第6話
そして信康が着いた先で見たのは、バーンが素手で、剣を構えている騎士を相手に戦っている場面であった。
それだけでは無く、ヒルダレイアとリカルドも騎士を殴っている所であった。
(何だ、これ?)
リカルドは、また騎士を一人殴って気絶させて周りを見渡した。其処で信康を見つけた様で、手を振っていた。
「やぁ、ノブヤス。君も来たのかい?」
呑気に手を振っている場合では無いのだが、リカルドは気にしていない様だ。
そんな、隙だらけのリカルドを後ろから騎士が殴ろうとしていたが、ヒルダレイアが横から殴って吹っ飛ばしていた。
「リカルド、もっと周りに注意しなさいよ」
「ああ、済まない。それにしても騎士団ってこんなに弱いか?」
「騎士団に所属している騎士達が全員弱い訳でも無いでしょう? 多分だけど、こいつらは末端よ」
「そうゆうものかな?」
「そうよ。全くこんな騒ぎにして、後始末する人が大変じゃないっ!?」
バーンとリカルドの軽率な行動に、ヒルダレイアは腰に手を当てて憤慨していた。
見ていた信康は、ヒルダレイアもリカルド達と同じ穴の狢だと思ったが、言えば火に油を注ぐ事態になる。其処で雄弁は銀、沈黙は金とばかりに何も言わなかった。
しかし、ヒルダレイアが憤慨するのも、無理は無かった。
地面に倒れている人間が全員、騎士団に所属する者達だったからだ。
これは、面倒な事になる誰の目から見ても分かり切っていた。
事の重大さを理解していないバーンは、好きなだけ殴ってスッキリした様子でこちらに混ざって来た。そんな呑気なバーンを見て、ヒルダレイアの額に青筋が浮かぶ。
「確かにこれは面倒だな。さて、リカルド。如何したら良い?」
「此処は取り繕わずに、正直に言うしかないと思うな。それ以外に手は無さそうだし」
「バーンっ、あんた何も考えなしに殴ったの!?」
「気に入らない事をしていたからつい殴っちまって・・・まぁ殴り終わってから考えようって決めてな。はっははは!!」
「殴ってから考える!? あんた馬鹿でしょ!?」
疲れた様子で、ヒルダレイアは溜め息を吐いた。
「事の原因は何だ?」
「おう。それがな・・・俺が此処に来た時に騎士連中が男をたこ殴りにしていた」
「それで何も言わずに、お前も殴ったのか?」
「いや、最初は止めようとしたぜ。そしたら何って言ったと思う?」
「何となく分かるけど聞こう」
「『貴様如き下賤の者が知る事では無いっ。さっさと何処かに失せろ!』って言いやがった」
「それで如何した?」
「そうしたら、丁度リカルド達が来て、殴る事情を尋ねたのさ」
「大方、男を敬わなかったとか、そうしたものじゃないのか?」
「ちょっと違う。正解は鎧に土を掛けたからだそうだ」
「そんな理由で? こいつら馬鹿だろう」
「俺らも止めさせようとしたら、向こうが因縁つけて来てな、それでつい手が出た」
「まぁ、そのおかげで殴られていた人は、無事に逃げたけどね」
「・・・・・・事情は分かったけど、さて如何したものかな?」
どうしたら良いかと四人で考えていたら、信康が名案とばかりに手を叩いた。
「ノブヤス。その様子じゃあ、何か考えが浮かんだ様ね? それで行きましょうか。リカルド」
「えっ!? 此処は素直に謝った方が良いと思うけど?」
「リカルドは馬鹿だな。それがこいつに通じる訳が無いだろう。じゃあ、ノブヤス任せた」
「任された。じゃあ、三人共この場を離れてくれ」
「おう、後は任せた。行くぞ。ヒルダ、リカルド」
リカルドはまだ言いたそうであったが、バーンに首根っこを掴まれて何処かに行ってしまった。
ヒルダレイアも、リカルド達の後を追った。
リカルド達の背が見えなくなってから、信康は地面に倒れている騎士の中で一番偉そうな者を探した。
そうしたら、一番金の掛かっていそうな鎧を着ている者がいた。
こいつが頭目だと信康は分かったが、顔を見た途端に顔を顰めた。
「こいつっ・・・この一週間位前にルノワに絡んでいたから、俺がボコボコにした貴族だな。ちっ、面倒な奴め」
思わず舌打ちした信康。
(此処は仕方が無いから、こいつを起こすか)
信康はフォルテスの頬を軽く叩いた。
少し、したら目をパチパチとしばたかせた。
「う~ん、ここは何処だ?・・・・・・っ! 貴様はあの時のっ」
「ご機嫌よう、フォルテス卿?」
「貴様、あの時の東洋人っ! 何故此処に居るっ!!」
「そう怒鳴るなよ。俺は散歩していて何か騒がしいと思って来てみたら、あんたが手下・・・部下達と一緒に此処で倒れていたんだ。無視して放っておくのも忍びなかったから、あんたから事情を聞きたくて介抱していた所であんたは目を覚ましたんだよ」
