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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章
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第5話

 プヨ歴V二十六年四月七日。


 模擬戦を終えてから、三日が経過した。総隊長であるヘルムートの指導の下で、傭兵部隊は今日も訓練に明け暮れていた。


 午前は座学で、午後は集団調練であった。午後に座学にすると、居眠りする者が後を絶えないからだ。


 傭兵達は座学を受けているよりも、身体を動かしている方が嬉しい様だ。そもそも勉学を好む人間は、傭兵稼業など選んだりしない。


 午後になると、大半がイキイキとしている。その調練も、五時間程で終わりになった。


「良~し! 今日はここまでとするっ! 各自これからは自由に行動しろ。解散!!」


 ヘルムートの声が響いた途端。傭兵達は地面に座り込んだ。


 中には、大の字になっている者も居る。


 一休みして疲れが取れたら、思い思いに行動するのだろう。


 信康はそれ程疲れていないみたいで、立ってこれからどうしようかと考えていた。


(暇だから、何処か行くか)


 ルノワを誘おうと思って辺りを見たが、既にルノワは居なかった。


 普段は何時の間にか側に居るのだが、訓練が終わり次第今日は買い物に行くと言っていた事を思い出した。


 仕方が無いから、一人で何処かに行く事にした。


 出かけようとしていた、その背に声が掛けられた。


「お~い、ちょっと良いかい? ノブヤス」


 信康が振り向くと、其処にはリカルドと顔は見慣れているが名前を覚えていない二人の男女が居た。


「俺に何か用か?」


「ああ・・・ちょっと手を貸して貰いたい事があるけど、時間は有るかい?」


「暇だから良いぞ」


 信康に用事が無く承諾してくれたので、リカルドは喜んだ。


「それで、何をする心算だ?」


「うん。今から俺達三人は、王都アンシを護る警備部隊の応援に行く所なのさ」


 信康はリカルドの話を聞いて、何故所属部隊が異なる警備部隊の応援に行くのだろうと信康は思った。


「ああっ。総隊長から声を掛けられて何だろうって思ったら、応援に行って来て欲しいってさ。それで手伝いに行く事にしたんだ。勿論、ちゃんと別で報酬もあるよ」


「お前も人が良いな。暇だし報酬もあるってんなら良いぜ」


「そうか、じゃあ行く前に軽く自己紹介しても良いかな」


 リカルドがそう言うと、背後に居た男女が前に出て来た。


「俺はバーン・コルネリアスだ。よろしく頼む」


 リカルド同じ二十代だが、身長が二メートル以上あるだろう長身で、精悍な顔立ちで、逞しい身体をしていた。


 バーンが握手を求めて来たので、拒否する理由も無い信康はそれに応えた。


 力込めて握り出したので、こちらも負けない様に力を込めた。


「おお、お前っ。中々出来るな。大半の奴等は、この時点で痛がるのによ」


「どういたしまして、それともありがとうと言うべきか?」


「リカルド。これだけ出来れば俺は文句無いぜ。こいつと酒を飲んだら面白そうだ。はっはっははははは!」


 バーンは実に楽しげに笑い出した。


 次に信康は女の方に目を向けた。


「あたしはヒルダレイア・オルドレイクよ」


 こちらも二人と同じくらい年齢だろう。長い金髪で可憐さがある女性だ。所作に品が有るので傭兵なのかと訊きたくなった。


「最後に僕はリカルド・シーザリオンだ。気軽にリカルドと呼んでくれ。ノブヤス」


「ああ、そっちの二人はどう呼べば良い?」


「あたしはヒルダで良いわよ」


「俺はバーンで頼む」


「了解した。それで何処に手伝いに行く?」


「場所は北のファンナ地区にある、ナンナン通りだ。少し歩くけど良いかな?」


「別に問題無い。それより早く行こう」


 信康は早く行こうと急かした。


 リカルドは苦笑しながら歩き出した。他の二人もその後に続いた。




         


