第355話
その後はシーリアと少しばかり話をして、信康達は一緒に練習場を後にした。
するとステラがシーリアを含む信康達に『折角会った事だし、うちで休憩して行きなさい』と言われたので、信康達はその言葉に甘えてカマリッデダル伯爵邸に戻る事にした。
カマリッデダル伯爵邸の一室。
其処はこの前通された客間ではなく、屋敷内の食堂みたいだった。
長方形の長いテーブルに椅子が幾つもあり、上座にはステラが座っていた。そして上座の左側には信康とリカルドが座り、右側にはオストルとシーリアと付き人の女性が座っていた。
信康達の頭の中あった想定では中庭の東屋で腰を下ろして、飲み物を飲む程度であった。
「どうぞ。美味しい茶菓子と果物と茶を用意したわよ」
テーブルの上に置かれた皿には、焼き菓子と新鮮な果物が沢山あった。
淹れたての茶が湯気を立てて、信康の前に置かれている。
(おい、リカルド)
(何だい。ノブヤス)
(これが貴族流の休憩なのか?)
(どうだろう? 僕もこんな本格的な茶会は、初めて経験するから分からないよ)
信康は隣に座るリカルドの話を聞いて、これが平均的な貴族の茶会かと思った。困惑する信康達とは対照的に、反対側に座るオストル達は平然と過ごしていた。
「・・・こほん。そう言えばシーリア嬢の隣に居る御令嬢とは、挨拶を済ませていなかったな。御名前を伺っても?」
信康は自分の困惑振りを誤魔化すが如く、シーリアと常に行動している女性に名前を尋ねた。
すると信康に尋ねられた女性は、席を立ってから信康とリカルドに向かって一礼した。
「これは申し遅れました。私はエイナ・フォン・ベルンハルトと申します」
エイナが自己紹介したのを見て、リカルドも席を立って答礼し自己紹介を行った。その間に信康は、エイナの容貌を改めて確認した。
栗色のセミショートヘア。大きな目に黒い瞳。整った顔立ち。シーリアと並ぶと同じ位の身長であった。
制服の上からでも胸も大きいのが分かり腰も細く、キュッと引き締まって大きさと形が整っていた尻をしていた。
「二人共。遠慮してるみたいだけど、遠慮してないでお菓子を食べなよ」
信康とリカルドがお菓子や果実に手を出していないのを見て、オストルが食べる様に促した。
「・・・じゃあ、遠慮なく」
「僕も」
信康とリカルドも漸く、菓子や果実に手を伸ばして食べ始める。
「おっ、美味しいな」
「うん。そうだね」
信康達は菓子を堪能しながら茶を飲んでいると、ステラがカップをソーサーに置いた。
「で、これからの訓練なんだけど・・・先ず、オストル。貴方に聞くけど、ノブヤスの腕はどうだった?」
ステラに尋ねられたオストルは、口に入れていた菓子を咀嚼してから茶で胃に流し込んだ。
「ごくっ、ふうぅっ・・・正直に言うけど、何時でも馬上槍試合に出しても恥ずかしくない腕前だよ」
信康に対するオストルの評価を聞いて、ステラは両眼を見開いて驚かざるを得なかった。其処へシーリアとエイナも、続けてステラに報告を始めた。
「師匠。私もフォーマシア卿と同意見です。正直に申し上げますと、言われるまでレヴァシュテイン卿が馬上槍試合に関して初心者だとは信じられませんでした」
「私もです。本当にレヴァシュテイン卿は、馬上槍試合に出場した事は無いのですか?」
シーリアとエイナが、立て続けに信康に関してそう評価していた。
その事実にステラは、益々両眼を見開いて驚かざるを得なかった。
「・・・そんなに凄かったの?」
ステラは信じられない様子で、オストルに尋ねた。
「うん。訓練でも楽々とやってのけてたし。シーリアとの試合でも、ああも鮮やかに勝利するなんて、凄いとしか言えなかったよ」
オストルが改めて信康を評価すると、シーリアは僅かに唇を噛んで悔しそうにしていた。
「・・・私も試合後にレヴァシュテイン卿が初心者だと知ったのですが、それまでは熟練者なのだと思って勝負に挑んでいました」
「レヴァシュテイン卿が槍の腕前と言い、巧みな馬術の繰り出しと言い、とても初心者の域ではありませんでした」
それからオストル達はステラに、信康とシーリアの馬上槍試合は如何に凄かったかを揃って説明し始めた。
信康はオストル達の話を聞いて少しばかり照れざるを得なかったが、馬上槍試合を観戦していなかったステラとリカルドは感心した顔をしていた。
「言っておくけどノブヤス、シーリアはあのフェリビアと槍を競える程の腕前なのよ? その娘に勝つなんて、紛れかも知れないけど本当に逸材ね」
