第51話
「いやぁ、レズリーから話を聞いていたが・・・想像以上の美人さんで、思わず言葉を失ったぜ」
「そうですか。私が言うのも何ですが、それは大袈裟ではないかと思うのですが」
「いやいや、謙遜なんかしたら逆に顰蹙を買うぜ。貴女は凄い美人だ」
「ありがとうございます」
微笑みながら感謝するシエラザード。
少しの間、二人は他愛の無い世間話に興じた。
「っと・・・そろそろ行かないと、じゃあこれで失礼する」
「何処かにお出かけですか?」
「ああ、ちょっと知り合いに会いに」
「・・・・・・そうですか」
シエラザードは目を細める。
如何したと思っていたら、シエラザードは突然、自分の胸の谷間に手を入れた。
(えっ? な、何を!?)
見ていたら、谷間のから紙とペンを出した。
何で谷間に物を仕舞っているんだと思いながら見ていると、シエラザードは紙に何か書き込み出した。
そして、その紙を信康に渡した。
「その用事が終りましたら、御足労ですが・・・此処に書いてある場所まで、来て頂けないでしょうか?」
シエラザードが書いた紙を見ると、どうやら住所が書かれていた。
「ええっと、ケソン地区の・・・この住所だとスラム街の中にあるぞ?」
「はい。用事が終わった後でも構いませんので、来て頂けないでしょうか?」
「・・・ああ、了解した。遅くなったら夜になると思うが、それでも大丈夫か?」
「それで構いませんよ。それでは、後で」
シエラザードは手に袋を持って、上にあがる階段の方に行った。
上に用事でもあるのかと思い、今度、上に誰が住んでいるかセーラにでも聞いてみる事にする信康。
そしてアパートメントを出て、プヨ国立公園へと向かった。
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アパートメントを出て、少し歩いてケル地区にあるプヨ国立公園に向かう。
そのプヨ国立公園の入り口に着くと、信康はそこで待つ事にした。
そう言えば、今更ながら時間を約束していない事を思い出した信康。
決めていないので、来るまで待つ事にする信康。
そうして待つ事。一時間。
信康は目を瞑り、プヨ国立公園に設置されているベンチに腰掛けていた。
そして誰かが近付いて来る気配を感じた。
(漸く来たか)
そう思って信康は目を開けると、其処に居たのはナンナだった。
「あっれ~、ノブヤスじゃないか。こんな所で何をしているんだい?」
ナンナは半袖にシャツに短パンで、首にタオルを巻くという一般人が運動する格好をしていた。
「・・・お前こそ、もう動いても大丈夫なのか?」
目当ての人物では無かった事に面食らいながらも、信康はナンナに体調を訊ねた。するとナンナはもう傷口が塞がって完治しており、退院しても運動を許されていると聞いた。
結局一回しかお見舞いに行けてないなと思うが、信康もアリスフィールとの付き添いやら傭兵部隊の兵舎からアパートメントへの引っ越しやらで何かと忙しかったので忘れていた。
「うん。入院で落ちた体力を早く戻さないといけないからね!」
その眩しい笑顔は、太陽に当たって余計に眩しいと感じる信康。
「それで、君はどうして公園此処に一人で居るんだい?」
「待ち合わせだよ。俺は公園此処で、人を待っているんだ」
「待ち合わせか。邪魔しちゃ悪いから、僕はそろそろ行かせて貰うね」
「ああ、じゃあまたな」
ナンナは手を振り、公園に入って行く。
そして、信康は待ち人が来るのを待った。
二時間後。
待てども、待ち人は来なかった。
(アリスの奴、遅いな。本当に来るのか、あのお姫様は)
実は忘れているのかと思う。腹が空いてきたが、何時来るか分からない。もし昼食を買いに離れている間に来たら、本末転倒なのでどうしたものかと考える信康。
「おや、旦那じゃありませんか。こんな所で出会うなんて、奇遇ですね~」
そう信康に声を掛けて来たのは、魔族の行商人で名前をレギンスと言う者だ。
信康は腰に差している鬼鎧の魔剣を、何時でも抜ける様にしながら、腰をあげる。
「・・・・・・何か用か?」
「ちょっと、旦那~、そんな物騒な得物を抜こうとしないで下さいよ。私は露天商を営む、しがない行商人。旦那に襲われたら、ひとたまりもありませんよ」
