第40話
プヨ歴V二十六年六月一日。
今日は信康とルノワが借りる部屋を掃除する日だ。既に傭兵部隊の兵舎にある部屋は、引き払ってある。当然、届け出も忘れずに提出している。
アパートメントの前に着くと、玄関でカルレアが待っていてくれた。
「おはよう、二人共」
「おはようございます」
「おはよう」
朝の挨拶もした三人は、アパートメントに入り借りる部屋に向かう。
向かう際に勝手に動く自動階段を見てルノワが驚き、おっかなびっくりで自動階段に足を乗せた姿を見て、信康は吹いた。
何時もは冷静で超然としているに初めて見る物には普通の人みたいな反応する姿を見て、こいつも人なんだなと思う信康。
「あら、黒森人族でもこれを見るのは初めてなのね」
カルレアはちょっと驚いた顔をしていた。
森人族は人とあまり係わらない種族だが、その分独自の文化や技術を持っているので知っていると思ったのだろう。
「私達黒森人族は魔法で発展した種族ですが、この様な物を作る技術はありません」
「そうなの。でも、傭兵稼業をしている人達だから、てっきり他国でこれと同じ技術を見ていると思ったわ」
「「っっ?!」」
信康達はカルレアの言葉を聞いて驚いた。
カルレアには信康達は軍の関係者としか言っていないに、何故傭兵だと言い当てたのか分からなかったからだ。
信康もルノワも会った時には、軍の関係者としか言っていない。
なのに、傭兵だと言い当てたのだ。
「ごめんなさい。秘密にしている様には見えなかったから。まさか二人共、そんなに驚くとは思わなかったわ」
「・・・・・・・何で、俺達が傭兵だと分かった?」
「主人とね、似た空気を感じたからかしらね。あの人も、騎士になる前は傭兵だったの」
「だった?」
「・・・・・・・・・二年前にカロキヤとの間に大きな戦争があって、その戦いで戦死したわ」
「済まない。立ち入った事を聞いて」
「事実だもの。別に気にしなくても良いのよ」
気まずい空気の中、部屋の前に着いた三人。
部屋に着くと、カルレアは服のポケットから鍵を出した。
「はい。これが貴方達の部屋の鍵よ。合鍵を作る場合は、ちゃんと作った枚数を申告して部屋を出る際にそれも纏めて渡して欲しいの。それともし無くしたら罰金で大銀貨二枚払って貰うから、大事にして頂戴。それと鍵の付け変えに必要な費用も全額負担して貰う事になるから、気を付けてね」
信康には二〇二号と書かれた鍵を、ルノワには二〇三号室と書かれた鍵を渡した。
「部屋に入っても良いか?」
「どうぞ。でも事前に言った様に、掃除はしていないから埃が積もっていると思うわ。今、掃除道具を持って来るわね」
カルレアがそう言って、下に行ってしまった。
信康達は取り敢えず部屋の間取りを見ようと、互いが持っている鍵の部屋を入る事にした。
「部屋に入って間取りを見ながら、何処に何処の家具を置くか考えておけよ」
「はい。分かりました。それにしてもノブヤス様が持っている虚空の指環は、非常に便利ですね」
「常々、そう思う。しかしお前も収納が使えるのだから、そちらの方が便利だと思うがな?」
信康は虚空の指環が入っている胸ポケットを叩きながら、ルノワにそう訊ねた。
「道具を使わずに済みますが、容量は使用者の魔力量で決まりますから・・・私の収納の容量も、ノブヤス様の虚空の指環にはとても及ばないでしょう」
「ふむ、結局そう言うものか。やはり一長一短だな」
ルノワが苦笑しながら答えた内容を聞いて、信康はそう呟いた。
信康とルノワは昨日、家具を一通り見て買って置いた。サイズが分からなかったので、色々なサイズを買った。本来ならそんな無駄遣いは出来ないのだが、信康には出来た。
