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信康放浪記  作者: 雪国竜
第三章

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第358話

「面倒だっ! 三人同時に相手をしてやろうっ!」


 信康がそう宣言すると、その場に居たステラ達は衝撃を受けた。


 以前オストルが解説した様に、馬上槍試合(トーナメント)は団体戦と個人戦の二部門で分かれる。


 そのどちらにも該当しない三対一ですると言う変則的な馬上槍試合は、未だ嘗て誰も成し遂げた事など無い。そもそもその様な、発想すら抱く者も居なかった。


 ステラ達はそれで衝撃を受けたが、対戦者の冗位騎士達は別の意味で衝撃を受けた。


「ふざけるな!」


「我等の腕が、貴様よりも劣っていると言いたいのかっ!?」


「無礼者め。この場で切り捨てられても文句は言えんぞっ」


 冗位騎士達は自分達の腕が信康よりも下だから、纏めて相手をすると言ったと思ったみたいだ。


 そう解釈されても仕方が無いのだが、決してそう言う意味ではないと言いたげに信康は手を横に振る。


「違う違う。こっちも忙しいから、さっさと済ませようと言っているんだ」


 それがこちらを見くびっていると言っているのだと、そう言わんばかりの鋭い視線をする冗位騎士達。


「でも、ノブヤス。どうやって三人纏めて相手をするの?」


 オストルはその試合方法が気になり、信康に訊ねた。


「そうだな・・・・・・よし、こうしよう」


 信康はそう言って練習場に居る職員に声を掛けて、柵を三つ用意して貰った。


「俺が最初の一人倒したら、次の柵に向かう。そして二番手を倒したら、最後の柵に行って三番手を倒す。こう言う形式で良いだろう」


「ちょっと変則的だけど、出来なくはないね。でも君と馬は、相当な負担が掛かるよ?」


「其処は大丈夫だ。なぁ、ブルーサンダー」


 信康が跨っているブルーサンダーの首を、撫でながら尋ねる。


「ブルルルッ!」


 任せろと言わんばかりに、力強く吠えるブルーサンダー。


「最後に聞くぞ。お前達は、この試合形式を受け入れるか? もしこの形式の試合を受けるのなら、俺が敗北した時点であんた達三人の山分けは約束されるぞっ!」


 信康がそう言うと、三人の冗位騎士達は目の色を変えた。


 そして、お互いの目を見て頷いた。


「良いだろう。その試合形式を受け入れよう」


「一応聞くが、最初の者に負けても金は払うのだろうな?」


「勿論。何なら、証人も立てるか?」


 信康はステラとオストルを指差す。


「うむ、立会人が居るのだ。それで十分に証人となるな。良かろう、その変則的な馬上槍試合(トーナメント)を受けようではないか」


「それとこんな変則的なんだから、規則(ルール)も変更するぞ。と言っても、落馬したら負け。打突部位の取得点数を倍にするだけだがな」


「それだけか?」


「ああ、それだけだ。何か不満はあるか?」


「ない。では順番を決めるので、暫し待て」


 冗位騎士達は輪になって、話し合いを始めた。


 信康は自由自在を地面に突き刺し、腕を組んで待った。


「な、なぁ、本当に大丈夫なのか?」


 リカルドは心配そうな顔で信康に話し掛ける。


「何がだ?」


「流石に三人纏めてと言うのは、ちょっと」


「別に三人を一度に相手する訳ではない。大丈夫だろう」


「ノブヤスは馬上槍試合(トーナメント)なんて、昨日した一回切りじゃないかっ。それをこんな変則的な試合をするなんて・・・・・・」


 リカルドは青褪めた顔をする。


(流鏑馬に比べたら、全然簡単だと思うのだがな)


 信康はどうしてリカルドが、こんなに心配するか分からなかった。


 信康からしたら故郷の流鏑馬に比べたら、三人を相手にする事など簡単にしか思えなかった。


 そう思っていると、向こうの輪が無くなった。


 どうやら、話し合いが終ったみたいだ。


「順番が決まった。早速だが、試合を始めても良いか?」


「ああ、良いぞ」


 信康がそう言うと冗位騎士達は、それぞれの柵の中に入って行く。


 全員入ったのを見た信康は地面に突き刺さった自由自在を引き抜き、最初の柵の所に行く。


「立会人、合図を」


 信康がステラを見る。


「・・・・・・始めっ!」


 ステラが声をあげると同時に手を上げた。


 信康はそれを耳目で確認して、ブルーサンダーを駈け出させた。


 信康が駆けるのを見て、最初の相手の冗位騎士も駆け出した。


(遅いっ)


