第53話
「このっ」
男性の打撃を難なく受け止め、信康はお返しとばかりに拳を相手の腹に叩き込む。
「ごっっ!!?」
男性は腹に強烈な一撃を貰い、腹を抑えてクの字になる。
詫びるかの様に差し出された首に、手刀を叩き込んで気を失わせる。
「喰らえっ!!」
信康の顔を狙った一撃は、何なく躱された上にその手を掴まれ背負い投げされた。
「ぐえっ!?」
潰れた蛙の様な悲鳴を上げた男性の首を、信康は容赦無く踏み付けて捩じる。もし、思い切り力を込めていれば、男性の首は折れて即死しているだろう。
そんな手加減を知らない男性は、苦悶の表情を浮かべて動かなくなった。
残りの一人は今までの攻勢を見て、ビビッてしまい逃げ腰だ。
容赦無く胸倉を掴むと、そのまま顔面を殴る。
殴られた男性は声を上げずに、天幕の外へと吹っ飛ばされた。
一人残ったムスナンは、唖然とした顔で立っている。
「ば、ば、馬鹿なっ!? 私の護衛達をこうも簡単に倒すとは・・・・・・・・・」
信じられない顔で、信康達を見るムスナン。
信康はぺキパキと拳を鳴らしながら、ムスナンに近寄る。
「もうちょっとマシな護衛を雇うんだな。さて・・・あんたをボコれば終わりだな」
「え、ええいっ!? 貴様の様な下賤な者にやられる、私ではないわっ!!」
ムスナンは、腰に差している剣を抜いた。
信康はジッと、ムスナンの顔を見る。
「お前・・・剣を抜くと言う意味、分かっていて抜いたのだろうな?」
「う、うるさいうるさいうるさいっ!!? 要はバレなければ良いだけだっ!!」
ムスナンは信康に向かって、剣を振り被る。
信康は溜息を吐きながら、ムスナンの振り下ろされた剣をあっさりと躱した。
「おおぅっ!?」
信康に躱されると思っていなかったムスナンは、身体の体勢を崩した。
そのままムスナンは、前に向かって足を数歩進める。其処を信康とシエラザードは、左右に分かれてそれを躱した。その隙だらけのムスナンに向かって、信康は首筋に手刀を落とした。
「がほっ!?」
急所に手刀を喰らい、白目を剥き倒れるムスナン。
信康は足先で突くが、ムスナンに反応は無い。護衛の男性達と同様、気を失っているのだろう。
「これで、どうにかなったな」
「ええ、助かりました。ありがとうございます」
シエラザードは頭を下げて、信康に礼を述べる。
「お前も大変だな。美人の宿命とはいえ、こんな盆暗に惚れられて」
「ええ、少々困っていましたので」
苦笑するシエラザードの顔には、疲れた色が見えた。
こんな奴に付き纏われたら、実に大変だろうなと思う信康。
「こいつらはどうする?」
「まぁ一応貴族ですから、殺されて身包みを剥がれる様な事は無いと思います。流石に懐の物は盗られるかもしれませんが・・・自業自得ですので、このまま放置しましょう」
「了解した。それで、お前はどうするんだ?」
「今日はもう帰ります。一緒に帰って頂けますか?」
シエラザードは縋る様に、信康を見る。
「お安い御用だ。そもそも、帰る所は同じだから構わん。で、この天幕テントはどうするんだ?」
「少し待って下さい・・・収納」
シエラザードはそう呟くと、黒穴が生まれる。
その黒穴が呼吸をするかの様に、空気を吸い始めた。すると天幕がその黒穴の中へと、飲み込まれて行く。
天幕は吸い込まれ、黒穴が消える。後には何にもない所に倒れているムスナン達と、立っている信康しかいなかった。
「これは、収納の魔法か」
「ええ。私は魔法が得意ですから」
「成程・・・うん? つまり魔法使いだったなら、最初から自分で撃退出来たのでは?」
魔法を使って追い払えば、来なくなると思った信康。これではフォルテスとルノワの時と、全く一緒だなと改めて思った。しかしシエラザードは、その言葉を聞いて首を横に振る。
