第35話
「ということが~ありまして~わらしも~ばんらったんですよ~ひいきいています~ノビュヤスひゃん~」
それほど飲んでいないのに、セーラは顔を赤らめながら、信康に絡んでいる。
信康はセーラの話を聞きながら、曖昧に「ああ」とか「そうだな」としか返事していない。
(まさか、こんなに酒が弱いとは思わなかった・・・・・・・)
信康はエールから、火酒の水割りに変えていた。
しかしまだ酔っている気配は無い。
店長が手作りのビーフジャーキーを摘みながら、火酒を飲んでいる。
「もう~、ひいてるんですか~、わらしは~ほんっっっろうに、つっかれたんれすからね~」
「この前の事件は大変だった様だな」
「そうなんれす~、てがたりないってこひょで~、おやすみだった、わたしもむりやりよびだされて~しごとをばんざったんれす~、ばんざったおかげで~あひたから、こにちかん、まとめてやすみれす~」
この前の事件とは、猛獣脱走事件の事だ。
セーラの勤めているプヨ王国軍アンシ総合病院にも患者が何人も搬送されて来た。
それに加えて猛獣を捕らえる際に怪我をした、傭兵部隊や警備部隊の隊員達も運ばれたのだ。人手が足りなくなり、急遽休みだった看護師も呼び出して手伝わせたそうだ。
因みにセーラが勤めているプヨ王国軍アンシ総合病院では、休日でも呼び出せる様に離れていても王都アンシ圏内なら通達可能な腕輪式の魔法道具を支給されている。
プヨ王国軍アンシ総合病院が呼び出すと、腕輪は光を点滅して大きな音を鳴らすのだ。真ん中の紅玉石ルビーに触れると止まるのだが、帰還するまで定期的に鳴り続けるらしい。
この連絡を無視したり腕輪を紛失すると、厳しい懲罰が待っているともセーラが信康に腕輪を見せながら教えてくれた。今回の騒動の手伝いをしたおかげで、手当と休みを貰えたそうだ。
酔っぱらないながら語った、セーラの話を纏めるとこんな感じだ。
信康はの青い満月の店内にある時計を見ると、もう午後十一時を過ぎていた。
そろそろ兵舎に戻らないとまずい。外泊届は出していないので、無断外泊は厳罰されると聞いているからだ。
「ほら、セーラ。そろそろ帰るぞ」
「うぇ~もう少しのみまそうよ~」
「酔っている奴がこれ以上飲んでどうするんだ。店長マスター、勘定」
「二人合わせて、銀貨八枚だ」
「へぇ、結構良心的だな」
傭兵相手にも酒を出すから、もう少し高いと思っていた。
前に居た国の酒場でこの店と同じ位の量の酒を飲んだら、三倍の値段はした。
「うちはぼったくりはしないんだ。誰が客でもな」
「そうかい」
信康は苦笑しながら、懐の財布から銀貨八枚を出して支払う。
「まいど」
「この|青い満って酒場、俺は気に入ったぜ。また来るわ」
「贔屓にしてくれ」
信康は酔ったセーラを肩に担ぎながら、店を出る。
扉を開けて出る際。店長がグラスを拭きながら呟く。
「・・・・・・あの姉ちゃん、何時もの半分も飲んでないのに酔っていたな」
その声はあまりに小さかったので、信康の耳には届かなかった。
***********
信康は酔ったセーラを肩に担ぎながら、セーラが暮らしている場所を聞きながら歩く。
「おい、この道で合っているのか?」
「はい~ここほまっつぐいけば、わらしがすんでるあぱーとがあいます~そこの、三〇三ごうひつれす~」
酔いながらも、ちゃんと道を教えるセーラ。
しかし足は若干、千鳥足になっている。
「はぁ~」
道路に足を引っ掛けた様で、信康の身体に抱き付く。
「す、すいまひぇん~」
「いや、いい」
現在のセーラが着ている服は普段の看護服ではなく、胸を大胆に開いた服で桃色の上着を着ているだけだ。
仕事服でしか見ていない所為か、あの生真面目なセーラがこんな派手な服を着ているの見て、内心驚いていた信康。
それに酔っている所為かどうなのか分からないが、さりげなくだが横乳を信康の胸に当てて来る。
酒が入っているので、少々ムラッとしている。
(誘っているのだろうか? いや、酔っているから分かっていないだけか)
信康は今はそんな事よりも、セーラを住んでいる所に届けるだけだと思い歩く。
暫く歩いているとケソン地区にある、セーラが住んでいるアパートメントの前まで着いた。
「この三○三号室で、良いんだよな?」
「そうれす~」
「・・・・・・このままその部屋まで送ってやるか」
