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信康放浪記  作者: 雪国竜
第一章

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第41話

 鍵に書かれていた部屋に向かい、その部屋の前に来た信康。


「入るか」


 鍵穴に鍵を差し込み、ガチャっと音と共に解錠してドアノブを回す。部屋に入室すると、思ったよりも室内が広い事に気付く。


(思っていたよりも、広いな。それに天井も高い)


 信康は室内を見渡した後に、部屋が全部で幾つあるか調べる。


 それで分かったのは、リビングとキッチンが一体となったダイニングキッチン。風呂場とトイレと洗面台があり、他に部屋が三つあった。部屋の間取りもかなり広い。畳三畳分はあるだろう。


 しかしどの部屋も使われなくなって久しいのか、何処も埃が積もっていた。されど洗面台のノズルを回すと、水が出たので水道は止まってはいない様だ。


「俺が使うから、事前にカルレアが戻してくれたのかな? ・・・取り敢えず此処に寝台を置いて、此処には家具を置いて・・・・・・後、此処にテーブルを置くとするか」


 室内を見渡して何処に家具を置くか考え、信康は置いた際の室内を想像する。


 家具の設置位置に関して信康が思案していたら、玄関の扉が開く音がしたので振り返った。


 其処には掃除道具を持った、このアパートメントの大家であるカルレアの姿があった。


「お待たせ。掃除道具持って来たわよ」


「助かるよ。ありがとう」


 信康はカルレアに礼を述べてから、掃除道具を受け取った。掃除道具を受け取った後で先ず最初に始めた事は、バケツの中に水を入れる事だった。


 次に水を入れたバケツに雑巾を入れて、水を含ませてから絞って余分な水分を除いた。信康の行動を見て、カルレアは不思議そうに見詰める。


 その視線を気にする事無く、信康はその雑巾で床を磨こうとしゃがみ込もうとしたした瞬間、ルノワが顔を出して来た。


「ノブヤス様、何をなさろうしているのですか?」


「何って、見れば分かるだろ? 掃除だよ」


 信康は掃除をしようとしているだけなのだが、ルノワもカルレアも信康の行動が理解出来なかった様だった。


「そうなのですか? お言葉ですが、ノブヤス様。御自分でなさらずとも、魔法ですれば簡単ですよ」


 ルノワはそう言って信康を止めると、何か呟いてから手を叩いた。すると何処からともなく、信康の掌程度の体躯をした小さな小人達が室内に出現した。


「これってまさか、妖精か?」


「わぁ、可愛い。私、妖精って初めて見たわ」


 カルレアが初めて見る妖精に小さく歓声を上げるのを他所に、信康は出現した妖精と思われる小人を優しく指で掴んでマジマジと見詰めた。


 信康に掴まれた妖精と思われる小人は、突然の事態と信康の眼力に怯えてバタバタと暴れ出す。そんな姿を見せられては信康も居た堪れなくなり、直ぐに妖精と思われる小人を離して解放した。


「ノブヤス様の御指摘通り、この子達は花妖精(リリパット)と言う一種の妖精です」


「ふむ、花妖精か。羽無しの妖精を見るのは、生まれて初めてだな」


 妖精とは、精霊から派生した種族と言われている。当然ながら関連性や類似性が高いだけで、種族は全くの別種と言って良い。


 信康は今日まで、何種類もの妖精と出会っている。


 例を上げれば大和皇国の森で見かけた半透明の姿をして黒い目と口を持った木霊(こだま)。西洋圏では木霊(エコー)。蝶々の羽を持った|蝶妖精《パーピー』。蜂と同様に蜂の巣を作って生活拠点にしている、蜂妖精(アッベイュ)の三種類が尤も馴染み深かった。


 更にこの三種類の中でも蜂妖精が一番、信康の印象に残っている。


 当時ある傭兵団に所属していた頃に、ひょんな事から蜂妖精を助けた事が切っ掛けで過ごした日々が信康の大切な思い出になっているからだ。


 昔々その傭兵団に居た頃にとある都市へ向かう途中である森を発見し、その都市で宿を確保してから森へ探索も兼ねて入った信康。


 信康が行ったこの行為は通常であれば、土地勘の無い森などに入れば遭難する確率が高い愚行である。しかし信康にはいざとなれば一気に森を脱出可能な手段を用意しているので、こうして気軽に森林の探索などが行えるのである。