「そうか。私の介抱を進んでやるとは、下賤の者にしては実に殊勝な奴だ。介抱、大儀であった・・・貴様に訊くのは癪だが、一つ訊く。私達を殴った者共を知っているか? 知っているなら、褒美を出すぞ」
訊いている割に、随分と横柄な言い方だ。
信康もさっさとこの場から去りたいので、事前に考えた対策として先ず、先刻出会ったビュコックの顔を思い出した。
「あれはプヨ王国軍近衛兵団に所属している、警備部隊第二部隊の奴等だ。間違いない」
「そうかっ! おのれ王都アンシの番犬気取り如きがっ! この屈辱は決して忘れはせんぞ!」
フォルテスは信康の言った事を、あっさりと信じた様だ。
(これは信じているな。こいつ単純だな)
「良くぞ教えてくれた。これをやる、受け取れ」
フォルテスは懐から小さい袋を渡した。
袋の中を見ると、宝石が沢山入っていた。
「それは礼だ。貴様の様な下賤の者が貰えるのだ。ありがたく思うが良いっ」
フォルテスはそう言うと、気絶している取り巻き達を無理矢理起こしてから、何処かに行ってしまった。あの様子ならば、警備部隊本部にでも真っ直ぐ向かったのだろうと思われた。
現場の後には、信康と野次馬だけが残った。
こんな物要らないと、信康が言う僅かな暇も無かった。
「教えただけなのに、随分気前が良い貴族だな」
先程まで、居たとフォルテスと言う貴族が所属している、第三騎士団について信康は考えていた。
(確か・・・第三騎士団って貴族騎士団とかお坊ちゃま騎士団って言われていて、名門の貴族や高級貴族の子弟によって作られた騎士団だったな。騎士団は騎士位さえあれば平民出身でも入団出来るらしいが、かなり敷居ハードルが高いと聞く。それに噂で聞く所、プヨ軍最弱とかって聞いていたが・・・)
信康は先刻まで倒れていた、騎士達の人数を思い出した。
その人数はフォルテスも含めれば、実に二十人になる。そんな人数が殴り込みを掛ければ、騒動になる事は間違い無かった。
その二十人を相手に、たったの三人で一方的に勝利し全員を無傷のまま気絶させたリカルド達は凄いと言えるのか、相手が弱過ぎたのだろうか。
信康は恐らく、両方だと思っていた。これが他の騎士団の騎士ならば、こうは行かなかった筈だ。
「これで、さっきのいけ好かなかった爺に仕返しが出来て丁度良いぜ」
信康は思惑通りに事が運んだ事に、ニヤリと笑っていた。
(これをどうしようかな? 正直言えば要らないのだけど、如何するか?・・・まぁこう言う物は幾等あっても、困る物でも無いか)
信康は宝石が入っている袋を握りながら、考えていた。
「ノブヤス様? 何をしているのですか?」
声を掛けられて宝石の入った袋を懐に入れて振り返ると、其処にはルノワと一人の女性が荷物を抱えていた。
その女性の名前を信康は覚えていなかったが、同じ傭兵である事だけは覚えていた。
「ルノワ、買い物の帰りか?」
「ええ、そうです。それでこの状況はどうしたのですか? 喧嘩でもなさいましたか?」
人だかりの中、信康が一人で立っているのだからそう取られても無理はないだろう。
信康は苦笑しながら、ルノワの方に寄って来て荷物を持った。
「歩きながら話す。それと差支えないなら、あんたの荷物も俺が持つが?」
女性傭兵に訊ねながら、信康は容姿を見た。
白銀の髪を腰まで伸ばしていて、女性にしては長身であった。
切れ長な瞳で、気の強そうな顔立ちであった。
「良いのかい? じゃあ、お言葉に甘えるとするか」
そう言って女性傭兵は荷物を信康に持たせて、軽く身体を伸ばしていた。
「ふう~。色々と買い過ぎて重かったぜ。大丈夫かい? あんた」
「この程度、別に何とも無い。俺は信康だ。あんたの名前は?」
「俺はジーン・コーウェルだ。あんたと同じ傭兵で、其処に居るルノワの同居人ルームメイトだよ」
その話し方が、女性と話しているよりも男性と話している様だが、ジーンの男勝りな風貌に良く合っていた。
「同室の者か。ルノワは何か面倒をかけていないか? こいつは見て分かるが黒森人族ダークエルフだ。人間と違って少しずれている所があるから心配だ」
「ノブヤス様、私は普通です。別にそんな所は有りません」
少しムッとしているルノワ。
「ああ、ルノワの言う通りだ。変な所とか、そんなのはねぇよ。良い同居人ルームメイトに恵まれて、俺は嬉しいぜ」
「そうか、それなら良い」
それを聞いて、信康はルノワに目を向けた。