信康はセーラを担いだまま、アパートメントに入る。
幸い管理人会うことなく、階段の前まで来た。
「この体勢で階段を上がるのは、少しキツイな。おんぶしても良いか?」
「らいじょぶれすよ~かいだんに~のれば~」
「はぁっ? 何を言って」
セーラはフラフラと歩きながら、階段に乗る。
すると、階段が勝手に上に上がりだした。
「これは・・・・・」
「ここの~あぱーとの~かいらんは~、自動階段エスカレーターっていう魔法道具マジックアイテムがつかわれているんれすよ~」
そう言いながら、上に上がっていくセーラ。その際に自動階段と魔法道具とセーラが口にした時に、信康は違和感を一瞬だけ覚えたが眼前の自動階段に目を奪われてそれ所では無かった。
信康は初めて見る自動階段に、おっかなびっくりになりながら一段目に足をかける。
すると、階段が上へと昇って行く。
自動階段が昇って行き、目的の階に着いた。セーラはフラフラと歩きながら、自分の部屋に行く。
此処まで来たのだから、もう安心だろうと思い、信康は帰ろうとした。
だが、セーラに呼び止められた。
「ノブヒャすさん~もうすこしのみましょうよ~」
「いや」
「いいから~いいから~」
セーラは信康の手を強引に引っ張り、自分の部屋に引き摺り込む。
部屋に入ると、結構広い部屋だ。
広いリビングにキッチンが付いており、トイレとお風呂。更に部屋が三つあった。
「ほう、随分広い部屋だな。此処を一人で使っているのか?」
「いいえ~、わらひときゃろるでつはってます~」
「キャロル? もしかして、お前と交代する様に俺の担当になっていた奴か?」
「そうれすよ~それにひても、このへやは、あひいなぁ~」
セーラはそう言いながら、突然、上着を脱ぎだした。
「おまっ、いきなり何をする!?」
「へぇ、あふいから、ふくをぬいでるはけれすよ~」
にへらと笑いながら、今着ている服を脱ぎだす。
流石にそれは、信康が出て行った後か、自分の部屋で脱げと思い、脱がす手を止める。
「待て待て、此処で脱ぐな。せめて、自分の部屋で脱げ」
「ええ~」
「ええ~っじゃない。ほら、お前の部屋が何処だ?」
信康はさっさとこの酔っ払いを寝かせて、部屋を出て行こうとした。
だが、そんな事など知らないとばかりに、セーラは手を伸ばす。
「まだ、いいじゃないれすは~、のみしょうよ~」
セーラはそう言って、信康を自分の下へと引っ張って行った。
翌日。
「・・・・・・・・そろそろ、帰るか」
セーラの部屋に置いてあった姿見で、変な所がないか確認する。
部屋を出ると、セーラに挨拶する。
「俺はもう帰るからな」
「・・・・・・・・・」
セーラは寝台で、全裸で眠っていた。
時計は正午過ぎだったので、セーラに食料を保存してあるところを聞いて自分のご飯を作った。
乾燥パスタとオリーブオイルとニンニクとベーコンがあった。
当時同じ傭兵団に所属していた女性傭兵に、作り方を教えて貰ったパスタを作った。
至って簡単に出来る。
茹でたパスタに、オリーブオイルで炒めたニンニクとベーコンをゆで汁を少しいれてパスタを投入。
絡めて、塩と胡椒で味を調えて完成だ。
料理の名前は、忘れたが料理方法が簡単なので、直ぐに覚えた信康。
そのパスタを食べながら、この料理を教えてくれた奴を思い出す。
(今頃、何をしてるかな? 陽気で親しみ易い女だったなぁ)
金髪を馬の尻尾みたいな形にした髪型。緑色の瞳。傭兵稼業の者にしては珍しい白い肌。
本当に大きい豊満な胸。今まであった女の中でも、五本の指に入るくらいの大きさだ。
それでいてくびれた腰。尻もそう胸と同じくらいデカかった。
極上の美女だったが、腕は確かだった。
何せ一人で、一個大隊約三百もの重装騎士を討ち取った女傑だ。
(出来れば敵として会いたくないが・・・まぁ、この商売をしている以上どうなるか分からんか)
信康は二人分作り、自分の分だけ食べ終え部屋を出ると、左に行く。最初上がってきた階段は上がり専用で、この部屋を出て左に行くと下りる専用の階段があると、昨日セーラから聞いた。
言われた通りの道を行くと、自動階段があった。
その階段に足をかけると、下へと降りて行く。既に初見では無いので、流石に驚く様な事は無い。
(歩く必要がないから、便利と言えば便利だな)
信康は一階まで下りて、共用出入り口から外に出た。