 何か希少な魔物や植物でも遭遇しないかと、楽しみながら探索をしていたら一体の熊型の魔物を見つけた。その熊型の魔物は蜂蜜を食べたかったみたいで、熊型の魔物の半分近い大きさのある蜂の巣を夢中で襲っていた。


 信康は息を殺し気配を消して静かに、愛刀の鬼鎧の魔剣オーガアーマーズ・ソードを抜刀し、熊型の魔物に向かって、一気に襲い掛かった。


 蜂の巣に注意を向けていた所為で、熊型の魔物は信康の反応が遅れた。その好機を逃す事無く背中から、熊型の魔物の心臓を一撃で刺し貫いてこれを倒した。


 無事に倒した熊型の魔物の死体を虚空の指環に収めると、丁度その時に蜂の巣から蜂の特徴が所々見られる小人が出て来た。信康は知識から、蜂妖精だろうと思った。


 蜂妖精は羽音を立てて、信康の顔の前まで出て来た。そして自分の住処である蜂の巣を守ってくれた信康に、蜂妖精はペコリと頭を下げた。


 蜂妖精を助ける事が出来たのは偶然でしか無かったので、別に助けたくてやった訳では無いと蜂妖精に気にするなと手を振り無事で良かったなと声を掛けた。


 そうしたらその蜂妖精は笑顔を浮かべて、此処で待っててと身振り手振りで信康に伝えてから巣に戻った。信康は蜂妖精を意図を理解して、素直に待った。


 蜂妖精は蜂の巣から出て来ると、重そうに琥珀色の結晶を運んで来た。それも十回に分けてだ。蜂妖精は自分の身体を上回る、自身の拳程の大きさがあるその琥珀色の結晶を信康に渡した。


