第396話
「ふぅ、ギリギリ間に合ったか」
と言いつつも、これは壊滅状態に近いなと思う信康。
三尖刀を構えつつ、敵将を見ると見知った顔が居る事に気付いた。信康は戦場で敵同士にも関わらず、まるで久しく会った旧友の様な気軽さで声を掛けた。
「よう。カールセンの爺さんじゃねえか。久しぶりだな」
「その鎧。その声。お主、ノブヤスか?」
「そうだよ。この鎧は見せた事はあるだろう」
「ほぅ、まさか、貴様とこんな所で出会うとはな。妙な縁じゃな」
「それは同感だ。それにしても、あんたが戦場に出て来るとはな。てっきり引退したと思ったぜ」
「がっはは、このカールセン。生涯現役よっ。そんじょそこらヒヨッコ共と一緒にするでないっ」
「確かにそうだな」
苦笑しながらも認める信康。
「お主が此処に居るという事は、先の戦でダーマッドを討ち取ったという黒髪の男はお主か?」
「そうだ」
「ふむ。成程な。あの時『絶影』が言い淀んだのは、そういう訳か」
顎髭を撫でながら言うカールセン。
「何の事だ?」
「こっちの事だ。一応聞くが、そちらの傭兵契約を破棄して、こちらに来ぬか。お主なら大歓迎じゃぞ」
手を差し出すカールセン。
「断る」
即答する信康。
「連れないのう。お主と儂らは何度か戦場を共にした仲ではないか」
「生憎と不器用でね。一度契約したら、契約主が契約を破棄するまでその下で戦うしか能がないんだよっ。今の所、待遇について何の不満もないしな。」
信康はカールセンに三尖刀の穂先を向ける。
「唵。食吐悲苦鳥。焼焦がせ』」
穂先に炎が集まり、やがて鳥の形となった。
鳥の形となった炎がカールセンに飛んで行った。
「ふんっ」
カールセンは驚く事なくその炎の鳥に金槌を振るう。
金槌が鳥に当たった瞬間、鳥が爆発して辺りを炎上させた。
まるで、プヨ軍とカールセン達の間に壁を作っているかのようだ。
その炎壁が出来た事で、第二部隊の残存戦力は本隊に撤退しだした。
「っち、これではこれ以上の追撃は不可能か、あと少しでこの手で殲滅してやれたと言うのに」
追撃が不可能だと判断して、カールセンは馬首を巡らす。
「まぁ良い。戦果はこれで十分。砦に後退するぞっ」
カールセンが率いていた騎兵部隊に号令すると、そのまま砦に向かった。
「っち、相変わらず引き際が鮮やかだな」
追撃しようにも自分で作った炎壁に遮られ、また直ぐ傍に飛行兵部隊が居るので追撃が出来ない。
意外にも頭が切れるカールセンに舌打ちをして、直ぐに気持ちを切り替えた。
「腹癒せに、こいつらを少しばかり倒していくか」
信康は炎熱で怯えているグリフォンを宥めている飛行兵部隊に三尖刀の穂先を向ける。
「「『唵。迦楼羅よ。焼焦がせ』」
槍の穂先から、炎の弾が発射され、飛行兵部隊に向かっていく。
「回避っ」
飛行兵部隊の部隊長が部下にそう指示すると、部下達は回避運動出た。
だが、飛んで来た炎の弾は逃げる部下達の後を追いかける。
避ける事が出来ず、一騎又一騎と撃墜されていく。
「野郎っ。よくも、仲間をっ」
同僚が撃墜されるのを見た飛行兵部隊の隊員が信康に襲い掛かった。
だが、その槍が信康に届く前に矢の雨が飛んで来た。
「がっ⁉」
矢が自分と騎乗しているグリフォンにもあたり、針鼠の様になって墜落した。
「放てっ、放てっ、隊長の援護をしろっ」
弓兵部隊にそう指示するのは、最近副隊長になったブルスティであった。
信康の攻撃とブルスティの矢の攻撃により、飛行兵部隊はこれ以上の攻撃が無理と判断したのか後退し出した。
それを見送ると、信康は砦方面を見る。
そちらにはリカルドが自分の部隊を率いて、前線にいる第二部隊の撤退を援護していた。
リカルドの活躍か、それとも戦果は十分と思ったのかバルド隊はカールセン隊と合流して砦へと後退して行った。
「引き時だな」
信康は鎧を解除した。すると、ルノワは斬影の手綱を取って傍にやって来た。
そして、何も言わず手綱を渡した。
信康はその手綱を取り斬影に跨った。
「リカルド隊と合流して本陣に撤退するぞっ」
信康はそう言って、リカルド隊と合流し、本陣へと戻って行った。
本陣に戻ると、リカルドは直ぐに残存している第二部隊の者達の下に行き、自分の兄を探した。
「済まない。ディエゴという人物を探しているのだが、知らないか?」
と一人一人訊ねていったが、皆首を横に振った。
そうして、次から次の人に聞いていたら、前線に居た部隊の者でディエゴを見た者が居た。
「真紅騎士団のバルドが砦から出てきて、突撃して来た時にバルドに勝負を挑んで真っ二つにされるのを見たぜ・・・・・・」
その話を聞いて、リカルドは一瞬だけ目を見開かせたが、直ぐに「教えてくれてありがとう」とだけ言って、その場を離れた。
信康は少し離れた所から、リカルドを見ていたが、第二部隊の者達から離れて行くのを見て駆け寄った。
「どうだった?」
信康がそう尋ねると、リカルドは首を横に振った。
「仇の顔は分かるか?」
「・・・・・・真紅騎士団のバルドという人物だそうだ」
「恐らく十三騎将の「鉄壁」のバルドだろうな。やはり出てきたか」
「僕もそう思う」
「敵討ちは手伝うぜ」
「ありがとう。でも、出来るだけ一人で頑張るよ」
弱弱しい笑みを浮かべたリカルド。
そして二人は部隊を率いて、傭兵部隊の陣まで戻った。