「どうかな」
レギンスの身体の動かし方、足運び。何処となく、故郷に居た忍びの動きになんとなく似ている気がする。しかも、行商人というのが更に怪しい。忍びが変装で化ける職業の一つに、行商人が入っているからだ。
信康はそのまま何時でも、戦闘出来る様に腰を落とす。
「旦那。言っておきますけど、私は旦那と敵対する気は無いんですよ。今日は良いお話を、旦那の為に持って来たんです。だからそんな物騒な空気を出さないで下さいよ」
「話?」
「はい。それに時間もそろそろお昼ですから、お昼に丁度良い物も持ってきましたよ」
そう言うレギンスの手には、紙に包まれた物を持っていた。
風に乗って良い匂いがするので、食べ物のようだ。
「・・・・・・・まぁ良い。その良い話とやらを聞いてやろう」
信康は戦闘態勢を解き、ベンチに腰掛ける。
レギンスは信康の近くに行き、紙に包まれた物を渡す。
信康は紙をどけると、円形のパンの中に分厚く切ら軽く焙られたベーコンとレタスとトマトが挟まれていた。
「美味そうだな、何処のパンだ?」
「ケソン地区で有名なブーランジェリーグランヒェルと言うパン屋さんの、BLTベーコンレタストマトサンドという物です」
信康はパン屋の名前を聞いて、肩眉を微かに動かしたがそれだけで、後は何も言わず。BLTサンドを口に入れる。
(こいつ、何処まで俺の事を知っているんだ?)
今名前を挙げたパン屋も、信康が部屋を借りているアパートメントの大家であるカルレアの元夫の実家が経営しているパン屋だ。
その店でパンを買ったと言うのは、何処に住んでいるのか知っていると暗に言っているのか、それともたまたまなのか分からず、何も言えない信康。
訊いたら、それはそれで面倒な事になると分かっているので、あえて訊かない。
男性が二人では話す事もないのか、無言で食事をしている。
見ようによっては異様に見える光景だが、誰も通らないのでそう思われる事はない。
「おい、何か飲み物はないのか?」
「はいはい、ただ今」
レギンスは肩にかけている鞄に手を入れると、筒と素焼きのコップを出した。
筒を傾けると、中から赤い液体が出た。湯気が出て居ないので、冷たいのだろう。
その液体を注がれたコップを信康に渡す。
「どうぞ。カロキヤのある地方で手に入れた茶葉で出したお茶です。冷たくしているので、直ぐに飲めますよ」
「ああ」
信康は何も疑う事無く、コップに口をつける。
そして、飲み終わるとおもむろに口を開く。
「それで、俺に何か話があると言っていたな。何だ?」
「ええ実は私、商売の伝手を使いまして・・・この前までカロキヤに行って来たのです」
「行商人なのだから、何処にでも行って商売するのが普通だろう。別に良いと思うぞ」
「其処でカロキヤに入って商いをしていますと、妙な噂を耳にしまして」
「妙な噂?」
「ええ。近々、カロキヤ軍がプヨに再侵攻すると」
「そいつはまたすごい噂だな」
一介の行商の耳に入るくらいだ。カロキヤ公国全土で話が出回っていると、考えた方が良いと思う信康。プヨ王国も無能で無ければ、潜入させている諜報員から情報が入っている筈だと思う信康。
また戦争が起きるなと、そうほくそ笑む信康。そして次に思うのは、カロキヤ公国は何処の軍を動かすかだ。
カロキヤ公国軍には、全部で五つの軍団がある。その数はおよそプヨ王国の半分だ。小国故に数こそ少ないが、其処は国民皆兵制により質で補っている。
四方を国に囲まれた内陸国なので、全方向に軍を出せるように編成した結果、こうなった。
リョモン帝国に備えて、北方方面を管轄する征北軍団。シンラギ王国に備えて、東方方面の管轄する征東軍団。トプシチェ王国に備えて、西方方面の管轄する征西軍団。プヨ王国に備えて、南方方面の管轄する征南軍団。そして公都カロキヤの防衛を任務にする近衛軍団の計、五大軍団だ。
だが先のパリストーレ平原の会戦で征南軍団はプヨ王国軍に勝利を収めたものの、征南軍団そのものは半壊している。更にその時のカロキヤ公国軍の総大将にして征南軍団の軍団長であった将軍ステファルも、その片腕である副団長も、リカルド達に討ち取られて戦死した。
なので征南軍は今は再編成をして動けないと、そう睨んでいる信康。