 これは、何かと訊ねたら蜂妖精は両腕を前に差し出してあげると、身振り手振りで教えた。


 これは蜂妖精からの御礼なのだと思った。


 当初は断ろうと思ったが態々くれるものなので、信康は琥珀色の結晶をくれた蜂妖精に、ありがとうと言って感謝した。


 しかし助ける心算が無かったのにお礼を貰うのも何だか気が引けたので、信康は虚空の指環から果物を蜂妖精に贈呈した。


 蜂妖精は慌てて受け取れないと身振り手振りでに伝えたが、やると言うと嬉しそうに笑みを浮かべて、その頬に口付けを送った。


 蜂妖精は美少女の様な端正な顔立ちだったので、信康は口付けをされた頬を撫でて嬉しそうに照れた笑みを浮かべた。信康は蜂妖精に改めて感謝して、その場を後にした。


 後日、傭兵団の同僚から蜂妖精がくれた琥珀色の結晶は蜂妖精の巣で作られた、希少な魔蜜を更に長期間貯め込んで出来る魔蜜の結晶だと知った。


 信康は琥珀色の結晶の正体を知って、驚きながらその結晶を見詰めた。


 信康は驚きはしたもののその魔蜜の結晶は売却する事も使う事もせずに、虚空の指環に大切に保管していた。


 所属している傭兵団が都市に居る間は定期的にその森を訪問し、蜂妖精と交流を重ね続けた。


 その交流の過程で蜂妖精は信康から名前を貰い、地頭も良かったからか人語も覚える事が出来た。


 それだけを聞くと良い逸話なのだが、この逸話には更に続きが存在する。


 信康が蜂妖精から魔蜜の結晶を貰ったと偶然知った都市の裏社会を牛耳る裏組織の構成員が、強奪を目論んで信康に襲い掛かったのだ。


 当然信康は魔蜜の結晶を奪われる事なく、その裏組織の構成員達を一人残らず返り討ちにした。


 しかし、裏組織の構成員達を返り討ちにしてから、蜂妖精が住む森林は大丈夫かと思った。


 そして、胸騒ぎを覚えた信康は慌てて森林に向かうと、構成員達が蜂妖精の巣を解体して魔蜜を奪い、蜂妖精すらも誘拐しようとしていた。


 囚われた蜂妖精と戦利品である蜂妖精の巣を見ながらゲラゲラと下品に笑う、裏組織の構成員達を見て、怒りは一瞬にして頂点に達した。


 直ぐに蜂妖精を救出して蜂の巣を奪還し、裏組織の構成員達を一人残らず殲滅した。


 蜂妖精の存在自体を知られた以上、何時また欲望に目を眩ませた悪党に襲われる可能性を考慮してこの森に居ても蜂妖精にとって危険だと考えた。


 信康はそう思案すると再び襲われる危険を回避出来る様に、この森林から急いで移転するべきだと蜂妖精を説得した。


 蜂妖精は長年住み慣れたこの森林を離れる事に嫌がったが、信康の説得を受けて移転する事を決意した。


 移転を決意した蜂妖精を見て、信康は一先ず自分が所属する傭兵団まで連れて行った。


 信康が所属する傭兵団は蜂妖精の事情を知って、保護する事を快諾して歓迎した。


 蜂妖精を保護してから少なくない人数の構成員を失った裏組織が、蜂妖精の誘拐も兼ねて復讐しに襲撃を仕掛けて来たが瞬殺して返り討ちにした。


 そして裏組織の本拠地を特定して、信康と信康が所属する傭兵団は関連組織も残らず殲滅した。


 それから蜂妖精が安全に暮らせる別の森を見付けるまでの暫くの間、信康が所属する傭兵団で過ごした。


 傭兵団でもその蜂妖精は非常に愛されて可愛がられたが、蜂妖精が一番懐いていたのは信康だった。


 蜂妖精が信康の所属する傭兵団であった逸話の一つで、信康が所属する傭兵団の料理頭がしつこく魔蜜の結晶を求めるも信康は頑なに断ったと言うものがあった。


 信康が所属する傭兵団の料理頭は最高の菓子を用意すると言っても、信康は決して頷かなかったのである。他の団員達も食べたくて信康の説得を試みたが、信康は一歩も譲らなかったと言う。


