうな声が上がる。
選択のタイミングだ。
俺はセレスティアかアルフォンスのどちらかを選ばなければならなそうだ。
そして、俺は――――。
「……お世話になります」
アルフォンスに頭を下げた。
すまん! セレスティア。
状況が悪いんだ。
彼女が魔王であることだけは隠しておいてやろう。
頭を上げ、アルフォンスに視線を戻すと、彼はいたく喜んでいた。
目をきらきらと輝かせていた。
そして俺の手を握り、ぶんぶんと縦に振り、興奮している。
「ああ! 良かったです、勇者様!
邪霊の誘惑を振り払ってくださったのですね!」
アルフォンスはそう言いながら、キッとセレスティアを睨んだ。
そんな彼女の目は怒りに満ちていた。
ものすごい形相で俺を睨んでいる。白髪の毛が逆立っているほどだ。
この建物ごと俺たちを吹き飛ばしたりしないよな……?
最弱魔王にそこまでの力がないことを信じたい。
「そ、そうですね。よろしくお願いします」
俺は怒るセレスティアから一歩遠ざかり、アルフォンスの肩を叩いた。
そのとき、俺の脳内に機械的な音声が響いた。
『アルフォンスを魅了した! 経験値を獲得しました』
は? なんだ?
魅了? 経験値?
なんのことだ?
よく分からないが、アルフォンスの方を見ると、目をとろんとさせ、俺の指示を待っているように見える。
「あ、アルフォンスさん。大丈夫ですか?」
「ええ、勇者様。何なりとお申し付けください」
お、おう……。これはダメかもしれない。
……待てよ。もしかして、これはセレスティアと一緒に追放されるルートが確保できたのではないだろうか。
薄く涙を浮かべるセレスティアがかわいそうに思えたとか、そういう理由ではない!
今からセレスティアが許してくれるか分からないが、聞いてみるとしよう。
「アルフォンスさん。俺と彼女をローランド王国から追放してください!」