良くやったと頭を撫でたいが、荷物を持っているため出来なかった。
「話を聞いて、お前を見たら悪い奴じゃ無さそうだな。一緒に仕事をする仲だ。仲良くしようぜ」
「ああ、こちらからも頼む」
「良~し。今日は俺が旨い物食わせてやるから、楽しみにしていろよ」
「ジーンは自炊が出来るのか?」
「ああ、意外に思うか? これでも家事とか裁縫は得意だ」
「別に、傭兵稼業している者には必須だろう」
「そうだよな。俺の知り合いの奴らは家族以外皆、意外だの似合わないだのって言うぜ」
(まぁ、分からなくもないが)
男勝りな性格だからだろう。誰が見ても料理が出来るとは思わないだろう。
「まぁ、そう言った奴らは片端から半殺しにしたけどな」
なんとなくだが、信康はその状況が想像出来た。
「生モノとか有るから痛んじまう、早く行こうか」
「そうだな、早く兵舎に行って美味しい飯を食べるか」
三人は並んで、ヒョント地区の傭兵部隊の兵舎に歩き出した。
その歩いている途中で、信康があの場に居た事を語り出した。
「そんな事があったのですか!?」
「そいつは災難だったな。それにしても、その騎士連中も、たかが鎧を汚したくらいで人を殴るなんて聞いているだけで腹が立つぜ!」
ジーンは苛立ち気に、地面に唾を吐いた。
「フォルテス達の行動も気に食わんが、それ以上に警備部隊の態度も気に入らんかったがな」
「それでリカルド達のやった事を、警備部隊になすり付けたのですか?」
「ああ、良い気味だ」
信康は、ざまあみろと言った顔をしていたが、ジーンとルノワは呆れていた。
「・・・・・・まぁ言いたい事は分かる」
「分かっているのなら、そんな事をしないで下さい。これで傭兵部隊にも火の粉が飛んで来たらどうする心算ですか?」
「そうだな。後先考えて行動してくれよ」
信康は顎に手を当てながら言った。
「まぁ、何だな。もしこれで問題になったら、全部リカルド達の所為にすれば良いだろう」
それを聞いて二人はぎょっとした。
「お前、もしかしてそうなったらあいつ等売るのか?」
「おいおい、人聞きの悪い事言うなよ。そんな事をする訳無いだろう。俺はもしもの話をしているだけだ」
信康はそう言っていたが、二人の内心では同じことを思っていた。
(これは絶対売るな)
(絶対売るわね。でもそんな冷血な一面も素敵)
信康達は傭兵部隊の兵舎に着くまで、話をしていた。
話を聞いた所、ジーンは信康とは三歳違いだ。傭兵の仕事が無い時は、両親が経営している牧場で働いているそうだ。
別にこういった方法で、傭兵をしている者は珍しくも無い。
傭兵とは、戦争期間中はどれだけあっても足りない程に必要となるが、そうでなければ、無用の存在であり常に需要があるとは言えない商売である。
例え、ガリパニア地方が戦国乱世の真っ只中と言えど、年中無休で戦争をしている訳では無いのだ。その為に傭兵が仕事の無い時は、何か別の仕事を副業にしてお金を稼いでいる。
信康は金銭的に何も困っていないのだが、暇潰しも兼ねて臨時的な副業も幾つか経験済みである。
そんな事を話をしつつ、信康は警備の仕事を思い出した。これから戻るべきか悩んでいた。
(・・・・・・うん、此処は戻らないで成り行きにまかせるか)
考えるのが面倒になった信康。
悩んでいたら足が止まったのだろう。少し離れていた所から二人に声を掛けられた。
「おい、何しているんだ? 早く帰らないと飯が無くなるぜ」
「今日は良い食材を沢山用意出来ましたので、ノブヤス様の為に美味しい料理を沢山作りますよ。楽しみにしていて下さいね」
「ああ、それは楽しみだ」
信康はそう言ってから、二人を追い掛けた。
その判断が後で良かった事は、信康は知らない。
丁度その様に考えていた時に、警備部隊とフォルテス率いる第三騎士団の小隊が騒動を起こしていた。最初こそ唯の殴り合いだったが、最終的には剣を抜いてあわや流血沙汰になり掛けたそうだ。
次の日の朝、リカルド達は傭兵部隊総隊長のヘルムートに呼ばれて養成所に行くと、警備部隊からの報酬を渡された後に、開口一番に昨日の警備の事を訊かれた。
隠しても無駄と悟り、全員を代表してリカルドが事情を説明した。
今回は不問にする代わりに、三日間の厩舎掃除を言いつけられた。ヘルムートは当初一週間にしようとしたが、警備部隊の言動に立腹したので三日に抑えたのである。
因みに、信康の誤魔化しなど勿論ヘルムートに通じる筈も無く、その掃除に参加させられたと言うのは最早言うまでも無かった。