「魔法を使える事が分かったら、余計に執着されそうです。魔法使いは貴重だから、勧誘する為とかの口実で」
「ああ~、あり得るな・・・ん? 待てよ」
シエラザードが言う様に、魔法が使える人材は貴重である。信康の故郷である大和皇国では、魔法使いも魔術師も共通して陰陽師と呼称される。
大和皇国でも陰陽師の存在は貴重であり、常に争奪戦だったと懐かしそうに思い出していた。しかしそれよりも、シエラザードに問いたかった。
「おい、一つ聞くが・・・俺を利用したな? そもそもあんな場所で店を開いても、客なんざ来ないだろう?」
信康が少しばかり鋭い視線を、シエラザードに向けて問い詰めた。するとシエラザードは、隠す事無く白状する。
「仰る通りです。自力で解決したら面倒事が増えそうでしたし、他のお客様を巻き込む可能性がありましたから・・・歓楽街でもお店を開く事はありますが、もっと大通りの方ですね。と言っても私の気分次第で、王都アンシの各地にお店を開いているのです。勿論、許可は取ってありますので御安心を」
「・・・そうかよ」
信康はそれ以上何も言わず、シエラザードを連れて歩き出す。
残されたムスナン達だったが、懐に合った財布にあった現金と身に着けていた装飾品だけ盗まれて、それ以外は手が付けられる事も無ければ、危害を加えられる事も無かった。
もし其処までやっていたら、クレイディルス伯爵家が手段を選ばず犯人を探し出して報復していたに違いなかった。実に生き残る事に、長けている選択肢であった。
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「へぇ。元々は別の国に住んでいたが、問題を起こして国に居られなくなってこのプヨに移住したのか」
「そうですね。妹達と一緒に」
「妹達?」
「私達、三姉妹なんです。本当は私だけ国を出る予定だったのですが、妹達も付いて来てくれたのです」
「ほぅ、妹達か」
シエラザードがこんな美女なのだから、妹達もさぞかし美女なのだろうと思う信康。
(是非とも、お知り合いになりたいな)
そして何時かはと思い、その為には先ずはシエラザードとの仲を良くしようと考えた。
「俺も似た様なものだな。故郷でいざこざに巻き込まれて、傭兵稼業に身をやつしているから」
「そうなのですか。成程・・・それで、貴方には何処か気品を感じさせるのですね」
「気品? はっははは、この傭兵生活で、垢抜けしていると思うがな」
大笑いする信康。
シエラザードは笑う信康を見るが、何も言わない。
だが、その顔には親近感を感じさせるものを感じた。
(良しっ! これで掴みは良いな)
そうこうしていたら、到着予定地であるケソン地区のアパートメントの前に着いた。
「着いたな」
「ええ。ああ、それと」
シエラザードが胸の谷間に手を入れる。
その際、胸がタユンと揺れたのを信康の目に焼き付いた。
(色んな物を仕舞っているのな)
そう思っていたら、シエラザードは胸の谷間から三枚の紙を出した。
「私の事は、どうぞシエラとお呼び下さい。それから、今日のお礼です」
「良いのか? 分かった・・・それとこれは?」
「符術は分かりますか?」
コクリと頷く信康。昨今で言えば、ルノワから貰った魔符も符術で出来たものだ。
「それは影分身と言う、魔法が付与された魔符です。御自分の魔力で発動する代わりに、無制限に使える仕様の特注品です。好きに使って下さっても構いませんが・・・代わりに副作用として出した分身の分だけ疲労感に見舞われますから、その点だけ御注意を。ああ、他に注意する事があるとしたら一枚使っても二枚使っても一緒です。複数枚お渡した理由は、もしもの時の予備としてですので」
「あ、ああ」
信康は貰った影分身の魔符を見る。
どう使えば良いのかは、部屋に戻ったらルノワに訊こうと思った。