「へぇ・・・するとお前は大和を出てから、今日まで色々な国で傭兵をしていたのか?」


「ああ、そうしてもう三年位になるかな」


 目的地のナンナン通りに着くまで、暇なので互いの身の上話をしながら向かっていた。


 それで色々と分かった事がある。バーンを除いてリカルドとヒルダレイアは、このプヨ王国の出身だと分かった。


 そして、唯一プヨ王国出身では無いバーンは北米共和国出身であり、十代から傭兵をしていて、リカルドとはある国で知り合ったそうだ。


 年齢がそれほど変わらない事で馬が合い、それ以来一緒に仕事をする事にしているらしい。次のヒルダレイアは、リカルドとは幼馴染だそうだ。


 こちらは家柄が没落貴族出身だと聞いて、雰囲気から滲み出る高貴さはそう言う事かと思った信康。


 しかしそんな事情も気になるが、ある事が気になっていた。


(オルドレイクと言っていたな・・・・・・偶然か? あの爺様と同じ家名というのは・・・)


 信康は気になって思案していたが、沈黙していると怪しまれると思いヒルダレイアに何故傭兵稼業をしているのか訊いてみた。


「自分で言うのも何だけど・・・あたしの実家のオルドレイク家は、名家の一門だったの。だけどある事件を切っ掛けに、あたしが生まれる前に没落してしまったのよね。それ以来は家族総出で、傭兵稼業を中心に食い扶持を稼いでいるのよ」


