第57話
「そらっ!」
信康は馬に鞭を打って、進ませた。
目的地までの道を見ながら、通常よりも速い速度で馬車を走らせていた。早いと言っても規定違反の速度を超えない限り限りの速度、そして周囲に注意しての走行を行っていた。
「馬車というのも、悪くはないな。今まで乗った事はあったが、操縦した事はないから新鮮だ」
信康は御者席に乗りながら、一人ごちる。
ジーンと一緒にケル地区にあると言う駅馬車組合本部に向かうと、半ば強制的に加入させられた。
その際に注意事項を幾つか聞き、早速仕事を貰えた。
貰えた仕事は、配達物の運搬であった。
午前十一時までに、配達物を届けろという仕事だった。
その時の時間は午前十時半。後三十分で届けろという無茶な仕事だった。
だがその分、貰える報酬が良かったのだ。時間通りに届けたら、金貨十枚だそうだ。
通常であれば配達物の運搬一回の報酬の相場は、安くて銀貨一枚であり高くても銀貨五枚だ。無論、配達物が高価であったり壊れ易い物であれば支払いに必要な費用は跳ね上がる。
そんな通常の二百倍から一千倍以上の報酬を出すのだから、余程の貴族か富豪なのだろうと思った。
しかし、そんな大仕事を新人の自分して良いのかと思えた。
受付にさり気無く訊いてみると、どうやらこの届け先はかなり気難しい所だと分かった。
何でも一分でも遅れたら罵倒される上に、組合に苦情が来たそうだ。
道の混み具合で届ける時間は少し変わる事は、この仕事ではよくある事だ。それなのに、その家は少しの遅れも嫌うらしい。
それだけでは無い。かと言って速度重視で配達物に僅かでも傷が付こうものなら、苦情だけでなく損害賠償まで求めて来ると言うのだ。
なので熟練の組合員すら配達するのを嫌がり、新人の信康に白羽の矢が立った。
もし遅れたり傷が付いても新人という事で、大目に見て貰おうと言う魂胆であった。思惑の内容がせこいと思いつつ、荷物を馬車に乗せて地図を見ながらその家に向かっている。
信康ならば、配達物を虚空の指環に保管可能である。そうすれば配達物に傷が入る事は先ず有り得ないので、通常よりも速度が出せて走れるのである。
(警備部隊に見つかっても咎められない速度を維持しつつ、このまま駆け付ければ時間までには着く筈だ)
そう思いながら手綱を片手で操って、配達物を届ける指定先の住所を確認する信康。
「え~と、ファンナ地区にゴルド通りザクロイト番地の五-二と」
ファンナ地区は富裕層が多い地区だ。届け先が富裕層だと思っていたので、どんな奴が頼んだのだろうと思いながらファンナ地区に入る信康。
地図を何度か見ながら漸く、書かれている住所に着いた。
「この屋敷だな」
信康はその住所の前で、馬車を駐車する。次に虚空の指環ヴォイド・リングから配達物を取り出して、信康は馬車から降りた。
そして目の前にある屋敷を見た。
信康の目の間にあるのは、一言で言えば豪邸だった。
門が既に信康の身長を遥かに超えた大きさで、その門の奥にある庭もだだっ広い芝生だった。
その上、庭の奥にはデカいとしか言えない屋敷がドーンと建っていた。
「デカいな。誰が住んでいるんだ?」
そう独り言ちながら、信康は門の前にある呼鈴を鳴らす。
鈴のような綺麗な音色を響かせながら、呼鈴が鳴りだした。
呼鈴が鳴り出した後に少しして豪邸から、誰かが出て来て門にやってくる。丁度逆光で、顔が見えなかった。
その者が門の所まで来て、漸くその顔が分かった。
「お待たせしました。当家に何か御用でしょうか?」
「お届け物です。・・・・・って、あれ?」
門の所まで来たのは以前、プヨ王立総合学園の校門前で知り合ったマリーザの女性執事であったダリアだった。




