第7話
プヨ歴V二十六年四月二十一日。
信康達が傭兵部隊に入隊してから、二週間程が経過した。
今日は訓練が休みという事で、どう暇を潰そうかと傭兵部隊の兵舎にある自分の部屋に居た。
そんな時に緊急招集命令が下った。
兵舎に居た者達は勿論、外出していた隊員達も強制的に兵舎に呼び戻された。
傭兵部隊総隊長であるヘルムートも、深刻な表情を浮かべて兵舎を訪れていた。
兵舎に居る傭兵は全員、緊急招集命令を受けて既に食堂に集結していた。
まだ、今日の予定を考えていない者が多かった事も幸いして、直ぐに集結していた。
この場に居ない隊員が何人か居たが、昨日から外泊届けを出して、まだ帰還していないと思われた。
隊員達が大分揃った所で、ヘルムートが正面の一番目立つ位置に立った。
腕を組みながら目を瞑り、全員が静かになるのを待っている様だ。
その様子から何かあったと分かり、全員が空いている席に座り始めた。
信康もヘルムートが良く見える位置に座った。その隣にはルノワと、何故かジーンが居た。
「朝から俺達を集めて、何を始める心算だ?」
「さぁな。ただあの表情からすると、何かとんでもない事を言い出しそうだな」
回りに居る隊員達も、ひそひそと話していた。
やがてヘルムートが目を開けると、一人一人をしっかり見る様にした。
「此処に居ない者は後でお前等が教えてやれ。先程、軍上層部から報告が入った。国境にある城郭都市アグレブが、北方にあるカロキヤ山国の攻撃を受けて陥落したそうだ」
『えっ!!?』
それを聞いて、誰もが愕然としていた。
カロキヤ山国とはプヨ王国の北方にある小国で、正式名称はカロキヤ公国である。信康達がプヨ王国へ入国する一週間前に、プヨ王国に対して宣戦布告して来たばかりだ。
それに対してプヨ王国は、カロキヤ公国の侵略に備えて、戦力強化の為に傭兵を応募していたのだ。
しかし、募集してまだ日が浅いからか、信康達を含めまだ三百人程しか集まっていなかった。
これからも、順次募集を掛けて行き、戦力が十分になったらアグレブに送る予定であった。
その肝心のアグレブがカロキヤ公国によって陥落し、占領されてしまった。これでは作戦が根本から、見直され練り直しになる大事件だ。
ざわつく中、一人手を挙げている隊員が居た。それはリカルドだった。
「総隊長、質問をしてもよろしいですか?」
「発言を許可する。リカルド、何が聞きたい?」
「アグレブと言えば、対カロキヤの最前線にして、難攻不落と名高い城郭都市です。となればそのアグレブを陥落させるのに、カロキヤも相当な戦力を投入した筈です。カロキヤの戦力の規模を知りたいのですが」
「カロキヤ軍の戦力の規模についてはまだ調査中であるが、アグレブを陥落させた傭兵団の情報は入っている」
正規軍ではなく傭兵団がアグレブを陥落させたと知って、リカルドを筆頭に何人かが、怪訝そうな表情を浮かべた。
「ああっ・・・あの真紅騎士団だ」
『なっ!!??』
傭兵団の名前を聞いた途端、またざわついた。
真紅騎士団。またの名を血の河を渡る者と言われる傭兵騎士団だ。
元騎士が集まって設立された、傭兵騎士団とも言われている。
北欧にある大国のブリテン王国生まれの傭兵騎士団で、名前の由来通りに末端の兵士まで赤い甲冑を着ている。
真紅騎士団の実力は、欧州三強の一つに数えられ恐れられている。
中でも、真紅騎士団を率いる団長と十二人の幹部が十三騎将と言われ、一人で一千人の兵の働きをすると言われる文字通り一騎当千の強者揃いだ。
真紅騎士団の名前を聞いて、食堂に居る隊員は愕然としていた。
その中で、信康は静かに闘志を燃やしていた。