「騎士団に入れないのか?」


「無理ね。あたしはそもそも、騎士位すら持っていないもの。家族は皆が持ってはいるけど、なんだかんだ理由を付けて、誰も復帰出来て無いわ」


 だからこうして傭兵をして手柄を立てる事で、何時かオルドレイク家を再び再興させるのが悲願だそうだ。


 最後にリカルドだが、ヒルダレイアと違って現役の貴族家の出身なのだそうだ。


 自分は三男でシーザリオン男爵家は長男が継ぎ、次男はシーザリオン男爵家の縁故を頼って第三騎士団に入団している。


 リカルド自身は、親に第三騎士団に入団する様に言われたが、断ってシーザリオン男爵家を飛び出した。


 それ以来、実家のシーザリオン男爵家とは、絶縁状態になっている。


 縁故頼りで入団する位ならば、傭兵をしている方が気楽で良いとリカルドは言っていた。


 もし、騎士団に入団出来る機会があるなら、実力で入りたいそうだ。


 リカルド達も自身の身の上話をするので、信康も自分の事をかいつまんで話し出した。


 相手にばかり話をさせて自分だけ話さなければ、それだけで悪い印象を与えてしまう。


 それでも自分の過去はあまり話したく無かったので、文句を言われない程度にぼやかした。


「ノブヤス、君は今年で幾つになる?」


「今年で十八になるな。リカルドは?」


「俺は今年で二十になる。バーンは自分よりも一歳上の二十一歳で、ヒルダは同い年だよ。ノブヤスが傭兵部隊で、最年少なんじゃないかな?」


 信康達はその後も、他愛の無い話をしながら目的地に向かう。


 目的地のナンナン通りに到着すると、王都警備部隊の指揮官を探した。


「確かナンナン通り此処に来てくれと言われたのだけど、何処に居るかな?」


 リカルドは周辺を見て、それらしい人物を探した。


 仕方が無いので、ナンナン通りで待っている事にした信康達。


 待つ事、数分が経過した。するとナンナン通りの向こうから、信康達の下へにやって来る兵士達が来た。


 その中で一番立派な板金鎧を着ている壮年の男性、おそらく指揮官だろうと思われる男性が話し掛けて来た。


「お前達が警備の手伝いの為に、派遣されて来た奴等か?」


「ええ、そうです。そういう貴方は?」


「儂はプヨ王国軍近衛師団所属、警備部隊第二部隊部隊長をしているビュッコック・クラノアだ」


 年齢は五十後半だろう、鋭い目付きに精悍な身体で大きな顔にはカイゼル髭があった。


 その目は信康達を、明らかに蔑んでいる目だ。


「私達は・・・」


「いや、名前など聞かなくても良い。貴様等傭兵如きの名前など、知りたくもないし興味も無いからな」


 会っていきなりこんな言葉を掛けられたら、誰でも立腹するに決まっている。現にバーンはビュッコックに詰め寄ってきた。


「おいっ、爺ぃっ! 俺等は手伝いに来たのに、その態度は無いだろうがっ!?」


「誰も手伝いに来いとは言ってないぞ。お前等の上官が頼むから、こうして手伝わせてやっているのだ。精々有り難く思え」


「それでも態度には出さない位は、表向きは取り繕えってんだよっ!!」


「ふんっ! 礼儀や礼節のれの字も知らなそうな、お前達にそんな事を言われるとはなっ! お前達風情と話をしていても無駄だなっ。むしろ儂等の仕事を手伝わせてやる以上、無駄に面倒事を起こすなよ。分かったか! ゴロツキ共っ!!」


「やろっ!」


 バーンはビュッコックに殴り掛かろうとしたが、リカルドが肩に手を置いて止めた。

 バーンは顔をこちらに向けて何か言いたそうにしていたが、リカルドは首を横に振った。


 バーンは舌打ちをして下がった。それを見てヒルダレイアは、ほっとしていた。


「ではこれより私達、傭兵部隊の者は警備部隊の要請(・・・・・・・)に従い、警備を手伝わせて頂きます」


 リカルドが一矢報いんばかりにそう皮肉を言うと、ビュッコックは鼻を鳴らして、面白く無さそうな表情を浮かべた。


 そんな、ビュッコックの態度を見てバーンがまた怒り出しそうなので、直ぐにその場を離れようとしたら、ビュッコックが言って来た。


「お前達は、ここから少し左に行った所にあるラインリバーに居ろ。其処がお前達傭兵共の担当だ。交代の時間になったら、人を送ってやる。それまで其処に居ろ。良いな!」


「・・・・・・了解しました」


 リカルドがそれだけ言って、今度こそビュッコックから離れた。


 言われた場所に向かっている最中で、ヒルダレイアとバーンは怒り心頭であった。


「何あの態度! あたし等がたかが傭兵だからと言って、警備を手伝ってあげる人にあそこまで言わないでしょう。普通」


「全くだっ。俺も色々な国に行ったが、此処まで酷い扱いをされたのは初めてだ」


「まぁまぁ、そう怒るなよ」


 リカルドは必死で二人を宥めると、バーンは不満そうな表情を浮かべてリカルドは何とも思わないのかと尋ねて来た。するとリカルドは、困った表情を浮かべつつも答える。


「確かに少し腹が立つけど、俺達は傭兵なのは間違いないからね。向こうの態度は、あれで普通だと思うぞ」


「俺はこの稼業についてから、こんなに腹が立つ事は無かったぞっ!」


「そうかも知れないが・・・今は我慢だ」


「ふんっ・・・ノブヤスっ。さっきから何も言わないが、お前も腹が立つだろう?」


 話を振られた信康は、特に怒っている顔をしていなかった。


 何故ならこんな態度を取られるのは、信康にとって初めてでは無い。


 ビュッコックの言動よりも何百倍も立腹する態度など、何度も受けているからだ。そんな苦い経験を前にすれば、ビュッコックの言動など微風に等しいものである。


「まぁリカルドも言っていたが、此処は一つ我慢だな。戦争が起きたら活躍して、奴等の鼻を明かしてやれば良いだろう? あいつ等はこの王都アンシが戦場にならない限り、戦場に出る事も無い。本物の戦場を経験して生き残って来た俺達からすれば、酔っ払いや小悪党とかの相手しか知らぬ警備部隊の連中など、ヒヨッコ以下の存在なのだから」


「むう、意外に冷静だな・・・確かに言われてみりゃ、ノブヤスの言う通りだなっ!!」


「あたしはノブヤスが一番怒ってそうだと思ったのに・・・でもノブヤスの言葉を聞いていたら、怒りも収まってしまったわね」


 バーンとヒルダレイアは信康のその反応を見て、幾分か冷静になった様だ。そればかりか、称賛する信康の言葉に上機嫌になっている。


 リカルドはそんな反応を取るので、感心している様子で見ていた。


「君は若いのに冷静だね。正直驚いたよ」


「他人が怒っている姿を見ると、逆に冷静になるものだ」


「まぁ、そうだろうね。僕も二人があんなに怒るから冷静になれたよ」


 リカルドと話しながら、信康は考えていた。


(暇だから付いて来たが、まだ何かありそうな気がする)