「でしょう。だから、ノブヤス」
「断る」
オストルが言っている最中に、信康は口を挟んだ。
「もう、まだ何も言ってないじゃないかっ!」
オストルは頬を膨らませて、怒っていた。
「どうせ、お前の事だ。お前が所属している、第五騎士団に入れとか言うんじゃないのか?」
信康はそう指摘すると、オストルはそうだと言わんばかりに強く首肯した。
「前にも言ったが、断らせて貰う。俺は傭兵部隊を気に入っているんだ。騎士団への転属は、考えていないからな」
「ええ? 僕と同じ聖騎士になったんだから、同じ騎士団に入った方が良いと思うんだけどな~」
オストルがそんな事を言うのを聞いて、信康は飲んでいた茶を吹き出しそうになった。
何とか堪えたが、茶が変な所に入った所為で咳き込んでいた。
「けほ、けほっ・・・・・・な、何だって?!」
「いや、だから・・・僕と同じ聖騎士になったんだから、同じ騎士団に入った方が良いって言っただけだよ。何か変な事でも言ったかな?」
信康の反応を見て、首を傾げるオストル。
「・・・お、お前。聖騎士だったのか?」
「そうだよ。これでも闇と夜の神エレボニアンの従属神、月の女神ルディアナの加護を受けた聖騎士だよっ」
えへんと言わんばかりに、胸を張るオストル。
信康はステラを見る。
「・・・・・・言いたい事は分かるけど、紛れもなく正真正銘に聖騎士よ」
「本当かよ」
信康はそんな事が有り得るのかよと心の底から思った。
プヨ歴V二十七年六月二十八日。朝。
ステラの屋敷で十分に休憩にした信康とリカルドは、シーリアがステラに稽古を求めたのを見て気を遣ってヒョント地区にある傭兵部隊の兵舎に帰還する事にした。
ステラは続けて宿泊して行けば良いと言ったが、信康は上官であるヘルムートに中途報告があるからとブルーサンダーに騎乗して帰還した。リカルドもグラウェンに騎乗して、信康と共に帰還した。
オストルが聖騎士と言う事実が衝撃的だったのか、信康は夕食を食べる事無く就寝に就いていた。
朝日が部屋に入り込むと、信康は目を覚ました。
「ん、ん~・・・・・・腹が減ったな」
考えてみれば昨日、一食を抜いた事を信康は思い出した。
なので朝食を取ろうと、食堂に向かう事にした。
部屋を出ると、何故か玄関辺りが騒がしい事に気付いた。
「一体、何事だ?」
あまりに騒がしいので、信康は気になって朝食を食べる前に玄関に行く事にした。
そして玄関に着くと、何故か甲冑を身に纏った騎士達が居た。
「良いから、此処に連れて来いっ!?」
「だからちょっと席を外しているって、何度も言っているだろうがっ!?」
「こんな朝早くから、何処へ出掛けたと言うのだ!?」
「俺達も知らねえって言っているだろうがよっ!!」
騎士達が隊員達と、押し問答をして騒動になっていた。これではディエゴ達が来ていた時と、瓜二つの状況である。
「・・・・・・何で此処に騎士が居るんだ?」
信康はディエゴ達との騒動を連想して頭を抱えながら、誰かにこの状況を説明して貰おうと周囲を見る。
すると騎士達を抑えていたルノワが、信康を見つけて駆け寄って来た。
「おはようございます、ノブヤス様」
「ああ、おはよう。挨拶は良いから、これは一体どう言う事なのか説明してくれ」
「これの所為です」
ルノワは隠す事はないと思い、持っている物を信康に手渡した。
「これは、今日の朝刊だな」
「此処を御覧下さい」
ルノワが新聞を開いて頁を捲り、其処に掛かれている記事の一面を指差した。
其処には大きな文字で『天才騎士、敗れる』という題が書かれていた。
『プヨ歴V二十七年六月二十八日。朝。
先日の六月二十七日。我が国の馬上槍試合において既に三連覇を果たしており、既に正騎士位を叙勲されている事で各騎士団から挙って勧誘を受けているシーリア・フォル・レダイム卿(十六歳)がこの日、聖騎士に叙勲されたノブヤス・フォン・レヴァシュティン(十九歳)に馬上槍試合を行い敗北した。
レダイム嬢はレヴァシュテイン卿に敗北した事については『自分の力量がまだまだと言う事がよく分かった。収穫祭で開かれる豊穣天覧会までに、更に精進に励みたい』と言うコメントを残している。
三ヶ月後には収穫祭が開催されるが優勝候補筆頭と言われたレダイム卿が敗北した事で、今年の馬上槍試合には意外な伏兵が出て来る模様』
その一面を見て、信康は溜息は吐いた。
「面倒臭い事になりそうだな・・・いや、もうなってるか」
それだけ言うと、再び溜息を吐いた。