(真紅騎士団か。懐かしいなっ。あそこは強者揃いだった・・・ふっ。顔見知りと戦う事になるのも、傭兵の宿命だな。割り切って戦いを、闘争を楽しむ方向で行くとしようか)
回りを見ると顔を青くしている隊員も居るが、中には信康と同じく闘志を燃やしている隊員も居た。
「相手は真紅騎士団とカロキヤ軍の混成軍か。はっ、上等だぜ。腕が鳴ってきた!!」
バーンなどは気勢を上げて、椅子から飛び上がった。
「落ち着け、バーン。まだ話は終わっていないぞ」
「あ、ああ、そうだな。リカルドの言う通りだな。すまねぇ、総隊長。話を続けてくれ」
椅子に座り直したバーンを見て、ヘルムートは咳払いをして話を続けた。
「カロキヤの侵略を迎撃する戦いから、アグレブ奪還へと戦いは切り替わった。我々傭兵部隊も二週間後には、アグレブを奪還する為に出兵する。明日からは座学は省いて、朝から晩まで全て実戦訓練を時間を費やす事になった。お前等にはこの二週間、今まで以上の訓練をするからその心算でいろよ!」
それを聞いて何人かの隊員は、嬉しそうな笑みを浮かべた。退屈な座学が無くなるのが、余程嬉しかったみたいだった。
「世の中では一度の実戦は百の訓練に勝ると言うが、実際は一度の実戦より百の訓練が物を言うっ! 生き残りたかったら、これまで以上に身体を動かせっ! 良いな!!」
『了解しました。総隊長!』
全員が敬礼した。
「それから、貴様等も曲がりなりにもプヨの軍属なったのだから、今から階級を与える」
「総隊長、あたし達はどの地位に就くんですか?」
ヒルダレイアが、ヘルムートに訊いて来た。
「貴様等は一部が士官になり、残りは全員下士官として扱われる。経歴に応じて与えるが、ある八人を除いて一部の奴等が曹長で残り全員が軍曹だ」
「総隊長。そのある八人って、誰の事ですか?」
「グスタフ、バーン、ロイド、カイン、ティファ、ライナの以上六名が准尉になる。そしてリカルドとヒルダは副隊長と言う立場なので少尉だ」
名前を言われた隊員達は、特に何も思っていないみたいだった。
しかしリカルドだけは、不満だった様子だ。
「ヘルムート総隊長、どうしてその中にノブヤスの名が無いのですか?」
「それは、ノブヤスの年齢を考慮したからだ。ノブヤスの経歴と武勇は歴戦の傭兵顔負けのものだが、まだ若いからな。それにこれは、ノブヤスの希望あっての判断だ」
ヘルムートの話を聞いて、リカルドは再び抗議の言葉を発した。
信康も准尉に含めるべきだと、そう強く進言したのである。そんなリカルドの進言を、ヘルムートは首を横に振って否定した。
「俺も個人的にはそう思うが、准尉の枠は六名分しか無いんだ。本来ならばグスタフを外して、ノブヤスを准尉どころか少尉にしても良い位だが・・・残念ながら、既に決定事項だ。今更変えられん」
「それはそうですが」
「リカルド、ヘルムート総隊長の言う通りにしなさいよ」
ヒルダレイアが見兼ねてリカルドを窘めた。それで漸く、リカルドは静かになった。
「リカルドがそう言っているが、ノブヤス。お前はどうだ? 准尉になれなくて不満か?」
矛先が信康に向いた。
「いいえ。事前に通達された通り、俺は曹長で十分ですよ」
これは信康の本心であった。
(俺みたいな若造餓鬼が指揮しても、従わないだろうからな。現在は実績を作る事が必要だ)
既に、故郷では、大軍を指揮した経験もある信康だが、その経験も来たばかりのプヨ王国では全く関係が無い。
言った所で信じて貰えず、大法螺吹き扱いされるのが関の山である。それに民族が違う以上、信康に従わない隊員が多いと予想していた。