 何故か信康は、そんな予感がしていた。


 そうしてラインリバーで警備をしていたら、川の向こうから人だかりが出来ていた。


 リカルドらの顔を見ると何をしているか、見当がつかいない顔をしていた。


「あの人だかり気になるな。さて、どうするか」


 リカルドは考え込んでいたが、バーンはいの一番に向かっていた。


「バーン!? 何処に行くっ!」


「何か起こっているみたいだし、此処に居ても暇だからちょっと見に行ってくる!」


「おい! 待てっ! 一人で行くなっ!」


 リカルドの制止の言葉も聞かずに、我先にと行ってしまったバーン。


 リカルドとヒルダレイアは、思わず溜め息を吐いた。


「ずっと思っていたんだが、バーンは結構考え無しに行動する奴だな。獣より本能で動いていないか?」


「何時もそうよ。この面々の中じゃ最年長の癖に、一番子供っぽいんだからっ!!・・・それでどうする、リカルド?」


 ヒルダレイアに話を振られたリカルドは、顎に手を添えて思案を始めた。


 リカルドが思案した結果、バーン単独では状況悪化を招きかねないと判断した。其処で信康とヒルダレイアはこのまま待機し、リカルドだけでバーンを連れ戻すと決意した。


「リカルド一人では無理だと思うわ。あたしも付いて行く」


「いや、駄目だ。この仕事を放置してはいけないだろう? 何かあれば、其処をビュッコック隊長に責められる。そうなると傭兵部隊にも迷惑が掛かってしまうから、二人とも頼むよ」


 リカルドの正論を聞いた信康だったが、沈黙するヒルダレイアと違いある代案を提案した。


「いや、ヒルダの言う通り俺がラインリバー此処に居るから二人で行けよ。そうしたら、何か起きても大丈夫だろう」


「良いのかい? ノブヤス一人にして」


「気にしないで良いぜ。何か起こっても、お前等二人がバーンを連れ戻して来る間は対応出来るさ。それよりも早く、バーンを早く連れ戻した方が良いと思うぞ」


 信康はそう言っても、リカルドは直ぐに承諾出来なかった。其処へヒルダレイアが、リカルドに促し始める。


「リカルド、ノブヤスが此処まで言っているから任せましょう。このままどっちつかずで居たら、向こうの事態が本当に悪化するわよ。あたし達二人でバーンを速く連れ戻して、警備に戻れば問題ないじゃない?」


「・・・・そうだな。じゃあノブヤス、済まないけど任せるよ」


「ああ、任してくれ」


 信康は手で胸を叩いて、リカルドとヒルダレイアに了承した。それを見て、二人はバーンを連れ戻すべく慌てて駈け出した。


 信康は二人の背中を見送り、見えなくなったら気を抜いた。


(まぁ、二人もすぐ戻って来る筈だ。それまで一人でも大丈夫だろう)


 そう軽く考えていたが、そう上手くいかなかった。


 どれだけ待っても、リカルドもヒルダレイアも戻ってこなかった。


 時計があったので見てみると、リカルドとヒルダレイアがバーンを連れ戻しに行ってから十分が経過していた。


「遅いなっ。何をしているのだろう? 相も変わらず人だかりは無くならないし・・・」


 これは何かあったなと思ったが、警備の仕事をしている以上持ち場から離れられないので困っていた。


 すると川向こうから、いきなり人の悲鳴が聞こえて来た。それを聞いて、信康は思った。


(三人の内の誰かが、面倒事起こしたな。はぁ、俺が警備に就いている時にしなくても良いだろうに。誘いを受けたのは、失敗だったかな?)


「・・・・・・・まぁ言っても始まらんか。良しっ。自分は持ち場に居たが、悲鳴が聞こえて来たから現場に行ったって事にしよう」


 持ち場を離れた事を、問い正された時の言い訳を呟いてから、信康も現場に行く事にした。

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