外に出ると、陽光が信康にあたり眩しく感じた。
ひさしを作り、眩しさに慣れようとしていたら、アパートメントの門の前を掃いている女性がいた。
誰だろうと思っていたら、その女性が振り返った。
「あら、初めて見る顔ですが。どなたでしょうか?」
掃除の手を止めて笑顔で訊く女性。
緑色の髪を肩甲骨まで伸ばして後ろで束ね、横髪の部分も伸ばして前に垂らして丸い髪飾りで束ねている。年齢はキャロルより年上に見えた。
優しそうな眼差し。整った顔立ち。黒曜石のような瞳。
ここに居る事を含めて、どうやらこのアパートメントの住人だろうと思う信康。
なので、当たり障りのない事を言う。
「此処に住んでる、セーラという女性の友人だ。あいつ、昨日痛飲していたから様子を見にきた」
本当は昨日から抱いていましたとは言えないので、これが無難だろうと思う信康。
それを聞いて、女性は納得してくれた。
「そうなの。私はこのアパートの大家をしている、カルレア・グランヒェルよ」
大家と思わず、気軽に話してしまい信康は少し気恥ずかしかった。
慌てて頭を下げる。
「大家さんだったのか、これは失礼した」
「良いのよ。気にしなくて良いわ。それよりも貴方、腰に剣を差しているけど、軍の関係者かしら?」
「まぁ、その通りだ」
傭兵だと言っても、民間人には分からないと思い取りあえず、軍の関係者だと言えば問題ないと思い返事をした。
「そう・・・・・・・・・」
カルレアが空を見上げて遠い目をしていた。
「どうかしたのか?」
「・・・・・・・いいえ、何でもないわ」
「じゃあ、俺はこれで」
「ええ、引き止めてごめんなさいね」
カルレアが道を譲ってくれたので、信康はその道を歩き、アパートメントを後にした。
信康はそのまま兵舎に向かった。
(まずいな。外泊するなんて言っていなかったから、厳罰を受けそうだな)
時間は巻き戻せない以上、もはや誠心誠意謝るしかないなと思い歩く信康。
兵舎には直ぐに着き、信康は入る前に深く息を吸う。
息を吐き、扉を開けた。
開けるなり、ヘルムートと中年女性の管理人が話しをしていた。
「おう、帰ったか」
「帰ったのね。昼食ひるは食ったのかい?」
「えっ、あ、ああ、だいじょうぶだ?」
「どうした? そんな猫に水をぶっかけたような顔をして」
「い、いや、別に」
「それで、お前は何処に外泊したんだ?」
「あ、ああ。プヨ王国こっちに来て出来た知り合いのアパートに泊まりました」
情婦の所と言えないので、信康は無難な事を言う。
「そうか。じゃあ、良いぞ」
「えっ?!」
怒られると思っていたので、拍子抜けする信康。
「総隊長さんはもう行って来なよ。説明はあたしがしとくからさ」
「お任せしても?」
「ああ、任せな」
中年女性の管理人にそう言われたヘルムートは、頭を下げてから何処かに行く。
信康は何が起こっているか分からず困惑していた。
「ノブヤス、どうかしたのかい?」
「いや、あの怒られると思っていたから」
「あんたね。外泊届を出したのに、何で怒られるんだい?」
「え?」
信康は昨日、外泊届を出した覚えはない。
しかし中年女性の管理人は、外泊届を受け取ったという。
摩訶不思議な事が起きたと思った。
「昨日ね。ルノワがあんたの代わりに届けたよ。何でも『ノブヤス様が急ぎで出せなかったから、代わりに出してくれと頼まれた』って言っていたよ」
「ルノワが?」
「そうだよ。良い仲間を持ったね。あんた」
そう言って中年女性の管理人は、「昼の片づけがあるから」と言って、食堂に向かった。
信康はその場で少し呆然とした。
(どうやら、ルノワが気を利かせてくれたみたいだな。後で、ちゃんと礼を言おう・・・・・・)
それが分かると何か悪い事したなと思い、ルノワに感謝しようと思った。
取り敢えず自分の部屋で一息してから、ルノワを探そうと思い部屋に向かう。
自分の部屋に到着してドアノブに手を掛けようとしたら突然、扉が開いた。
驚いて半身反らしていたら、部屋の中からルノワが顔を出した。
「おかえりなさいませ。ノブヤス様」
「ああ、ただいま」
「どうかしたのですか?」
「いや、入って良いか?」
「何を言っているのですか。御自分のお部屋ですよ」
「まぁ、そうなんだよな」
じゃあ何でお前が居ると信康は思うが、取り敢えず部屋に入室する事にした。