(実績を作って行けば、何れは部隊を指揮出来るだろう。それまで我慢だな)
信康の言葉を聞いて、感心している者も居れば、苦虫を噛み潰した様な顔をしている者も居た。
無論、それはグスタフだ。本来なら自分では無く、信康が選ばれていた。
当人の信康が辞退した事で、そのお零れに預かったと直属の上官から直接知らされれば、心中穏やかでは居られなかった。
「良し、ではこれより所属や階級を示す部隊章や記章を渡す。落としたら高い金払って再発行する羽目になるから、死ぬまで大切に扱え!」
そう言われて全員、渡された部隊章及び記章を大切にしていた。リカルド達は銅色の記章を渡され、信康達は鉄色の記章を渡されていた。
「これで、今日の会議は終了とする。本日は訓練も休みだからシッカリ休め。以上解散!」
ヘルムートは其処まで言うと、直ぐに立ち去った。ヘルムートが居なくなったので、空気がどっと和らいだ。
そして、各々で明日に備えて思い思いに休みを取ろうと、食堂から出て行った。
大半の者達は、選択に失敗したという顔していた。
何せこれから当たる敵は、この欧州にその名を轟かせる傭兵騎士団だ。誰が見ても、そう思うだろう。
「ああ、これだったらカロキヤの方に行った方が良かったな」
「今更だろう。それよりも早く酒場バーに行って、酒でも飲んで気を紛らわそうぜ。明日からは碌に、酒が呑めそうにねぇからよ」
「そうだな。それから娼館にでも行って、悔いが残らない様にするか」
大半が愚痴を零しながら、食堂から出て行った。
信康も休みを満喫しようと食堂を出て行こうとしたら、ぬっと人が立ち憚った。
立ち憚った人物は、グスタフだった。
信康には話す事はないが、立ち憚る所を見ると何か用があるのだろう。
「・・・・・・何か用か?」
「一つお前に言っておきたい事があって、それを言いに来た」
「さっさと言え。俺はお前と違って忙しいんだ」
一瞬眉が動いたが、直ぐに元の位置に戻った。
「この戦で俺は大手柄を立てるから、お前は、あの世で悔しがりながら戦場で土になれ、糞餓鬼」
それを言う為立ち憚るとは暇な事をすると思いながらも、信康はこう返す事にした。
「俺の故郷で、捕らぬ狸の皮算用と言う一つの諺がある。まだ手に入れてもいないのに、既に手に入れたと妄想から思い込んでいる馬鹿に宛てた諺だ。初日の時みたいに、大言壮語を吐いて大恥を掻く様な真似はしない事だ。精々、足元を掬われる事の無い様にするんだな」
「ふん、お前も気を付けな。敵は前から来るとは限らないからな」
グスタフは信康にそれだけ言ってから、ドカドカと大きな足音を立てて出て行った。
「全く、暇な奴め。戯言を口にする暇があるなら、素振りでもした方が有意義だろうに」
信康は鼻でグスタフを嘲笑う。
そして食堂を出た。折角の休みなので、寝ては勿体ないと思い信康は外に出かける事にした。
「おぅい、ノブヤス。何処かに出かけるのか?」
其処へジーンが、信康の背に声を掛けた。
「ああ、ちょっと其処ら辺を散策しようと思ってな」
「ふ~ん、ルノワも連れてか?」
「何っ!?」
信康は後ろを振り返ると、何時の間にか背後にルノワが居た。
「お、お前、何時の間に俺の後ろに?」
信康も故郷に居る頃から、気配を読む事に長けている。
しかし信康は、ルノワが後ろに居る事には気付かなかった。
「先程からですが?」
私が貴方の後ろにいるのは当然でしょうと、そう言わんばかりの顔をしている。
頭を抱える信康。
(面倒な奴に好かれたな・・・・・・・)
まぁ連れて行っても問題ないかと思い、信康はルノワを連れて出かけた。ジーンは去って行く信康とルノワの背中を、見えなくなるまで見送った。