 駈け出した冗位騎士を見て、信康は思った。


 この馬上槍試合の練習をしていて、信康は分かった事がある。


 それはこの競技は如何に馬を早く駆けさせるか、又は相手の槍を見切るかのどちらかで決まると言う事だ。そのコツを掴んだ信康は、自由自在の間合いに入ると思い切り突いた。


 狙いは胴体。


 相手の冗位騎士は少し遅れて槍を突きだしたが、信康の自由自在が先に自分の胴体に当たった。


「ぐえっ?!」


 槍が当たった衝撃で、冗位騎士は落馬した。


 それを見る事無く、信康は次の柵に向かう。


「なっ!? はぁっ!!」


 次の相手はまさか自分が相手をする事はないと高を括っていたのか、信康が柵が入ったのを見て慌てて馬を駆けさせた。


 しかしその判断の遅さが仇となり、勝敗はあっさりと決着が着く事になる。


「二人目っ」


 信康が間合いに入り叫びながら自由自在を突き出すと、二番手の冗位騎士の胴体に当たり落馬した。


 それを見る事無く、信康は最後の柵に向かった。


「ま、まさか、こうもあっさりと?!」


 三番手の冗位騎士は、自分の番が来て動揺していた。


 馬を駆ける事も忘れて、その場で立ち止まっている。


 信康はそんな相手に容赦する事無く、自由自在を突き出した。


「最後だっ」


 呆然と立っている冗位騎士に槍が当たり、冗位騎士は落馬した。


 信康は柵の最後まで行くと、槍を天に掲げた。


「勝ったぞおおおおっ」


 信康がそう叫ぶと、リカルド達は一拍遅れて拍手し出した。


 冗位騎士達は悔しそうな顔をしながら、ステラ達に挨拶をしてから練習場から出て行った。


 ステラとオストルは冗位騎士達に苦言に等しい助言をしたので、冗位騎士達は大いに感謝していた。それを見送った信康は、ブルーサンダーから下馬してリカルドの所に行く。


「どうだ? 俺の言った通りだろう? お前は心配性が過ぎるんだよ、リカルド」


 胸を張りながら言う信康。


「・・・・・・本当だったね。本当に初めてなんだよね?」


「勿論だ。まぁ似た様な競技なら、大和でした事があるからコツは直ぐに掴めただけの話だがな」


「似た様な競技?」


「言っておくが、内容自体は全くの別物だぞ? ただ俺の故郷の大和には、流鏑馬と言う馬を使った競技があるんだよ」


「へぇ。そうなんだ」


 リカルドはどんな競技なのか、頭の中で想像しているとオストルが訊ねた。


「ねえねえ、そのヤブサメ? ってなぁに?」


「簡単に言えば、長弓で疾走する馬上から的を射る競技って感じだな」


「・・・・・・えっと、駆ける馬上から長弓で的を射る?」


「そうだ」


 信康の話を聞いて、ステラ達は困惑を隠せない様子だった。


「(何で、こんなに困惑しているんだ?)・・・う~ん。これは言うよりも、見せた方が早いんだけどな。ただ生憎、今は弓矢を持ってないからな」


 信康はどう言えば良いのかなと、頭を悩ませているとステラが助言した。


「そんなの簡単じゃない。この練習場から、長弓を借りたら良いのよ」


 ステラがそう言うのを聞いて、信康はそちらに首を向ける。


「有ります?」


「此処は弓の練習場も併設されているから、的はあるわ。其処の貴方、長弓は有るのかしら?」


 ステラは近くに居る、職員に訊ねる。


「はい。両方ともあります」


「じゃあ、お願い出来るかしら?」


「はいっ。直ちに」


 職員が慌てて、駆け出した。



 数分後。



 柵は退けられて、的が立てられて信康には長弓を渡された。長弓を信康に手渡した職員は、一礼してからその場を去って行った。


 何度か弓弦を引いて、どんな弓なのか確認した。


「・・・・・・よしっ」


 信康はブルーサンダーに騎乗して、長弓を番えた。


「・・・・・・はいっ!」


 ブルーサンダーの腹に蹴り入れると、ブルーサンダーは駈け出した。


 そのまま駆けて行き的から、百歩ほどの所で信康が矢を構えた。


 そして信康と的が交差し所で、信康が動いた。


 その瞬間、ビュンッと言う音がした。


 その音がしたと思ったら、矢が的に当たっていた。


「「「・・・・・・・・・・・・」」」


 ステラ達はそれを見て、言葉を失っていた。


 信康は特に誇った顔をせずに、リカルド達の所まで来た。


「今のが流鏑馬だ。餓鬼の頃からやらされているからな。馬上槍試合(トーナメント)なんざ、この流鏑馬と比べたら簡単な御遊びなんだよ」


 信康はそう言って、ブルーサンダーから下馬した。