この三年間で信康は通常の傭兵では一千年掛かっても手に入れる事が出来ない様な、そんな莫大な金銀財宝を手に入れているからだ。その金銀財宝の分だけ騒動などを多く起こしたり巻き込まれてしまってはいるが、必要事項だったと諦める他に無い。それに加えて銀行強盗事件で手に入れた金銀財宝も一部を、売却する事に成功している。
その際に金塊を取り出して、銀行の登録番号や刻印でも刻まれていないかを確認した。
もし登録番号や刻印があれば、直ぐに特定されてしまうからだ。そうなると再び溶かしたりと面倒な作業を行わなければならなかったが、幸いにもまだ刻まれていなかった。
しかし一介の傭兵が金塊や宝石を表の両替商に出すとあらぬ疑いが掛かると思い、どうしようかと考えた。
悩んでいたら何時だったか、ルノワに贈呈した狩猟神の指環を買った露店商を見つけた。
あの得体のしれない露店商ならば、何処かに表に出せない物を売る事が出来る所を知っているかもしれないと思い、信康は声を掛けた。
すると、その露店商は色々と商売をしているそうで、両替するならば自分に売って欲しいと言って来た。露天商の言葉を聞いて、取り敢えず宝石を両替させた。
宝石を見て驚いた顔はしたが、特に詮索せずに本物かどうか確かめていた。
そして宝石の鑑定が終わると露店商は「生憎、今はこれだけしかありません。この袋分の白金貨と宝石の交換でよろしいですか?」と言って革袋を一つ渡して来た。少し揺らしただけで、ジャラジャラ音がした。袋の中身を確認すると、白金貨を三百枚ほど入っていた。
信交換に要求された宝石の質量を見て、最初の取引としては悪くないなと思い承諾した。
満足そうに笑みを浮かべる信康に、露天商は近づき耳元に囁く。
「残りの宝石や金塊をお渡しする時は、前もって言って置いて下さい。その時には、国際共通通貨を何百枚でもご用意致しますよ」
信康はその言葉を聞いた瞬間、思わず腰に差している鬼鎧の魔剣に手を掛けた。
(こいつっ・・・まだ俺は何も言っていないのに、強盗犯共から金塊や宝石を奪った事を見抜いたのかっ・・・まぁこいつなら不思議な事でも無いか)
信康が鬼鎧の魔剣に手を掛けている間も、露天商はそのまま言葉を続けた。
「そんな怖い顔をしないで下さい。私は別に、貴方が金塊や宝石を持っていようがそれを何処で売ろうが構わないのですよ。ですが、出来れば私に売ってくれますと嬉しいですねぇ」
「・・・・・・・良いだろう。お前の名は何だ?」
「私はしがない露天商の、レギンスと申します。以後、お見知りおきを」
レギンスの容貌と家名を名乗らない所を見ると、魔族みたいだ。
魔族は一部の者を除けば、家名など存在しない。
「ふん。覚えておいてやるよ。お前とは、長い付き合いになりそうだ」
信康は袋を持って、その場を離れた。ルノワは話を聞いていなかったので、訳が分からない顔をしながら信康の後に続く。
レギンスは手を振りながら、信康の背に声を掛けた。
「今度は、この前一緒に遊んでいらしたお姫様みたいなお嬢さんと共に、いらして下さいね~」
それを聞いた信康は一度足を止めたが、レギンスに振り返らずにそのまま歩き続けた。
今の言葉は、暗に今度アリスフィールに紹介しろと言ったのだ。
(あいつ、やはりただの露天商じゃないな)
そう思いながら、信康はレギンスと名乗った露天商を警戒する事にした。
そんな事があったが、買い物の金は困る事は無かった。尤も、金塊や宝石を換金しなくても金には元々困っていないが。
「・・・部屋に入るか」
気を取り直して信康は、鍵に書かれている二〇二号室の部屋に向かった。