そうなるのであれば、何処の軍団を動かすのだろうと思われた。
「どうやら、征西軍を動かす心算です」
「西か、という事は・・・トプシチェはカロキヤと休戦でも結んだみたいだな」
「惜しいですね。休戦ではなく、同盟が締結されましたよ。ですがトプシチェは北のリョモンを攻めるのか、カロキヤと共に南のプヨを攻めるのか、カロキヤへの支援だけに留めるのかは分かっていません」
レギンスの話を聞いて、驚愕を隠せない信康。流石に同盟を結んだと聞かされては、驚愕せざるを得なかった。しかし直ぐに頭を切り替えて、思案を始める。
そしてカロキヤ公国の備えが不要になった今、トプシチェ王国はリョモン帝国と戦争をする心算なのか、プヨ王国と戦争する心算なのか、後方支援に徹する心算なのか分からないと聞いて流石に其処までの情報は、直ぐには得られないかと苦笑する。
「そうか。貴重な情報を感謝する。レギンス。仮にトプシチェが攻め込むとしたら、どっちに行くと思う?」
レギンスはそう訊かれて、少し考える。
「・・・・・・私でしたら、南のプヨですかね。今はアグレブがカロキヤに占領されている状態です。カロキヤと連合軍を組むか挟撃でも出来れば、プヨの領土を少しでも削って自分達の領土ものに出来るとでも考えているんじゃありませんかね?」
「まぁ、普通はそうだよな」
「旦那は違うと?」
「確証は無いけどな。多分、トプシチェは北のリョモンを戦争をする心算だ」
「北のリョモン帝国ですか? 南のプヨでは無く?」
「ああ、そうだ」
「・・・・・・・どうしてそんなお考えになったか、教えて頂けますかね?」
「極めて簡単だ。このまま南のプヨを攻めても、北にあるリョモンが攻め込んで来るかも知れない上に、旨味が少ないからだ」
「少ないと言いますと?」
「仮の話だが、このままカロキヤ軍がこのプヨに攻め込んで来たとしよう」
「はいはい」
「シンラギはまだ内乱が続いているから、兵を出せる状況では無いので除外する。そしてトプシチェがプヨに侵攻しようとしたら、国境付近で備えている第五騎士団が防ぐ」
「そうなりますね」
「その第五騎士団と戦っている間に、カロキヤが侵攻を続けて行けばプヨ軍が応戦しても国境の近くにある都市の一つか二つは落とせるだろう」
「そうでしょうか。敵の侵攻に合わせて、プヨも迎撃するのでは?」
「この国の軍は基本・・・伝令からの報告を受けて、議会に出兵の事を議論して採決を取って、それで進軍の準備をするんだぞ。それじゃあ、下手したら王都アンシを守る防衛拠点軍が被害を被る事になるぞ」
「ああ、言われてみたらそうですね」
「カロキヤはそれでも十分に旨味はあるが、トプシチェはそんな事は無い。第五騎士団に防がれている時点で、旨味は無い。その上、リョモンが何時襲って来るか分からないから、気が気ではない。向こうとて休戦条約を結んだ相手とはいえ、お膳立てする様な真似を自分からしたいと思うか?」
「成程。確かにトプシチェがカロキヤに対して、義理立てするとは思えませんね」
「だろう? そしてもしリョモン帝国を攻める心算なら、何の後顧の憂いは無い。だから何の問題も無く、侵攻出来るんだ」
「確かにそうですね。自国の東にあるカロキヤは休戦を結んだので、そんなに簡単に破られる事は無い。加えて南にあるプヨは今、カロキヤに攻められ領土奪還に動いている。トプシチェに手を伸ばす予定も余裕も無い。だから、安心して北に行けるのですね」
「そう言う事だ」
「成程、良いお話を聞かせて頂きありがとうございます」
「いや。俺の予想も入っているから、当たりかどうか分からないぞ」
「いえいえ、情報はどんな嘘でも真でも、使えば色々と使えますので・・・それでは私はこれで」
そう言うと『情報料です』と信康に金貨一枚を手渡してから一礼して、その場を後にするレギンス。
手中にある金貨一枚を握り締めながら、レギンスの後ろ姿を見えなくなるまで見続けた。
(あの情報収集能力とあの動き。あいつ、何処かの密偵なのだろうな。カロキヤでなければ良いが・・・まぁ俺と敵対しなければ、それで良いがな)
信康はレギンスを評価しつつ、レギンスに対するその警戒度を上げた。