「「・・・・・・凄っ?!」」


 リカルドとオストルは驚愕していた。


「良く当てたわね。疾走する馬上から狙い撃つなんて、かなり難しいわよ」


「騎射って言う技術です。俺からすれば、当然の技術なんですけどね」


「の、ノブヤスは本当に凄いね。オストル卿は出来ますか?」


「無理!」


 オストルは笑顔で即答した。


馬上槍(ランス)や剣での一騎討ちは出来ても、これは無理だよ。うちの騎士団でも長弓じゃなくて、短弓でも出来る人が居るかなって言う超絶技術だね」


「そうね。我が国の騎士団や軍団全体を通しても、全速力で疾走する馬上から矢を放てる名手なんて・・・・・・私が知る限りでも、何人居るのかしら?」


 ステラは難しい顔をする。それと同時に、信康の騎射技術の凄さに戦慄していた。


「(そう言えば去年の戦争で、トパズの奴は騎乗して弓を打たなかった事を尋ねたら意味不明みたいな顔をしていたな。そうか。ガリスパニア地方だと、騎射って発想が無いのか・・・)・・・俺には流鏑馬って下地があったお蔭で、直ぐに馬上槍試合(トーナメント)はコツを掴めたんだ。疾走る馬上で矢を番えて放つ流鏑馬に比べたら、突撃して槍を突き出すだけの馬上槍試合(トーナメント)なんか簡単だぞ」


「確かに」


「寧ろ馬上で矢を射る事が出来る時点で、滅茶苦茶凄いよね」


 リカルドは納得し、オストルは感嘆していた。


「ねえ、やっぱりうちの騎士団に入らない? 今ならうちの騎士団に居る、綺麗どころを好きにして良いよ」


「オストルさんや。それは男からしたら、夢の提案かもしれないけどよ。それを去年の大戦で一緒に居た、プラダマンテの前でも同じ事が言えるか?」


 信康がオストルにそう指摘すると、オストルは青褪めた表情になって即座に前言撤回した。


「俺を高く評価してくれるのは嬉しいけど、勧誘の押し売りは好感度を下げるだけだぞ」


「むう、悪かったよ。ごめんなさいっ」


「・・・・・・ちゃんと謝れた事に免じて、忘れてやるよ」


 信康がそう言うと、オストルはぱあっと輝いた笑顔になった。


「本当っ!? ありがとうっ!!」


 オストルは信康に感謝して、頭を下げた。


「・・・・・・取り敢えず、オストルの軽率な発言を忘れてくれた事に感謝するわ」


 ステラは横からそう言って、信康に感謝した。


「まぁあからさまな程に女の気持ちを蔑ろにしてた失言だったからな。場合によっては殺されてるぞ、お前」


「う、うん。僕が悪うございました」


 オストルはそう言って、再度謝罪した。


「はっはは。まぁこれに懲りて、勧誘は控える事だな」


 信康は一頻り笑うと、リカルドを見る。


「ほら、お前の取り分だ」


 信康はリカルドに、大銀貨三十枚を与えた。


「えっ?! 半々じゃなくて良いのかいっ? こんなに貰ってっ!」


「良いんだよ。今日はお前の方が疲れただろうし」


 信康はそう言っても、リカルドは受け取る事に躊躇していた。そんなリカルドの様子を見て、信康は呆れた様子で溜息を吐いた。


「はぁ、生真面目な奴め。だったら今度、奢ってくれ。それで良いだろう?」


「・・・・・・ああ、分かったよ」


 リカルドがそう答えたので、信康はステラを見る。


「今日の練習の方は、もう休みって事にして貰えませんかね?」


「・・・そうね。流石に馬も貴方達も疲れたでしょう。今日はもう休みで良いわ。と言うかもう練習の頻度は、週一程度で良いわよ」


「それはありがたいな。ですが、油断大敵と言う言葉もあります。最後までお付き合い願いたい」


 信康はそう言ってお願いすると、ステラは軽く承諾した。


「助かる。じゃあ、リカルド。今日はもう帰って休もうぜ」


「ああ、そうだね」


 信康達は帰り支度を始めた。


「・・・悪いけど、ノブヤス。貴方には話したい事があるから、このまま屋敷(うち)まで来てくれるかしら?」


「屋敷に?」


 ステラがそう言うのを聞いて、信康は何の用だろうかと思った。


「・・・良いでしょう。リカルド、悪いが総隊長に説明しておいてくれないか?」


「良いよ。じゃあ僕は、兵舎に帰ってるね」


 信康からの依頼を承諾したリカルドは、そのままグラウェンに騎乗して傭兵部隊の兵舎に帰還した。


 リカルドが帰るのを見届けた信康とステラは、その後に一緒にカマリッデダル伯爵邸へと帰ったのだった。

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