 そんな楽しい日々を過ごしていた信康と蜂妖精だったが、旅をしている内に蜂妖精が住処とするのに該当する大森林を発見した。


 蜂妖精は住処とするのに該当する大森林の発見を喜んだが、直ぐに泣きそうな表情を浮かべた。大森林の発見は即ち、信康と信康が所属する傭兵団との別れを意味するからだ。


 別れ際では蜂妖精は信康と傭兵団との別れを惜しんだが、戦場に同行出来ないので泣く泣く新たな大森林に残った。


 蜂妖精は別れ際に、信康に口付けをして武運を祈りながら姿が見えなくなるまで見送った。


 信康と蜂妖精のやり取りは傭兵団の面々の前で行われたので、信康は散々揶揄われたのだった。


「あいつ、今も元気にしていると良いがな・・・それにしてもこんな妖精も居るんだな」


「ええ。花妖精は、羽を持たない種類の珍しい妖精です。羽有りの妖精の方が、普通ですね」


「因みに妖精って、何種類くらい居るんだ?」


「確認されているだけでも、妖精は百種類以上は存在します。私も出会った事がある種類だけで、優に二十種類以上の妖精は居ますね」


「随分と居るんだな。で、今回は何で花妖精こいつらを呼んだんだ?」


「この子達に、部屋の掃除をしてもらうのです」


 ルノワは屈んで花妖精達に、「この部屋も掃除して貰える?」と依頼した。すると花妖精達は了解と身振り手振りをして散った。掃除を始めると、瞬く間に部屋が綺麗になった。


「・・・・・・・便利だな」


 信康は感心したように呟く。


 そして掃除が終わると花妖精達は、ルノワの元に集まってジッとルノワを見ている。


 ルノワは苦笑しながら、ポケットから干し葡萄を渡した。


 それを貰った花妖精達は、喜びながら消えていった。


「妖精を呼んだ際、対価としてそれに見合った物を渡すのです。もし渡さなかった場合、報復で悪戯を喰らいます。更に呼び出しても、反応してくれなくなります」


「掃除の対価が干し果物(ドライフルーツ)か。思うけど妖精って、果物が好きだよな」


「妖精達が居る所では、中々手に入らない希少品ですからね。甘い物に目が無いですから、あげれば普通に喜びますよ」


「そうか。掃除も済んだ事だし、先ずはお前の部屋から家具を置こう。その後、俺の部屋に家具を置くぞ」


「はい、分かりました」


「私もお手伝いしても良いかしら?」


「ああ、それは助かる。お願い出来るか?」


 人手は多ければ、多い程良い。それに同じ女性だから、信康が持つのも躊躇われる物を持ってくれるだろう。


 ルノワに部屋に行くと、信康と同じような作りだった。


 信康は胸ポケットに入れておいた虚空の指環を出して、そこからルノワが気に入った家具と荷物を置いた。


 信康は家具を置くの担当して、部屋の内装などはルノワ達に任せた。


 数十分後。


「ふぅ、漸く終わったか」


 信康は額に浮かんでいる汗を拭う。


「お疲れ様です」


 ルノワから労いの言葉を掛けられた。


「これで、ルノワさんの部屋は終わったわね」


「ああ、次は俺の部屋だな」


「私も手伝いたいのだけど、これからパン屋の仕事を手伝わないといけないから」


「そう言えば、何でパン屋の仕事を手伝っているんだ?」


 正直、このアパートメントの家賃収入だけでも生活には困らなそうだ。


「あそこのパン屋は元々主人の親が始めたの。本当は義母と義理の弟夫婦で切り盛りしていたのだけど・・・弟夫婦が事故で現在入院していて、人手が足りないから私が手伝っているの。それにアパートの大家さんは副業で、本業は別にあるのよ」


「別にあるのか。その仕事は?」


「賭博場カジノのディーラーよ。主にカードの方ね」


 信康は頭の中で、カルレアのディーラー姿を思い浮かべた。


 何処かの賭博場で、客相手にゲームをするカルレア。


(意外と似合っているかな?)


 そう思っていたら、カルレアが紙を渡してきた。


「今は此処の賭博場カジノで仕事しているから、今度遊びに来てくれると嬉しいわ」


「じゃあ今度、仲間呼んで行っても良いか?」


「ええ、良いわよ。じゃあ、後はお願いね」


 そう言って、カルレアは出て行った。


「さっさと部屋に家具を置いて、一休みするか」


「・・・・・・・・・・・・一休みしてからでも、別に良いのでは?」


 そう言うと、ルノワはピトッと身体をくっつけてきた。


 更に自分の足を伸ばして、足同士をスリスリを擦り付けて来た。


(これは、誘っているみたいだな)


 口で言わないで態度で示すとか意外と恥ずかしがり屋なのだなと、そう思いつつも顔を近づける信康。


 ルノワも分かっているのか、顎を上げて目を瞑る。


 二人の顔が近づいて行き、後少しで互いの唇が重なると言う所で。


 コンコン。


 扉がノックされた。


 信康は舌打ちをして、顔を離した。


 そして扉をノックしたのは誰だと思い、玄関の扉を開けた。


「お、おはようございます」


 私服姿のセーラだった。


 そう言えばセーラもこのアパートメントの住人だったなと思う信康。


「・・・・・・おはよう」


「私も手伝おうと来たのですが、もう、終わりましたか?」


「いや、まだだ。俺の部屋は終わってないから、助かる」


 本音は少し楽しんでから、部屋に家具を置こうと思っていた。しかしセーラが来たなら早く終わらせてから、一休みする事にした信康。


「じゃあ私、頑張りますね」


 と笑顔だったのだがルノワを見た瞬間、眉間に皺が出来た。


「ノブヤス様、この方はあの看護師では?」


「ああ。同時にこのアパートの住人だ」


「そうですか」


 ルノワもセーラを見た。一瞬だけ火花が散った様に見えた気がしたが、気の所為だと思う信康。これまでの経験と本能から、干渉してはいけないと強く思った。


「さて、早く部屋に家具を置くとするか」


「はい」


「ええ、分かりました」


 三人はルノワの部屋から、信康の部屋に移った。

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